迷宮探索の苦難 その6

 周囲の探索者は帰還した者たちへ話を聞くのに殺到した。

 それで一時、『速達組』の転送が空いている隙に、レヴィン達は上手く入り込んで利用する。

 前回の時の様に、一分一秒を争う程に逼迫してはいないものの、急ぐに越したことはない。


 ホラーツとボッテンに別れを告げ転送が済むと、レヴィンは全員を見渡す。

 次の六十階層からは、悠長に立ち話をしている暇はない。

 ある程度気を抜ける状況など他にはないし、改めて今回の趣旨を確認し合う機会は、今しかなかった。


「ここで認識を明確にしておきたい。俺達は最下層を目指す――が、今期でそれを達成しようとは思っていない」


「強敵が配置されたのに加え、順路を確保する方が優先だから、ですね?」


 ロヴィーサの発言に首肯し、レヴィンは続ける。


「そうだ。前回、階層を下る事に専念してさえ、七十八階までしか到達出来なかった。そして、今回はそれが更に難しくなった、と考えるべきだ」


「前回の道順が使えるなら、時間の短縮は間違いないと思いますが……」


「勿論だが、そう単純でもないんだろう。前回と同じで済む箇所はあるにしろ、全部が全部それを出来るなら、毎期の様に高ランクの探索者が到達している筈だ」


「しかし、ここ十年程、新たな到達者は出ていない、という話でしたね……」


 レヴィンはこれにも首肯する。

 そして、レヴィンの推測は大枠で間違っていないのだと、誰もが納得していた。


 一度達成できれば、次の達成がそれより容易なのは自明なのだ。

 苦戦する障害、迷う為に用意された複数の道、それらは答えを知らないから、間違った道を選んでしまう。


 しかし、最初から正しい道を選べるなら、大きな時間損失など生まれようがない。

 それでも尚、達成できないというなら、正しい道順は毎回変わり、それ以外にも厄介な障害が残されている、と考えるしかなかった。


「最下層を目指すパーティは基本、秘密主義の塊だ。ライバルを増やす利点がない以上、秘匿するに限るんだろうが……。本当に苦戦する理由は、『恩寵』にあると見てる」


「どういう意味だよ、若? その恩寵頼りに挑戦してるんだろ? 強敵相手に戦えるのも、探索を有利に進められるのも、全てそれが理由だろ?」


「そうだ。そして、それだけでも十分じゃないから、その階層に特化した『恩寵』を組む必要がある。火を吹く相手がいるなら『火耐性』、そして武器には『水属性』とか『氷属性』、そういった手段を講じるのが基本らしいな」


「そうだな、それが常識だって聞いたぜ、どうやら」


 組み合わせは無数にある。

 そして、パーティは四人まで組め、それぞれに役割を設ける。

 攻撃役、回復役が鉄板で、それ以外に盾役、魔術役、或いは補助役などが並ぶ。


 どれか一つの役割ではなく兼任もあり、そして攻撃役が三人居て悪い、という話でもない。

 どういう構成が良く、どうした対応が最適解か、それは永遠の議論だった。


「俺の予想では、毎回それぞれの階層の魔物分布が違うんだと思う。そして、階層主についても、やはり毎回違うんだろう。これに勝つには、最適な恩寵構成が必要だ。そして、それは迷宮に居ては変更できない」


「そうか……、階層を抜ける為の構成、そして階層主を倒す為の構成が、それぞれ別なんだな……?」


「そういうパターンが多い、って話かもしれないけどな。道中、火を吐く魔物が多いからといって、階層主も火を扱うとは限らない。むしろ全く逆の性質なら、構成の方も、ガラッと変えないといけない」


「そして、どういう相手かによっては、防御偏重構成の方が適切、とかあるのかもしれねぇな。それだってパーティで挑むんだ。誰がどういう構成にするか、話し合いと作戦立てが必要だ」


 アイナが手を握って上下に振り、興奮冷めやらぬ様子で力説する。


「う、うぅ……! 羨ましいですっ! あたしもアレコレと構成考えたかったです……!」


「その構成故に苦しむんだ、って話をしてるんだけどな……」


 レヴィンが困った笑顔で言っても、アイナの態度は変わらない。

 むしろ、更に熱を帯びたように感じられた。


「だとしても、ですよ! 大まかな選択が五種類、というのがニクいですよね。四人パーティなのに、全ての要素は持っていけないんですよ。一人二役にすると、当然その分パフォーマンスが落ちる訳で、その穴埋めをどうするか、って話にもなるでしょうから。個人的には防御を捨てた攻撃スキル盛り盛りで特攻したりするのが良いんですけど、実際に命が掛かってると何とも……。でも、それだって『恩寵』の組み合わせ具合で良い所に収められそうなんですよ。聞いた話によると……」


 凄まじい早口で捲し立てられ、レヴィン達は一同ぽかん、とアイナを見つめる。

 その事に今更ながら気付いたアイナが、両頬に手を添えて顔を隠し、手を上下に動かした。

 ストレスを感じたとき頬をモフる、彼女に追加された悪癖だ。


「忘れて下さい……」


「あー……。何か、詳しそうだな、色々と……」


「日本ではちょっと……、そういう趣味を、ちょっとだけ齧っていたものでして……」


 言いながら、人差し指と親指で、僅かに離した隙間を作る。

 彼女が見せた熱量は、決してちょっとの度合いではなかったが、敢えて誰もそれ以上は突っ込まなかった。


「そ、そうか……。まぁ、好きなものがあるって良いことだ。それなら、あー……アイナにも想像付くだろう? 最低でも十階層に一度、彼らは必ず帰る必要に迫られる」


「ですね、ボス対策は必須ですもん。『脱出』スキルは場所を選びませんから、とりあえずボスには一当たりしてみるとして……。万全な対策じゃない……というか、予想よりも苦戦すれば、それを元に構成し直すのでは? 危ないと分かる橋を、渡り続ける必要なんてないですし……。一回でパッと抜けられる事なんて、まずないんじゃないでしょうか?」


「お、おう。……そうだ、そういう事を言いたかった」


 最初から答えを知っていたかのような発言に、レヴィンは少々気圧される。

 ボスって何だ、というヨエルの疑問は、この際無視された。


「道中は探索系を多く採用する必要もある訳で、そもそもボスに全力で挑めないんですよ。彼らにとっては、道中の魔物狩りも良い資金源で、『速達組』を今後も利用するのは変わりませんから、常に一定以上の収入が必要です」


「そうですね。中には自分達で、前半の上層を踏破する目指すパーティもいるそうですが、やっぱり『速達組』より早いって事はないみたいですね」


「転送費用は抑えられても、やっぱり収入は必要なんです。だって『恩寵』を切り替えるにはお布施が必要ですから。毎回、四人分の変更と、勝てなければ再挑戦時にまた微調整と、少なくない金額が払われています。回復薬などの補充も忘れてはなりません。ボス挑戦時に必ず補充していたら、結構な出費ですよ」


 回復役の仲間がいるから、回復薬など不必要、とはならない。

 いつであろうと、仲間の回復が間に合わない場合はある。

 他の仲間を癒やしている最中や、敵の攻撃が回復役に集中している時など、手が回らない状況は幾らでもあるのだ。


「そうか、そうだな……。彼らは迷宮の魔物を――良い稼ぎになる魔物を無視できない。今回の出費分、そして次回の挑戦分の資金は最低限必要だ。――これからも、探索者を続けたいなら」


「それに彼らは毎夜、必ず宿に帰りますからね。宿泊代も余計に掛かります」


 それが可能なのも、マーキングしての『転移』、デメリットのない『脱出』があればこそだ。

 就寝中の危険を簡単に回避できるなら、わざわざ留まる理由もない。


「しかし、アイナの情報通ぶりには驚いたな……。そういうの、俺達が炭鉱夫やってた頃に得たのか?」


「ですね……。ロヴィーサさんは飲食店で接客してたんですけど、あたしは異様に恐れられてしまって、用心棒を……」


「ほぅ、用心棒……」


「ただ立っているだけで、獣人さん達が避けるんですよ。喧嘩とか始めたら、ジッと見つめて、鼻をひくひくさせただけで逃げて行きまして……。そういう意味では、すごく頼りにされたんですけど……」


「未だにこの差別というか、畏怖が分からんよなぁ……」


 ヨエルが顎下を撫でながら首を傾げる。


「アイナは一度だって暴れたりしてないだろうに」


「いえ、一度……。絡まれたので、追い返しました」


「おい、マジかよ……!」


 ヨエルが興奮気味に近付き、アイナの肩を抱いて話をねだる。


「何したんだ、教えてくれよ。っていうか、そういうのはもっと早く話せよな。俺とアイナの仲だろ……?」


「いえ、全然、大した事なかったので……。ちょっと捉まれそうになったから、ちょいと払ってやっただけです」


「へぇ……、そういうのとはずっと縁遠いモンと思ってたが!」


「幼い頃から合気道とかやってたので……。対人の護身術ですから、魔物相手には全く意味ないんですけど、精神修行とかには役立つものでして……」


「それで鼻面ぶっ飛ばして、再起不能にさせたのか?」


「してません!」


 アイナは大袈裟に声を張って、ヨエルの肩組みからも逃げ出した。


「単に転ばしただけですよ。合気道は相手の力や、テコの原理を利用する体術なので、こちらの獣人さんには驚かれたんです。何か、ちょいと触っただけで勝手に転ぶ、大人と子供の戦い、とか揶揄されて……。それ以降、やっぱり兎獣族は敵にするな、って恐れられちゃったんですよね……」


「はぁーん……。面白そうだな、次に機会があったら是非、見せてくれよ」


「そんな機会、早々あって欲しくないんですけど……」


 アイナは悲しそうにまなじりを下げ、頬を上下に擦る。

 鼻をヒクヒクと動かす姿は愛らしいが、その動きこそ兎獣族の敵意を示す動作だと、彼女は知らない。


「ま、まぁ……、とにかく俺が言いたいのは、『恩寵』を持つ者には、持つ者なりの苦労があるって話だ。そして、俺達にそれはない。いつだって、全力の体当たりしか手段がないんだ」


「その分、私達は足踏みする必要がない、という事ですね」


「そうだ。そしてだからこそ、俺達は最下層へ誰より早く、辿り着ける筈だ。俺達も無策で階層主に挑む訳ではないが、行き当たりばったりなのは否めない。再調整なんて逃げ道がないんだからな」


「だが……、計らずも、それこそが最速の到達手段になるって訳だな、若」


「――そうだ。今期は様子見を兼ねた探索だから、必ずしも最下層を目指すわけじゃない。だが、これまでは先を越されていた、階層主に挑む機会も多くなるだろう。気を引き締めろ!」


 それぞれから返事があって、レヴィンは再び振り返り、先頭になって先へ進む。

 六十階への階段を下りながら、あわよくば八十階へ到達できないか、頭の中でそろばんを弾いていた。

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