孤独な戦い その9
「しかしなぁ……、俺は対して役に立てんぞ。ご覧の通り、力の全てを迷宮に使っちまってる。ここに淵魔を誘き寄せるってんなら、まぁ何とかだとしてもよ……。だが、余りに距離があり過ぎるし、そんな事したら、住人にだって莫大な被害が出るんだ。そんなの見過ごせるか」
「誰も入口から招き入れろ、とは言ってないだろ。距離にしても、インギェムの権能で無視できる。大量輸送させるから、適当な階層に即死トラップでも作って迎えろ。イメージとしては、工業用のプレス機とか、裁断機とか、かな。次々と放り込んでは滅してしまえ」
「いやいや、ちょっと待てよ。そのコウギョーのプレスキーって何だよ。それに大量輸送? パンクしたりしねぇだろうな?」
「それはこれからの迷宮次第だろう。階層の下半分を使って、それぞれ割り当てれるというのは? インギェムの権能を再現した神器も用意してあるから、それなりの数が来るだろう。上手く分割して討滅しろ」
次々と知って当然とばかりに命令を出すミレイユに、ヤロヴクトルは大きく首を振った。
「いや、だから待てって。俺の神使が迷宮管理に特化してるとは言ってもだな……。それなりだとか言う曖昧な数じゃ、下手すりゃ逃げられるし、上の階にでも行かれたらどうすんだよ! 相当、面倒な事になるだろうが」
「そんなの物理的に閉鎖して、通行できなくすれば良くないか。……だが、管理については理解した。罠のキャパがオーバーするかもしれないし、適切に別の罠へ誘導できる数に、絞る必要はありそうだな。その辺は上限がどれ程まで許せるか、改めて検討しよう」
「……まぁ、そこは仕方ねぇか。あんまり無茶振りされたくねぇなぁ……」
「それはこっちでも、きちんと考える。お前は送り込まれる全ての淵魔を、皆殺しにするトラップダンジョンを作れば良い」
すっかり置いてけぼりにされたレヴィン達は、それでも神同士の会話を興味深く聞いていた。
そして、淵魔を相手にするのに、実はこれほど効率的な方法もない、と思い至る。
人が対峙して討滅する限り、敵に捕食され、強化される危険は免れない。
しかし、そもそも人が相手にせず、ひたすら迷宮の中へ閉じ込め、そして磨り潰せるなら話は別だ。
惜しむらくは、もっと早くにこれが実現していれば、と思う点だった。
そうでなければ、故郷で兵士が多く犠牲になる事もなかっただろう。
だが同時に、ヤロヴクトルの性格を思う。
協力を要請して素直に従うタイプではないし、苦労して作った迷宮を、その様に使われる事を良しとしない気がする。
そして、そうした思いと悔恨を浮かべたのはレヴィンだけでなく、ミレイユもまた同様だった。
「もっと早く思い付いていればな……」
小さく零したミレイユの背中は、煤けている様に見えた。
神々の連携や協力を良く密にし、そして神器を用いた遠距離からの強制転移があれば、余程安全に淵魔へ対抗できていた。
「いや、待て。ヤロヴクトル、お前の迷宮、ここまで色々手を加えられるなんて、私は聞いてないぞ。階層まるごと全く違う仕様に出来て、その上カスタマイズも自由自在なんて知ってたら、もっと……!」
「いや、俺の趣味話を全く聞こうとしなかったのは、お前の方だろうが。俺はいつも自慢気に新しい思い付きとか話そうとしてたぞ」
「だってお前、趣味の話になると早口になって気持ち悪いし……。ひたすら自慢話と、自分に陶酔する激しい姿を、見せられるこっちの身にもなってみろ。控えめに言って地獄だったぞ」
神々は決して仲違いしている訳でもないが、その繋がりが強固であるのは限られた神のみだった。
もっと互いに歩み寄り、もっと真摯に向き合っていたら、違った未来もあったかもしれない。
しかし、今になって遅すぎるという事もなかった。
そして今なら、まだ間に合う。
ミレイユは……人類は、淵魔に対する有効な手札を、また一枚手に入れたのだ。
「……ところで、もしもの話だが、今後も淵魔をひたすら磨り潰すだけの罠部屋を、提供してくれたりとかは……」
「するわけないだろ。何で俺が、そんな虚しい手伝いせにゃならんのだ。それに、この戦いで淵魔との戦いに終止符を打つんだろうが? それなら、尚更必要ない」
「まぁ、そうだな……そうだった。これで終わらせるんだからな……」
ミレイユが強く断言した時、ひたすら置いていかれていただけのレヴィンが、恐る恐る声を掛けた。
「あの……、それで私どもは、これからどうしたら……?」
「とりあえず、よく休め。そして、残りの時間はひと月と少し……。アヴェリンやユミルにでも、その間揉んで貰うと良いだろう。ここは隠れるのに丁度良いから、私も
「な、なるほど……。これから挑む戦いまで、どれほど鍛えても足りる、という事はありませんものね」
ミレイユの果断な視線を受け取って、レヴィンもいよいよかと胸を熱くさせる。
一度は肩透かしを受けたアルケスへの反撃も、とうとう……本当にやって来たのだ。
今は疲労感の方が大きくて、湧き出る思いよりも休息を欲する気持ちが強い。
しかし、その気持ちを吹き飛ばす言葉が、アヴェリンの口から放たれた。
「なに、安心しろ。その時が来るまで、私がしっかり面倒見てやる。この戦いで死んで貰っては困る。死が生易しいと思える地獄を教えてやろう」
その凄惨な笑みに、レヴィンは思わず逃げ出したくなった。
そして、初代ユーカードのアキラ様は、きっと同じ気持ちを味わったのだろう、と感じたくもない辛酸を味う羽目になった。
レヴィン達が迷宮に挑んでいる間も、ミレイユは裏で色々と動いていたらしく、その準備も着々と進んでいたようだ。
話が纏まりそうな気配の所で、しかしそれに異を唱える者が現れた。
「――ちょっと待て。なんだって? これからまたすぐ修行だって?」
「別に問題ないだろ。また少し、迷宮の一部をちょっと間借りさせろよ」
「さも当然の権利、みたいに言うな!」
ヤロヴクトルは激昂し、甚だ遺憾、と態度で表し、声を荒らげた。
「許可しとらん、俺は許可しとらんぞ!」
「じゃあ、改めて許可を出せ。これからまた、レヴィン達には更なる強化を図ってもらう」
「駄目だ、許さん!」
「なぁ、ヤロヴクトル……。我儘、言うなよ」
ミレイユが指の骨を鳴らして迫ろうとしたので、思い切り腰が引けたヤロヴクトルは手を前に出しながら弁明する。
「違う、そうじゃない! そんなすぐに修行だとか、そういうのは許可しないって言ってんだ!」
「同じ事だろう。何でそれに、お前の許可が必要だ? ……あぁ、メンテ期間があるからか。まぁ、それぐらいなら休養期間として設けて問題ないか」
今はその周期が終わった直後だ。
ミレイユは自らの答えに納得して頷いていたが、ヤロヴクトルはこれもまた、待ったを掛けた。
「違う、そうじゃない。お前は勘違いしてる」
「お前……あんまり煩い事を言うと、私もそろそろ手が出るぞ」
「お前はいつも先に手が出てるだろうが! ……いや、だからそうじゃないんだ。ちゃんと理由がある!」
ヤロヴクトルの態度は真剣そのもので、その場凌ぎであったり、嘘の誤魔化しをしようとしている様には見えない。
レヴィンもそれは感じ取って、だからどうしたのかと訊いてしまった。
「何か特別な理由があるのでしょうか?」
「あるとも! 当たり前だろうが! 理由はお前……お前達だぞ!」
そう高らかに宣言して、ヤロヴクトルはレヴィンたち四人へ指を向ける。
レヴィン達は顔を見合わせ、それから顔を戻して再度訊いた。
「俺達が……何か拙いんでしょうか」
「逆だ、馬鹿。お前たちは迷宮を踏破した探索者なのだ! その最奥で待ち受けた魔王を打ち倒し、見事願いを叶えさせた勇者なのだぞ!?」
「待ち受けてた……のはともかく、別に倒してねぇけどな」
ヨエルから事実を指摘されても、ヤロヴクトルは態度を変えず、それどころか更に興が乗って声音が高まる。
「勇者は魔王と対面し、そして倒した事になっているのだ! 毎回な! 過程よりも結果が大事だ、そうだろうが!?」
「いや、その過程を楽しみたいから、こんな迷宮を作ってんじゃねぇのかよ……」
「うるさい! そういう屁理屈が神に通用すると思うなよ!」
「何で俺が怒られてんだ……」
ヨエルの呟きは、ヤロヴクトルの耳に届いていない。
更に身振りまで加えて、高らかに言い放った。
「勇者が願いを叶えての凱旋だぞ! 当然、そこには盛大なパレードが必要だ! 花吹雪が降り乱れ、高らかにファンファーレも鳴り響く! 街中の者どもに、誰が踏破せしめた勇者なのか、しかと目に焼き付けて貰わんとな!」
「え、えぇ……!? そんな事させられるんですか!?」
「当然だ、銅像も立つぞ! お前らが知っているかどうか……肖像画も飾られる。殿堂広場というのがあってだな、そこに記念館があるのだ。それで……」
「ちょちょちょ……、ちょっと待ってください! そんな大々的な催しがされるんですか!? 俺達が主役で!?」
話を聞くにつれ、とんでもない大イベントが繰り広げられるのだと知り、レヴィンも流石に黙っていられなくなった。
この時代のミレイユに見つかる訳にはいかないのに、そう目立つイベントの中心にいては、隠れるどころではなくなってしまう。
「そりゃあ、勇者の名は高らかに広めんとな。お前達は、それに相応しいだけの偉業を成し遂げたんだ。当然、それに報いるのは、この迷宮の主として当然のことよ!」
「いやいや、それは有難迷惑と申しますか……! 到底、看過できないと申しますか……! ねぇ、ミレイユ様!?」
突然水を向けられ、少し迷惑そうな顔をしたミレイユだが、それでもすぐレヴィンには同意した。
「そうだな、目立つ行為は避けたい」
「しかし、お前らは人間だろ? 人獣の姿で肖像を残すんだし、別に良いじゃないか」
「姿はともかく、名前が拙いですよ! 一人の名前なら偶然で済みますけど、他の三人までとなれば……! それとも、名前は残らないんですか?」
「そんな訳ないだろう。ちょっと考えれば分かるだろうが」
胸を張りながら言ってのけるヤロヴクトルに、ミレイユの念動力による張り手が飛んだ。
「いてっ! 何すんだ! そんなだから、すぐ手が出るって言われるんだぞ!」
「話を聞いてたか? 目立ちたくないって話をしてるんだ。私の記憶にだって、そうした事実はないし……他の皆はどうだ?」
ミレイユがルチア達に顔を向けるが、それら全員が首を横に振る。
「ありませんね。私も知りません」
「アタシもよ」
「……ほらな? やるなとまでは言わんから、時期をずらすとかして対応しろ」
「しかしな、踏破直後じゃないと信憑性がな……」
「お前の宣下があって、どうして信憑性が薄いって話になるんだ。……端からなかった事にしろ、と命じても良いんだぞ」
「むぅ……!」
流石に旗色が悪いと感じてか、悩みに悩んだ末、不承不承に頷いた。
「仕方あるまい。いっそまた再挑戦させても良いしな!」
「嫌ですよ。どうして、そういう話になるんですか……!」
「そこにドラマがあるからだ!」
ヤロヴクトルは徹頭徹尾、趣味の為にこの迷宮を作り上げた。
その熱意は本物で、だからそういう返答になってもおかしくないと、今更ながらにレヴィンは気づいた。
「ともかく……銅像やら肖像やら、一時棚上げって事で良いんですね?」
「そうだな、誠に遺憾ながら。これ以上ゴネても仕方なさそうだし……。しかし、そうなると……、迷宮改装の方に力を入れなきゃならんのか!」
ようやくヤロヴクトルから解放されて、レヴィンはホッと息を吐く。
しかし、その背後からはアヴェリンの熱意ある視線を感じ、本当の地獄が始まるのはこれからなのだと悟った。
いっそパレードに参加した方が良かったか、と思ったが、時は戻ってくれない。
※※※
それからというもの、迷宮のある地点では毎日悲鳴が上がり、叫びの階層と名付けられ、訪れる探索者達に恐れられたと言うが……。
それはまた、別の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます