それぞれの戦い その4

「ちょっと待て、何でそうなる!?」


 エモスからの提案に、レヴィンはまず否定の構えを見せた。

 信奉の多寡は、何かを物差しに図ることではない。


 まして、勝負の行方でどちらが偉大な神かなど、定めて良い訳もなかった。

 レヴィンは密かに大神レジスクラディスより素晴らしい神はいない、と信じているが、それを誰かに押し付けたいと思った事もなかった。


 自ら信仰する神が、最も偉大であって欲しい――。

 その気持ちに同意はしても、それを神以外が――まして、賭け事の行方に任せるなど、暴論も良いところだ。


「どうもこうもない! 神への信奉と尊崇こそが、我らに力を与えるのだ! その思いの強さを比較して、どちらがより多く倒せるか考えれば、どちらの神がより偉大か分かろうというもの!」


「まったく理屈に合ってない! 俺達が倒す数を競ったところで、神の偉大さとは一切関係ないだろう!」


「何だ、自信ないのか。だったら黙って、私達の後ろにいれば良い! 守ってやるぞ!」


 その言い草には、レヴィンならずとも頭に来た。

 それは武家にとって純然たる侮りであり、この地を三百年守り通して来たユーカード家と、その臣民に対するさげすみでもあった。


 ヨエルが大剣を振り回し、怒りに任せて周囲の淵魔を一掃しながら、声を大にしてぶつけた。


「神使だからって、いい気になりやがって! 俺らユーカードに喧嘩売って、タダで済むと思ってんのか、ァア!?」


「止めなさい、ヨエル。挑発に乗らないで。倒す数を競って何になりますか。私達は、この場を死守してれば良いだけです。出来るだけ、可能な限り損害を出さず!」


「分かっちゃいるがよ……! あぁまで言われて……!」


 ヨエルは尚も怒りを隠さず、エモスを睨み付けながら淵魔を斬り倒した。

 同じく怒りを見せていたレヴィンだが、当の自分自身より怒り猛るヨエルを見て、幾分冷静さを取り戻す。


「正直、癪に障る言い方だったが……。敢えて乗ってやる意味もない。俺達は神々に勝利を献上する為、こうしているんだ。預かっている兵もいる。アレに付き合っていたなら、無駄死にさせるぞ」


「分かるぜ、分かるがよ……! 侮辱されたままで黙ってられるか……ッ!」


「憤りは当然ですが、堪えて。あんな無茶な戦い方、早々にボロが出ます。勝負などと言ってられないでしょうし、今だけ勢いがあっても仕方ありません」


 第二障壁に穿たれた穴からは、未だ絶えず淵魔が押し寄せている。

 その中には無垢サクリスだけでなく、遂に混合体ミクストラまでが混じり始めていた。


 つまり、ここからが本番、という事になる。

 これまでとは比較にならない戦闘になり、そして最初から全力の鬼族には、次第に被害が出始めるだろう。


「無茶するのは勝手だがよ……! その尻拭いをさせられるのは、どうせ俺達なんだろう? ……正直、気分の良いもんじゃねぇぜ!」


「分かるが……ロヴィーサも言ったろ、堪えろ。それにしても……、指揮系統が別にある煩わしさを痛感してしまうな……。特に敵を甘く見る味方は害悪だ」


「全く……、然様ですね。これまで、こんな味方を傍に置いて、戦うなんてありませんでしたから……。無能な味方は敵より恐ろしい、の意味を始めて知りました」


 実際、戦力で言うなら大したものなのだろう。

 彼らの快進撃は今尚続いているが、それは同時に、いつ切れるか分からない、ゼンマイ仕掛けを見ているかの様な危うさがある。


 鬼族として、幾ら他の種族よりスタミナが強靭であろうと、決して無尽蔵ではない。

 そして、強靭なスタミナに任せて攻撃し続けるぐらいなら、常に余裕を持たせて長期戦を意識した方が、より有益なのだ。


 その簡単な理屈が、どうやら彼らには分からないらしい。

 そして、それは神使の三人に限った話でもなかった。

 背後の鬼族の兵まで同じなのだから、これは作戦とは違う、彼らの気質と言う他ない。


「終わりが見えない戦いだと言うのに、味方にも神経使わないとならないとは……!」


「さっきから聞こえているんだよ、角なしがまぁ、キャンキャンと……!」


 エモスが気分を害して怒りに似た形相で、レヴィン達を睨んでいた。

 しかし、それをカクスが引き止め、得意の槍で淵魔の数匹を纏めて潰しながら、エモスと体位置を変更する。


「あまり無駄なお喋りは控えろ、エモス。我らは我らの努めを果たすだけ。ハイカプィ様の名を汚すな」


「分かってますが……!」


「それに、彼らは勘違いしているのだ。我らの戦いは――外敵との戦いには、常に女神の祝福あらんという事をな。無謀な戦い方にも、しっかりと意味がある」


 四十代の落ち着いた雰囲気のカクスは、歴戦の戦士が見せる貫禄そのものを体現していた。

 そして、その言葉には強がりとは違う、絶対の自信が滲んでいる。


「……確かに、俺達は鬼族の戦い方を知らないな。当然の様に、自分たちと同じ枠に嵌め込んでいたが……。考えてみれば、ただ猪突猛進で戦える筈がない」


「今に見るだろう。此度は只の戦ではない。我らが女神、我らのハイカプィ様による、ご照覧と共に戦える戦であると! 我らを前に、如何なる敵も砕かれると!」


「御大層なこって……」


 ヨエルの台詞は、多分に棘が含まれていた。

 彼らの策を策とも言えない戦いを直前に見ていれば、そういう感想にもなるというものだ。


 しかし、それが虚勢でも見栄でもないのだと、直後に知る。

 直上に出現した『孔』から、彼らが待ち望む女神が、その姿を現したからだった。


「おぉ……! ハイカプィ様……!」


 鬼族がその姿を認め、恍惚に頬を紅潮させた。

 そうして神を崇めつつ、目の前の淵魔に対し、攻撃は決して疎かにはなっていない。


 それこそ正に、信仰心のなせる業、なのかもしれなかった。

 そうしてハイカプィは眼下を睥睨するなり、淵魔の群れを見て顔を顰める。


「……やだ、インギェムったら、こんな所に繋げたの? それに何て酷い数……。あたくしの信徒は……」


 次に視線を鬼族に移し、ハイカプィは更に顔を歪めた。


「やっぱり思った通りになってるし……! 前に進むことしか考えられないバカども……! あれ程しっかり、淵魔の脅威を教えてやったでしょ……!」


 口酸っぱくして伝えたものが、鬼族に伝わるとハイカプィも本気で信じていたわけではない。

 むしろ、鬼族ならば聞いた所で気にしない、と分かっていた事だった。

 だから悔やむのとは違うが、やはり戦場に出て来て正解だった、とハイカプィは気持ちを新たにしていた。


「けれど、死ぬことは看過出来ないし、淵魔を調子付かせるなんて、もっと許せないことだわ」


 そう言って、ハイカプィはその手を広げた。

 それはさながら、蕾が花開くように、優雅な動きで腕が水平まで上がる。


「我が『豊穣』を以って、お前たちの傷を癒やしましょう。植物が根を張り、大地から恵みを得る様に、我が権能によって無窮の癒やしを得るでしょう」


 ハイカプィが人間種に出来る支援としては、その自己治癒能力の促進だ。

 身体に蓄えたエネルギーを使用して、回復するのがこの治癒だが、当然治りは遅々としたもので、戦闘中に使えたものではない。


 しかし、その促進能力を、ハイカプィは強制的に底上げするだけでなく、その為のエネルギーを供給する。

 何日……下手すると何週間と掛かる自己治癒力を、瞬間回復と見間違う程のレベルまで引き上げるので、間違いなく実戦向きだった。


 ただし、あくまで自己治癒力の範疇で行われる事でもあるから、攻撃を受ければ痛い。

 下手な骨の折り方をすると、下手な形で繋がる。


 しかし、鬼族の骨は頑丈で、早々折れる事などないし、変に曲がった腕でも殴りつけるのが鬼族だ。

 だから、これほど鬼族に相性良く、また喜ばれる権能もなかった。

 まさしく見る見る内に傷は塞がり、カクスは獰猛な笑みを浮かべた。


「おぉ……! ハイカプィ様の愛を感じる……! 我らに戦い給うと願っておられる! 傷など気にせず前進せよと、我らの女神は仰った!」


「言ってねぇわよ! むしろ、あたくしはいつも、ドン引きしてるわ。あんたらは何故か、こういう声を聞いてくれないけど」


 ハイカプィが零した声の通り、鬼族にその声は届いていない。

 ただ戦意を漲らせ、まだ戦えること、より多くの敵を倒し続けられることに、歓喜しているだけだった。


「お好きにどうぞ、慣れたものよ。でも、こういう声は届くんでしょ? ――存分に暴れ、目の前の敵を叩き潰せ!」


『うおぉぉぉぉぉオオオオ!!』


 まさしくその通りで、鬼族の士気は最高潮に達した。

 溢れる淵魔の数は拡大する一途を辿っていたが、鬼族の猛攻がこれを押し返す。


 無垢サクリスだけでなく、中にはしっかりと魔物や魔獣を喰らった形跡のある混合体ミクストラもいるのだが、鎧袖一触に屠っていく。

 防御を考えない攻撃だからこそ、可能にしている猛攻だった。


 原理としては、レヴィンの攻撃戦術と似ている。

 ただ決定的に違うのは、『年輪の外皮』でしっかり防御するのに反し、彼らはしっかり攻撃は受けるところだ。


 しかしそれも、鎧よりも強靭な筋肉が、致命傷をすんでの所で避けている。

 そして、死にさえしていなければ、彼らは動き続けられるのだ。


「これもう認識の違いや、擦り合わせしてないとかじゃないな……。常識を疑うよ……」


 思わず声を零したレヴィンだが、いつまでも愚痴を言っている余裕もなかった。

 淵魔を押し返せてるのは、素直に喜ばしい。

 今はそれを横に置いて、レヴィン達もまた、自分なりのペースを守って淵魔を次々と斬り伏せて行った。

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