未知との遭遇 その1

「ヨエルさん、オッケーです!」


 その一言と共に、傷の癒えたヨエルが、肉薄すると同時に剣を振り下ろす。

 大上段の一撃は床を噛み、そして壮大に割ったが、やはり攻撃は躱された。


 そして、目配せしてロヴィーサを下がらせると、今度はレヴィンとヨエルの二人掛かりで攻撃を開始する。


「だが、こりゃあ……!」


 元より防御が下手なヨエルだ。

 ロヴィーサの時より、攻撃を受ける回数が多かった。

 アヴェリンの教えでも散々扱かれ、そして随分まともになったが、やはり不得意分野は中々上達してくれない。


「しんどいぜ……! 完全に消耗狙いだ!」


 一方が回復している間に、もう一方が攻撃を受ける。

 今はその様な循環が繰り返されていた。

 アイナも無尽蔵に治癒できる訳ではないし、そうなれば力尽きるのはレヴィン達の方だ。


 淵魔にスタミナ切れは期待できない。

 そして呼称はどうあれ、ダモンに淵魔の気配があって、その影響を強く受けているのは明らかだった。


「そして、やはりヨエル狙いか……!」


 ダモンはレヴィンに一切攻撃して来ない。

 明らかに分かり易い隙を見せても、そこを狙う事は一度としてなかった。


「クソッ、何なんだ、コイツ!?」


「お前らより、ずっと上等な存在さ……。そして、この世の神を、ことごとく排除してやるのさ」


「ふざけ――ッ!」


 レヴィンが怒りと共に、全力で斬り付けようとした、その時――。

 ダモンは初めて焦りの様なものを見せ、そしてその場から飛び退った。

 その直後、頭上から何かが落ちてくる。


 ダモンの前髪を掠り、レヴィンの目前を通り過ぎたそれは、床を強かに打つ。

 巨大な振動で神処全体が震え、床は大きな亀裂によって裂け、クモの巣状の傷跡を作った。


 レヴィンも立っていられずたたらを踏み、しかし結局、尻餅をついた。

 見上げるとそこには、豊かな金髪を靡かせた、誰より信用できる戦士……アヴェリンが立っている。


「アヴェリン様……」


「随分とだらしない真似をしているな。たった一人に苦戦か?」


「真に、不甲斐なく……。しかし、このダモンなる相手は、今までと全く勝手が違います」


 フン、とアヴェリンは鼻を鳴らすと、ダモンと対峙して腰を落とす。

 顎先に盾を起き、身体は半身に。そうして攻撃できる面を制限して、武器の持つ手を後ろに隠した。


 そうするだけで武器のリーチが見えなくなり、そしてどこから攻撃が来るか分からなくなる。

 レヴィン達も散々してやられた、アヴェリン得意の構えだ。


 最初こそダモンに焦りの表情は見えていたが、それもたった数秒の事で、対峙するとすぐに視線を遠くに向けた。

 これまで同様、天井付近に目が向いていて、アヴェリンを一顧だにしようとしない。


 アヴェリンの肩がぴくり、と動けば、ダモンもまたぴくりと動く。

 そろりと一歩近付けば、それだけダモンも後ろに逃げた。


 しかし、大袈裟に逃げるという事はない。

 あくまで牽制の範囲内で、そしてそれを正確に見切っている様に見えた。


「妙だ……、今までと対応が違う。本気になったとか、そういう事か……?」


「まぁ、アヴェリン様が相手だ。本気を出した所で、だろうが……」


「いずれにしろ、これ以上なく頼りになる援軍ですよ」


 見れば、治療を終えたアイナが、ロヴィーサを伴ってすぐ後ろに立っていた。

 レヴィンはロヴィーサの傷が綺麗に消えているのを確認して、それから顔を前に戻す。


「それは間違いないが、不安にもなる。俺はダモンが言う、“新人類”とやらの能力が不気味に思える。まるで夢を見ているかの様で、三人で囲んでも攻撃が一切当たらなかった」


「三人で囲む事の利点は、言うまでもなく、常に背後を取り続けられる点です。前面の二人はともかく、背後の一人まで躱せる、というのは……」


「アヴェリン様にだって出来ないぜ、そんなの」


 ただし、アヴェリンと違う点は幾つもある。

 一つは攻撃を受けた上で、それを利用し別の攻撃を防ぐ点だ。

 仲間そのものが壁になるので、攻撃は無力化される。


 あるいは、単に吹き飛ばされて、強制的に一対一の構図へ持っていかれるか、だった。

 人数の有利を十分に利用できなくされるので、背後を取るのも非常に難しくなる。


 そして何より、単に敵の攻撃を躱し続けるなど、絶対にしないものだ。

 それは相手有利の状況を許し続けるという意味で、アヴェリンにとって有利に働く事など一つもない。


 だから、三人掛かりであっても常に二人で相手させられるようになり、その間を縫ってどう攻撃するか……。

 それが課題となっていたものでもあった。


「それにしても、攻撃しませんね……」


 アヴェリンとダモンは睨み合っているだけで、実際に手を出していない。

 しかし、アヴェリンは幾度も仕掛けようとしていると、レヴィンは見抜いていた。


「いや、してるよ。でも、躱されてる。その先が見えるから、アヴェリン様は攻撃してないんだと思う」


「振れば当たる攻撃っていうのが、今まで見てきた感想なんですけど……」


 アイナの辛辣な発言に、レヴィンは苦笑を漏らして頭を掻いた。


「それは俺達が不甲斐ないせいだな。躱すか受けるか、そうした動きが出来た回数は、恐ろしく少なかったから……」


「でも、これじゃあ決着が付きませんよ……? 支援術を掛けるとか、何かしらフォローすべきですかね?」


 レヴィンはしばし考え込んで、それから首を横に振った。


「余計な真似はしない方が良いと思う。命じられてからでも遅くないだろう」


「ですか……。それにしても、あのダモンっていう人、妙です。まるで未来を見ているかの様ですよ」


「何……?」


 この時、レヴィンは初めて二人から視線を切り、後ろを振り向いた。


「未来を……、見てる? 俺はてっきり、夢を現実に変えているのか、と思ったんだが」


「あたしの勝手な見解ですけど、夢を現実にってつまり、幻術ってことですよね? あまりに高度な幻術は、世界すら騙すって聞きますけど……。でも、魔術を使った形跡も、今尚継続中の痕跡もないんですよ」


「じゃあ、予知夢とか、そういう類か……?」


「もっと素直に、未来視って考えられませんか? ダモンは夢見る様に視線がどこかにやってますけど、それがつまり……未来をその目に映しているとしたら……?」


 有り得そうな話だが、同時にあり得るのか、と疑問に思う。

 しかし、魔術を使わず幻術に嵌める事は出来ず、また魔力を感知させずに魔術を使わないのも不可能だ。


 そして、“新人類”という、淵魔とは違う……しかし淵魔と関係ある存在が、目の前にいる。

 魔物を数種喰らい合わせ、新たな別の能力を作り出すのは、淵魔の得意とする所だ。


 そこで何か上手い組み合わせを見つけて、“未来視”を得たのだとしたら――。

 ……全くの妄想とは言い切れなかった。


「そう、それです」


 同意の声は、意外な所からやって来た。

 至聖処の高台にて、ルヴァイルがレヴィン達に顔を向けている。


「僅かに……ごく僅かに、妾の神力たる気配がします。あれは恐らく『時量』のもの……。喰われた経験などないので、勘違いだと思っていたのですが、もしかすると……」


「何だ、それしきの事か」


 慄く様なルヴァイルとは対象的に、アヴェリンは侮蔑も顕に吐き捨てた。

 そのまま構えも捨てて、無防備に正面を晒す。


「同レベルで戦えるのかと思って期待したが、そんなつまらんタネが仕掛けられていたとは……。興醒めだ」


「へぇ、そうかい? お前のお仲間は、そのつまらんタネに手も足も出なかったぞ?」


「何だ、認めるのか。尚更つまらん。ミレイ様がお持ちになれば、さぞ有効に使って下さるだろうが……。お前如きが持っていたんでは、持ち腐れも良いところだろう」


「そう言ってられるのも、今の内だ」


「格下にしか相手に出来ん能力で、よくもまぁ吠える。だったら、聞かせてくれ。どうして仕掛けて来ない?」


 アヴェリンの挑発じみた発言に、ダモンは声を返さなかった。

 そして返答がない事に、アヴェリンは尚も侮蔑的な視線を向けた。


「どうせ、勝てる未来が見えないから、とかだろう? 反撃ならば、その目が薄くとも可能性が見えるものな? 聞かせろ、お前は何秒先が見える? 五秒か? 十秒か?」


「そこまで教えてやる義理はないね……」


「あぁ、それより先は見えないのか。なるほど……」


「勝手に決め付けるな! “新人類”の能力は――!」


「知らん、興味がない。長い先を見られないなど、最初から自明のことだ」


 アヴェリンは吐き捨てて言って、やはりつまらなそうに武器を構えた。


「言っておくが、未来なら私にだって見えている。――お前は今日、死ぬ」


 その発言が終わるか、終わらないか――。

 床を踏み砕いて、アヴェリンが突進した。


 しかし、ダモンに速いだけの攻撃は通用しない。

 それはレヴィン達も散々、苦汁を舐めて知ったことだ。

 だというのに――。


「そら、どうした。躱すだけか。反撃してみろ。次に私は何をする? 武器か、蹴りか? お前の反撃は成功するか?」


「この……ッ!」


「ほら、先を見ろ。先を見つつ、今に対処しろ! ――対処が杜撰だ、馬鹿め! だから先を見ても有効な返しを出来ない! どうした、速度を次々上げていくぞ!」


 レヴィン達の時とは、全く真逆な光景が繰り広げられていた。

 ダモンは攻撃を躱し続けてのに成功してい。

 それは同じだが、対処に全く余裕がないのが違っていた。


 その上、アヴェリンが逆に隙を作り出して攻撃している。

 彼女の言う通り、その攻撃を上手く裁かなければ、次の反撃に移れる筈がない。


 そして、アヴェリンの攻撃が目で追えない速度になると、最早対処も何もなかった。

 特殊な身体の構造をしていても、アヴェリンの動きについて行けないのなら意味もない。


「どうした! 先ばかり見てどうする!? 今をどう対処する! ――ほら、動きが単調だ! そんなものが通じるかッ! 先を見たとて、今を凌げねば意味がないぞ!?」


 ダモンは完全に遊ばれていた。

 格下にしか通用しない、と言った通りだ。


 アヴェリンが本気を出せば、その動きに対処できず攻撃を受け、そして反撃すらも出来ないのだ。

 そして、表情を見れば未来に見えているものが、酷く残酷なものだと分かってしまう。


「全ての攻撃が通じないって、見えてしまうのは残酷だな……」


「いや、俺達だって何やっても通じねぇ、って感じたもんだけどよ……。ダモンは攻撃する前に知れちまうわけだろ? そりゃ、あんな顔にもなるわな」


 ダモンの顔は最初の夢見る様な、どこを見ているものとは明らかに違う。

 恐怖に引きつり、この悪夢から逃げ出そうと必死になっている。


 しかし、あらゆる反撃は通じず、攻撃の回避も良くて二回までだ。

 僅か二手で追い詰められ、そして手酷い攻撃を受けている。

 それを見ていたロヴィーサは、きっと、と小さく声を零す。


「自分の未来が……その結末が、もう見えてしまっているのではないですか? だから、あそこまで必死な表情していますけど……」


 ダモンの両目からは、遂に血涙が流れ始めていた。

 能力の使いすぎから来るものか、それとも必死の抗いから来るものか……それは分からない。


 しかし、それも虚しく、決着は呆気なく訪れた。

 アヴェリンのメイスが、首の付け根に深々とめり込む。

 それでダモンの動きが止まると、蹴りで膝が砕かれ、体勢が崩れると共に頭部が砕かれた。


「グギェ……ッ!」


 メイスは完全に埋没し、振り抜く動作で中身が飛び散った。

 しかし、そこには頭骨も脳漿もない。

 淵魔同様、泥ともヘドロとも付かない暗褐色の何かで溢れ、それすらアヴェリンが打ち砕くと、遂にダモンは溶けて消えた。


 アヴェリンが宣言した通り、ダモンの命はここに潰えたのだった。

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