未知との遭遇 その2
「アヴェリン様、助かりました……」
「悪い予感というのは、当たるものだ。……いや、予感とばかりも言えないか。最悪を想定したら、それに近いモノがあったというだけ、と言うべきなのかもしれない」
「不甲斐ない姿を見せてしまい、申し訳ありません」
レヴィンが項垂れて陳謝すると、アヴェリンは首を横に振ってから、武器と盾を仕舞った。
「お前たちだけで対処できたなら、それが最善だったのは間違いない。しかし、相手は目的の為ならば、汎ゆる手段を講じてくる輩だ。そこを考えると、
「ハッ、ご慧眼に頭が下がるばかりです」
「お前達でも対処出来ない敵がいるのは、正直意外だったが……。しかし、権能の一端を宿す、となれば話が別だ。そして、それを処刑人として用意していたというなら、その本気度合いも頷ける」
「――インギェムは、インギェムは無事なのですか!?」
『守護』による防壁を解いて、足早に近付きながらルヴァイルが詰め寄った。
アヴェリンはそれに頷いてみせてから、まず別の指示を出す。
「あぁ、多分な。それより周囲……外に『守護』の展開を。神処を完全に覆ってくれ。淵魔は内部に入り込んだようだが、外に漏らしてしまう可能性を排除したい」
「多分……!? それはどういう……!」
「詳しく説明する前に、まずは神器を使用しろ」
ルヴァイルは口惜しい顔をさせたものの、物事の順番を正しく認識できる神でもあった。
即座に胸元へ抱いた神器を使用すると、そこから中心とした光の膜が膨れ上がった。
最初はルヴァイルを包むだけの大きさしかなかったものが、加速度的に膨張していき、そして数秒と経たずに神処を完全に覆ってしまう。
その膜に押し出されてしまうのではないか、とレヴィンは外を窺ってみたが、どうやらそういう訳でもないようだ。
「とりあえず、これで外へ逃げ出す事は出来なくなった筈です。……それで、インギェムは?」
「私がここに来ているように、あちらにもルチアとユミルが行っている。あの二人ならば、何があろうと上手くやるだろう」
「そう、ですか……」
ルヴァイルは明らかに安堵した息を吐き、胸を撫で下ろした。
ユミルは普段の素行にこそ問題あるが、有能な味方には違いない。
ルチアと共に救援へ向かっているなら、それこそ大船に乗ったつもりでいられる。
それはレヴィンとて同意見だったが、同時に小さな引っ掛かりを覚えた。
「こちらにはアヴェリン様だけなのに、あちらには二名も派遣されたんですか?」
「重要度の問題だな。アルケスとしても、自分と似た能力を持つ相手は厄介と思うだろう。利用するつもりではなく、弑するつもりなら、より確実性を取るはずだ」
「それで、二名なのですね……?」
「こちらにはレヴィン達も居たしな。協力すれば大抵の敵には対処できたろうし、言い方は悪いが……ルヴァイルは全く脅威じゃない」
ルヴァイルは自嘲にも似た笑みを浮かべて、特に非難する事なく頷く。
彼の神に戦闘能力がない以上、高い戦闘能力を持つ刺客を送り込む必要がなかった。
そして、インギェムも戦闘能力がない所は同じだが、自在に『孔』を作り出して、移動できる手段がある。
逃げ出す事は勿論、それを使って散り散りになっている仲間を集結させることだって可能だ。
アルケスとしても、どちらを脅威と思っているか……それは考えずとも分かる。
「しかし、権能を掠め取られていたとは意外だった……。一体、どこにそんなタイミングがあった?」
「妾にも分かりません。神処の誰かとは思いたくありませんし、実際あるとは思えません。ならば外に出た時、と考えられるのですが……」
「しかし、それも基本的に竜に寄る移動ではないか? しかも、それらは基本『虫食い』を処理する為のものだ。その間のどこで、お前に淵魔が喰らいついたというのか……」
アヴェリンは難しく唸り、ルヴァイルもまた同様に眉を顰める。
しかし、そうして思考に没頭する時間は短いもので、ルヴァイルはすぐに顔を上げて詰問した。
「それより権能を……それも未来視などという力を手にしたのなら、ルヴァイルの方も拙いのではないですか? いえ、それだけでなく、これからの戦いすら……!」
「淵魔の捕食による能力の獲得は、そこまで便利なものでなかった筈だが……。一つの個体が便利な能力を得たとしても、他の淵魔も同様の能力を獲得できないだろう。とはいえ、ルヴァイルの権能を得た手段が不明である以上、勝手な憶測は出来んか……」
「すぐに救援へ行くべきですか?」
レヴィンが問うと、アヴェリンは首を横に振った。
「行きたくとも、まずインギェムの方が解決してからでなくては……。そちらが終わり次第、あっちの権能で回収される手筈だ。そして、ユミル達と合流してから、ミレイ様の元へ赴く」
「今は待つしかない、って事ですか……」
「いや、やる事はあるぞ」
アヴェリンが言うと、あっとアイナが声を上げて、至聖処の出口へ顔を向けた。
「今も騎士の方々が、淵魔と戦っている筈ですよ!」
「そうだった……! すぐに助けに行こう!」
レヴィンが頷き、アヴェリンとルヴァイルへ顔を向ける。
二人からも行くように指示を受け、飛ぶような勢いで外へ出た。
敵は
単なる神殿務めと、神を守護する任を受けた騎士では、そこ雲泥の実力差がある。
だが、万が一があった時、脅威となるのが淵魔という存在だ。
レヴィンはアイナに支援を頼みながら、激しい戦闘音がする方へ急いだ。
※※※
ユミルはミレイユに送り出され、ルチアと共にインギェムの神処へとやって来ていた。
礼節に則り、入口から入る様なお上品さは投げ捨て、最初から至聖処を出口に設定されていた。
部屋の造りはルヴァイルとよく似ていて、やはりこういう所でも、二柱の仲の良さが表れている。
部屋の中央には台座ともなる高台があり、その四方に柱が立っていて、薄いヴェールが掛かっている所まで同じだ。
しかし、今や戦闘の余波で、千切れ飛んで消えていた。
「あら、お取り込み中、失礼するわね」
部屋の隅に作られた『孔』から出て、ユミルは開口一番、目の前の人影に声を掛けた。
肌は不健康に青白く、そして面影に精彩がない。
身長は低く痩せ型で、赤毛の短髪をした、まだ十五歳程度の少年だった。
粗末で薄汚れたローブを着ていて、靴すら履いていない素足であり、そして武器も持っていない。
しかし、これが神をも弑する脅威を持っているのは、現状からも明らかだった。
至聖処は荒れ果て、所々ガレキが転がっている。
倒れ伏した者は多く、神使や神殿騎士が主な犠牲者だと思われた。
そして、インギェムは台座の上で『守護』の防壁に守られながらも、血を吐くような形相で少年を睨んでいる。
「ふぅん? つまり、その僕ちゃんがアタシ達の相手ってコト?」
「遅いぞ、お前ら! 何やってたんだ!」
インギェムの怒りは、ユミル達にも向けられる。
危機的状況にあって余裕がないのは当然だが、ユミルの方にもまた、言い分はあった。
「そう言わないで頂戴よ。早くに来すぎると、色々と破綻する恐れもあったでしょ? 期を見るに、少し遅れる状況が好ましかったのよ」
「……なんだよ、権能は使わないって約束したクセにさ。そうやって裏切るんだ?」
「己は使ってねぇよ。神器っていう便利なモンがあるの知ってたか、クソガキ」
「そういうこと言うんだ? 良いのかな、お前の部下たち、全員ここで死んじゃうよ」
少年は表情の落ちた顔で、不気味に笑った。
笑顔が下手というより、表情筋の使い方をしらないかのようだ。
まるで人形に無理やり、笑みを形作らせているようにも見える。
インギェムは大いに顔を顰め、盛大に吐き捨てた。
「よく言うぜ、先に裏切ったのはてめぇの方だろ? 生かす価値がある内は精々役に立って貰う、とは何だったんだ、おい?」
「だから、その価値がなくなったから、処分になったんだろ。
そう言って、少年はユミルを数秒見つめて動きを止め、あれ、と首を傾けた。
「お前、どうしてここに居るんだ? てっきり
「それは僕ちゃんが知るコトじゃないわねぇ」
ユミルがいつもの嫌らしい笑みを向け、戦闘態勢すら取らず、余裕を見せ付けニタニタと笑う。
そしてその態度が、少年はひどく気に入らないようだった。
「僕ちゃんなんて呼ぶなよ。オレにはブルドヴァって名前があるんだ……!」
「へぇ、そうなのブルちゃん。ご機嫌な名前だコト。それで……今度は何するの? 虐められたって、ママに泣きつく?」
「そのニヤケ面、すぐに泣きっ面に変えてやるよ、オバサン!」
ブルドヴァの能面が、僅かな朱に染まり怒りが湧き出る。
標的をインギェムからユミルへと変え、一直線に駆け出した。
手に武器はなく、素足のまま駆けてきて、粗末なローブが風に揺れた。
ユミルの方はというと、やはり戦闘態勢を取らぬまま、余裕の笑みも崩さずそれを迎え撃った。
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