トラップ・アドベンチャー その7
モンスターの群れを突破するのは至難を極めたが、レヴィンとヨエルの二人掛かりの猛攻は、例え三本線であっても止められるものではなかった。
二人の連携は更に勢いを増し、出口の扉まで一直線に突き進む。
そうして、階段まで勢いそのままに飛び込んで、転がり落ちながら態勢を整えた。
腕を突っ張り、足を伸ばして、ヨエルと協力しながら何とか止まる。
「わぁぁぁぁっ!」
そこにアイナとロヴィーサが降ってきて、再び転げ落ちそうになる。
全身の筋肉を総動員して何とか食い止め、殆ど後ろに倒れながら、レヴィンは絞り出す様な声を出した。
「ぐ、ぅ……っ! 頼むから、早くどいてくれ……っ」
「は、はいっ、すみません! すぐ……!」
しかし、無理な態勢で重なり合った身体は、そう簡単に抜け出せない。
モタモタしている間に、いよいよ力尽きて倒れ込もうとした時、ロヴィーサがいち早く抜け出してアイナを引っ張り出した。
それで一気に負荷が抜けて、ようやく二人は持ち直す。
その場に崩れ落ちる形で、レヴィンとヨエルは階段に横たわった。
そのままズルズルと落ちていきそうになり、階段に手を掛けて態勢を立て直すと、壁を背にして深く息をついた。
それでようやく、ひと心地つけられる心境になった。
「……ここまで休まる暇がないと、体力的には勿論だが、精神的にも辛いものがあるな……」
「然様ですね、若様。もうすぐ階層主のフロアですし、そこで少し長めの仮眠を取って、よく休憩してはどうでしょう」
「それが良い。そうしようぜ、若」
残り日数は心許ないが、この先どこまでも休憩なしで行く訳にもいかない。
そして、疲れというのは馬鹿にならないもので、どれだけ鍛えられた戦士でも、十分な休息なしに満足な働きは出来ないものだ。
焦るあまり、次の階層主で負けてしまえば、全てが水の泡だった。
レヴィンは階段に座って息を整えながら、ロヴィーサに首肯を返す。
「どうやら、そうするのが良さそうだ。九十階層を抜けるのに、どれだけ時間を使うか分からないが……。ここでしっかり休まないと、どのみち最後まで辿り着けないだろう」
「実際、今のところ快挙と言って良いんじゃねぇか? 歴代の探索者だって、誰もがここまで辿り着けたわけじゃないんだろ?」
「そうみたいですね。九十階層に到達した探索者は、長い迷宮の歴史でも、ごく一握りらしいです」
アイナが思案顔でそう言った。
そして、だからこそ、只でさえ少ない迷宮情報の中で、九十階層は未知のエリアとされている。
他の階層は僅かながら漏れる内容もあり、それは例えば地形など、大まかな部分は広く知られる事でもあった。
森林エリアであったり、砂漠地帯であったり、溶岩地帯があったりと……そうした情報だけであれば、知られても他のライバルに出し抜かれる程ではない。
むしろ、後続がそれを見たなら、本当に到達したという証明にもなるので、出し惜しみしない風説があった。
しかし、九十階層にはそれがない。
漏れ聞こえる内容は噂程度に留まり、どれが真偽か分からぬものが、実しやかに囁かれるのみだ。
「とりあえず、ここで少し体力を回復させて、それから下に降りよう」
※※※
階層主が居る階だからか、これまでと違って罠というものが全く見当たらなかった。
何事もなく部屋の前に到着してしまい、拍子抜けしてしまう。
「まぁ……、何もないに越した事はないんだが……」
「ともあれ、蓄積された疲労は馬鹿になりません。道中が楽だったとはいえ、ここでしかと休息を取りましょう」
階層主の部屋付近は広いスペースが設けられているのは、これまでと同様だ。
階層主へ挑戦している間、他のパーティが休息する前提でもあるので、主部屋の周囲には切り取った様に何も無い。
レヴィン達は手早く野営の設営を終えると、保存食と水で腹を満たし、順番に仮眠を取っていく。
基本的に階層主の部屋付近だからと、安全地帯な訳ではなかった。
それでも、テントを設営できるだけのスペースがあるだけ御の字で、警戒を疎かにさえしなければ休める恩恵は大きい。
全員が休息を取り終わり、食事を取り終わり一息ついた頃、レヴィンは胸元からロケットを取り出した。
「色が変わっている。また、一日が過ぎたな……」
「残りは八日か……」
「ギリギリですね……」
アイナの呟きに、レヴィンは頭を振った。
「いや、足りないぐらいだろう。八十階層でも十日以上は掛かってる。足止めの罠をアイナが早い段階で見抜いての日数だから、更に下ではやはり多く日数を使うだろう」
「……ま、かもしれんが。でも、今から悪く考えても仕方ねぇぜ。行ける所まで行くんだから、後は突っ走るしかねぇって」
「そうだな」
レヴィンは薄く笑って、その日は順番通りに見張りを立てて休んだ。
そして、翌日――。
迷宮内には昼夜がないので、朝の時間も大まかなものだ。
既に十分飽きが来ている保存食で、簡単に朝食を済まし、片付けも済ませてるといよいよ出発だ。
近くに見える扉――階層主の扉を見据えて、レヴィンはカタナの柄に手を添えた。
「さて、まずはここの階層主からだ」
「そうともさ。何が待ち受けてるか、今から見るのが恐ろしいがな」
ヨエルが応じれば、他の二人も同様に応じる。
そうして、レヴィンは両開きの扉に手を掛けた。
ゆっくりと押し広げ、薄く開いた隙間から中を覗く。
しばらく見定めた結果、レヴィンはホッと息を吐いた。
「良かった……、ユミル様達じゃない」
「最悪の事態は回避できた様で何よりだがよ……。若、
「あぁ、階層主は二体いる」
レヴィンが扉を開け放つと、部屋の全貌が見えた。
ただ広いばかりの部屋の中央には、二体の女性体型をした魔物がいた。
女性そのものではない。
というのも、明らかにそれはゴーレムの亜種だったからだ。
顔面に目や口はなく、如何なる意味においても意志を感じさせない造りだった。
その表面は金属製の光沢を見せていて、頭にはカツラと分かる頭髪が伸びており、それぞれ同じ金髪を肩の高さまで下ろしていた。
服装も女性らしいスカートだが、膝丈の下から見える足は、やはり人間のものではない。
顔面と同じ光沢をした、すらりと長い足が生えている。
二体はその特徴が非常に似ており、違いがあるとすれば、着ている服の柄だけだった。
その柄にしても良く似通っていて、ともすれば混同して見間違えそうだ。
「……なるほど、二体だな。これまで階層主は大抵一体が基本だった。でも、神使が三人いたこともあったし、こういうパターンでも……まぁ、そう驚くモンでもねぇ」
「そうだな。二体の方が厄介には違いないが、さっきの物量を考えれば、まだ易しく思える」
口々に言い合いながら、レヴィンは部屋の中に踏み入る。
アイナとロヴィーサも中に入れば、自動的に扉は閉められた。
それを合図に、二体のゴーレムは全く同じ動きで、俯き加減だった顔を上げる。
そこに目はないが、侵入した者を検知し、敵と見定めたのは確かだった。
「よし、やるぞ。まずは一体ずつ、確実に攻め立てて――」
「駄目です」
レヴィンが指示を出していた所に、珍しくアイナが異論を挟んだ。
指示を中断されたからと怒る程、レヴィンは狭量ではない。
だから、そのまま前に顔を向けたまま問い質す。
「理由を聞いても良いか? 確かに片方を放置するのは怖いが、このパーティの戦力を二分したくない」
「そうだぜ、そんなリスクより、全力で一体を倒しちまった方が良いだろ」
ヨエルからもレヴィンを援護する言葉が出たが、やはりアイナは首を横に振る。
「違うんです。あれは――あの敵は、双子のように見えるでしょう?」
「そうだな……。ゴーレムってのは大体どれも同じ形で、個性なんてないのが相場だと思うが……。あれはわざと、双子らしく見せている気がする」
「ですよね。またメタ読みで申し訳ないんですけど、あぁいうタイプは復活する事が多いんです」
ここでレヴィンは動揺を隠さず、アイナへと顔を向けた。
「……復活? どういう事だ」
「よくあるパターンなんです。双子タイプは同時に倒さないと、片方が生きている限り無限に復活するんですよ。二体同時に倒さないと駄目なんです」
「何でそんな、面倒な事に……?」
「何でも何もないですよ。双子タイプはそういうものです。そして、非常に連携が上手い事でも有名です」
それを聞いて、ロヴィーサは難しそうに眉間にシワを作る。
「でしたら、連携させない為にも、一体ずつ仕留め方が……」
「つまり、その思考法こそが罠なんです。皆さんも言ってたじゃないですか、時間を浪費させる方向に罠が仕掛けられているって。これもそのパターンですよ」
「二体同時に倒さない限り、延々イタチごっこ、ってか? なるほど、ゾッとしねぇな」
「これまでも、アイナの知見には助けられて来た。苦戦は免れないが……、これもまた試す価値がある」
レヴィンが決断すると、他の二人も即座に気持ちを切り替え、それに倣う。
「では、精々あがいてみせましょう」
ロヴィーサが不敵に笑って腰から二本、短剣を抜き放つ。
二体のゴーレムは互いに手を取り、ダンスを踊るような軽やかなステップと共に動き出した。
レヴィンとヨエルも武器を構え、二人同時に突貫する。
そこへアイナが支援理術を、その背に向かって放った。
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