トラップ・アドベンチャー その2

「――任せろッ!」


 ヨエルが気合と共に、大剣を力任せに振り上げる。

 その衝撃で風圧が生まれ、布の様に広がっていたスライムの落下速度が鈍った。


 そして、その時にはレヴィンの一撃が、スライムを両断している。

 そこから更に連撃を放ち、覆い被さる様に落ちてきた体が、細切れとなって地面に落ちた。


 しかし、スライムは細切れにした程度ではな死なない。

 互いに引き合い、再びくっつき融合しようとする。


 これを倒すには燃やしてしまうか、魔術的に凍らせる必要があった。

 どちらもこの場ですぐ用意できるものでもなく、何よりゴブリンの集団が今や十字路に雪崩込もうとしている。


「俺が道を開く! 突っ切れ!」


 レヴィンが刻印に物を言わせて、北側の道へ強行突破に踏み切った。

 三本線を一刀の元に斬り伏せるのに成功させると、俄然勢いが増す。


 一体がやられても構わず攻撃してくるゴブリンは、流石の強さを持っていて、レヴィンの『年輪』さえ容易く砕く。

 生半可な攻撃では傷すら付かない防御膜だが、数を頼みに捨て身の攻撃をしてくるこのゴブリン相手には、相性が悪かった。


 一つ攻撃する横で、更に一つ、二つと削られていく。

 それでもレヴィンの足と、カタナの一閃は止まらない。


「はぁぁぁッ!」


 一体を袈裟懸けし、その勢いのまま背を見せて、遠心力を用いて横薙ぎする。

 次々と奥へ踏み込んでは斬り伏せるが、意外にもゴブリンの層が厚い。


 通路に入り込んだ事で、背後から来るゴブリンの圧力も強まった。

 ヨエルとロヴィーサが、上手く攻撃を代わる代わる行って、その圧力を防いでいる。


 しかし、左右には壁があり、狭い通路内で前後から完全に挟まれている形だ。

 レヴィンが突破できなければ、圧力に踏み潰されて全滅するしかない。


「うぉぉぉぉッ!」


 あっという間に全層砕けた『年輪』を、再度仕様して重ねがけする。

 レヴィン達との間に挟まれるアイナは、双方を見極めて支援術や治癒術を行使し、忙しなく援護していた。


 そうして背後――ロヴィーサ達からすれば前方――から、巨大スライムが通路を満たしつつ、突貫して来る光景を見て悲鳴を上げる。


「若様、スライムが来ています! ゴブリンすら飲み込んで!」


 敵か味方か、そうした事はスライムには関係ないらしい。

 すべてを飲み込みながら迫ってくる。

 そして、呑み込まれたゴブリンは凄まじい勢いで消化され、あっという間に骨となり、その骨すらも消えて行く。


「くそっ!」


 悪態つきながら、レヴィンはとにかく前方を塞ぐゴブリンを斬り倒した。

 ロヴィーサが時折、隙を見つけてランタンを砕いて火の粉を上げたりしているが、巨大なスライムには殆ど意味を為していない。


 これが斬り裂かれて小型化している状態だったなら、おそろく倒すことは出来たろう。

 一つ一つ、虱潰しに燃やす様な事をしていれば、難なく倒せたに違いない。


 しかし、あの状況でそれは出来なかった。

 正しい道を選んで突破するしか、あの時はどうしようもなかったのだ。


 ――正しい道。

 レヴィンが直感的に選んだ道は、果たして正解なのだろうか。

 それまで南側からやって来ていたものだから、その直線上の道を選んだに過ぎず、本当は直感とも言えないものだ。


 ただ、目の前の道に飛び込んだだけ――。

 そして、その安直な決定は、果たしてユミルの狙い通りではないのか。


 しっかりと観察する時間も与えられず、悠長にしていると圧殺される状況。

 その上、四方のゴブリンを目眩ましに使う周到さだ。


 全てを相手に出来ない以上、いずれかの道へ押し入るのは決定事項みたいなものだった。

 あの場で四方から襲われていたら、全く歯が立たなかったのは間違いない。

 地面に散らばったスライムは融合を繰り返し、あの十字路で元の体型を取り戻したろう。


 そうすると、四人が散り散りの方向へ、押し出された可能性もあった。

 どうあれ、何れかの道を選んで、そこへ全員で飛び込むのが最適解ではあった。


「しかし、それすらも罠か……!?」


 最初から、選べる選択肢は多くなかった。

 その上で強要された先が、果たして正解と言えるだろうか。

 レヴィンは歯噛みしながら、ひたすら刃を振るう。


 幾つもの肉体を切り結んだその先で、ようやくゴブリンの壁にも翳りが見え始めた。

 それまでは一向に減らず、ゴブリンの奥には、そのまたゴブリンしかいなかったものが、今では隙間が見えている。


「よし! 取り敢えず――ッ!」


 この先に何があろうと、一つ光明が見えたことで、レヴィンの心も軽くなる。

 悪いことばかり考えてしまうのは、策士の陰が見え隠れするからだ。

 しかし、何も全てが罠に通じる、と決まったわけでもない。


「ハァァァッ!」


 レヴィンは最後の一体を斬り倒して、強引に薙ぎ払う。

 鮮血が舞い、黒い血がレヴィンの頬を濡らした。

 既に刻印は限界で、残り一層しか残っていない。

 すんでの所で、何とか持ち堪えた、といった所だった。


「――よし、抜けたッ!」


 ゴブリンの壁を抜けた先には、何者も待ち受けていない。

 通路が続くばかりで、とりあえず行き止まりなども見えなかった。

 ただし、光源の問題で、奥行きを見通せないのは変わらない。


 その先がどうなっているのかまで、今のところは分からなかった。

 だが、とにかくレヴィンは地を蹴って走る。

 後方を気にして振り返ってみれば、ロヴィーサとヨエルも上手く敵をいなして、全力疾走に切り替えた所だった。


 アイナはその二人に挟まれる形で、同じく全力で走っている。

 切羽詰まって引き攣った顔をさせつつも、二人に食らい付いて走っていた。


「と、ところでっ、道はあってるんですかぁぁっ……!?」


「あってることを祈っとけ!」


 答えなど何処にも書いていないのだ、そう祈るしかない。

 そしてどうやら、直ちに不正解とは言えない様だった。


「階段だ! 駆け込めッ!」


 降りた所で、険しい道に続くかもしれない。

 しかし、ここに飛び込まない選択肢など、初めからなかった。


 前提として、その階の魔物や障害は、階を隔てて移動できない。

 そこに『ルール変更』がないのなら、逃げ切るには階段を降りるしかなかった。



  ※※※



 そして、どうやらレヴィン達は逃げ切れたらしい。

 階段を降った先には何事もなく、そしてゴブリン達も追い掛けて来ようとしない。


 遥か後方、そして見上げた階段の先には、押し合い圧し合いする姿こそ見える。

 だが、見えない壁に阻まれて、降りて来ることは決してなかった。


「やれやれ……、どうにか……なったか……」


 大きく息を吐いて、レヴィンは汗を拭う。

 頬を手の甲で拭いた時、ねとりとした感触がガントレットを通して伝わる。


 見ればそれはゴブリンの血液で、しかも全身至る所に血が付いていた。

 そして、それはロヴィーサやヨエルも同様で、無事なのはアイナくらいなものだった。


「一体一体も、まぁゴブリン離れした強さだったが……。何よりあの数、あの地形だ……」


「正解の道を引き当てなかったら、と思うとゾッとします……」


 アイナが階段の先を見上げて、重たい息を吐いた。

 レヴィンもそれには同意したい気持ちだったが、リーダーとして常に警戒はしなければいけない。

 無慈悲と思いつつ、口にせねばならなかった。


「まだ正解と決まったわけじゃないぞ、アイナ。誘導された可能性は否めない」


「そうかもしれませんが……、今だけは安堵に包まれていたいと言いますか……」


「それも分かるけどな」


 レヴィンは笑って、それから息を整えるなり階段を下り出す。


「俺達に、ゆっくり息をつく時間もない。もしかしたら、引き返す必要もあるかもしれないんだ。この先を確かめないと……」


「……ですね」


 アイナは素直に納得して、道の先へ目を向ける。

 下りた先の階層はこれまでと変わらず、煉瓦造りの道が続き、そして少ないランタンが乏しい光量で照らしていた。


 慎重に歩を進めると、十人は余裕で手を広げられる空間に出る。

 そして、その中央には一体のスライムと、それをスポットライトの様に照らす明かりがあった。


「どうやら、コイツを倒して行けって話らしいな……」


 スライムは特別大きくはない。

 精々、膝の丈程度で、平均的なスライムとそう変わりなかった。

 ただ、灰色をしている点が、他と違うと言えば違う特色だろう。


「何か……、立て札ありますよ」


 アイナが指摘するまでもなく、その存在には気付いていた。

 スポットライトの内側に、これ見よがしに置かれた立て札だ。

 そして、立て札と言ったら、ユミルからのメッセージみたいなものだ。

 気を付けずいられる筈がない。


「……なになに、『服と鎧だけ溶かすスライム』……? 何だ、それ?」


「まさか……! 実在していたなんて!?」


 アイナが大仰に驚いて、口元に手を翳していた。

 その過敏な反応にレヴィンこそ驚き、敵から目を逸らさないまま尋ねる。


「何か知ってるのか、アイナ? 注意すべきことは?」


「いえ、その……別にないんじゃないですかね? 服と鎧を溶かすだけなので……」


「何の意味がある? 肌は焼かれないのか?」


「焼かれません。書いてある通りです。服と鎧しか被害を受けないんですよ」


「だから、それに何の意味が!?」


 防具を失うのは手痛い損失だ。それは間違いない。

 しかし、鎧すら溶かせる強い溶解性を持っていて、肌を焼かない意味が分からなかった。

 アイナも困ったように笑い、誤魔化すように耳を掻いた。


「いや、これもある種、お約束なので……。ダンジョントラップとしては、まぁ良くあると言いますか……。ちょっとしたサービスと言いますか……」


「どういうサービスなんだ、それは! 他人の防具を破壊して、そこにどういうサービスがある!? さっきまでの緊迫感はどこ行った!?」


「落差がひでぇよなぁ……」


「ですが、あからさまにユミル様が用意した魔物ですよ。何かのフェイクだとか……」


 ロヴィーサの言うことも尤もだった。

 それでレヴィンは、すっかりなくした緊張感のまま、手近のランタンを手にとって大股でスライムまで近寄り、抜いたカタナで両断する。


 あっさりと二分されたスライムは、そのまま力なく垂れ下がると、呻くように蠕動し始めた。

 再び融合しようとする動きを見せた所へ、ランタンを投げ付け燃やしてしまう。


 それが決着の全てだった。

 何事もなく、そのまま炎に炙られ溶けていく。


「何なんだ、この落差は!?」


 レヴィンは慟哭にも似た叫びを上げる。

 楽で済むのに、越したことはない。

 しかし、この肩透かしにされる罠……とも言えない罠には、憤りさえ感じた。


 どこまでもユミルの掌の上で、今頃爆笑しているかと思うと腹立たしい。

 腹の奥で燻り続ける怒りを何とか抑え込み、深呼吸を繰り返して落ち着かせる。

 その時、その場にそぐわない電子音が頭上から鳴り響いた。

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