東方防壁攻防戦 その1
竜の頭を玉座にして座ると、ミレイユは信者達を睥睨する。
右から左へ視線を移し、数千の
それは神としての威厳をあらたかにする為というよろ、潜んでいるかもしれない人型の淵魔を探す為だった。
顔色が悪いぐらいが特徴の、他の人間と変わらない淵魔――。
それは今も信者たちに紛れて隠れているかもしれない。
だが、その淵魔の特徴に、ミレイユは一つの仮説を立てていた。
今までとは明らかに別種の淵魔――この“ヒトガタ”に、魔力を扱う力はない。
更に言うなら、マナを持たないのだ。
だから先の戦闘中、攻撃手段に魔術がなかった。
そして、それは淵魔の――その『核』たる存在の出自を辿れば明白で、マナを神の力から漏れた老廃物程度にしか思っていなかった。
また、そこから生まれた魔術によって、敗れた存在でもある。
毛嫌いするには十分な理由だったし、だから新たに生み出した“ヒトガタ”は、それを扱う手段を持っていなかった――。
そう考えると、辻褄が合う。
ただし、あくまでの仮説の段階なので、それに傾倒する訳にはいかない。
だが、その仮説はともかく、マナがない事が一つの証明にはなるのだ。
現代において、マナを持たない人間など存在しない。
世界全般にマナが根付き、生物はマナを得て誕生するものと、ミレイユと他の神々が長い時間を掛け、そうなる世界へ作り変えた。
だから、それを持たない人間は、ミレイユにとって酷く目立つ存在だ。
睥睨した信者の中には、アルケスの洗脳によって捕らえられた者達がいて……。
そして、その捕らえられた者ではなく、取り押さえている者の中に、複数人マナを持たない人達を発見した。
――マッチポンプか。
積極的に外敵を排除する様に見せかけ、他人の評価を上げようというのだ。
そして、何らかの容疑に上がった時、それを理由に逃れるつもりがあったかもしれない。
「汚らしい手を使う。内部から食い荒らすつもりだったか……」
ミレイユの視線に勘付いたのか、その場からそっと逃げ出そうする者まで現れた。
誰もが身動ぎせず平伏している中、逃げ出そうとする者はそれだけで目立つ。
彼らは正に、自ら墓穴を掘ったのだ。
ミレイユは『念動力』を使って、それら全員を一箇所に集め、宙吊りにした。
唐突なミレイユの暴挙に、信者達は一瞬騒然としたが、暴れて逃げ出そうとする者達を見て確信する。
「く、くそっ! やめろ、離せ! 離しやがれ!」
「あれらは違う、信者ではない……」
仮に裁かれるのだとしても、神の御手に攫われ、そして御自ら裁可を下すのだ。
それは信徒からすると、名誉ですらある。
その罪を詳らかにして告解し、粛々として罰を受けるべきなのだ。
逃げ出そうなど考える筈もなく、まして口汚く罵るなど有り得ない。
「おぉ、神よ……! 偉大なる
神が異分子を御自ら見つけ出し、人に害なす存在を排除する。
それは信徒にとって神の愛を感じられる機会であり、神は人を見捨てないと宣言されたに等しい行為だ。
そして、五人一纏めになった“ヒトガタ”は、ミレイユの近く……より正確に言うと
ミレイユはそれを汚物を見る視線で睨み、差し出した掌を徐々に締める。
「潜入していた愚物は、どうやらこれで全てらしいが……。何を命じられたか、ここで吐け」
「だ、だれが……! 誰がお前なんぞに……!」
「
ドーワが嗄れた声を出して、今も逃げ出そうとする五人を見つめ、不快そうに鼻先を歪めた。
「こいつら、今すぐ消し炭にしてやろうか、えぇ? どうやら火が有効そうってのは、さっき見せて貰ったしね」
「そうしても良いが、今すぐは……いや、どっちにしろ時間の無駄か。こいつらは何も喋らんだろうしな。痛みを感じる素振りもなかったし、拷問の類も無駄に終わりそうだ」
「だったら、雑魚に構っている暇なんざ、尚更ないだろうさ。アルケスは逃げたままだよ。追い掛けなくて良いのかい」
それはミレイユも、臍を噛む思いでいた事だ。
逃がした先でまた潜伏される可能性を考えると、是が非でも姿を見せたこの瞬間を、逃す訳にはいかなかった。
「それに、あいつは転移が使えるんだろう。見失ったら取り返しがつかないよ」
「いいや、今のアイツは使えない。使えるものなら、飛んで逃げる必要はなかった。後ろから私に追撃される可能性を捨て切れない以上、背中を見せて逃げるリスクを、進んで負う必要がないからだ」
「あぁ、そうか……『信仰』か。神がその力を扱うに、なくてはならない力だ。しかし、それも今や雀の涙だ」
人にとって、魔力を使うにはマナを要する。
同じ様に、神にとって神力使うには『願力』を要するものだ。
己へ向けられる強い気持ち、その一つが信仰であり、他には畏怖など代用は可能だった。
必ずしも信仰である必要はないが、強い気持ちを一心に向けられる願力というのは、そう多くない。
だから神にとって『信仰』は特別で、権能を行使すること、そして存続させるのに宗教は必要な形態なのだ。
そして、長く表舞台から姿を消していたアルケスには、その願力が必要十分に供給されていない。
ロシュ大神殿への襲撃と、その後の
何より、出し惜しみして勝てる存在ではないと、アルケス自身が良く分かっていた筈だ。
「アイツは権能を使って逃げられない。嘘と欺瞞で塗り固めた奴だが、命の瀬戸際まで、その余裕を見せられたとも思えない。今すぐ追い掛けたいのは本音だが、遠くまでは逃げられないだろう」
「じゃあ、どうするんだい? こいつらを吐かせたいなら好きにすると良いが、時間も掛かり過ぎるだろうさ」
「あぁ、だから待ってる。そろそろ来ても良いと思うが……」
ミレイユがそう零した、丁度そのタイミングだった。
ドーワの顎先、その程近くに『孔』が開く。
そこからはアヴェリンを先頭として、ルチアとユミルが顔を見せ、その後にレヴィン組が続いた。
最後にはインギェムも姿を見せ、そしてドーワの存在と、平伏して微動だにしない信者を見つけてギョッと身体を強張らせる。
「おいおい、何だよこれ……。えらく物騒じゃねぇか」
「良く来た。待ってたぞ、特にユミル」
「あら、アタシ? ハグはいる? キスも必要?」
「やめろ、真面目な話だ。そこに浮いてる奴らの頭を覗いて、情報を抜け」
そう言われて、ユミルは初めてドーワの鼻先で宙吊りにされた者達を見つけた。
そして、その顔――正確には顔色――を見るなり、首を横に振る。
「無理ね。こいつらって、何らかの手段で頭を覗いたら、自爆するように調整されてるみたいだから」
「何……? そっちにもいたのか」
「もっと言うなら、こっちだけじゃなく、アヴェリンの方にもいたみたいね。それもちょっと、色々と特殊な能力持ち。魔術とは異にする体系で、結構面倒なヤツよ」
「そうだな……。時空間転移まで手に入れているのは、面倒の一言では片付けられないが……」
うげ、とユミルは顔を歪めて、宙吊りにされた男達を見る。
「こっちにもいたの。それで十把一絡げに処理してんのは、単なる冗談にしか見えないケド。まぁ、アンタのやるコトだから、今更おかしいなんて言わないわ」
「そうじゃない。いや、こいつらはどうか知らないが……。時空間転移の能力者は既に始末してる」
「あら、じゃあ一先ずは安心ね」
ユミルが肩を竦めて息を吐くと、ドーワからは不満げな声が上がった。
「それで、こいつらはどうするんだい? 処分するのか、しないのかい」
「情報を抜けないなら、もう仕方ない。淵魔に喰われた者は、もう助からないのが常識だ。姿形は無事に見えるが……、淵魔に変容した姿から解放してやる事が可能かどうか……。検証するにも時間が惜しい。だからこそ、私の手で葬るのは手向けになる」
「よせ、やめろ! こんな、こんな所で……! 我々は、使命を……!」
「ドーワ、いいぞ」
ミレイユは掌を竜の頭に置き、軽く叩いた。
それを合図にドーワはアギトを開き、ミレイユは宙吊りにした信徒を更に空高く運ぶ。
ドーワの顎の角度もそれに合わせて開き、そしてプラズマを放出する程の熱線が、空に一条の線を描いた。
当然、男たちは灰すら残らず消滅し、ミレイユは跡形もない空を見て眉間にシワを寄せる。
「……胸糞の悪い。今尚もってして、人間を弄ぶつもりか。人間は神の遊び道具じゃないぞ……!」
「そのコトで一つ報告があるわ」
ユミルの口調が改まっているのに気付き、ミレイユは表情を少し緩和させて顔を向けた。
「量産されているのかどうか、そこまでは知らない。でも、どうやら飴玉サイズの何かを食わせれば、人間に淵魔の特性を与えることが出来るみたい」
「なに……?」
「確定情報でもないんだけど、知り得た情報として、報告しておくわね」
「飴玉サイズ……? それがつまり、人間を外見そのままに、淵魔へ変貌させる道具だというのか?」
だとすれば、拙い。
アルケスはそれらしき物を受け取り、口に運んでいた。
その時は傷を癒やす『丸薬』かと思ったが、もしかすると、その変貌させる物体を与えられていたかもしれない。
「傷が癒えるぐらいは瞬時にするだろう……。だが、権能が使えない部分は変わらないはず……。だが、どちらにしろ予想より速く傷は癒え、遠くへ逃げたかもしれない……」
最早、流暢にしている余裕はなく、即座に追い掛けなければ、事態は悪化を招きかねなかった。
いや、今なお悪化の一途を辿っている。
ミレイユは考えを改め、即座に行動を開始した。
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