東方防壁攻防戦 その8

「では、お祖父様! 我らも前線で援軍と共に戦って参ります!」


「うむ、我らはお主らを避けてやって来る淵魔どもを、矢など射掛けて数を減らそう! 常に怪我人の確認、そして収容するのを怠るでないぞ!」


「ハッ、肝に銘じます! ……アヴェリン様は、どうされます?」


「お前達に付いて行こう。まさかここで、高みの見物を決め込む訳にも行くまい」


 アヴェリンが薄い笑みを返して言うと、レヴィンは一礼してから、選別された兵を率いて歩廊を走り始めた。

 歩廊と壁内を行き来できる階段は、この時ばかりは上げられているが、複数人で手回し車を使い、頑丈な階段を下ろす事も出来る。


 鎧を着込んだ兵士が行き来する事に加え、複数人がスムーズに上り下りできるよう、非常に横幅もある階段だ。

 下ろすのも上げるのも一苦労の階段だが、それに見合った刻印を宿した兵士が、顔を真っ赤にして回してくれる。


「ご苦労! 撤退の際には、また申し付ける事があるかもしれない。切断の指示があれば、我らが残っていても即座に落とせ!」


「承知しました!」


 声を背後に聞きながら、レヴィンは兵を率いて階段を降りる。

 そして、その向こうでは血気盛んな鬼族が、すでに戦闘を開始していた。


 特に神使三人は、その奮闘ぶり、働きぶりからして、他とは一線を画す。

 淵魔の先頭集団に正面からぶつかり、次々と蹴散らしていた。


 金髪青眼、二本角を持つカクスは長槍を使って突き、払い、淵魔の接近を許さない。

 浅黒い肌を持つ一本角のソキスは、徒手空拳を用いて淵魔を翻弄し、流れる様な足運びで、接近しつつも攻撃の一切を躱していた。


 紅一点のエモスは細剣を用い、これもまた素早い身のこなしで攻撃を避け、躱す動きで斬り結んでいく。


「何だ何だ、淵魔というのがどれ程のものかと思ったが、ゼンゼン大した事ないな! カクスさん、これ楽勝ですよ!」


「油断するなよ。本当に楽勝なら、神は助力を求めたりしない!」


「我らは我らの務めを果たせ! ここで淵魔に喰われてみろ、良い笑いの種だぞ!」


 三者は圧倒的な強者だった。

 だから、倒せるままに突き進み、後続の部隊と距離が出来ていた。


 カクス達三人はそれでも構わず進んだ結果、群がる淵魔に包囲され、完全に孤立してしまった。

 膨大な淵魔により分断され、後続部隊の彼らは彼らで淵魔に対抗せねばならず、孤立した三人を助けに行けていない。


「拙いぞ、俺達で助けてやらないと!」


 レヴィンが後ろを振り返り、仲間に声を掛けつつ側面から近付こうとした。

 しかし、包囲した淵魔の壁は厚く、そう簡単には助けられそうにない。


「くそっ、邪魔だ……ッ!」


 矢の陣形で突き進み、レヴィン達三人で空けた穴を、後続の部隊が押し広げて直進する。

 アヴェリンは直接この攻撃に参加しなかったものの、良い壁役として役立っていた。


 側面からやって来る、第二障壁から溢れる淵魔への対処で、包囲しようとする動きを堰き止めているのだ。

 しかし、その数は後を絶たず、常に一定の数が押し寄せて来る。


 インギェムの『孔』が多くの淵魔を吸引してくれるとはいえ、その全てをどうにか出来る程ではなく、壁をよじ登り『孔』を避ける淵魔までいた。

 それ故の、現在見せている飽和で、一定以上、常に攻め入ってくるのは止められようもない。


 それでも一秒でも速く救出を、とレヴィンはカタナを振るい、一歩また一歩と近付く。

 しかし、鬼族神使の三人は、何も助けられるのを待つ孤立兵、という訳でもなかった。


「ハァァッ!」


 カクスが槍を突き刺し、切り払う。

 更に刻印を用いて、攻撃動作の終わり際、雷撃を放って隙そのものを消していた。


「フン! ハァ! 手ぬるいッ!」


 ソキスは徒手空拳の身軽さを活かし、攻撃を掻い潜りつつ懐に入り、攻撃を繰り出す。

 その一撃一撃は重く、殴り飛ばした先の淵魔も巻き込まれ、共々討滅する程だ。

 また、予備動作として踏み込む時に生じる衝撃は、武術特有のものかと思いきや、それだけではない。


 刻印によって生じる魔術的振動により、これを用いて攻撃もしているのだ。

 淵魔の動きは鈍重に見えるが、足元を揺らされ身動きし辛くされての攻撃なので、これが上手く刺さる原因だった。


 エモスはそれら二人の間を縫うようして、攻撃を連ねていく。

 三人背中合わせの格好で、それぞれの隙を補い合い、それをエモスがよりフォローする形で運用されていた。


 三昧一体と言うに相応しく、より攻撃的な連携が、淵魔に攻撃させる隙を与えない。

 更に、三人が同時に刻印を発動させ、淵魔の数を一気に削り取る。


「風塵封殺、吸引断裁、塵となって滅ぶべし!」


 カクスとソキスが手を合わせ、その間に二人を支えるソキスが魔力を練った。

 急激な吸引を生んだ風が、淵魔を上空に浮かび上がらせ、それを風の刃で斬り刻む。

 三人を取り囲む淵魔は、悉く上空へと吹き飛びながら、細かく斬り刻まれ、地上に落ちる頃には塵となって消えていた。


 それで三人の間に空白地帯が生まれ、レヴィン達も容易に近づけるようになる。

 そうして援軍のつもりで駆け付けたレヴィンだったが、向けられた言葉は冷笑だった。


「なぁんだ、ようやく来たのか。淵魔とやらが、どれだけ恐ろしいか聞いてたけど……拍子抜けだよ。あんたら、こんなのに手こずってたの?」


 そう言って、エモスが挑発してくる。

 他の二人はそうした言葉をぶつけないまでも、拍子抜けと感じているのは事実らしく、その落胆を隠そうともしていない。

 しかし、それは淵魔を知らない者の、軽率な驕りに過ぎなかった。


「神使の方々に言うべき台詞ではないと思いますが、敵を侮り過ぎております! 淵魔の本領は、こんなものではありません!」


「知ってるよ。喰われたら敵を強化してしまう、って言うんだろう? しかし、このエモス、あの程度の雑魚に喰われるような不覚は取らんぞ!」


「何も全身を喰われる必要はないのです。腕一本……いや、指一本とて、淵魔を強化させる要因となります!」


 無論、喰われる体積が大きい分だけ、淵魔をより強化する事になる。

 それに極端な話、血の一滴ですら、淵魔に利してしまうのだ。


 その一滴で極端に強くなる事はないものの、それも強化には違いない。

 そして、神使達には敵わないのは良いとして、他の兵より上回る事になったら……。


 その兵を喰らって、そこからまた更なる強化を得るだろう。

 そこからどれだけ連鎖的に強化されていくか、彼らには分からないのだ。

 そして、それに対処するべく、どれだけ慎重になって、慎重になり過ぎるという事はない。


 この乱戦だから、味方がどういう傷を受け、そしてどの程度の血や肉を奪われたかなど、正確に把握するのは不可能だ。

 そして、一度起きた小さな綻びは、後になって大きな後悔となって襲ってくるのだ。


「侮ってはなりません! 今は弱いかもしれない。しかし、淵魔の恐ろしさとは、個の強さだけではありません!」


「まぁ、確かにこの数は脅威に違いないな……!」


 エモスは遠く前方……『孔』から逸れてやって来る、大量の淵魔を見て嘯く。

 一時は空白地帯が出来上がった戦場だが、今は元通りになろうしている。


 第二障壁の向こう側では、未だ竜が飛び交い、各種属性の息吹ブレスが放たれ、魔術の火花が散っていた。

 爆発と衝撃は今も断続的に伝わり、その都度、百や二百で利かない淵魔が塵と貸しているだろう。


 しかし、勢いは未だに衰えていない。

 次々と『孔』の奥へ呑まれる淵魔の数も、そして、それを逸れて尚突っ込んでくる淵魔の数も、全く陰りが見えなかった。


「数だけの問題ではありません! 小さな切り傷、僅かな傷から、強敵が生まれるのだと思って下さい! 戦えない者は即座に後方へ! 足手まといだけでなく、決定的に敵を強化する機会を与えるのです!」


「鬼族は決して後ろに足を進めない! 常に前進あるのみ! 流した血の分だけ、我らは強くなるのだ!」


 レヴィンはいっそ、目眩がする様な思いがした。

 ――話が通じない、とは少し違う。


 もしかしたら、淵魔と鬼族は、決定的に相性が悪いのかもしれない。

 その猪突猛進的気質は、淵魔を相手するに致命的と言って良い。


 傷の多寡が、戦場で大きな問題になった事がないからだろう。

 淵魔に対して、それがどれだけ不利に働くか、全く想像ついていない。

 そして、それが神使三人の特性でないとしたら、ここから離れた鬼軍もまた、同じ気質だという事になる。


「拙いよな、これ……!」


 後方へ横顔を見れば、そこには血で顔を濡らして猛る鬼族がいた。

 これがユーカード軍であれば、即座に後方へ移し、予備軍を投入して前線を維持する。

 その間に傷を治療するなり、それでも難しい者は戦線離脱させるだろう。


 だが、彼らにその判断はなかった。

 いっそ狂気的に攻撃を繰り返し、目の前の淵魔を屠っている。


「いいね、いいね、喧嘩は華だ! 鬼族の戦いとはこうでなくちゃ! どれだけ傷を受けようとも、最後まで立ってれば、それで良いんだろう!?」


 それで本当に押し切れるのならば、文句はない。

 しかし、淵魔の中には鬼の特徴を持つ者が現れ始めていた。


 血を舐め取り、あるいは牙で削った僅かな肉から、そうした個体が生まれようとしている。

 ――悪い兆候だ。


 今は淵魔を押している。

 攻められつつ、押し返すことが出来ていた。

 しかし、これが一体いつまで保つか……。


 そして、何よりの問題は……一体いつまで、この氾濫が続くのか、という事だった。

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