トラップ・アドベンチャー その1
いよいよ、レヴィンの覚悟は決まった。
時間にして三十秒、自らの両頬を叩いて気合を入れると、三人を見回して口を開いた。
「今期で終わらせる可能性を潰したくない。少々、強引になってでも、無理やり進む」
「了解だが……。大丈夫なのかよ、若? ユミル様が、おそらく手塩に掛けて仕上げた罠だぜ? 甘く見てるんなら……」
「いや、ユミル様の底意地の悪さは良く分かってる。これまでの見せた罠は、まだ前哨戦ですらないだろう。小手調べすら、これからだと思ってる」
「だったら……!」
言い募ろうと身体を寄せたヨエルに、片手を挙げて止める。
そして、その気持ちを慮る顔つきで、深く頷いた。
「分かってる、よく分かってるさ。別に罠を疎かにするって意味じゃない。アイナの知見を頼りにするし、ロヴィーサにも深く注意して貰う」
「お任せ下さい、若様」
「あたしはその……、そこまで強く頼られても困ると言いますか……」
自信なさげに顔を背けるアイナに、レヴィンはその不安ごと吹き飛ばすよう笑いかける。
「だが、最初に挑戦とか警告とか、そういう部分を見抜いていたじゃないか。そして罠への理解も、ここにいる誰より詳しかった。頼るには十分な理由だ」
「だとしてもですね……」
「無論、それが的外れだったとして、責める様なことはしない。そもそも、見破れない様に用意されているのが、罠という物だろうしな」
そう言ってから、レヴィンは刻印を使用して、全身に計十層にもなる防御壁を張る。
『年輪の外皮』を発動させたのだ。
「こうしていれば、被害は最小限に留められる。そして、危険な方針を決めたのは、他ならぬ俺なんだから、先頭には俺が立つ」
「若様……! それは余りに……」
「時間的短縮を少しでも狙うなら、これが合理的でもある筈だ。これならそもそも、下手な罠を警戒せずに済むし、無効化できる。いっそ力押しの方が、スムーズに行くかもしれないだろう?」
「どうでしょうか……。ユミル様が、それを想定していないとは思えません……」
アイナからは、やはり自信なさげな吐露が漏れる。
そして、それは事実でもあった。
レヴィンの刻印を知っていて、それ一つで何もかも突破できるような罠を設置しているとは思えない。
むしろ、使っても意味のない罠を、多数用意していそうなものだった。
それでも、今のレヴィンにはこれくらいしか、思いつく手立てがない。
そして、足踏みしている時間は、殆ど残されていないのだった。
「ともかく、まずは俺が先頭になって歩く。お前たちを信頼するからこそ、俺は自らを盾に出来るんだ。――頼むぞ」
「若様が、そこまで仰るなら……」
「まぁ、護衛の本領発揮って所かもな。ユミル様の罠にどこまでやれるか分からんが、やれる範囲で全力を尽くすしかねぇ」
「そう言ってくれると助かる。――よし、行くぞ!」
※※※
煉瓦造りの迷路は、進む程に光源が乏しくなっていった。
ランタンの間隔が広がり、暗闇の領域が広くなる。
それでも、歩くに不便と言うほど、視界は悪くなかった。
わざとその様に調節しているのは明白で、だから
また、どういった罠があるか、分からないのが更に不安を煽る。
矢が飛んで来る程度、小手調べだというアイナの意見は納得がいった。
だが、それならば、小手調べを終えた後は、どうなるのかと気が気でない。
皆の前では強気な発言で鼓舞したが、誰よりレヴィンが不安で堪らなかった。
特に、
「今のところ、何事もないな……」
「嵐の前の静けさ、ってヤツか?」
「やめろ、ヨエル。不吉だ……」
いつもなら軽く捌く軽口も、今のレヴィンには大きな負担だ。
道は少しずつ窄まり、最初は大人五人が横並びになれた道も、今では三人が限界になっている。
戦闘中、武器を振り回すことを考えれば、二人で戦うのは同士討ちの可能性を高める。
自然、どうしても互いに前後の間隔が開き、レヴィンが突出する形になっていた。
「あまり良くない傾向だな……」
「誘い込まれている感覚がありますね……。こういう時、本当なら斥候とか、そうした『恩寵』を受けた誰かが、危険を排除したりするんでしょうけど……」
アイナの注意深い視線と共に落とされた言葉に、レヴィンは重苦しく頷く。
「だが、俺達には無い物ねだりだな……。本来、それらありきの難易度の筈だし……」
「今更、言うことじゃないですけど……。これって結構、酷い足枷ですよね……」
ユミルが携わってるとはいえ、何もかもレヴィン達に合わせた形、とはならないだろう。
むしろ、後続からやってくる他の探索者のことも加味して、その辺はしっかり考えていそうなものだった。
「逆に言うと、攻略できるよう調整されている、と考えることも出来る。ミレイユ様は、出来ないことをやれとは言わない、と仰った。この迷宮にも同じことが言える筈だ……」
「そうですね……。不利には違いなかろうと、絶対に無理な構成にはしていない。……確かに、そういう気がします」
「だったら、アヴェリン様のアレは、どう見るよ? 殆どギリギリじゃないか」
「あれこそ、気付けば攻略できる筆頭みたいなものじゃないか。アイナが洞察した通りさ。勝つのではなく、出し抜く勝負だったんだよ、アレは」
レヴィンは顔を正面に向けたまま言う。
それを聞いたヨエルは、苦い顔をさせながら頷いた。
「まぁ、確かにそうか……。どうあれ、攻略法が存在する。……そういう事か」
「ここの階層にしても、罠さえ見破れば、むしろ簡単に突破できるようにはなってるんだろうさ。ただ、その看破が難しい、ってだけで……」
道を進んで行くと、前方に十字路が見えてきた。
曲がり角には必ずランタンが灯されているので、それが重なる十字路は他に比べて、やけに明るい。
暗闇の中に、ぽっかりとスポットライトが当たっている様にも見え、そしてそれが、罠への入口に見えてしまう。
「……怪しいな」
「怪しいですけど、そこまであからさまですかね? 本当に罠があるなら、怪しまれちゃいけないと思うんですけど……」
「まぁ、警戒するに越した事はない」
レヴィンは歩調を緩めて、十字路へ足を踏み入れる。
しかし、明るく照らされているだけで、これといった何かがある訳ではなかった。
「……とすると、ここからどちらへ進むべきか、そういう話になる訳だが……」
「風が吹いてたりすると、分かり易いのですけれど……。そうした事もないようですね」
ロヴィーサが顔を左右に向けつつ、注意深く観察して言った。
レヴィンはそれに頷いて、床や壁に目を向け、どうしたものかと腕を組む。
「正解の道のヒントも、どうやらなさそうだな。単純に、総当たりするしかない」
「まぁ、三つに一つだ。そう分の悪い賭けでもないだろうさ」
「階段があったとして、それが正解とも言えないのが、怖いところですけど……」
直近では、毒ガスの迷路にそうした罠があった。
あれは罠というより、抜け道という方が正しいのかもしれないが、ともかく楽な道と険しい道が意図的に用意されていたのは確かだ。
一つそれが見えたのなら、次も同じく用意されているかもしれない。
それを考慮しない訳にはいかなかった。
思考に深く没頭している時、ロヴィーサから緊張した声音が上がる。
「……何か来ます」
それは複数の足音だった。
靴は履いていない。素足で地面を叩く音がする。
そして、それは一方向のみならず、全方位から聞こえて来た。
通路の奥に明かりはなく、逆に十字路は照らされている。
敵からすると、これ程やり易い状況もない。
「なるほど……。ここに居ること事態が罠、みたいなものか……」
「通路が次第に細くなっていったのも、こうした挟み撃ちを成功させる為でしょう。広すぎると脇を抜けられますから」
「だが、おい……。こいつぁ……?」
敵は子供に似た体型で、緑色の肌をしていた。
手には棍棒を持ち、腰みの一枚で防具らしいものは身に付けていない。
それはゴブリン達だった。
数ばかりが多く、四方の通路にはみっちりと詰まっているが、敵が敵だ。
ヨエルは拍子抜けして笑い飛ばした。
「何だよ、何かと思えばゴブリンかよ」
「待って、油断しないで下さい。この階層に出る魔物ですよ」
「
レヴィン達は既に陣形を取り、それぞれ背中合わせとなって四方を睨んでいた。
そのレヴィンが北方向の通路を睨みながら、仲間たちに問うと、それぞれから返答が返ってくる。
「あります、三本!」
「こっちもだ!」
「はい、腕に確認――これ、全員そうです!」
それが、これまで見てきた法則だった。
そして、初めて見る三本線ともなれば、ゴブリン如きと侮ることは出来ない。
「――警戒しろ! ロヴィーサはアイナの支援をしつつ……」
「違います、上です!」
ロヴィーサから悲鳴の様な声が上がる。
その声に応じて見上げれば、そこには天井から垂れ下がる巨大なスライムがいた。
そして今まさに、そのスライムが降り掛かろうとしている。
布を広げる様に体積を増やし、まるで十字路全体を包み込もうとするかのようだ。
四方のゴブリンに――
対応するに間に合うか――。
レヴィンは歯噛みしながら、カタナの柄から刃を抜いた。
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