孤独な戦い その8

 ヤロヴクトルは尊厳をここぞとばかりに振り撒いて、身振りも大きくローブをはためかせる。

 しかし、レヴィンが気になるのは荘厳な大口上より、合格したかどうかだった。


「間に合った……、のでしょうか!? 残り時間は……!」


「うむ、よくぞ来た。褒めてやる」


「ほ、本当に……?」


「やりましたね、若様!」


「うぉぉぉっ! 苦労させられたぜ、全く!」


「皆さん、お疲れ様でした!」


 皆が思い思いに喜びを表し、そしてこれまでの苦労を分かち合う。

 レヴィン達が互いを励ますように抱き締める姿を、ヤロヴクトルも満足気に見つめていた。


「うむ、うむ……。俺も満足のいくドラマが見られて、大変満足だった。長く最初の関門で躓いていたのはいただけなかったが……。まぁ、それは他の探索者も一緒だったしな。いや、あれは相手が悪すぎるとも言えるし、ケチを付けるのは哀れに過ぎるか」


 ヤロヴクトルは顎先に手を添えて、遠くを見つめて、うんうん、と頷く。

 そうして、レヴィン達の足跡を思い出す素振りで、視線を空中に走らせた。


「ここまで強く一致団結する姿というのは、中々見られたものではない。ユミルの案に乗った時は、正直早まったと何度も思ったものだが……。遊び心満載の罠は見所があった。今度はこちらでも活かしてみよう」


「あの……」


「感心五割、爆笑五割で実に見応えがあった。やはり、遊び心は大事なのだと、再確認させられた所よ。色々と突き詰めていくと、そうした遊びが少なくなるのはいけない……実にいけない。外からの声を、これからも積極的に取り入れるのも良いかもしれん。……今度、モルディに手紙を出してみようか」


「あー……、ヤロヴクトル様……?」


 一度は無視されたレヴィンだが、それでも諦めず声を掛ける。

 しかしこれも、遠くを見続けるヤロヴクトルに無視された。


「何より、お荷物に見えていたアイナの奮闘は、実に見所が多かった。孤独との戦い、押し潰されそうになる恐怖……! しかし、それでも諦めることなく前に進む姿勢……! 魔物から逃げる時の対処も、戦えない者としては実によく出来ていた。そして、その後に待つ仲間との邂逅よ! やはりドラマとは、こうでなくては……!」


「――あの、ヤロヴクトル様!?」


「何だ、煩いな。いま俺は楽しい気分に浸っているのだ。褒め言葉はこの後きっちり申し渡してやるから、今しばらく……」


 ヤロヴクトルが面倒そうに言葉を吐き捨て、手で払う仕草までした。

 しかし、台詞は最後まで言い終われなかった。


 その背後から、いつの間にやら出現していたミレイユが、手を伸ばしその頭を掴んだからだ。

 いつものように念動力を使い、遠く離れたところから拘束している。

 ヤロヴクトルが辛うじて動かせた首の範囲でそれを確認すると、引き攣った笑みを見せて声を絞り出した。


「お、う……。ミレイユ……」


「レヴィン達は自分達が間違いなく合格したか、それを確認したいんだそうだ。どうなんだ?」


 ミレイユの後ろにはアヴェリンとルチアが控えている。

 そして、いつの間にやらユミルまで加わっていて、ヤロヴクトルの様子を呆れて見ていた。


「合格、合格だって……! 残り五十八秒にて、最下層に到着。床の魔法陣が光った時、それが正式なタイマーストップだ。時間切れ前に到着したのだから、最下層到達、迷宮踏破! このヤロヴクトルがそれを認める!」


「結構だ」


 短く言い捨てると、ミレイユはようやく手を離した。

 ヤロヴクトルは首筋を撫でて恨めしげな視線を向けたが、ミレイユはそれを無視して横を通り過ぎる。

 そうしてアヴェリン達を引き連れて、レヴィン達の前に立った。


「お前たち、よくやった。見事、やり遂げてくれたな。本当なら、何か褒美を与えたいところだが……自由にできる財産に、今は手を付けられない」


「い、いえ……! 褒美だなどと! 大神レジスクラディス様の信徒として、やるべき事をやっただけです! きっと大神信徒侮りがたし、と思われた事でしょう。それが何よりの栄誉となります!」


「それは確かだろうが……」


 ミレイユは横顔を向け、ちらりとヤロヴクトルを見てから、また顔を戻した。


「それでは私の気が収まらない。お前は褒美を得るに相応しい働きをしたんだ。信賞必罰は世の常……今すぐ思い付かないと言うならそれでも良いから、何か褒美を考えておけ」


「は、は……ッ。しかし、それならば恐れながら一つ……」


「ほぅ、何だ?」


 ミレイユは嬉しそうに顔を綻ばせ、続くレヴィンの声を待った。

 しかし、レヴィンの方はバツが悪そうに顔を逸らし、それから口を開く。


「いえ、その……願いというのは、ヤロヴクトル様に直訴と言いますか……そういった内容なのですが」


「直訴……?」


 ミレイユが怪訝そうに眉を顰め、それからヤロヴクトルへと顔を向ける。


「確かに、何か希望を述べるのは、迷宮を踏破した者の権利だが……。私よりもコイツからの褒美を求めるのか?」


「いえ、その……決してミレイユ様に不満があるという訳ではなく!」


 レヴィンはミレイユが不愉快を感じたことを察し、大仰なまでに首を振って弁明した。


「ただ、この都市に関することですので、ヤロヴクトル様にお願いする方が理に適うかな、と……!」


「ふぅん……? まぁ、そういう事なら、好きに言うと良い」


「ハッ! ありがとうございます!」


 レヴィンはしっかりと腰を折り、最敬礼をしてから、次にヤロヴクトルへと身体を向けた。


「その……、格差についての事なのですが……」


「はぁん? 格差? ……何の話だ」


「都市が抱える、多くの格差についてです」


 壁を隔てた内と外、それは単純な地理的な問題ではなく、そこに住まう獣人族と人獣族との隔たりも体現していた。

 そして、都市内に限定しても、その差別意識は大きかった。


 スラムの問題もあり、こうした落差にヤロヴクトルは余りに無頓着だ。

 どうにかして欲しい、その思いの丈を、レヴィンは神に直訴した。


「ミレイユ様にも言われました。これは政治の問題なのだと。少なくとも都市における格差は政治によるもので、解決もまた人の手によって行われるべき、と……。しかし、政治を超越する神の力があって、それを見過ごされるのは納得いかないのです!」


 ヤロヴクトルは感じ入った様に何度も頷き、それからあっさりと受け入れる。


「うむ、良いぞ。聞き入れよう」


「ですから――え? そんな……簡単に? 神は政治にかかわらないのでは?」


「普通はそうだ。だが、それも内容による」


 重々しく頷くと、ヤロヴクトルはちらりとミレイユを見つめてから、続きの言葉を放った。


「……というより、そうした願いを口にすると、探索者たちに期待してたんだよ、俺は。広がる格差をどうにかしようと……私欲を捨てて、それを実現しようと、迷宮に挑戦する誰かをな」


「そう……だったのですか?」


「そうとも。だって、不満があって当然だろ? 人獣の方も放置するつもりじゃなかったんだが、俺としては広がり続ける格差に焦りを覚えて、奴らもいい加減重い腰を上げるもんだと思ってた」


 ヤロヴクトルは大いに嘆き、天上を仰いで目を掌で覆った。


「しかし、現実には野生同然の生活に傾倒しちまって、しかも満足してると来た。……そんなの誰が想像できる?」


 大仰に溜め息をつくと、演技じみた大きな身振りで手を拡げ、それからレヴィンへと顔を戻した。


「いつか誰かが願い出る……そう思ってたが、それがまさか別大陸の人間だとはねぇ……。呆れたもんか、称えたもんだか迷ってしまうがな」


「は……、恐縮です」


「ま、それが踏破した願いというなら、叶えてやるさ。色々と準備してからの方が混乱はないだろうし、どういう形が最上なのか検討する必要もありそうだが」


「は……、そこまで関わった方がよろしいでしょうか?」


 レヴィンが恐る恐る尋ねると、詰まらない質問を聞いたリアクションで手を振る。


「いるか、そんなもん。第一、それこそすぐとはいかないのに、お前は大陸から去るんだろ? 淵魔との戦いもある。関われ、なんて言えないだろうよ」


「えぇ、はい……。その通りですが……」


「だから、こっちで上手くやっとく。お前が望む通りの結果かどうか、約束できないけどな」


「いえ、ヤロヴクトル神が約束して下さったのです。それだけで十分です」


 レヴィンが感謝を込めて粛々と礼をすると、ヨエルとロヴィーサも続けて頭を下げる。

 それに遅れてアイナも頭を下げた時、ミレイユの方からヤロヴクトルへと声が掛かった。


「まぁ……とにかく、その名に誓って願いは叶える。どういう形であれ……そうなんだな?」


「そうだな。根が深い問題だから、即座にとはいかんだろうよ。それこそ壁内だけなら、即座にその差別とやらの意識すら根本から消し去ってやれるが、それだけじゃ不十分だしな」


「確かに解決は簡単じゃない。宣下一つで終わる問題でもないだろう……。しかし、どういう形であれ……どれほど時間が掛かったとしても、約束は果たされる」


「そうだ」


 ヤロヴクトルが誇りをもって頷くと、ミレイユもそれに首肯を返し、それからガラッと話を変える。


「……さて、話が纏まったなら、次はこっちの話だ。お前も当初の約束通り、私に協力しろ。いいな?」


「まぁ、勝負はお前の勝ちだし……それなら、これから始まる淵魔との戦争に、協力しない訳にはいかないな……」


「結構だ。前に話した通り、お前には役立って貰う」


 それは良いが、とヤロヴクトルは頭の後ろを指一本で掻いて、それから渋面を浮かべた。

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