トラップ・アドベンチャー その5

 次の階層へと降りている時、レヴィンはふと感じた疑問を口に出した。


「なぁ……、この階段、ちょっと長くないか」


「そういや、そうだな……。そろそろ下が見えても良い頃だよな?」


 これまで何度となく階段を使っているのだ。

 正確な段数など数えた事もないが、その長さは肌身で理解している。

 ロヴィーサも同意して、不思議そうに首を傾げた。


「これはどうした事でしょうか? 異常ですね」


「異常という事は、これが既に罠の可能性もある訳か」


 レヴィンが独白する様に呟くと、ロヴィーサは否定の声を上げた。


「これまで、階層と階層を繋ぐ階段に、罠など設置されていませんでした。謂わば、ある種の不可侵領域とされていましたし、それが覆ることもないのでは……」


「……アイナはどう思うよ?」


 ヨエルから水を向けられて、アイナは顎先を摘む様に指を添えながら、難しそうに考え込む。


「不可侵領域、というロヴィーサさんの意見には賛成します。けれど、この長い階段が、本当に罠じゃないのか、そこに疑問は残ります」


「何故でしょう?」


「だって、本来ならここは、もう次の階層なんですよね? その階層に入っているのなら、それはつまり不可侵領域から脱している、という意味でもありますから」


「あぁ……、分かり易く扉を設置し、境を明確にする義務はない。そう言われたら、確かにそうかもしれません」


 ロヴィーサは悔しげに顔を顰めたが、すぐに表情を引き締め直して、今度は請うように尋ねた。


「では、これがどういう罠か分かりますか?」


「こういうパターンも、そこそこ鉄板というか、鉄板すぎて飽きられたパターンだと思うんですが……」


 そう前置きして、自信なさそうにアイナは続けた。


「……無限ループ、とかですかね? ある地点で実は転移していて、ギミックに気付かない限り、延々と下り続ける、みたいな……」


「おい、何だよ、その恐ろしい罠は……。じゃあ、実はもう転移していたりすんのか? 気付かなかったぞ、そんなの……!」


 階段の幅は大人二人が、ようやく横並びになれる広さしかない。

 だから基本的に一列となって降りていた。


 階段は規則正しく、また壁には一定の間隔でランタンが置かれ足元を照らしている。

 規則的で代わり映えのしない光景――。

 今までも同じ景色だから、全く違和感を持たなかったし、だから違いに気付かなかった。


「確かめる方法は一つだな。ヨエル、ちょっと一人で降りて行ってくれ。俺達はここで待機する」


「おう! 任せろ、若」


 ヨエルはレヴィンの横を通り過ぎると、勢いよく階段を降り始めた。

 そのまま足音が遠退いて行き、十秒ほど待った所で、今度は背後から足音が聞こえ出す。


「アイナの予想が当たったか……」


 レヴィンが苦い顔をさせるのと同時、ヨエルが背後から現れて合流した。


「……どうやら、そういう事らしいぜ、若」


「あぁ、ご苦労、ヨエル。……それで、アイナ。これはどうすれば破れる?」


「そうですね……。大抵の場合、周囲の景色と違う物が紛れていたりするんですよ。煉瓦の一部が違うとか、ランタンの間隔が違っているとか……。後は、転移陣そのものを見つけて壊す、とかですかね?」


 アイナが慎重に言葉を選びながら答えると、レヴィン達は周囲を見渡す。

 上を見ても下を見ても、それらしい――分かり易い目印はない。


「因みにだが、ヨエル。転移した瞬間って、何か分かったか?」


「いや、全く。浮遊感の一つでもありゃ、アタリを付けるのは簡単だったが……」


「そう簡単じゃないと思います。だって、踏んだ瞬間転移するなら、最後尾の人が分からない筈ないんです。この場合だと、レヴィンさんが消える所を、ロヴィーサさんが見逃してる事になります。そんな筈がないでしょう?」


「……そうですね。これまでも、しかと若様を視界に収めておりました」


 だから、とアイナは前置きして、更に続ける。


「分かり易く転移の場所を、教えてくれたりしないと思います。何より、ユミル様が仕掛けた罠ですよ。幻術使いのあの方が、こういう実に罠で、そう簡単に場所を教えてくれると思いますか?」


「そうだよなぁ、確かにそうだ……」


 ヨエルが苦虫を噛み潰した顔をして、重たい息を吐いた。


「この状況は、ユミル様好みという感じがする……。これまでも一筋縄じゃいかなかったが、これはその最たるものって感じだぜ」


「シンプルだけど、だから見抜けない。……そういう事か。アイナが居なければ、また無駄に時間を浪費している所だったな」


「いえ、結局このループを終わらせるギミックを見つけないと、やっぱり意味がないわけで……」


「それでも、気付けたタイミングが早かっただけマシさ。しかし、時間を浪費させる罠が目に見えて増えて来たな……」


 攻略可能か否かは、全て時間に掛かっている。

 腕に自信があるから魔物は倒せるとしても、それだけでは踏破できない。

 それがここに来て、如実に真実味を帯びて来ていた。


「……ところで、俺達の残り時間は?」


 ヨエルの問いに、レヴィンは懐からロケットを確認して息を吐く。


「残り十日程だ……。急がないと拙いぞ……、まだ九十階層にも辿り着いてない」


「その前の階層主でも、時間を食うかもしれんぜ。ユミル様やルチア様が、直々に出てきたらどうするよ?」


「……アヴェリン様の例があるからな……。絶対ないと断言できないのが辛い所だが……、それを考えるのは後にしよう。どうせ、何が来ようと戦わなきゃならないんだ」


「だな……」


 気を取り直した所で、レヴィンはヨエルやロヴィーサへ、素早く指示を出し始めた。


「ヨエルは左側の壁を、ロヴィーサは右側の壁を調べてくれ。煉瓦のどこかにおかしな所はないか、ランタンの置かれた間隔は正しいか、またランタンがスイッチの役割をしていないか、その辺も徹底的にな」


「畏まりました、若様。アイナさんは?」


「俺は天井、アイナは階段そのものを。流石に天井は距離があって、張り付いて探すまでは出来ないが、カタナを伸ばせば切っ先で叩けそうだしな」


「分かりました。僅かな差すら見逃しませんっ!」


 アイナも意気込み、鼻息荒く腕まくりする。

 そうして、全員の捜査による虱潰しが始まった。


 一段ずつ丁寧に調べながらなので、当然その歩みは牛歩と変わらない。

 時間が惜しいと分かっていても、この丁寧さが必要なのだと、今は我慢して調査を続けた。


「これは……、煉瓦に傷を付けるのはどうでしょう? ランタンを目印にして、その下にでも。戻ってくれば一つ傷が増えるので、そこからある程度、転移地点を割り出せませんでしょうか?」


「そうだな、それは良いかもしれない。繰り返していれば、そのうち大体の位置は割り出せるだろう」


「後はそこを重点的に探して、転移陣を見つければ良いですね……!」


 希望が見えて、俄然やる気が出る。

 一周した時点で煉瓦におかしい点はなく、ランタンにも細工はなく、そして階段や天井にもおかしな所はないと分かった。


 しかし、一周しただけでは見落としもある。

 だから、それぞれの分担を入れ変えて、探索を続けながら降り続けた。

 そうして、分担が一周し、更にまた一周した頃、大まかな転移地点を割り出すのに成功した。


「大体、このランタンから、次のランタンまでの間か……」


 そこまでは階段の段数にして、おおよそ三十段程ある。

 その中に四人が入って初めて転移するのだとすれば、なるほど気付かなかったのも不思議ではない。


「問題は、どこに転移陣があるか、だが……」


「目視できる範囲に、それらしい物は見当たりませんね……」


「しかし、これ以上降りると転移させられてしまう……。壁にも天井にも、階段その物にも、他との違いが見当たらない……。転移陣その物は見つけられない仕様か」


「では、中に踏み入って、転移するより前に見つけ出し、破壊すれば良いのでしょうか」


 ロヴィーサの疑問に、アイナは難しい顔をして否定する。


「そこまでシビアですかね? これまでの方法も、言ってみれば正攻法とは違うと思うんですよ。そして、力押しの方法で解決するのを、ユミル様が良しとするとは思えません」


「そう言われると……。無茶苦茶な人だが、自分なりのルールはあると思う。特にこうした悪戯とか罠めいた何かには、一家言持ってそうなものだ」


「ですよね。ですから、道中にスイッチ的な物があって、それを押すと通過できる。そういう類だと思ってたんですけど……」


 前回の圧し潰す壁プッシュ・ウォールが、正にそれだった。

 支え棒などを用意して、その棒が耐える僅かな猶予で渡るような力押しを、ユミルは決して認めないだろう。


 そして、鍵穴があっても鍵をされていない宝箱を用意し、その奥底にはスイッチが隠されていた。

 分かってしまえば簡単で、いっそ馬鹿にしている様な内容だ。


 先入観に囚われていたら、ありもしない鍵を、延々と探し続ける破目になっていたのだ。

 だが必ず、罠の解除方法は用意されていて、そしてそれが彼女なりの美学なのだと思われた。


「分かってさえしまえば、か……。しかし、そのが大変なんじゃないか……」


「あたしもちょっと、考え過ぎだったかもしれません」


「……というと?」


「前回のスイッチに引っ張られていた、と申しますか。これまでも、何かとスイッチ式が多かったじゃないですか」


 レヴィンはそれまでの罠を思い出しながら頷いた。

 そこに少々毛色が違うものを混ぜるなら、例のスライムとなるが、あれは罠というより、おちょくる為のものだった。

 それを除けば、これまでの罠は大抵スイッチが関係している。


「だから、そういうタイプで攻めて来るのか、と思ったんですけど……。ここで躓かせる為のブラフだったかもしれません」


「ブラフ……、有り得そうな話だ。何しろ、あのユミル様だぜ?」


「ですよね? じゃあ、スイッチじゃない仕掛け、と考えた時、一つ思いついたものがあるんです」


 それは、とレヴィンが水を向けると、アイナは背後を振り返る。

 上の階へ引き返す為の、上り階段だ。


「まさか……?」


「そう、無限ループ系の鉄板解決方法に、『引き返す』っていうのがあるんです。只でさえ、階段を昇るのは億劫ですし、心理的にも引き返すのは抵抗ありますけど……」


「だからこそ、それが答えか。心理的な歯止めを利用するのが、いかにもユミル様っぽく感じる」


「決まりかい、若?」


「試してみる価値は、十分過ぎるほどあるな」


 レヴィンが表明した事で、来た道を戻ると決まった。

 そうして煉瓦に刻まれた傷を、確認しながら昇ること数分……。

 そろそろ一周したと分かる所で振り返ると、続く階段の先に扉がある。


「やった、抜けた! 良くやった、アイナ!」


 三人から抱き締められながら、アイナも顔いっぱいに笑顔を浮かべる。

 そうして階段を降りきり、今度こそ次の階層へと到達した。

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