未知との遭遇 その7
ミレイユの中にも、激しく燃える怒りの炎があった。
アルケスの裏切りと、そこに伴う多くの暗躍、そして淵魔との結託は、神であろうと死罪が妥当だ。
名誉の死など与えられず、磔の上、全ての民に石を投げつけられる刑罰が、当然だとすら思っていた。
しかし、ここで首を自ら差し出すのなら、例外的な慈悲を与えても良い。
ただ、ミレイユは知っている。
アルケスにとって、その提案は屈辱でしかないだろう。
それを理解した上で、決して頷かない提案だと知っていて投げたのだ。
アルケスは侮辱と怒りで形相が変化し、斬り落とされた腕からは、大量の血が吹き出ていた。
放っておいても死んでしまいそうだが、決着は付けなければならない。
何より、小神が起こした不始末を、大神の手によって裁かれる、という形式が大事だった。
背後には遠巻きにして見守る信者達がおり、そして決着の行方を、固唾を呑んで見守っている。
「
アルケスは怒号と共に駆け出そうとする。
しかし、それはミレイユを前にして、余りにも遠い距離だった。
一歩踏み出した所で右手を構え、二歩目が地を踏んだ時には制御は完成し、三歩を踏み出すより速く、ミレイユから魔術が放たれる。
そして、その足が地を踏む時には、既に魔術は着弾していた。
「ぐぁっ……!?」
光線がアルケスの左肩を貫く。
それでまだ無事だった片腕も、最早動かなくなった。
衝撃と共にアルケスは背後に倒れ、立ち上がろうとも右手はなく、左手も満足に動かない。
だから宙に浮かんだのだが、それもまたミレイユに取っては良い的でしかなかった。
同じ魔術を制御して、空高く浮かんだアルケスに標的を定める。
彼の敵意は遜色なく、未だ戦意を保ち続けていた。
両腕は使い物にならず、傷を癒やす気配すらないのに、アルケスは怒りだけで挑み続けようというのだ。
「無謀だな……、賭けですらない。これまでの用心深さは何処に行った……」
目的の為ならば、幾らでも準備を重ね、罠を張り巡らせたアルケスだ。
しかし、その全てを晒した後では、無謀な特攻しか残ってないのかもしれない。
「とはいえ、結果は変わらないが……」
ミレイユが魔術を放とうとしたその時、空から三つの影が降ってきた。
誰もが
それがミレイユを囲い、三角形の形で互いの位置を一定に保っていた。
これまでとは違う、明らかに別種の異質さが彼らにはある。
ミレイユが慎重に構え、それらの様子を見定めていると、アルケスに最も近い者が何かを投げ渡した。
咄嗟に受け取ろうとして、しかし腕が使えず身体に当たる。
アルケスは苦労して――非常に苦労して、何とか落ちた物を指先二つで摘み取ると、それを数秒見つめて顔を顰めた。
それはどす黒い飴玉の様に見えた。
あるいは、状況からして丸薬であるかもしれない。
止血剤と増血剤などが入った薬。
彼らがアルケスの味方である以上、それが最も妥当な予想に思える。
「お、お前ら、は……!」
「我らは保険だ。どうせ失敗すると予想され、こうして機を窺っていた」
「どうせ、失敗だと……!? 俺が……、失敗だと!?」
「この状態をそう呼ばず、他に何と言う」
「デク、人形ごときが……!」
味方ではあるものの、互いに良好な関係ではないらしい。
アルケスの部下や下僕の様には見えず、全く別の指揮系統からやって来た様だ。
ならば、いつまでも長話に付き合ってやる理由がなかった。
何より、ここでアルケスを取り逃すと、厄介極まりない状況に陥る。
ミレイユは嘲る仕草で尊大に、強く挑発する口調で声を飛ばした。
「掛かって来ないのか、アルケス? お仲間が増えて形勢逆転、私を討てるかもしれないぞ」
「当たり前だ、俺は――」
「いいから、さっさと行け。この神はこちらで受け持つ。覚悟があるなら、それを飲んで備えろ。そうでないなら、塵のように朽ちてしまえ」
「貴様! この俺を! デク人形如きが、この俺に――!」
アルケスが人に見下される発言をされて、黙っていられる訳がない。
治療薬らしき丸薬を飲み込もうともせず、そのまま仲違いを始めそうな勢いだった。
そして、ミレイユにとってこの状況は好機でしかなく、黙って包囲されたままでいる筈もなかった。
二人が口煩く遣り取りしている間に、ミレイユの制御は完了している。
「馬鹿の馬鹿騒ぎ程、馬鹿馬鹿しいものはないな」
ミレイユは両手を左右に突き出し、襤褸を纏った三人の内、二人を標的にした。
込められた魔術は『爆砕』という地属性中級魔術で、人間の魔術士が使っても、小型の岩なら粉々にする威力を持つ。
これを頭部目掛けて使うと、二人の頭は呆気なく粉々に砕かれた。
頭部を失った身体は力なくその場に崩れ、物言わぬ
「私を前に口喧嘩か、……随分と余裕だな。終わるまで待ってくれると思ったか?」
「――さっさと行け」
「クソッ……!」
身を翻して、アルケスは逃げ出そうとする。
走って逃げるなら、腕が動かないだけで相当困難になるが、飛んで逃げるなら関係がない。
アルケスは苦労しながら丸薬らしき物を口元に運び、飲み込んだ様に見えた。
ミレイユはその背に向けて魔術を放ち、撃ち落とそうとしたのだが、その前に身を挺して庇う別の影があった。
「いや……」
それは襤褸達の、新たな仲間などではなかった。
頭部を失った身体が、起き上がってその身を盾にしているのだ。
腹部が爆ぜて大穴を空けるも、血を流す気配がない。
空いた穴から後ろの景色が見える程だが、血の一滴すら流れていなかった。
「思えば……、先程の一撃も血を流していなかったな」
位置的に視界の端だった、だから気付かなかったという理由もある。
しかし、違和感は持って当然だった筈だ。
彼らに流れる血液はなく、そして泥ともヘドロともつかないものが、その体内を巡っているのが見えた。
身体に空いた大穴から、内蔵が溢れる気配もない。
血もなく肉もなく、骨すらもなく彼らは動いているのだ。
「まるで淵魔みたいな奴らだな……。人型の淵魔にしては余りに……いや、つまりそういう事か」
実際の理屈はともかく、今はその様に判断するしかなかった。
人に擬態できる淵魔、人と良く似た行動を取れる淵魔、そういうものが生まれた、と暫定的に決定づける。
何を喰らっても本能のままに、また新たな何かを喰らおうとする淵魔だが、目の前の人形には明確な意思と理性があった。
そして、そんな淵魔が存在するのなら、根底から状況が覆される事になる。
「吐いて貰うぞ、お前らがどういうものか。他にどれだけいるのかをな……!」
「我らは無敵の存在だ。そして神さえ、我らの前に跪くのだ」
「大層な自信だ、面白い」
倒れていたもう一人の頭のない骸は既に立ち上がっており、また新たにミレイユを取り囲む三角形を形作った。
そして相手が淵魔であるなら、頭部を失うことに余り意味はない。
内包される生命力が尽きない限り、どこまでも立ち上がり、どこまでも襲い続ける。
「――だがな」
ミレイユは両手に魔力を集中し、魔術を制御する。
練り上げられた魔力は先程とは比較にならぬ膨大さで、それがミレイユを中心として吹き荒れた。
頭のない身体がミレイユを襲おうと仕掛けたが、その時にはもう遅く、魔術の制御は完了していた。
「見せてみろ、無敵とやらをな。『嵐の回廊』……!」
両手を外に開いて、突撃しようとしていた二人に魔術を放つ。
着弾と同時に竜巻が形成され、二人は上空に飛び上がった。
そのまま風に斬り刻まれつつも、時に吹き飛ばされ、しかしもう片方が対象を吸い込み、二つの竜巻が細切れになるまで離しはしない。
決して逃れられない回廊を、ひたすら行き来させられるのだ。
そして期待通り、二つの身体は嵐を行き来している間に微塵と砕け、斬り刻むものがなくなった嵐は自然と消滅した。
「なるほど、無敵ね……。お前が言う無敵というのは、細切れにされただけで滅することを言うのか」
「神を殺す……と、想定して造られた、我らが……! いや、我ら三位一体で力を為せば、神一柱くらい、どうとでも……!」
「まぁ、三人で取り囲んで来た辺りで、何かあるんだろうとは思った。分かり易いのは封印術だが、使うかもしれないと思えば、初手から切り崩すに決まってるだろう」
「おまえは……、相手を格下に見るんじゃ、なかったのか……」
あぁ、とミレイユは薄く微笑んで、冷めた眼で見る。
その程度の情報は知っていて当然、何なればアルケスからも聞いていた事だろう。
しかし、その格下に見る余裕が相手を付け上がらせると、ミレイユは最近学んだばかりだ。
とりあえず攻撃させて、防いで反撃を……といった行動は、王者の振る舞いではある。
それで苦い敗北を味わったばかりのミレイユに、同じ轍を踏む筈がないのだった。
ミレイユは冷笑を浮かべたまま、右手に魔力を込めて言い放つ。
「よくお勉強してたんだな。だったら、これも知っておけ。誰も
右手に込められた魔力の奔流が、迸って男を飲み込んだ。
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