トラップ・アドベンチャー その8
「どっちから攻める!?」
「右だ!」
ヨエルの問いに、レヴィンが短く答える。
しかし、それにはヨエルから、困惑した声音が返って来た。
「混ざったら分からなくなっちまう。上手く何か、判別つけやすいモンはないのか……!?」
言っている間に、二体のゴーレムは立ち位置を変える。
くるり、くるりと前後反転しながら入れ替わるものだから、既に最初の『右側』が分からなくなっていた。
また、今の反転する動きで分かった事がある。
着ている服に微妙な違いがあると思ったが、実はそうではない。
服の前と後ろで、互いのデザインがあべこべなのだ。
幾度も回転する動きといい、服の柄で個別を指定していたら、更に混乱する所だった。
そして、その狙いを察知して、レヴィンは唾する思いで吐き捨てる。
「どこまでも面倒くさい! 少しは楽させてやろう、って気持ちはないのか!」
「ないんだろうぜ! ……あのユミル様だぜ?」
説得力あり過ぎる返答に、レヴィンは閉口するしかない。
泣き言さえも封殺され、そのままカタナを振るい、とりあえず向かって右側を攻撃した。
「服を切り刻んでしまえ! あんなのがあるから、混乱させられるんだ!」
「おぅ! そりゃ分かり易いな!」
これが人間の剣士相手なら絶対に取らない行動だが、相手は無機質なゴーレムだ。
ロヴィーサからも反対意見は出ず、むしろ淡々と攻撃を繰り出していた。
――しかし。
「ぐぁ……! 何で出来てるんだ、これ!? 俺達の攻撃で、傷一つ付かねぇぞ!?」
勿論、衣服だけを器用に切る訳ではないので、その体躯にも斬撃を浴びせている。
しかし、幾ら斬り付けようと、どちらに対しても一切の傷が付けられなかった。
「くそっ……! 服と言わず、どこかに傷さえ付けられれば、それを目印に出来たのに……!」
「手応えが変です……! 弾かれている感じでもありません!」
口々に叫んで、それからゴーレム姉妹から繰り出される反撃を、四方に散って躱す。
一方が
二人は片時も手を離さず、だから一方が回転すれば、それに合わせて鞭の様にしならせた襲脚が飛んでくる。
レヴィンは攻撃を上手く逸らして躱したが、ヨエルは躱しきれず腕に裂傷を作った。
「いま回復を……!」
アイナからすさかず治癒術を準備したのだが、それをヨエルは手を向けて止める。
「しなくて良い! 考えがある!」
それだけ言うと、ヨエルは構え直して攻撃を仕掛けた。
大上段に構えた大剣を、接敵と同時に振り下ろす。
レヴィンとロヴィーサもそのフォローに動き、攻撃役を――今は攻撃役のゴーレムを、留めようと攻撃した。
ヨエルの攻撃はあっさりと受け止められ、そしてレヴィン達の攻撃は深々と身体に突き刺さった。
しかし、やはり手応えがおかしく、金属を斬ったものではありえなかった。
衣服には依然、傷一つなく、更にその場で回転する動きを喰らって弾き飛ばされる。
「チィ……ッ! 何で出来てるんだ、あの素材は……!」
受け身はしっかり取れていたので、吹き飛ばされつつも、即座に立ち上がる。
そうして再び構えを取った時、その横に同じく吹き飛ばされたヨエルが戻って来た。
「……それで、考えとやらは上手くいったか?」
「上々だぜ、若」
男らしい笑みを浮かべて見つめる先へ、レヴィンもまた目を向けると、一方の衣装には血の汚れがべったりと付いている。
「なるほど、アレが狙いか」
「斬れないにしても、もしかしたら……ってな。試して損はしねぇし、長時間血を垂れ流しておくわけにもいかねぇ」
ヨエルがそう言う通り、深手だった彼の傷からは、今も血が流れ、肘から垂れてしまっている。
身体を重そうにして立ち上がる時には、今度こそアイナからの治癒術が飛んできて、その傷を塞いでいた。
「喪った血までは戻らねぇからな……。ちょいとフラ付くが、まぁ、やった価値はあったろ」
「転んでもタダでは起き上がらないよな、流石だ」
互いに笑みを浮かべて、拳を軽くぶつけ合う。
しかし、いつまでもそうして、讃え合っている訳にもいかなかった。
「おっと、早く戦線復帰しねぇと。ロヴィーサに恨まれちまう」
ヨエルが言った通り、現在は彼女一人でゴーレム二体とやりあっていた。
その二体も、攻撃役と独楽役を入れ替わり立ち代わり、どちらがどちらか、分からなくする攻撃を繰り出している。
しかし、血の汚れはその異常な材質をもってしても防げないらしく、今もその服にべったりと付いたままだ。
「しかし、アイツ……。やけに食らいつくな、相性が良いのか?」
レヴィン達ならば弾かれていた攻撃も、むしろそれを利用して反撃に転じている。
二人のダンサーを相手取り、触れ合う距離で踊り合っている様にも見えた。
それほど、ロヴィーサの戦闘技術は美しい。
剣舞を披露しているだけにも見え、割って入るのが躊躇われる程だ。
「けど、まさか本当に見ているだけ、なんて出来ないぞ」
「そりゃあ、そうだな……!」
レヴィンとヨエルは同時に駆け出し、剣舞の舞台に乱入する。
加勢が入って、さしものロヴィーサも、厳しい表情の中に息つくのが見えた。
「遅いですよ」
「すまない、こんな時だというのに、見惚れてしまっていた」
「な、何を言うんですか……!」
ロヴィーサに動揺が走り、そこを見逃さないゴーレム二体が猛攻を加える。
流石に防戦一方となり、そこへすかさず、レヴィンが一刀の元に背中を斬り捨てた。
それで血汚れのゴーレムの態勢が崩れる。
まるで本当にダメージが入ったかの様な動きだが、勿論そこに傷など糸一本の太さすら付いていない。
「しかし、ダメージの程が分からないんじゃ、調整しようがないな……」
血に汚れる前後で、どちらを多く斬り付けたか、それすら定かではない。
これではタイミングの合わせようもなかった。
「とりあえず、血で汚れた方を姉、そうでない方を妹と呼ぶ。分かる範囲で、均等に攻撃するしかない」
「理屈の上ではそうするべきって分かるが、簡単じゃないぜ!?」
何しろ、この姉妹に殆ど隙がない。
あったとしても、攻撃役と独楽役では、その隙の生じ方に違いがあった。
大抵の場合、独楽役の方が攻撃し易く、しかし集中して攻撃するのも怖い。
同時に撃破というのも、猶予がどれほど必要で、そしてどのタイミングで復活するかも不明だった。
傷がないから分からないだけで、実は既に復活し、その耐久度を回復させているかもしれない。
相手はゴーレムだから体力切れとも無縁で、表情もないから苦しい状況なのかも不明だ。
これ程やり難いと感じる敵は、レヴィン達にとって、もしかしたら初めての事かもしれなかった。
「――アイナ! 見ていて何か気付いた事は!?」
「分かりません! でも、もしかしたら、さっき大きく態勢を崩した時……あれが復活の兆しだったかもしれません!」
「あの、背中を斬り付けた時か……!」
ならば、そう多大な耐久力を、持っている訳ではないのかもしれない。
「あれぐらい、って分かれば、攻撃しようもある。――いいか、二人とも! 今は姉の方にだけ攻撃を集中しろ! 妹の方は一切ナシだ!」
「了解だ、若!」
片方が攻撃役をしている間は、もう一方が無防備に近くなる。
回転する動きは厄介だし、下手な攻撃では武器が弾かれるだけだが、見極めと――タネが分かれば遣り様もあった。
ゴーレムは元より、複雑な動きが出来ない魔物だ。
大抵は決められた動きに沿い、そのルーティーンに則した行動しか取れない。
場合によっては、自らの安全も放棄する。
最終的に死から逃れようとする、魔物の行動原理からして、そこからが違う。
だからこそ、片方が無事な限り、もう片方も無事であるギミックは上手く作用する予定だったのだろう。
それをアイナが最初から見抜いていたから、事なきを得た。
そして――。
「ハァァァッ!」
「ヤァァァッ!」
ヨエルの大剣が攻撃役を受け止め、レヴィンの一刀がその腹を貫き、動きが止まった独楽役を、ロヴィーサが斬り裂く。
それが決着だった。
姉妹の動きがそれで止まり、痙攣にも似た振動をさせてから崩れ落ちる。
そうして、身体の一部に罅が入ったかと思えば全身に広がり、最後には石片となって砕け散った。
「勝てた、か……」
「強さの点では、アヴェリン様の足元にも及びませんでしたけれど……」
「面倒臭さは、こっちが上だな……」
レヴィン達は息を吐いて、その場に膝を付く。
それから、離れた所から支援と回復に徹していた、アイナが傍にやって来た。
レヴィンはそれに手を挙げて、常と変わらぬ労いをぶつける。
「アイナの知見サマサマだな。俺達だけなら、きっと気付くのに何日もここで戦ってたぞ」
「だなぁ……。苦戦すれども、倒せない感じじゃなかったからな」
「ただの偶然に頼り、二体が丁度良く倒せるタイミングでも出てこなければ、それまでずっと足止めされた可能性すらありました」
ロヴィーサの感想に頷いて、レヴィンは笑みを浮かべて、握り拳を突き出した。
「だから、アイナに感謝だ。今回は、もう何度目になるか分からないほど、助けて貰ったな」
「い、いえ……! たまたま得意分野に当たっただけですから。いつもはあたしが助けられてばかりですし、だからもう全然……!」
「だからこそのチームだ。出来ない事を補い合うのが、正しい関係ってもんだろ? 俺達は戦闘が得意。だから、戦いっ放しの俺達が、何かと活躍するように見えるのは当然さ」
「これからも、気付くことがあれば、色々教えてやってくれよ」
「誰もアイナさんを、のけ者になんかしませんよ」
三者から温かい言葉を掛けられて、アイナは感極まって涙ぐむ。
そうしている間にも、レヴィンは握り拳を掲げたままだ。
小さく上下させて、催促させて更に腕を伸ばした。
「そろそろ疲れてきた。いい加減、タッチしてくれて良いんじゃないか?」
「あっ、はい、すみませんっ!」
涙を拭って笑顔を見せると、アイナは小さな拳をレヴィンの拳に、コツンとぶつけた。
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