悪辣な罠 その2
翌日、重い足取りのまま、レヴィン達はギルドへと向かった。
残り時間は三ヶ月――つまり、後二周期しか挑戦する機会がない。
そして、それすらも鎧戦士に阻まれれば、ミレイユの考えた計画が無に帰す。
それだけは許されなかった。
更に言うなら、自らの失態で失敗に終わることが耐えられない。
何としても今期で鎧戦士を突破し、そして……せめて次回の周期で、最下層まで到達せねばならなかった。
「やるぞ……。やってやる、今度こそ……今期こそ……!」
「余り自分を追い詰めない方が宜しいですよ、若様。何とかなる時は、案外何とでもなるものです。それより、本来の実力を発揮できない方が問題でしょう」
「そうだな……、そうだ。分かってはいるだが、どうにも……焦りは拭えない」
「心を落ち着けて、まず現実を見つめ直しましょう。我々は強くなっている……、それは間違いないんです。一度足りとも、足踏みしてはおりません」
それはそうかもしれない。
レヴィン達の戦力向上を狙って、魔物の調整などがされている以上、そちらの目的は達している――達しようとしている、と見て良かった。
ただし、それより重要なヤロヴクトルの協力を、取り付けられない方が問題だ。
レヴィン達の強化が成ったからといって、その協力が無駄に終わって良い、という話にはならない。
ロヴィーサに励まされて、レヴィンは幾分、気持ちが楽になった。
だが、今期こそは鎧戦士を突破する、という焦る募りは弱まらなかった。
ギルドの門を潜り、中へと入る。
もはや手慣れてしまった、いつも通り申請をしようとした時、騒がしい喧騒が見えて足を止める。
その方向に目をやると、どうやら探索者同士が、何らかの不一致で揉めているようだった。
「――だから、言ったろう? お前はパーティを抜けろ」
「な、何で僕が……!? 役に立ってるじゃないか! 他の皆にだって、実力で負けてないのに!」
「……負けてない? 確かにそうだな。お前は負けてないが、それこそが問題だ。……本当に自分で気付いていないのか?」
「な、何だよ……! どういう事だよ……!?」
足を止めてよく聞いてみれば、実に有り触れた問題だと分かった。
どうせパーティの資金を勝手に使ったとか、誰それの女に手を出したとか、そういうケチなトラブルに違いない。
探索者と言わず、冒険者にも有り触れた衝突で、殊更目を向ける事でもなかった。
他の探索者も同じ意見だから、間に入って諍いを止めよう、などと考える者はいない。
しかし、その中でも例外がいた。
アイナが口元に両手を当てて、感動も顕に目を輝かせている。
「つ、追放劇だ……! 本当にあるんですね……、感動ですぅ……!」
「な、なに……? どうした、アイナ……?」
彼女のただならぬ興奮ぶりに、進み掛けていたレヴィンの足が止まった。
アイナもまた他の者同様、傍観者モードに違いなかったが、他とは違う熱量で、トラブルを起こしているパーティを食い入る様に見つめている。
「お前は俺達のパーティに相応しくない。だから、出て行って貰う。お前はお前で、自分に合うパーティを見つけるんだな」
「相応しくない……? それだけの理由で!? 俺の何がいけないって言うんだ!」
言い争っているパーティは全員が獣人のパーティで、追い出されようとしている彼だけが人獣という訳でもなかった。
種族的な軋轢が理由でもなければ、実力的な問題でもない。
ならば人格的に問題があるのかと言えば、むしろ追放を言い出したリーダーの方が問題ありそうに見えた。
「教える必要はない。自分で気付くことだ。……これから、嫌でも気付くだろうさ。だから、出て行け」
「行くもんか、僕は……!」
「分かった、じゃあ俺達が出て行く。結果は同じだ。そのパーティに相応しい者でも探して、加えると良い」
「ふ、ふざけるな……! ふざけるなよ、クソッ!」
リーダーは仲間たちを引き連れ、踵を返そうとする。
しかし、それよりも悔しさに顔を歪ませた男が、先にギルドを出て行った。
結局、残った三人はその場に留まり、顔を見合わせ息を吐いた。
ただし、邪魔者を追放したにしては、彼らの顔色は良くない。
それどころか、暗雲すら立ち込めている気がする。
それがどうにも不思議だった。
実際、追い出しの主導権を握っていたリーダーが、最も顔を暗くしている。
口から重い息を吐き、呟くように仲間へ語り掛けた。
「これで……、良かったんだよな……?」
「……あぁ、アイツは俺達と一緒にいたら駄目になる。アイツはもっと上を目指せるんだ。俺達にとっては、二級が上限で……限界だ」
「アイツは、無意識に力をセーブしてる……。仲間だから、友達だから……俺達と同じでないといけない、と思い込んじまってる。だから、これで良かったんだ。これがアイツの為さ……」
話を聞いていると、実情は色々と違ったらしい。
残った男三人は、互いに肩を組んで涙を流した。
それを見ていたアイナは、片手で両目を覆って、たはー、と天を仰いだ。
「そっちかぁー! そっちのパターンだぁ……!」
「な、何だよ、アイナ……さっきから。というか、パターンとかあるのか?」
「いやまぁ、追放劇も色々なんですよ……!」
本人にだけ分かる、こだわりの様なものが、彼女にはあるらしい。
大体、追放
彼らは見世物として、今のトラブルを周囲に見せた訳ではない。
「あ、そうだ。そうじゃなかった……!」
アイナはハッとして正気に戻ると、肩を組んだ三人組に向けて歩いて行った。
そうして、手を伸ばせば触れられる距離まで近付くと、鼻をひくひくさせながら言葉を投げる。
「聞いていましたよ、さっきの台詞……!」
「な、何だよ……、兎獣族……!? お、俺らに何の用だ!」
彼らに限らず、多くの獣人にとって、アイナの種族は恐怖の対象だ。
正面から見つめられ、憐れほどに怯えている。
「さっきのやりとりです! 酷いじゃないですか!」
「何だよ……関係ないだろ、お前には……!」
「確かに関係ありません。でも、言わせて貰います。去って行ったあの方より、実力が伴わないからって何ですか! まるで自分より強いのが悪い、みたいな口振りです! もっと努力して、追いつく気概は持てないんですか!」
「無茶言うなよ……。出来が違うんだ、俺達とは! アイツの実力は一級品だ。それを俺達が駄目にしたくない。腐らせたくないんだよ……! 本気になれば、アイツはもっと……!」
グズりながらの弁明は、更に熱を帯びて滂沱のような涙となった。
その涙は別離を悲しむ涙であり、己の実力不足を嘆く涙でもあった。
「他ならぬ親友の俺達が、アイツの足を引っ張る訳にはいけねぇだろう! アイツの為なら、嫌われ役でも何でもやってやるよ!」
「それだけの決意があって、どうして追い付こうと思わないんですか! いえ、追いつけなくても良い! 食らいついて、しがみ付いて、共に歩こうと思わないんですか!」
「出来るもんか! アイツの才能を知らないから、そういう事が安易に言えるんだ!」
「分かりませんとも! でも、あなた達が努力を放棄したのだけは分かります! どうせ無理だと諦めるまで、長く苦しんだのかもしれません。――それでも! 自嘲と共に諦めるより、追い掛ける勇気を持ちましょうよ!」
男たちの熱弁に当てられてか、アイナの声にも熱が帯びる。
普段は後方に控え、何事にも奥ゆかしい彼女と思えぬ、苛烈な物言いだった。
「俺達だって努力したさ、いつまでも一緒だと思っていたさ! けど、俺達に縛り付けるのが友情か? アイツには……叶えたい願いがあって、それは俺達じゃ助けられない!」
「彼がそう言ったんですか? 彼がその口から、そう言ったんですか? ――違うでしょう? 彼の願いを知っているから、それをあなた達は逃げ道にしたんだ! 追い掛けるんです、親友なら! 追いつくんです、友情で!」
アイナの言葉に男たちの動きが止まる。
嗚咽を鳴らしながら、それでもリーダーは縋る様な目付きでアイナを見つめた。
「一緒に……やって良いと思うかい?」
「思いますよ。他ならぬ、その人が手を離したんじゃないのなら!」
「けど、もう言っちまったしな……」
「許してくれるかどうか……」
尚も泣き言が続くパーティに、アイナは声を張って命令する。
ギルドの出入り口を指差して、何度も指先を突きつけた。
「――行くんです、今すぐ! 親友を大事と思うなら、親友と離れたくないと思うなら、直ぐに謝って仲直りすべきです!」
「いや、でも……」
「行くんです! ほら、早く早く! 行って、行って! 早く!」
アイナが背中を叩き、追い出す様に出口へ追いやる。
三人の背中を押しているというのに、その抵抗は弱く、彼らはろくに反発しようとしなかった。
あるいは、そうして後押しされるのを、心の中で良しとしているから、なのかもしれない。
アイナは彼らを追い出すと、ホコリを払う様に手を叩き、鼻息を荒く吐き出した。
ギルドのホールは一時沈黙に支配されてたが、それから堰を切った様に拍手の雨が降る。
ギルド内の全員から注目を浴びているのに気付いたアイナは、顔を赤くさせてレヴィン達の元へ戻った。
「いや、驚いたよ、アイナ。あんなに熱い一面があったとは、とんと知らなかった」
「ちょっと、何ですか……やめてください」
「困った人を放っておけないのがアイナさんでしょうけど、驚く程の熱弁でしたね」
「もう、ロヴィーサさんまで! 違うんです、忘れてください……!」
アイナの声は消えてしまいそうなほど、細く小さい。
労いの拍手は暫く続き、アイナは針の筵となって、身体を小さくさせていた。
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