トラップ・アドベンチャー その6
喜び勇んで、レヴィン達は階段を降りる。
残りの階段は後十段、目と鼻の先に大きく開いた扉が見えた。
その時、ふと嫌な予感がして、レヴィンはなるべく壁の端に寄った。
「――皆、気をつけろ!」
「……へ?」
まるで、その声が合図であるかの様だった。
唐突に階段の段全てが畳まれ、滑り台へと変貌する。
レヴィンは頭上にあったランタンを片手で掴み、もう一方をアイナへと伸ばす。
アイナはその手を掴み、振り落とされまいと両手で強く握った。
ロヴィーサもまた、頭上近くにあったランタンを掴んだのだが、唯一ヨエルだけは何も掴めなかった。
ロヴィーサが手を伸ばすものの、急速に滑り落ちるヨエルには届かない。
それに気付いたアイナも手を伸ばすが、咄嗟にしても遅く、その手を掴み取れなかった。
「――ヨエルさん!」
アイナの呼び声に答える余裕もなく、ヨエルは叫び声を上げながら、あっという間に扉の奥へと消えて行く。
レヴィンはランタンからランタンへ、上手く反動を利用して移動し、上手く扉へと辿り着いた。
そうして、中を覗き込んだその瞬間、丁度ヨエルが滑り台から放り出される所が見えた。
滑り台の先は上方向に湾曲していて、前方へ投げ飛ばす構造になっている。
そうして大きく放物線を描いて飛んだ先は、柔らかそうなクッションが敷かれており、そこに着地した途端、跳ね床となって別方向へ飛ばされる。
その着地点には、何とおぞましいものが鎮座しており、犠牲者を今か今かと待ち構えていた。
「ヨエル、駄目だ! 避けろぉぉぉ!」
そうは言っても、身動きできない空中だ。
ヨエルも何とか逃げ出そうとしているが、掴める何物も周囲にはなく、そのまま
――いや、着地というのは正しくない。
何とか回避しようと、ヨエルも足を突っ張ったが、丁度三角構造をしている
「うごっ……!!」
ヨエルが苦悶の声を上げ、背中を丸める。
男なら誰しも鍛えられない急所を強打し、ヨエルは声にならない悲鳴を上げた。
「
「また何か知ってるのか、アイナ?」
「あ、いえ、こちらにだけ通じるネタです……。ただ、何と言いますか……趣味の悪い拷問器具だという……」
「あぁ……」
レヴィンが情けない声を出して、股間を守るように手を添える。
その時、背後から重苦しい音が聞こえ、その不穏な気配に背後を振り返った。
「なぁ……!?」
そこには、階段の幅と同じだけの球体が、恐ろしい勢いで転がって来ていた。
階段の上にいつまでもいる訳にもいかず、アイナを小脇に抱えたまま、階層内へと逃げ出した。
すぐにロヴィーサも付いてきて、扉を堺に左右へ別れる。
そして、丁度そのタイミングで転がる大岩が通り過ぎ……。
滑り台の先――湾曲した部分に乗っかって、綺麗な放物線を描いて飛んで行った。
「……ヨエルの時と全く同じ軌道だ」
その事に気付いて、レヴィンはハッとする。
即座に顔をヨエルに戻して、腹の奥から叫んだ。
「ヨエル、さっさと逃げろ! 大岩が来るぞ!」
その言葉通り、大岩は今まさに、クッションの上に着地し、そして跳ね床でヨエルの方向へ飛ばされようとしている。
ヨエルは苦悶に喘ぎながら、何とか
直上から何かが落ちて来て、ヨエルの頭上に直撃する。
それは、
甲高くも重苦しい音が鳴り響き、頭上には全くの無警戒だったヨエルは、その一撃で身体がフラつく。
「ヨエル、――避けろ! ヨエルゥゥゥッ!」
その時には、大岩は放物線を描いて、ヨエル目掛けて落下している所だった。
ヨエルは前後不覚の状態に陥っていたが、背中の大剣を引き抜くと、頭上に大きく弧を描く。
それで大岩は真っ二つに割れた。
岩はそれぞれ別方向へ流れて落下し、しばらく転がった後、重力に引かれて綺麗に倒れた。
「くそっ、ふざけやがって……!」
ヨエルの口から悪態が漏れる。
腰の上辺りをトントン、と叩き、不格好な姿で痛みに耐えていた。
「……何にしても、良かった。無事か……」
レヴィンがホッと息を吐いた時、ピロリン、といつか聞いた電子音が響き、ヨエルの胸元にトロフィーが現れる。
受け取ったヨエルは、それを一瞥するなり、力の限り叫んで投げ捨てた。
「やかましい、ってんだよ! いらねぇよ、こんなモン!」
レヴィン達も、いつまでも遠くでヨエルを見守っている訳にもいかず、各トラップを回避しながらヨエルの元へ急ぐ。
そうして彼の傍までやってくると、レヴィンは痛ましいものを見る目付きで、肩を何度も叩いて慰める。
ヨエルは明らかに興奮状態だったが、同時に耐え難い痛みに震えて、冷や汗も流していた。
「助けられなくて、すまなかった……」
「いや、若が謝ることじゃねぇ……。くそっ、だから何なんだよ、この罠の落差はっ!」
「殺意が有るんだか、それとも無いんだか分からない罠だったな……」
宥め慰めている間にも、アイナとロヴィーサが少し遅れて合流した。
そして、アイナのその手には、投げ捨てられたトロフィーが握られている。
「何で持って来た……?」
「いえ、気になったもので……」
手に持っているトロフィーは、レヴィンがかつて受け取った物と全く同じだ。
木製の土台に三角錐が立ち、その上に球型のオブジェクトが乗っている。
そして土台部分に金属製のプレートがあり、そこに何かが書いていた。
「これは、ヨエルが怒るのも無理ないな……。『まるでトラップの遊園地みたい!』、『プラス10XP』……」
「いや、まるでも何も……。遊園地はこんな殺意高くないですよ……」
「ある意味、最後の一撃は避けるだろう、という信頼の証かもしれないが……」
「いらねぇんだよ、そういう信頼は……!」
ヨエルの怒りは未だに収まらない。
大剣を杖代わりにして、前屈みの態勢で顔を赤くしながら耐えている。
アイナがようやく治癒術を駆使したことで、ヨエルの顔色も改善し、それで余裕も取り戻す。
「わりぃ、助かった……。にしても……よォ!」
ヨエルは頭に直撃した、歪んだ
それから
「趣味が悪いとは思ってたが、こんな事までするかね!? 何させられてんだ、俺は!?」
「手を叩いて喜んでいる様が、目に浮かぶよな……。何て言うか、おちょくる為なら手段は選びません、みたいな……」
「俺はここまで馬鹿で、ふざけて、しかも痛みが伴う罠は初めてだ……。今なら何だって倒せる気がしてんぜ」
「でも、ヨエルさん……。その怒りというか、冷静さを損なわせるのが、一つの罠とも言えるのではないですか……?」
アイナが慰撫するつもりで言葉を投げかける。
ヨエルはそれに複雑そうな顔をしたものの、とりあえず頷いた。
「そうだな、そうかもしれんが……クソッ!」
現在は八十八階、階層主の部屋が近い。
ここまでの深層ならば、冷静さを損なったままで挑める程、簡単な相手ではないだろう。
アイナの考えも、あながち間違いとも思えなかった。
だがその時、異変を察知したロヴィーサが鋭く声を上げる。
「若様……!」
ロヴィーサの切羽詰まった声に引っ張られ、そちらの方向に顔を向けると、レヴィンも思わず喉奥から変な声が出た。
「嘘だろ……」
そこにいたのは、大量の魔物だった。
仕掛けられた罠以外、殆ど物が置かれていない部屋だが、その代わりに埋め尽くすような魔物の群れがジリジリと範囲を狭めてやって来る。
「も、モンスター・ハウスです……! これ、鉄板罠の一つですよ!」
「つまり、どういうことだ!?」
「見た目通り、大量の魔物でお出迎え! 物量そのものが罠ってやつです!」
「――出口はどこだ!?」
さしものレヴィンも、正面から戦って、全てを薙ぎ払おうとは考えない。
逃げ道があるのなら、そちらへ逃げるのが賢明だった。
だが、迫りくる魔物の群れの後方、その奥に出口があるのを見つけてしまった。
「仕方ない……、腹を括れ。一直線に突き進み、あの出口に駆け込む。いいな?」
「鬱憤を払う、良い的を貰った、と思う事にしとくぜ」
「的ばかりじゃありませんよ。
その比率としては二割から三割、といったところだ。
そして、それはこれまでの階層で出会った場合の比率でもある。
どうやら、そのルールはこうした場合でも適用されるらしい。
「ともかく、行くぞ! 一気に駆けろ! 全てを相手にしてられない!」
「おう! 一直線に貫く! 今の怒り全てをぶつけてやるッ!」
「アイナさんは二人の傍へ。適宜、回復や支援を! 私が
即座に陣形を作り、レヴィンとヨエルの二枚看板を前衛に、その後ろにアイナが付き、その背中合わせになるような格好でロヴィーサが立つ。
「――行くぞッ!」
レヴィンの掛け声で魔物の群れへ、一気呵成に突貫した。
まるで巨大な弩弓が打ち込まれるが如く、壁の様にも見える群れを一気に切り裂いて進む。
ヨエルの怒号、レヴィンの雄叫びが響き渡り、幾つもの首が同時に飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます