トラップ・アドベンチャー その3
ピロリン、と音がして、レヴィンは咄嗟に腰を落として警戒する。
音がした頭上を見上げ、何もない事を確認すると、次に周囲を素早く見渡した。
しかし、やはり敵の姿は確認できない。
不気味に思っていると、突如レヴィンの胸元に何かが現れ、咄嗟に腕を払って吹き飛ばす。
「――チッ!」
非常に軽い手応えと共に、その何かが殴り飛ばされ、地面を転がった。
軽い音を立てて壁際まで行ったそれを、怪訝な顔をして見つめる。
それは何かの置物や、オブジェの様に見えた。
三角錐の頂点に丸い玉が乗っており、それが木製の土台に鎮座している。
「……何だ、あれ?」
罠の類であれば、接触と同時に発動している筈だ。
レヴィンとしても迂闊だったし、殴るのではなく躱すべきだったと、今さらながらに思った。
咄嗟のことで弾いてしまったものの、しかし今も謎のオブジェは一切の動きを見せていない。
その時、アイナから怪訝な声が漏れる。
「ん……? トロフィー?」
「また何か知ってるのか、アイナ?」
この迷宮に入ってからというもの、アイナの知見は良い意味でも、悪い意味でも目立っている。
所謂レヴィン達とは違う常識の中で、通用する常識というものがあるらしい。
「いえ、確証はないんですけど……。見た目とさっきのSEからして、凄くそれっぽいなぁ、と……」
「だから、それは何なんだ」
「いえ、見ての通りトロフィーですよ。栄誉を称える、というか……」
「栄誉……?」
レヴィンは胡散臭そうにトロフィーを見つめた。
危険はなさそうと見て取って、近付いた先で刃を抜き、その切っ先で突付いてみる。
しかし、やはり硬い感触が返ってくるだけで、何の反応も示さなかった。
一応、駄目押しに強めに斬り付けてみれば、あっさりと傷がついて、上部に付いた球体部分が割れる。
中は空洞らしく、罠の類でないことは、これで証明された。
レヴィンはそれで、とりあえず警戒を解き、手に取って持ち上げる。
弾いた時の感触通り、軽い材質で出来ていて、鈍器としても使いようがない。
何の為に用意された物か不明だが、攻撃を意図していないのは明らかだった。
首を傾げながら仲間の元へ戻り、胸元で掲げてアイナに見せる。
「これがその……トロフィーか? 何の意味がある?」
「意味なんてないですよ。これきっと、アチーブメントですから」
「そのアチブー……って何だ?」
「ご褒美みたいなものですよ。よく出来ました、みたいなアレです」
そう言われても、レヴィンからすると『よく出来ました』自体が意味不明だ。
褒められているとは分かるし、栄誉だとか、ご褒美という単語からして、悪いことでないことも分かる。
しかし、ここで何故突然、その栄誉を受けなければならないのかが、全く意味不明だった。
翳したトロフィーを横から見ていたヨエルが、首を大きく傾けながら言葉を零す。
「おい、若……。ここに何か書いてるぜ。ちょっと正面、向かせてくれ」
言われた通りにトロフィーを持ち直すと、全員が正面に立ってトロフィーの土台部分に目を向けた。
木製の土台には金属製のプレートが嵌まっており、そこに文言が書かれている。
「なになに……、『キャ~、えっちなスライムさんですぅ』……? 『プラス10XP』……。なんだ、これ?」
「そのまんまの意味です。そういうトロフィーです」
「何の意味が!?」
「沢山集めると嬉しいです。ただ、それだけの為の物です」
「――いるか、こんなもんッ!」
レヴィンが全力でぶん投げると、アイナから何故かあぁっ、と惜しむ声が漏れる。
本当ならバラバラにしてやりたい程だが、それをする時間すら惜しかった。
これもまた、何処かから見ているユミルが、おちょくる為だけに用意したものに違いない。
「くそっ、無駄に時間を浪費した! こっちはどんな罠か、一々確認しないといけないってのに……!」
「正にそれが狙い、という気が致しますね。錯乱、あるいは緊張感を削ぐ狙いがあるのやも……。先程までの生死を賭けた戦いから一転、これですから……」
「ろくでもない事しか考えないな、ユミル様は……ッ!」
悪態をついている暇があったら、少しでも歩を進めていた方がマシだ。
それが分かっていても、気持ちを落ち着かせる為、感情を吐き出す儀式は必要だった。
レヴィンは荒く行きを吐いて呼吸を落ち着けると、三人を見渡して言う。
「……まぁ、掌の上だなんて、最初から分かっていた事だ。冷静に……、落ち着こう」
「一番冷静を失っていたのは、若だけどな……」
普段から何かと、冷静さを失いやすいヨエルから言われると、レヴィンの胸にも痛みに似た何かを覚える。
口元が情けなく垂れ下がりそうになるのを、意志の力で引き戻し、それから道の奥へ身体ごと向けた。
「ともあれ、行くぞ。ここから先も、悪辣かつ下らない罠が待っているかもしれないが……。気を引き締めろ」
「……まぁ、おう。了解だ、若」
他の二人からも短い返事があって、レヴィン達は道を進む。
道中に
そうして、幾度も道を曲がったその先で、足元からカチリ、と音が鳴ったのを確かに聞いた。
「しまった……!?」
足元の地面は他と殆ど変わりなく、見た目だけで判別は不可能だった。
踏んでみて、初めて他と違うのに気付いたくらいで、レヴィンは即座に飛来する何かがないかと前方を警戒する。
しかし、その直後、脛に鋭い痛みが走って動きが止まる。
見れば、足元から迫り上がった木の棒が、レヴィンの脛を強かに打っていた。
「痛ッ! ……って、何だこのチャチな罠は!?」
「トラバサミでなくて良かった、と言えば、確かにそうなんですけど……」
「ただ脛を棒で叩くだけの罠かよ。……いや、これを罠にカウントして良いのか迷うっちまう所だが……」
本当ならば、もっと深い傷を付ける目的で、トラバサミなど用意しておく所だろう。
そうでないなら、棒ではなく刃であっても良い。
切れ味次第で、脚を確実に切断できる罠だった。
だというのに、心配するより同情が先で、レヴィンとしても居た堪れない気持ちになる。
棒を蹴飛ばし破壊して、更に一歩踏み出した所で、追い打ちのスイッチをまた踏んだ。
すかさず、新たな棒が出現して、脛を強かに打った。
「――いだぁッ! くそっ、また脛を……ッ!」
「脛に何か恨みでもあんのか……?」
いよいよレヴィンが脛を庇った姿を見て、アイナは背中を震わせて笑いを堪えている。
殆ど涙目になっていて、下唇を噛んで吹き出すのを阻止していた。
「……そんなに楽しかったか?」
「い、いえ……っ。ぶふ……っ!」
「でもよ、若……。正直、馬鹿らしすぎて、いっそ笑えるぜ、それ」
「こっちはまるで笑えない……!」
レヴィンは涙目で抗議し、痛みにふらつきながら立ち上がる。
そして、レヴィンが痛みに堪えている所に、冗談以上の問題があった。
「というか、単に木の棒だけで、そこまで痛くなるものなんですか?」
「普通なら、そうはならない。だから、これは脛を打つ事に特化した、何らかの魔術的付与がされているんだろう。ヨエルが言った、脛に恨み……というのは、そういう意味じゃ的を射ているのかもな」
「うわぁ……。なんて無意味な……」
「ユミル様からすると、笑えて仕方ないんだろうさ。そして、そういう間違った努力を怠らない、ってイメージがある」
「……ですね」
どれほど難しい魔術とて、嬉々として行っていそうだ。
そして、事実かどうかはともかく、それがありありと目に浮かぶものでもあった。
「こういう悪戯ばかりなら、慎重になるのも馬鹿らしいが、きっとそうじゃないだろう。こういう緊張感の削ぎ方をして、本命をドカン、とぶつけて来ると見た……」
レヴィンが力なく言って、更に奥へと歩を進める。
そうして進んだ先の丁字路で、片方は宝箱へ続く道、片方は階段が見える道へ行き当たった。
その宝箱も余りに露骨で、赤く塗装された箱の縁には、金色に輝く金属で補強されている。
誰が見ても豪華な宝箱と分かるのだが、ここに来て近づきたいとは思わない。
「……馬鹿にしてんのか? ここに来て、あんな露骨な宝箱なんて選ぶかよ……」
「階段は目の前だ。どんな罠が待ってるか分からない宝箱なんて、避けるに限る」
「然様ですね。ここまでのパターンから行くと、子供騙しのびっくり箱であっても驚きませんけれど……。とにかく、無視するのが一番です」
誰の気持ちも一つだったが、その中で一人、異議を唱える者がいた。
それは訝しげな視線で、レヴィンの横から階段方面を睨むアイナだった。
「ちょっと待って下さい。――これ、怪しいですよ」
「そうだな、分かってる。だから宝箱は無視しよう」
「それが怪しい、と思いません? ここまでのおちょくられ方を考えたら、誰だって宝箱は選びませんよ。だから、むしろここは、宝箱を選ぶべきなんです」
「……ユミル様の性格を読めば、それもあり得る……と言えますか。露骨に見える宝箱だからこそ、その露骨は避けたいと思うものですし……」
ロヴィーサからの賛同もあって、アイナは一つ提案をする。
指を一本立てて、それから階段へ続く道の手前を指差した。
「何かがあるとすれば、きっと階段までの通路に用意されているでしょう。ここは試しに、ちょっと何か投げ込んでみませんか?」
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