孤独な戦い その7

「ど、どうして皆さんが……!? とっくに突破してたんじゃないんですか……!?」


「待ってたんだよ! 必ずアイナが来てくれると思って!」


「な、なんで……!?」


 アイナが辿り着ける保障など、一つもなかった。

 そして実際、魔物に追われ、命からがら逃げていた。


 一歩間違えればその牙に掛かっていた筈で、そしてこの場に到達できなかっただろう。

 成功よりも失敗する確率の方が、ずっと高かったのだ。


「アイナは約束しただろ? 必ず後から追い付くって。だから、待ってた」


 ヨエルはあっけらかんとそう言ったが、アイナとしては喜びよりも、怒りの方が強い。

 アイナが追い付く可能性は、実は低かったなど、レヴィン達には分かってた筈だ。


 努力を怠るつもりも、簡単に諦めるつもりもなかった……それは事実だ。

 しかし、その場で言った強がりに過ぎず、実際には無理だと思っていたのではないか。

 それはアイナ自身が良く知っていた。


「何て事をするんですか……! あたしが来るなんて、そんなの無理ってどうせ分かってたじゃないですか……!? それで全部台無しになってたら、そんなの……あたしが足を引っ張ったも同然です!」


 アイナは恐れていた内心を吐露する。

 レヴィン達を仲間だと思うから、少しでも追い付きたいと思うから、せめて足手まといにはなりたくなかった。


 それはアイナが持てる、最大で最後の矜持だ。

 その気持ちさえ蔑ろにされた気がして、アイナは我知らず涙ぐむ。

 しかし、レヴィンはそれに首を振って、悲しげに笑った。


「そうじゃないんだ、アイナ。俺は目的よりも、仲間を選んだ。成功するかも分からないし、失敗しての再挑戦は更に難しい事になってそうだけど……。だからって、それを理由に仲間を見捨てたくなかった」


「迷宮制覇は名誉だろうぜ。きっと、ミレイユ様からもお褒めの言葉を賜るだろうし、ヤロヴクトル様にも一泡吹かせられたろうな。……けど、それってアイナを見捨てる事と帳尻合うか?」


「あ、合いますよ! 時には非情な決断だって、必要ではないですか? 何より、正攻法でヤロヴクトル様に協力を要請できる訳で、世界の命運も……!」


 アイナは必死に言い募ったが、ロヴィーサが優しく肩を抱き直して、諭すように言う。


「時には非情な決断を。……それは必要な事です。でも、やり直しが利く今回に限り、そこまでしてアイナさんを見捨てる意味はない、と若様は仰りました」


「でも、でも……!」


「結果論ですが、……それでも貴女は来た。そして、きっと来る筈だと、私達は疑わなかったのです」


「何故……。何故ですか……? あたしは支援や治癒しか出来ないし、皆さんよりずっと弱い理術士でしかないんですよ?」


「何故も、何もありません。それが仲間というものだからです」


 アイナの瞳に涙が溜まる。

 みるみる内に溢れて、頬へ流れた。


「貴女は私達の大事な仲間。大切な友人です」


「そう、対等のな。弱いなんて関係あるか? 治癒も支援も出来る、俺達にはない力を持ってる。大切な仲間なんだから当然、待つって結論になるわな」


 ヨエルからも明るく言われ、アイナは遂に嗚咽を漏らした。

 一段低く見られて当然だと思っていた。

 実力も劣り、そして何より三人は同郷で、しかも兄弟同然に育った。


 その内側には入れない、とアイナは最初から線引をしていた。

 しかし、レヴィン達はいつでも内に迎える準備をしていて、そして実際、既にアイナは内側にいたのだ。


 それに気付いていなかったのは、アイナだけだった。

 アイナはロヴィーサを抱きしめ返して、嗚咽混じりに謝罪する。


「ごめんなさい、あたし……。ずっと、違うんだって……っ! 皆さんと対等にはなれないんだって……、勝手に……っ!」


「良いんですよ。私達も、言葉にするのが遅すぎました。なまじこの三人は気持ちが通じ合ってましたから、それがアイナさんに伝わっているものと勘違いしてしまった……」


「いえ、いえ……あたしが悪いんです……っ。もっと自分の気持ちを打ち明けて、それで……っ」


 気持ちばかりが先行して、アイナはそれを上手く口にできない。

 しかし、その気持ちは三人にしっかり伝わっていた。

 それはアイナを見る、三人の表情が物語っている。


 嗚咽の中に、優しい空間が出来上がり、外から見れば実に心温かくなる光景だった。

 ――そこへ、あまりに空気を読まない、一人の声が闖入した。


「それは良いんだけど、あと五分よ?」


「……へ? 五分? 何がです?」


 涙に顔を濡らしたアイナが、素っ頓狂な声と共に顔を上げた。


「迷宮制覇までの制限時間。あと五分で、この迷宮閉じるからね。つまり、失格」


「えぇ……っ!?」


 あと五分も驚きだが、未だ失格でない事の方がアイナは驚いた。

 レヴィン達も俄に焦り出し、即座に気持ちを切り替えて、奥に見える扉へ走り出そうとしている。


「アイナ、悪いが話は後にしよう!」


「は、はい! 勿論です!」


 三人が走り出そうとし、アイナも続こうとして足が縺れた。

 盛大に転び、立ち上がろうとしたが、上手く立てない。

 アイナは既に体力共に限界で、膝が震えてまともに立ち上がることすら出来なかった。


「おっしゃ、任せとけ!」


 ヨエルが数歩走り出した所で急停止し、そのまま帰って来て肩に担ぐ。


「――きゃっ! あの、もっとマシな持ち方を所望したいんですが……!」


「走り易さ重視だ。今だけ耐えてろ! どっちにしても五分の我慢だ!」


 その言葉通り、泣いても笑っても、五分で全てが決着する。

 ユミルにしても、もっと早くに声を掛けてくれれば、と思うものの、むしろ残り五分は彼女が狙った結果だろう。


 そして、階段までの距離、階段を降りる時間などを加味した時、残り五分は絶妙な時間だった。


「これで駄目なら恨みますからねぇぇぇぇ……!」


「はいはい、頑張って」


 ドップラー効果で声を置き去りにしながら言う恨み言も、ユミルは全く気にした様子がない。

 それどころか、明らかに面白がって、にやにやと締まりの無い笑みを浮かべていた。


 誰もが悔しげな顔をさせつつ、今は何も言えない。

 それより、一秒でも惜しんで、扉に急行する方が先だった。


「間に合うか、これ……!?」


「この際、足の一本程度折れる覚悟で、階段を駆け下りるしかないだろ!」


 踏破か否かの瀬戸際ならば、そのぐらいの覚悟は必要だった。

 そして、レヴィンとヨエルの二人ならば、本当にやりかねないと思わせる凄みがある。


 ロヴィーサが先んじて扉を開け放ち、そこへアイナを担いだヨエルが入った。

 ヨエルが降りるのではなく、飛び降りようとしたその時、アイナは理力を制御して一つの理術を展開した。


「石壁を生成します……! それに乗って行きましょう!」


 魔物から逃げる時の応用で作り出した壁は、壁際に届くほど大きいが、閉じ込める意図で用意したものではなかった。

 そのまま階段へと倒れ込ませ、即席のサーフィンボードにしたのだ。


「乗って下さい! 走るより速い筈です!」


「よっしゃ!」


 全員が乗り込むと、ただでさえ傾斜の上に乗せた壁なので、するすると滑り落ちていく。

 時間が経つ程に速度が増し、風を切って階段を降りていく。

 ボード代わりの石壁に張り付きながら、レヴィンはアイナへと言葉を投げるようにして尋ねた。


「これ、どうやって止まるんだ?」


「止まりませんよ! 慣性で滑り落ちてるだけなんですから!」


「全然ダメじゃねぇかよ、アイナ!」


「飛び降りるよりはマシです! どうせ怪我するなら、まだしも浅く済みますよ!」


「まぁ……、アイナさんもすっかり毒された様で……。それではまるで、後先考えないヨエルの考え方そのものですよ」


 ロヴィーサが呆れながら笑うと、アイナも顔を向けてにっかりと笑う。

 その笑みに誘われて、ロヴィーサは更に笑みを深めた。


「――おい、出口だ! 最下層が見えるぞ!」


 レヴィンが指差して言ったように、薄暗い階段が続く奥には、四角く切り取られた光が見えた。

 開け放たれた扉から、内部の光が漏れているのだ。


「全員、衝撃に備えろ!」


 その言葉を合図に、サーフィンボードの石壁は最下段まで到達する。

 当然、石壁は扉のサイズより遥かに大きいので、そこで衝撃音と共に止まった。


 急に制止したボードのせいで、アイナ達は空中に放り出され、慣性の勢いそのままに長く滞空したのち、地面に落ちた。

 アイナはヨエルの胸に抱かれながら、そのままゴロゴロと転がる。


 ヨエルが庇ってくれたお陰で大した痛みもなく、動きが止まると共に開放された。

 そうして見上げた先が、いつか見た空間と同じ空間だった。


 遮蔽物は何も無く、地面は鈍色に光る灰色の円形があり、壁の色は黒で染まって飾り気がない。

 地面には円周状に、亀裂にも似た紋様が描かれていて、他に装飾らしいものは何もなかった。


 レヴィン達が転がり込んだのは、丁度その中心近くだ。

 そして、全員がよろめきながら立ち上がった時、部屋の中央付近が光り輝き、それに合わせて床の紋様も光りだす。


 目を覆う様な光に満ちた後、唐突に光が消え――。

 そして、気付けばヤロヴクトルが出現している。


 宵闇をそのまま形にしたような、豪奢なローブを身に纏っており、手には黄金の杖を握っていた。

 大振りの紅玉をその獣の爪で握り込んだデザインで、これもまた一般にはお目に掛かれない逸品だった。


「よくぞ、ここまで来た。最下層まで到達した勇者を、まずは褒め称えようぞ!」

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