孤独な戦い その1

「ここが、九十階層か……?」


 階段を抜けたその先で、一歩踏み出したレヴィンは、困惑と共に声を漏らした。

 後から続いて来たヨエル達も、その光景を見ては、やはり訝しげに首をひねる。


「一応、最終関門……って事になるんだよな……?」


「その筈だが……。何も無さすぎて、逆に不気味だ。何かのブラフとか……そういう感じか?」


「引き続き、ユミル様の施した罠が待っているなら、きっとそうなのでしょうけれど……」


 目の前には一直線の道が続いているだけで、他には何もない。

 両端が壁に阻まれていて、それも大人が三人、横並びになれるだけの広さしかなかった。


 壁には模様がなく灰色一色で、例えば先程の階層みたいに、ランタンの様な小物すら見当たらない。

 そのくせ、照明器具がないのにもかかわらず、一つ前の階層より余程明るい。


 まるで陽の下を歩いてるかの如しで、無機質さがより一層際立っていた。

 そして、目の前にはただ無機質な一本道が続いていて、進路を妨害する何物も見当たらない。


「とはいえ……、圧し潰す壁プッシュ・ウォールなんてのがあった訳だしな……。無防備に歩いて餌食になるのはご免だ」


「でも、その場合だって一切のヒントがない、というのはないんじゃないですかね?」


「そうだな、アイナの言う通りだ。何かしら前兆……というか、ヒントらしき物は用意されているだろう。あるいは分からず掛かっても、脱出する猶予は与えられる」


「いや、それはどうだろな、若……。あの滑る床やら、跳ねる床やら、行き着く先に馬鹿みたいな拷問器具が設置されてたり……、あんなの避けようがなかったろ」


 あれは全くの不意打ちで、混乱の坩堝に叩き込んでおきながら、幾つもの追撃が怒涛の様に押し付けられていた。

 拘束された訳でないものの、計算された罠の設置と、空中に放り出されてしまう結果、行き着く先は決まった様なものだった。


「自分で受けたから分かる。あれは躱せねぇよ」


「だが、実際無事だった訳だろう? 最後の大岩は直撃していたら即死だったかもしれないが……いや、その直前に金盥かねだらいが落ちてくるのも、正直卑怯くさいとは思うが……。それでも乗り越えられたじゃないか」


「あくまで結果論じゃねぇのか、それは……」


「そうだな、お前が卓越した大剣術を持っていたから、あれを凌げた。それは間違いない」


 レヴィンは信頼の籠もった視線を向け、大きく頷いてから続けた。


「だけど、本気で殺すつもりなら、大岩はもっと短い間隔で後を追っていた筈なんだ。いや、それよりもっと前だな。わざと跳ねる床に乗せる仕掛けはいらない。そのまま、剣山が設置された穴にでも、放り込んでやれば良い」


「そう聞くと、確かに無駄のオンパレードって気はするがよ……」


「一応は、躱せる余地なり、逃げる余地なり、そういうのが用意されていたと思う。大剣で真っ二つにするのは、回避の絶対条件じゃないしな」


 身軽な者なら最後の拷問器具を回避できたかもしれないし、受けた後でも、大岩が転がって来る前に逃げられたかもしれない。

 最適解が一つしかなかった圧し潰す壁プッシュ・ウォールとは、そこからして違う。


 レヴィンの考えには一理あって、話を飲み込むに連れ、ヨエルも一定の理解を示した。

 表情は依然として納得しがたいものをしていたが、とりあえず頷く。


「確かに、見て分かる予兆がない罠でも、躱せる余地はあった……それは認めても良いぜ。だが、そうすると……」


「この先に罠があろうと、それは躱せる余地のある罠だろう。そして、躱せない罠には、それを報せる前兆がある」


「あるいは、スイッチの様な物があるか、ですね……?」


 ロヴィーサからも合いの手が入って、レヴィンは溜め息をつきながら頷いた。


「神経を擦り減らす事になるだろうが、その想定で良いという気がする。……アイナはどう思う?」


「あたしも同じ意見です。ユミル様は明らかに悪意を持って罠を仕掛けてますけど、これがゲームである、という大前提を崩してません。つまり、クリア可能な仕掛けしか用意していないんです。その前提で言えば、何もない道に圧し潰す壁プッシュ・ウォールを設置したりしないと思います」


「だが、それ故に僅かな違いすら見落とせない。……そう言うことだな?」


「……だと、思います。シンプルに神経を、擦り減らそうとしてるんじゃないでしょうか」


 ヨエルは大仰に溜め息をついて、大きく肩を落とす。


「ここに来て、そんな嫌がらせされんのかよ……。こっちは生も根も尽き果てて、注意力なんてお察しだぜ……」


「だからこそ、なんだろうな……。最後の最後でミスを起こすとなれば、こういう神経を使うタイプって考えなんだろう」


「では、何があっても、ここで脱落して見せるわけには参りませんね。私どもにも、矜持がありますから」


 ロヴィーサが言った通り、レヴィン達にはユーカード家としての誇りがある。

 如何なる障害であろうと、どれほど強大な魔物だろうと、そこに待ち受けるなら突破するのみだ。


 そして何より、最終階層までやって来たこれまでの努力を、ここで無に帰すわけにはいかなかった。

 レヴィンは気合を込めて、一度大きく息を吐き、そして吸う。

 それが終われば、変わらず先頭となって、一歩踏み出した。


 ――残り七日。

 その僅かな日数と限られた時間で、どうあっても最下層まで辿り着かねばならなかった。



  ※※※



 気合を込めて勢い勇んで踏み出したは良いが、レヴィン達は完全に肩透かしを食らっていた。

 直線の道を最後まで進めば、そこは鍵形かぎなりとなっていて、直角に曲がればまた直線の道がある。


 その間の道中では如何なる差異も発見できず、そして罠なども一切なく、ただ無機質な直線の道が続いているだけだった。

 直線を最後まで進み、また鍵形になった壁から、少しだけ顔を覗かせて先を伺う。


 そうすると、やはり同様に直線の道が用意されていて、やはり無機質な灰色が続くだけだ。

 見て分かる違いも一切なく、どこまでも同じ光景が続いている。


「これは……、どう見るべきだ? 罠はないのか?」


「そう考えるのは早計でしょう。油断した所を……というのは、実に有り得そうな展開です」


「それもそうだが、今となっては、それも少し味気ないというか……」


 ユミルならば、一度使ったネタを再度使用したりはしないだろう。

 そして、レヴィン達が及びもつかない罠を用意していそうだ。

 一切の罠が見当たらないのは不気味だが、これら全て、何かの前フリと考えた方が建設的だった。


「ともかく、慎重さはそのままに、進んでみるしかないな……」


 そうして進む事しばし、目を皿にして無機質な壁や床、天井を見ていたのだが、一切の違いは見当たらなかった。

 両端にあるのは、レンガの様に組み合わせて作った壁でもなく、全くの平坦な一枚壁だ。


 それが隙間なく組み合わされていて、鍵形の道を進んだその先においても、それは変わらなかった。

 一つ、二つ、と更に角を曲がる。

 しかし、やはりというか、何処まで行っても目の前の光景に変化はない。


「まるでコピペみたいです……」


「こぴ……? どういう意味だ?」


「え? えぇーと……、複製……という言い方で良いんでしょうか。元となる一つを、全く同じ形で複製して、それを繋ぎ合わせている……と言いますか」


「なるほど、複製……。言われてみれば、その通りかもしれないな」


 何しろ、何処まで行っても同じ光景、そして同じ道が続く。

 鍵形になっている以上、道を進めばいずれ直線の道は相対的に短くなっていくだろう。

 そして、最終的に角を作れなくなり、その最後の道に階段があると思われた。


「ゲームなんかでは、コピペダンジョンって嫌われるんですよね……。制作者の怠慢って思われるので。これもそうだ、とは言いませんけど……」


「そのコピペが本当だったとして、俺達に何か不利益はあるか?」


 アイナは小首を傾げて考え込んだが、数秒後には首を横に振った。


「不利益、と言えるものはないと思います。あるとすれば、こういう景色ですから、ひたすら飽きるって事くらいですかね? コピペダンジョンが嫌われるのも、その単調さから来るものですから」


「その場合、罠はないのか?」


「いえ、それとこれとは全く別です。むしろ、この単調さで油断を誘う狙いがあるかもしれません」


「やっぱり、そういう話になるか……」


 レヴィンは苦い顔で息を吐き、無機質な道を睨む。


「未だに魔物とも遭遇してないしな……。油断した所を、角で待ち受けて不意打ち……という事もありそうだし、常に警戒は続けよう」


「承知しました、若様」


 ロヴィーサがこの中で、最も気配の探知に優れている。

 自分の役割をしっかり認識し、力強く頷いた。

 レヴィンも頷き返すと、角を曲がって次の道へと進む。


 最終階層への挑戦は、まだ始まったばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る