東方防壁攻防戦 その6

「順に移動だ! 持ち場を離れる際は、各部隊の指揮官の指示に従え! 負傷者を優先だぞ! 手早く動け!」


 レヴィン達は一角の討滅士であり、その実力は誰もが認めるところだろう。

 実際にはアヴェリンに扱かれたお陰で、彼らが想像する以上にレヴィン達は強い。


 しかし、数による圧殺の前には、その実力も十全に発揮できなかった。

 一体一体は、全くレヴィン達の相手ではない。

 それこそカタナの一振り、武器の一撃で両断できる。


 しかし、ここで必要なのはより広域に攻撃できる手段であって、例えば魔術などが重要だった。

 無論、要塞としての機能を持ち合わせるしている障壁には、多数の淵魔が攻め込んだ時の事を想定して、刻印を宿した武器を常備している。


 それでも、この数の前には、さしたる効果を上げられなかった。

 前線から兵が引くことで、それを受け持たねばならない兵たちは、淵魔の圧力を更に強く受ける事となる。


「怯むな! 何としても、仲間の後退を助けるんだ!」


 壁を登ろうとする淵魔、壁を削り取ろうと噛み付く淵魔、それらが入り乱れて地獄の様相を呈する。

 それでも、耐えれば耐えるだけ勝利が近付くと思うから、レヴィン達はその為に奔走した。


 壁の上を左右に走り、手薄な所へ助太刀しては、次々と別の危機を排除し、戦線を維持する。


「とはいえ……ッ!」


 後退の準備が進む程に、防衛に回る人数は少なくなっていく。

 この場を死守しつつ、殿として残った兵も、無事逃すまでがレヴィンに課せられた任務だ。


 早すぎる段階で撤退しては、今も撤退中の部隊とかち合い、その場で動くに動けなくなる。

 そして、期を読み違え、撤退が遅過ぎれば、淵魔の群れに飲み込まれてしまうだろう。


「本当なら、今すぐにでも逃げたい所だが……!」


 チラ、と背後を覗えば、未だ部隊の多くは撤退の最中だった。

 隔壁の歩哨は内側に閉じ込めた淵魔を攻撃する以外にも、次の隔壁へと移動する為の手段となり得る。


 もしも突破される事態になった時、素早く次の防衛に移れる為の措置だった。

 そして、歩廊がそのままだと、当然淵魔もそれを使おうとするので、途中で爆破し断絶する仕掛けも用意されている。


 一先ずそこまで到達できれば、まず安心と言えるのだが、レヴィン達がそこへ行こうにも、未だ全ての部隊は渡っていなかった。

 だから今しばらく、時間を稼ぐ必要がある。


「オァァラァァッ!」


 少し離れた隣では、ヨエルが豪快に大剣を振り回し、淵魔を薙ぎ払っていた。

 レヴィンのチームでは唯一、広範を攻撃できるから、自然と頼りにしてしまっている。

 しかし、それで突出し過ぎるのも考えものだった。


「――ヨエルさん、突っ込みすぎです! 周りと歩調を合わせて! もっと良く周りを見て下さい!」


「そうは言っても……! 隣り合わせじゃ、仲間を攻撃しちまうよ!」


「それを上手くやるんです! アヴェリン様にも散々、応用を利かせろって言われてたでしょ!」


「カーッ! 最近のアイナは遠慮がねぇぜ!」


 だが容赦なのない物言いも、それだけ打ち解けた証拠とも言える。

 迷宮で互いの絆を確かめ合って以降、アイナは仲間に掛ける気遣いの方向が少しだけ変化した。


 そして、それは後方に居るから出来るアドバイスであり、広く視野も維持しつつ、支援術や治癒術を適宜使う、彼女に相応しい役割でもあった。


「我々がするべき事は、時間を稼ぐことだけです! 死守ではありません! 全員が生き残って、仲間たちと合流するんです! 必ず!」


「あぁ、そりゃ違ぇねぇ……! けどよ、尻を蹴る足が、ロヴィーサ以外にも増えたってのは、余り良い気分じゃねぇな?」


「私が二人分、蹴って上げてもよろしいですよ」


「おっと、やぶ蛇かよ……!」


 軽口の応酬を聞いて、兵たちの顔にも、ぎこちないながら笑みが浮かぶ。

 兵が一突きして淵魔を壁から落とす横で、ヨエルはその五倍から十倍の敵を落とすし、ロヴィーサも軽快な動きと共に次々淵魔を屠っていく。


 雑談交じりに軽い調子で捌いていくものだから、彼らの顔にも余裕が出て来た。

 最悪死に役だと思っていた彼らも、この分なら行ける、という希望が湧く。


 まったく笑顔が浮かばなくなった戦場は、末期を知らせる合図でもある。

 先行きを諦め、戦う力が残されていても戦う気概を失くしてしまう。

 だが、レヴィン達の姿に励まされ、兵士たちはいつも以上の力を発揮している。


「おぉぉ……!」


 そしてここには、アヴェリンという特級戦力もいた。

 ヨエルの一撃も凄まじいが、武器の違いがあってさえ、アヴェリンは負けていない。

 彼女の雄姿に励まされ、士気を取り戻す兵は尚のこと多かった。


 速く移動が完了してくれ、と祈りながら、レヴィンもひたすらカタナを振るう。

 視界の遥か奥では、竜の息吹ブレスと魔術の光で爆光が轟いている。


 衝撃は壁にも伝わり、その度に淵魔の多くが蒸発しているというのに、攻撃で空いた穴は即座に淵魔の群れで埋まった。


 レヴィン達の殲滅効率と比べて雲泥の差だ。

 ――しかし、それでも。


「一向に数が減らない……!」


 押し寄せる淵魔の数は、未だ変わる様子がなかった。


「これまで何処に、これだけの数が潜んでいたんだ……!」


 いつでもこれだけの数が投入できたなら、とうの昔にユーカード領は淵魔に呑まれていた。

 しかし、逆を言うと、これまで出来なかった理由があったという事だろう。

 ――それを知る由もないが。


「あぁそうだ……! 本来ミレイユ様は、この世から追放されていた筈だったんだ……!」


 そして、彼女は自分が居ない一年の間に、世界は滅亡すると予想していた。

 アルケスが直接、手を出して蹂躙すると思っていたから、予想とは随分違ってしまったが、これも十分世界を滅亡させるに足る惨事だ。


 ――そして、あるいは。

 そのアルケスも失敗したから、こういう事態になったのかもしれない。


「だが逆に、これまでやって来なかったという事は、ミレイユ様が健在だと失敗する、と思っていたからじゃないか……!?」


 出遅れた筈の今回でさえ、ユーカード領に変事あり、との急報を受けて駆け付け、こうして何とか対処出来ている。

 それは薄氷の上に立つ程の、心許ない成功だが、実際なんとか凌げていた。


「敵としても不本意なんじゃないか……?」


 淵魔を一匹、また一匹と斬り付け、あるいは斬り落としながら、レヴィンは遠方を睨む。

 計画を早めたか、あるいは破れかぶれか……。

 これだけの戦力あっても、所詮無垢サクリスしかいないからか……。


「ともかく、必勝の策には程遠い……! 凌げる……凌げる戦いなんだ、これは!」


 数に圧倒されたのは確かだ。

 しかし、レヴィン達は勝たなくとも良い。防御に徹しているだけで良いのだ。

 ただ、その防御さえ簡単ではないのが、現状の辛い所だった。


「――若ッ! これ以上は拙い! 流石に粘り切れねぇぞ!」


「撤退を進言します! 若様、我々は十分、時間を稼ぎました!」


 兵たちもその死力を尽くし、粘りに粘ってくれた。

 それはアイナが使う治癒術による恩恵も大きい所だが、彼らの士気なくして不可能な事でもあった。


 ――だが、稼ぐべき時間は、今少し残っている。

 ロヴィーサは十分と言ったが、実際は未だ、兵は歩廊の爆発地点を通過していない。


 レヴィン達が押し寄せれば、尚のこと円滑に撤退は進まないだろう。

 付いてこられず、犠牲になる兵もいる筈だ。

 しかし、それさえ計算の内に入れて、ロヴィーサは進言していた。


 何よりこのまま全滅するより、数割の犠牲を出す方が建設的だ。

 それを元に淵魔が強化されるとしても、今はそれを飲み込むべき、という提案だった。

 そして、それは軍事的に正しい判断でもある。


「あぁ、だが……」


 レヴィンはチラリ、とアヴェリンを窺う。

 しかし、彼女はお前の好きにしろ、とでも言いたげな視線を向けるばかりだ。

 むしろお手並み拝見、とでも思っていそうな顔つきだ。


 レヴィンはそちらから視線を切り、眼下の淵魔へと顔を向けた。

 淵魔は扉に齧り付いて穴を空け、そこからも侵入しようとしている。

 そして、どうやらその成功も、そう遠くなさそうだった。


「火炎槍をありったけ持って来い!」


「まだここで籠城すんのか!? ――無茶だ! 一分や二分、時間が伸びてどうなる!?」


「そうじゃない! 良いから持って来い!」


 ヨエルの反対を押して、レヴィンが尚も強く命じると、負傷して前線から引いていた兵が数名、脇腹を抑えながら走って行く。

 アイナの治癒にも限りがあるから、重傷者でないなら、今は後回しにされていた者達だ。

 その兵達が幾らもせず、合計十本の槍を持ち帰った。


「――アイナ! 支援はもう良い! これを等間隔に突き刺してくれ!」


「え、えぇ!? ここにですか!? この歩廊に? 壁が壊れる手助けになりません!?」


「良いからやれ、それが目的だ!」


 その間にも淵魔の猛攻は更に激しくなっている。

 扉の方にも小さな穴が空き始め、淵魔が顔を突っ込み始めた。

 抜け出すのは、最早秒読みの段階だった。


 アイナはレヴィン達と兵士達が戦う間を縫って、次々と槍を突き刺して行く。

 一度では深く刺さり切らず、また片腕は槍を抱えているので、そう簡単に差し込まれたりしない。

 しかし、戦力にならない負傷兵達が手伝ってくれ、予想よりも早い段階で作業は完了した。


「――レヴィンさん、オッケーです!」


「よし、負傷兵を抱えながら撤退! ヨエル、ロヴィーサ、もうひと仕事やるぞ!」


「余りに危険過ぎます! エーヴェルト様は、そこまでの仕事を期待しておりません!」


「だとしても、ただで通過させる訳にはいかないッ!」


 撤退戦を指揮しつつ、レヴィンは歩哨の上を疾走る。

 防衛戦がなくなり、淵魔が怒涛の如く這い上がって来て、レヴィン達はそれらを最後尾で斬り結んだ。


 そうして十分に扉上から離れた所で、兵の一人から槍を奪った。


「ほら、走れ走れ走れ! とにかく逃げろ、爆風に備えろよ!」


 そうして、兵士の火炎槍を起動させつつヨエルに手渡し、そうして火炎槍が立ち並ぶ一点を差して叫んだ。


「ヨエル、投げろ! 中心だ!」


「そういう事か! 任せ――ッろやァァッ!」


 槍は直線上に投げ入れられ、着弾と同時に槍が火を吹く。

 その槍は互いに炎を誘発し、逃げ場のない炎は槍自体を燃やした。


 熱で暴走した槍は大爆発を起こし、歩廊どころか扉その物を吹き飛ばす。

 そのついでに、扉で固まっていた淵魔を諸共吹き飛ばして灰にした。


「ぐぅぅぅ……!?」


 爆発の衝撃は熱と共にレヴィン達も襲う。

 その爆風に押される様にして歩哨を走り、そうして前方の仲間を押し込みながら、歩哨爆破地点をも通り過ぎる。


「――今だ、切断しろ!」


 最後尾のレヴィン達が通過した事で、後顧の憂いなく道を落とした。

 それでようやく、長い撤退戦をやり遂げたのだった。

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