未知との遭遇 その5

「それには同意するわ。でも、考えてみて欲しいのよ。アルケスと『核』は、本当に一枚岩? 一致団結していると思う?」


「それは……、どうなんだろうな……。分からん」


「前にウチのカミサマが、言ったコトあったでしょう? 精神を汚染されてるとか、そういう類のコトを」


「そうだな、言ってたな……。『疎通』しているつもりが、あっち側に精神を引っ張られているんじゃないかとか、そういう話をよ……」


 自ら口にして、それからインギェムは、はたと動きを止める。

 腕を組んで考え込むと、しきりに首を傾げて言葉を零した。


「……あり得るのか? いや、だが……接触自体、一度もなかったとしたら……。実は互いに利用し合う関係でしかない、とか……?」


「そうそう、アタシはそれが言いたかったのよ」


 ユミルは向けていた指を立てて、横へ何度か振る。


「互いの目的の為に利用し合う関係、それが奴らなんだわ。そして、表向きはアルケスの計画に乗っている振りをして、『核』もまた自分なりの計画を推し進めようとしている」


「……十分、考えられるかもな。ミレイユから聞いた創造神アレの性格からして、明らかに唯我独尊タイプだろ。素直に協力してやるタマじゃない筈だ。それで……」


「えぇ、多分……アルケスが主導で進める計画が上手く行けば、それで脚切りするつもりだと思うのよ。でも、相手がうちのコなら、それを飛び越えてくると考えていても可笑しくない」


「だからこそ、裏で独自に推し進める計画、か……。それは分かるが、それがどうして誰も殺さない、に続くんだ? 己らを利用したがっていたのは、アルケスも同じだろ? 急に掌を返す必要はあったのかよ?」


 これにユミルは曖昧に頷く。

 彼女自身、まだ考えが纏まっていないからであり、そして何より情報が少な過ぎるせいでもあった。


 しかし、状況を見ればそうだと考えられ、そして説得力があるから、その考えを進めてみただけでもあった。

 そこへ、それまで傍観者に徹していたルチアが、やはり控え目な口調で声を挟む。


「思いますに……、進める計画や着地点が違うからこそ、生まれる齟齬なのでは? 『核』は最終的にアルケスと意見が割れると思っていて、だからアルケスにも分からない部分で、暗躍しているのかもしれません」


「そうかもね……。今は丁度、ウチのコを強制転移させて、高笑いも終わった頃よ。実はここから、アルケスすら呑み込む計画が進んでいるのかもしれない」


「だから、己を味方に引き込むってか? あり得ねぇだろ、アルケスの脅しには屈して見せたがよ、だから他の奴らを人質にすれば、もっと従順になるとでも思ったか?」


「いえ、違います。……多分、違うでしょうね。先程、知ったばかりの新情報なのですが……」


 そう言って、ルチアはユミルへ目配せする。

 情報を抜き出したのはユミルだ。

 だから彼女の口から説明して貰おうとしたのだが、当のユミルは、そちらからどうぞ、と手を向けて沈黙を貫いた。


「どうやら、先程の襲撃者は、人間をベースとした淵魔らしいんですよ」


「……あん? どういうこった? 単なるヒトじゃねぇとは思ってたが、あそこまで人間に擬態できる淵魔が生まれ出した、って事か?」


「いえ、これまでとは逆の発想ですね。淵魔に人を喰わせるのではなく、人に淵魔を喰わせるらしいんです。飴玉サイズの物を飲み込ませる事で、内側から変容してしまうらしいんですよ」


「おい、まさか……」


 顔色を悪くさせたインギェムに、ルチアは重々しく頷いて見せる。


「変容してしまうと、『核』に意識を支配されてしまいます。元々の人格が即座に損なわれる訳ではないみたいですが……。ともかく、貴女の権能を得た淵魔を作るのではなく、貴女そのものを淵魔に変えるつもりだったかもしれません」


「冗談じゃねぇ……!」


 青褪めた顔で言うインギェムに、ルチアは綺麗に整った柳眉を逆立てて頷く。


「勿論、冗談ではありません。そして、もしも神使や騎士の方々にも、同じ目に遭わせるつもりだったとしたら、生かしていた理由も納得できます。恐らく、死体からは変容できないんでしょう。そして死体を活用できないのなら、生かしておく理由が生まれますから」


「それで……? その見た目からは敵かどうかも判別できねぇし、実は獅子身中の虫を飼ってるかもしれねぇから、疑心暗鬼に陥れさせるつもりだってか?」


「そこまで考えてませんでしたが……」


 ルチアは眉根に刻んだ皺の数を更に増やし、大きく嘆息してから頷いた。


「結束こそが我らの強み……。それを逆手に取られていたかもしれません。もしもその『飴玉』を、隠し持っていられたりしたら、陰で敵を量産されていたかも……」


「タチが悪いのは、生前の姿を保つところだろ。内側から侵食されてたんじゃ、もう元に戻すことだって出来ねぇんだろうが……、だからって心理的に攻撃し辛ぇしな」


「……ですね。まさにそれを狙っての淵魔化でしょう。戦力を減らすだけ、能力を奪うだけなら、今までも出来ていたんですから」


「出来ていた、とは言えねぇんじゃねぇか?」


 インギェムは苦笑交じりに顔を背ける。


「今まで己らは完封していた様なもんだろ。襲う端から潰されて、無垢サクリスからろくに成長できねぇ。『虫食い』だって同様だ、出現と同時に潰してる。梃入れが必要だなんて、本気で何かをやろうとしてるんなら、考えて当然だ」


「そうね……、考えて当然だわ」


 ユミルは疲れ切った溜め息をついて、乱暴に髪を掻き乱す。


「分かってはいたのよ、このまま押し潰されて終わるハズないって。そしてそれが、アルケスを利用するという形で、上手く線が繋がったんでしょう。あちらとしては、十重二十重に策を講じたつもりなのかもしれない」


「あぁ、なるほど……。アルケスの計画が上手く行けば良い、という考えも間違いではないけれど、そもそも二段構えですか。全てはミレイさんを打倒する為の……」


「……神々の結束を打ち破るコト、仲違いさせ同士討ちさせるコト、有意義な権能は便利使いするコト……。その辺りも狙いなのかもしれないわ」


「それで、“新人類”とやらを地に増やして、代わりに神を気取るんですかね?」


 ユミルは心底憎らしく思う表情で顔を歪め、唾吐く思いで吐き捨てた。


「あぁ、そういうコト? 全てを支配下に置けるのなら、それは神も同然だわ。全てを自分の意のままに、そして反抗しない従順な人形……。神性なんぞでなくとも、お山の大将を気取れるでしょうよ……!」


「ハッキリと未練たらたらで、いっそ清々しいですね。清々しい程のマヌケ、とも言えますけど。――こんなのが表に出るなんて許せませんよね?」


「当然よ。アイツにとっちゃ、生きとし生ける者は自分の奴隷なのかもしれないけど、そんなの認められないわ。多少の不都合、多少の不平等があってこそ、自由な世界ってモンじゃない」


「今のところ、単なる憶測に過ぎませんけどね」


 ルチアは一応の釘を差したが、その表情はユミルと気持ちを同じくしていると、一目瞭然だった。

 ユミルはニヒルに笑って、腰に手を当てる。


「実際はどうかなんて、そんなの大した問題じゃないわ。どうせロクでもない考えなのは、間違いないんだから」


「それはそうです。間違いないでしょう」


「どんな企みだろうと潰してやる。ようやく平和を手にしたこの世界を、台無しにされて堪るもんですか……!」


 インギェムもユミルの怒りに同調して、憤慨しながら腕を組む。


「まぁ、それじゃあ計らずも、計画の第一段階は初手で潰した、って事で良いのか? ざまぁみろだな」


「……とも、言えないんですよ。ルヴァイルさんの所が、どうなっているか分かりませんし、今はミレイさんがアルケスと対峙中なわけで……」


「ヤバイじゃねぇか! ルヴァイルは無事なのか……!?」


「そちらには淵魔討滅のプロと、アヴェリンさんが行ってますので、心配の必要はありません」


「そうか……、なら大丈夫だな。とはいえ、すぐ迎えに行ってやらねぇと……」


 安堵した表情をさせて息を吐くインギェムに、ルチアは少し困った顔をさせて水を向けた。


「少しはミレイさんの心配もしてあげて下さいよ。他と違って、たったお一柱で向かってるんですよ?」


「アイツに心配なんかいるかよ。しかも、相手はアルケスだろ? 一杯食わされたのは事実だとしても、そこから巻き返したのもアイツなんだ。負ける要素が見当たらねぇ」


「まぁ、だからこそ私達も、こうして呑気に話し合っていられた訳ですが……」


 ルチアは苦笑した後、気分を切り替えて表情を改めた。


「アルケスは倒します。ミレイさんが上手くやるでしょう。しかし、あの“新人類”が用意されていないとは思えません。ミレイさんこそを支配する目的があったなら、これってちょっと拙くありませんか?」


「……マズいわね。まぁ、言うほど口の中に飴玉を入れるのって簡単じゃないから、そう難しく考えるコトないと思うんだけど……。他の神々全員が無事でも、そこを取られちゃ意味がないわ」


 ユミルも表情を改めて、インギェムへと向き直る。


「さっさとルヴァイルの安全確認して、救援に急ぎましょう」


「それは良いが、ちょっと待ってくれ」


「トイレだったら後にして」


「違ぇよ、馬鹿! 無垢サクリスが外でうようよしてんだよ! コイツらどうにかすんのが先だ!」


「あぁ、もう! 仕方のない! ちゃっちゃと済ませて、ちゃっちゃと行くわよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る