反撃の狼煙 その8

「皆さん、重ね掛け行きます! 集中して下さい! ――“筋力向上”、“速度上昇”、“即応反射”!」


 身体能力を向上してくれる支援術は、単に味方を有利にしてくれるだけではない。

 普段と違う筋力は力加減を狂わせ、速度が向上する事で、その動きに自らがついていけなくなる。


 だから反射神経すら向上させて対応させるのだが、これは諸刃の刃でもあった。

 通常とは比較にならない疲労度を蓄積し、継戦能力が短くなる。


 いつもと勝手が違うだけで、色々な部分に綻びが出るのだ。

 無論、それを少しでも緩和する為に、日々の鍛錬がある。

 支援術を受けた際の感覚を掴み、その動きに対応できるよう、レヴィン達は訓練して来た。


 それでも、理術の重ね掛けから来る負担は大きい。

 一挙手一投足に繊細な動きが要求され、疾すぎる動きに対応する為、精神を削る。

 その上で、三人の連携を成立させなければならない。


 単に一直線、剣を全力で振り抜くだけで勝てる相手なら、ここまで苦労する事はなかった。

 大上段の一撃を、脳天に喰らわせてしまえば片が付く。

 しかし、ダモンはあらゆる無駄を削ぎ落として尚、苦戦が続く相手だった。


「何故だ……! こんな、筈が……!?」


 レヴィンの口から苦渋の呻きが漏れる。

 ヨエルとロヴィーサ、三人掛かりの連携は更に密度と鋭さが増し、ダモンも攻撃を挟む余裕はなくなかった。


 しかし、変化と言えばそれだけの事で、未だに一太刀すらダモンに与えられていなかった。

 人間離れした鞭の様な動きに加え、その表情からも戦術が読めない。


 時として、目は口ほどに物を言うものだ。

 どういう攻撃の意図があるか、フェイントを交えるか、それとも……。


 高度な戦士は視線と、僅かな予備動作だけで戦闘をする。

 一切手出しをせず、様子見している様に見えて、実は高度な心理戦を仕掛けている事は、ままあるものだ。


 しかし、ダモンにはそれらが一切ない。

 何処を見ているかも分からない、空虚な瞳が見えるばかりだった。


「こんなにやり難い相手は初めてだ……!」


「淵魔が混じってるんだぜ、若! やり難いのは間違いねぇよ!」


 それこそ、関節がないと思わせる柔軟性は、淵魔由来のものだろう。

 人の形をしているからそれに引き摺られてしまうが、全く別種の何かと考えるしかなかった。


「避けろ、ロヴィーサ! “咆哮アンプリ・ロアー”! ――オラァァァッ!」


 ダモンを挟んで対角線上にいたロヴィーサは、咄嗟に横へ逃げる。

 その直後、音の爆弾がダモン目掛けて発射された。

 目に見えない攻撃の上、剣の届く距離とくれば、初見で躱せる攻撃ではない。


 これが一つの突破口になる、と確信したのはレヴィンだけではなかった。

 ――しかし。


「何……ッ!?」


 ダモンはこれをあっさりと回避して見せた。

 膝から崩れ落ちると見せ掛け、身体を床と平面に傾け、まるでバネが仕込まれているかの様に元の体勢へと戻る。

 しかも、その間やはり、ヨエルに顔を向けてすらいなかった。


「どうなってる……。観察眼が鋭いとか、そう言う範疇にねぇだろ……」


 こちらを見ようとしないのは、視界を広く保つ為……あるいは、そう思いもした。

 しかし、目に見えない攻撃すら見える様に躱すとなれば、それはもう観察とは言えない。


「アイナ! 何か分かるか!」


 レヴィンが猛攻を続けながら質問を投げる。

 こうなれば、ダモンを自由にさせる方が怖い。

 攻撃を続ける限り、その反撃を封じられるのは間違いないので、攻撃が当たらないのだとしても、全力でぶつかるしか道はなかった。


「離れた位置から見てましたけど、何か特別な事はしていません! 魔術すら使ってないんです! そんな素振りは最初からありませんでした!」


「くそっ……!」


「まぁ、単純に『種』としての出来が違うんだ……。僕達は“新人類”さ、新たに能力を与えられた特別な存在。古い前時代のお前らに、勝てる道理がないんだよ……」


「なに……?」


 断じて聞き捨てならない台詞だった。

 それと同時に、必ず持ち帰るべき情報だと悟る。

 単に淵魔の亜種かと思っていたが、その言葉を信じる限り、より根の深い話かもしれなかった。


 レヴィンにはそれがどういう意味か、そして、それにより何が起こるかわかない。

 だが、ミレイユならば理解し、有効な手立てを考えてくれる筈だった。


「ならば、どうあっても、ここから生き残らなければならない!」


「無理だな……。あぁ……、あと五秒だ」


「何を……!? ロヴィーサ、ヨエル、何一つ攻撃を許すな!」


 今まで回避しかして来なかったダモンが、宣戦布告じみた発言をした。

 躱すだけが能の手合でない事は、その実力からも見て分かる。


 “新人類”が何を意味するか不明で、何が出来るかも不明だが、攻撃させねば勝機は見える。

 ――見えてくる、筈だった。

 しかし、あの宣言は違う意味だった、と直後に悟る。


「う……っ!」


「そうか、これが狙いか……っ。しかし……!?」


 レヴィン達の支援に時間切れが来た。

 より効果の高い支援術ほど、その効果時間は短い。それは広く知られている事だ。


 そして、レヴィン達の向上量は、本来ならば大抵の敵を圧倒出来る程のものだった。

 その上、三種類を同時に受ける贅沢な支援だ。


 効果時間が本来より短くなるのは避けられない。

 しかし――。


「どうして、それが奴に分かる……!?」


 効果時間は術者の魔力量、そして才能に左右される部分だ。

 当てずっぽうで口に出来るものではない。

 支援術が切れたレヴィンは、より一層重くなったと感じるカタナで、正眼に構えた。


 敵との力量差が明らかだとしても、立ち向かう意志だけは決して捨てない。

 それがユーカード家の家訓でもあり、何より負けられない戦いと知るレヴィンが、早々に諦める訳にはいかなかった。


「まぁ、全て無駄に終わるがな……」


 ダモンの嘲りと共に、斬撃が繰り出される。

 そして、それは正面にいたレヴィンではなく、背後のロヴィーサに向けられた。

 鞭のように撓る腕は、全く顔を向けない方向にまで、攻撃可能なのだった。


「くそっ、ロヴィーサ!!」


「怒っている余裕があるのかな……」


 レヴィンの袈裟斬りを躱し、続くヨエルの攻撃も躱し、返す動きでヨエルの腹を斬り付ける。


「ぐぁっ……!」


 続いて太腿を斬り付け転倒させ、続いて止めを刺そうとした時、ロヴィーサから短剣の投擲があって、これを躱した。


 それで一歩後ろに下がった所を、レヴィンが大上段からの一撃を大きく振り下ろす。

 それを更に躱した先、着地の寸前でロヴィーサから攻撃されたが、これも身体を捻って躱した。


「平気か、ロヴィーサ」


「ヨエルよりはマシです」


 そのヨエルは出血が酷く、腹部よりも太腿の方が切り傷は深かった。

 何より、内腿を斬られたのが拙い。

 大動脈を切断され、夥しい量の血が流れていた。


「アイナ、治療を!」


 本当なら、支援術を再び貰いたいくらいだ。

 そうでなければ、食らいつく事すら出来ない。


 しかし、何より優先すべきは仲間の命で、それはアイナも重々承知の事だった。

 レヴィンが命令するより早く制御に入っており、そして今にも治癒術を行使しようとしている。


「ヨエルをやらせるな! 二人だけで縫い留める!」


「はい、若様!」


 しかし、言うほど簡単な話ではない。

 支援術があっての三人掛かりで、ようやく防戦一方に押し込められる相手だ。

 人数が減り、支援術もないとあっては、長く保たないのは明らかだった。


 そして、ダモンはやはり、するりするりと攻撃を躱していたし、連携の隙間を見つけるのが抜群に上手かった。


「くぅ……ッ!?」


 そして、狙われるのは常にロヴィーサだ。

 レヴィンには一切、攻撃しない。

 それが更に、レヴィンの怒りを掻き立てた。


「俺だ! 俺を狙え! お前の攻撃を受けてやるぞ! 掛かってこい!」


「嫌だよ……。そういう無駄な事はしない主義なんでね……」


「卑怯者が! 怖いのか!」


 レヴィンの挑発も、ダモンには全く効果がない。

 何処を見ているか分からない目で――実際、時折天井を見上げ――、攻撃はロヴィーサに集中させていた。


「どうせ最後まで残るんだ。だったら、最後に相手するのが、無理のないプランってものだろう……」


「なに……?」


 呟きにも似た不穏な発言に、レヴィンは眉を顰めずにはいられない。

 夢か現か分からない言い方は、ともすれば夢を現実に置き換えるかのような不気味さがある。


 夢物語を口にしているのではなく、現実が夢に沿って動く……。

 ダモンが見ているのが夢だったとしても、夢で見た光景が現実に反映されているのではないか。


 そう感じる程に、ダモンは現実を直視していない様に見える。

 その間にもロヴィーサはダモンの剣で斬り刻まれ、多くの手傷を負っていた。


 全てを間一髪で避けているが、逆に言うと、全ての攻撃を躱しきれていない。

 首筋を狙ったあわや、という攻撃もあって、レヴィンは全く気が気でなかった。


「俺を狙え! 俺が相手だ!」


「お前は最後だって言ったろ……。どうせ弾くんだから」


「あ……?」


 それは余りに不自然な一言だった。

 ダモンはこの間も、一切誰かに目を合わせていない。

 常に遠くを見ているから、あるいはそれで夢を見ているのか、と思ったりもした。


 そう思えるほど、不自然に攻撃を躱すからだ。

 そして、連携の間隙をすかさず縫って、反撃してくるからだ。


 ――しかし、あるいは違うのではないか。

 一つの言葉尻から、レヴィンは俄に考えを改め始めていた。

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