トラップ・アドベンチャー その4

 アイナの提案は、その場ですぐ採用となった。

 それがスイッチ的な罠であれば、何かを投げ入れるだけでは足りない、という話にもなった。


 目視からだけでは分からないスイッチを、上手く当てられる確率など、そう高くはないからだ。

 しかし、アイナは訝しげな態度ながら、そうではない、と否定した。


「ここまで肩透かしの罠を用意してたんです。それが全部フラグだとしたら……、階の終わりで全く別種の罠を仕掛けていても、不思議ではありません」


「それもセオリーって奴か?」


「いえ、これはどちらかというと、メタ読みです。とにかく、何か投げ入れてみて下さい」


「って、言われてもな……」


 ヨエルは困ったように身体をまさぐり、捨てても惜しくない物を探そうとする。

 しかし、そう都合よく適当な品など見つからず、困り果てている間に、アイナが壁の一部分を指し示した。


「その辺の煉瓦、適当に砕いて取り外せませんか?」


「――おっ、それは良いな。試してみよう」


 ヨエルが大剣の柄部分で、力を入れて殴りつける。

 すると、壁の一部があっさり砕けて、適当に煉瓦を幾つか見繕う。


「……こんなモンでいいか。で、これを投げ入れてみれば良いんだな?」


「それぞれ違う間隔で、手前から順にお願いします」


 言われた通りに、ある程度間隔を上げて、次々に投げ入れていく。

 すると、丁字路と階段の中間程度の距離で、煉瓦が床に触れるなり、壁から罠が飛び出してきた。


 恐ろしい勢いで両壁そのものが突き出て、完全に壁同士がくっつき合う。

 通路そのものが罠で、前にも後ろにも避けられない構造になっていた。


 知らずにこの道を選んでいれば、完全に圧殺されていたに違いない。

 壁は五秒ほど経つと元に戻り、最初からあった通路の姿を取り戻す。

 後には砂状まで砕かれた煉瓦だけが残された。


「お、おっかねぇ……。安易に進んでたら、俺達があぁなってたのか……」


「だから、何でこうも、罠の危険度に落差があるんだ!?」


「それよりも、若様。罠を見抜いたアイナさんに、感謝しませんと」


 ロヴィーサの進言に、レヴィンは慌てて向き直って、小さく頭を下げた。


「いや、確かにそうだ。――ありがとう、またアイナの知見に助けられた」


「いえいえっ! これは知見というより、単なる勘の方が近いですから……!」


「だったとしても、俺達にその勘はなかった。これからも頼りにさせて貰うよ」


「……そう言われると、ちょっと自信がなくなるので、程々でお願いしたいと申しますか……」


 どこまでも低姿勢を崩さないアイナに、横からヨエルが頭を撫でて笑う。

 その遠慮のない撫で方に、アイナは頭を左右に振られ、危うく倒れそうになった。


「おっと、すまん! けど、もっと自信持って良いと思うぜ。何も全部を全部、アイナに頼るわけでもなし。それに、間違ったら責めるって話でもないからよ」


「えぇ、はい……。そこは有り難いと思います、けど……」


「因みに、アイナの知見だか、勘だかに寄ると……。あの宝箱はどうなんだ?」


 通路の逆側、振り返った先に鎮座している宝箱を指し、ヨエルが問う。

 アイナは乱れてしまった髪を手櫛で直しながら、難しそうに唸った。


「確かな事は言えませんが、壁のトラップを解除する為の物……かと思います。潰す壁については、スイッチ式じゃなくて、感圧式みたいですし……」


「かんあつ……、どういう意味だ?」


「少しでも重量を感じた時点で、発動するって意味です。スイッチなら避ければ良いだけですけど、床一面となれば避けようがないです」


 そして、その範囲は非常に広い、と想像できる。

 少しの助走とジャンプだけで、その感圧範囲から逃げられるとは思えなかった。


 十分な助走距離があるから、あるいはレヴィンなどが本気になれば、階段へ直接足を掛けられるかもしれない。

 しかし、それには天井の高さが圧倒的に足りなかった。


 そして、どれだけ脚力に自信があろうと、天井の問題があるから突破できないように調整されている。

 素直に罠を解除するスイッチなどを、探す方が建設的だった。


「煉瓦一枚投げ入れただけで、発動しちまうんだもんな。それもどうやら……」


 ヨエルがまた壁を砕き、適当に煉瓦を投げ入れた。

 手前すぎるとやはり発動はなく、そして次々と投げ入れて分かったことは、一足飛びに避けきれない距離から発動する、ということだった。


 それから何度も投げ入れて確認できた。

 中央付近からその奥の階段まで、満遍なく感圧で検知されてしまう。

 どこか踏んでも良い場所は、全くないと判断するしかなかった。


「多少、脚力に自信があろうと、こりゃあ無理だな……」


「踏んでから、罠発動までが短すぎる。壁を押し留める『つっかえ棒』でもあるなら、まだしも可能性はあるんだが……」


「それなら素直に、解除できるスイッチか何かを、探す方がマシではないかと……」


「そして、これ見よがしな宝箱か……。嫌だな……、絶対あそこにも罠があるだろ……!」


 レヴィンは宝箱を視界の隅に捉えて、忌々しく吐き捨てた。

 一方の通路に罠があったからといって、もう一方の宝箱に罠がないとは限らない。


「……けど、行ってみない訳にもな……。ヨエル、試しに通路の方と同じ様に煉瓦を投げ入れてくれ」


「了解だ、若」


 そうして、手前側から始まり、程々に距離を空けて次々に煉瓦を投げ入れた。

 しかし、通路側とは違い、何かしらの罠は発動しない。

 勢い余った煉瓦が、宝箱に当たるハプニングもあったものの、やはり何も罠は発動しなかった。


「とりあえず、こっちに感圧式っつー罠はないらしいな」


「これまで通りのスイッチタイプかもしれない。……とにかく、慎重に進むぞ」


 床の煉瓦に怪しい物はないか、どこか一箇所でも色違いはないか、目を皿にして探す。

 しかし、宝箱へ行き着くまでに、それらしい物の発見はなく――。

 いっそ拍子抜けする程に、あっさりと辿り着いた。


「問題は、この宝箱だな……。鍵穴が見えるんだが……」


 宝箱にはその中央に、鍵を差し込む穴が空いている。

 しかし、これまでの道中、それらしき鍵は見つけていなかった。


「これは一度引き返して、鍵を探してくるタイプかもです……」


 アイナが明らかに青い顔をさせ、げんなりと呟いた。

 しかし、レヴィンはその経験上、鍵穴があるからといって、必ずしも鍵は掛かっていないと知っている。


「豪華な宝箱だからって、鍵が必要とは限らないだろうさ」


「むしろ、その探させる時間を、徒労に変える罠かもしれんぜ? 何しろ、あの壁トラップだ。否が応でも、解除する必要あるんだからよ」


「それはまた……、どうなんでしょう? どこまでも時間の浪費を強いてきそう、と思いますが……」


 だが、とりあず開くかどうか、試してみなければ始まらない。

 レヴィンが生唾を飲み込み、そっと宝箱の上蓋に触れる。


 その時点で、とりあえず何の反応もない。

 煉瓦が当たっても何も起きなかったので、この時点で問題が起きないのは、ある程度予想が出来ていた。


 更に力を込めて、上蓋を後ろへ倒す様に開ける。

 すると、カチリ、と音がして、レヴィンは咄嗟に身構えた。


 ……しかし、それ以上は何も起きなかった。

 細く息を吐いて、再び上蓋に手を当て、再び慎重に動かす。

 すると、呆気ないほど簡単に、宝箱の蓋が開いた。


「罠は、なし……」


「いいぞ……。何が入ってる?」


 中を覗き込むと、そこには薬草の束が三つ入っていた。

 その肩透かしに、レヴィンは疲れを感じて肩を落とす。


「何だよ、これ……」


「うわぁ、ベッタベタな中身ですねぇ……」


「ベタかどうかはともかく、こんなのどうしろってんだよ……」


 ヨエルが嘆きにも似た声を、漏らしてしまったのも仕方がない。

 薬草は水薬の材料にするもので、そのまま使うものではないからだ。


 まず乳鉢などで磨り潰し、他の素材と組み合わせ、錬金術を用いて水薬にし、それで初めて回復薬としての効果を得られる。

 そのまま食べて、一切の回復効果がないとは言わないが、精々滋養効果を期待できるくらいだ。


「もしかすると、『恩寵』の中には、特別な器具なしに水薬を作成できたするのが、あるのかもしれないが……」


「実際、ありますよ。『調合』の恩寵があれば、その場で水薬を作れます」


「そいつらにとっては、ある意味お宝には違いないかもしれんが……」


 レヴィン達にとっては無用の長物だ。

 しかも、水薬はまだ十分に数を残しているので、雀の涙程の滋養効果に期待する意味もなかった。


「まぁ、宝箱はハズレって事だな……。じゃあ、罠の解除はどこに? もっと戻って、別の部屋などにあるんだろうか……?」


「そうと考えるしかねぇな。分かれ道の全てを確認してきた訳でもねぇし……」


「では、戻りますか?」


 ロヴィーサがそう提案した時、アイナから制止の声が掛かる。

 アイナはレヴィンを押し退けて宝箱の前に立ち、手を入れて薬草を取り出した。


「おい、そんなもん、今はどうでも……」


「いえ、違います。見たかったのは箱の底です。もしかしたら……」


 そうして薬草を退けて出て来たのは、なんと丸型のスイッチだった。

 薬草に隠され全く見えてなかったが、それは間違いなく、何らかのスイッチに違いなかった。


「おぉ……! いや、また嫌らしい隠し方してるな……」


「興味ない人は取らないでしょうし、取らないままでいれば、いつまで経っても……有りもしないスイッチを、探す羽目になるという訳ですか」


「よく気付いたな、アイナ!」


 ヨエルが手放しに褒めると、アイナはくすぐったそうに笑う。


「二重底ネタも鉄板ですから。罠がないのに、カチリって音がしたでしょう? だから、もしかしてって……。それに、ユミル様はここまで到達するの、レヴィンさん達だけって思ってた筈です。だったら、薬草に価値を見出さないのも、当然予見していたと思いますから……」


「なるほどね……。罠は仕掛け主との知恵比べだ。あっちの思惑を躱すのが、何より重要ってことか」


「そこまで大層なモノじゃないですけど……。結局、これもメタ読み、みたいなものですから」


「何にしても、これで解除って事で良いんだよな?」


「多分……」


 レヴィンが宝箱のスイッチを押すと、ここでもカチリと硬質な音がする。

 それ以外には外見上変化がなく、とりあえず元の位置に戻って、再びヨエルに煉瓦を投げさせた。


 今度はこれまでと違い、これらの煉瓦に一切反応せず、ただ幾つも通路に転がすことになった。

 互いに笑みを浮かべ合い、アイナの肩や背中を叩く。

 こうして、レヴィン達は更に次の階層へ挑戦するのだった。

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