迷宮探索の苦難 その4

「ま、とにかくよ……。まだ猶予は半年あるんだぜ、若。次また、挑戦すりゃ良いじゃねぇか。なぁに、仮に失敗しても、またその次があるさ」


「……ないぞ。その次はない。あと一回、それが俺達に残されたチャンスだ」


「何でだよ、まだ半年あるんだろ……!?」


「いえ、若様の言うとおりです」


 ロヴィーサが酔えるの声を遮って、深刻な顔をして言う。


「下手に重圧を掛けたくなかったので、敢えて口にして来ませんでしたが……。我々は今、殆どお金がないのですよ? 全財産に近しい金額を、『速達屋』に使ってしまったのですから」


「そりゃ、そうだが……あぁ、そうか!」


「またお金を稼ぎ直さないといけません。今度も三ヶ月かかってしまったら、更にもう一度挑戦できるとは限りません。どうあっても、次で成功させる必要があります」


 重々しく呟かれた台詞に、ヨエルは動きを完全に止めた。

 助けを求めるように伸ばされた手がよろよろと落ち、テーブルの上に置かれる。


「……どうすんだ?」


「今回の経験を活かして、出来うる限り最速で、踏破した道を再度進むしかないでしょう。どれほど急いでも、そこに戻るまで十日は掛かるでしょうから、残り二十八日で、未知の二十一階を完全踏破しなければなりません」


「そん、なん……っ」


 無理だろう、という台詞は、流石にヨエルの口から出なかった。

 ただ飲み込んだ台詞を苦しそうに嚥下して、力なく項垂れる。


「どうすんだ……?」


「どうするもこうも……」


 レヴィンは疲れた溜め息をついて、やはり疲れた視線をテーブルに落として口にする。


「まず、資金集めから始めるしかない。また周期始めから、炭鉱で籠もることになるな……」


「今度はもっと大変です。初期資金がありませんから。当初と同じように、食糧が尽きる前に一度帰って、また行っての繰り返しです。長く籠もれるだけの資金、これを稼いでからでないと、本格的な稼ぎは無理でしょう」


「まぁ、今となっては俺もプロの鉱山夫だ。どこに石炭があるんだか、ある程度鼻が利くようにもなった。なぁ、若?」


「プロは言い過ぎ……だが、セミプロぐらいは名乗って良いかもな。……稼ぎも以前よりは、そこそこ良くなるだろう」


「そりゃまた、結構なコトねぇ」


「――ンな!?」


 突然、耳元で聞こえた声の乱入に、レヴィンは身体を起こして背筋を反る。

 そこには果たしてユミルが居て、実に楽しそうな笑みを浮かべていた。


「セミでもモグラでも、どっちでも良いけどさ。……そんなコトさせる為に、迷宮挑戦させたワケじゃないんですけれど?」


 また攻略の催促か、と気を重くしながら、レヴィンは態勢を戻して頭を下げる。


「……お久しぶりです、ユミル様。不甲斐ない結果になりまして、申し訳ありません」


「まぁ、そうね。長く待たされた上に、ようやく挑戦かと思えば、あの失敗でしょ? どんな顔してるかと思って来てみれば、……まぁ、案の定って感じよね」


「は……、申し開き様もありません」


「ウチのコも、そりゃあ、アンタらのコト心配……」


「ミレイユ様にご心痛を……!? 自分の不明を恥じるばかりです!」


 レヴィンにとって何より心に重いのは、攻略の失敗ではない。

 小さな失敗ならミレイユは笑って済ますだろう。

 しかし、心痛を感じさせるとなれば話は別だ。


「いや、心配……してなかったわね。ルヴァイルやモルディの所に行って、それなりに満喫して遊んでるから」


「あ、あぁ……そうですか」


 レヴィンはがっくりと肩を落としたが、何ひとつ心痛を感じていないのなら、それはそれで喜ばしい、と自分に無理やり言い聞かせる。

 そうして、ユミルに非難めいた視線と共に、今日の用事を尋ねた。


「……で、何をしにいらっしゃったんで?」


「アンタのアホ面見る為でもあるんだけどさ、ちょっと朗報をね」


「朗報……。それは誰にとっての? 既にろくな話でない予感しか、して来ないんですけど……」


「あらぁ、そういうコト言って良いのかしらねぇ? アタシはいつだって、アンタの味方のつもりだったんだけど? これまでもそうだったでしょ?」


 その意見には、反抗したい部分が多々あった。

 ユミルは味方に違いないが、レヴィン組――とりわけレヴィンをおもちゃと認識している節がある。


 自分が楽しむ為ならば、千尋の谷へ落としても良い、と思っているのが、ユミルという存在だ。

 そして今回も、そうした提案に違いない、という予感がレヴィンにはあった。


「……そう、だったかもしれませんね。それで、一体なにを?」


「あら、つれないコト。……じゃあ、手早く済ませちゃいましょう」


 薄く笑って胸元から一つの小袋を取り出すと、肩の高さに持ち上げて、指先だけで小さく揺らす。


「コレ、なぁんだ?」


「何だ、と言われても……。中に何が入っているかなんて、こっちには分かりませんよ」


「想像力、ちょっとは働かせなさいな。こういう時、大体相場は決まってるようなモンでしょ? 愛する人の目玉とかさ」


「そんな物騒な相場、知りませんよ!?」


 レヴィンがおののいて口にすると、アイナは小袋からサッと目を逸らした。

 まさか本当に人体の一部が入っているとは思えないが、何を用意して来たか分からぬ不気味さがある。


 しかし、大袈裟に袋を揺らしてみせれば、金属同士の擦れる音が響いた。

 それも薄い金属片と思しき音で、そうとなれば余り候補もない。


「まさか、それ……お金ですか?」


「そうよ。愛する人の目玉くらい大事なモノでしょ?」


「いや、そこに金額なんて付けたくないんですが……」


「でも、今のアンタらには必要なハズよ。――何しろ、これがあれば面白炭鉱ツアーとかしなくて良いし」


 その言葉にレヴィン達の動きが止まる。

 まじまじと小袋を見つめて、それからユミルへ視線を移した。


「……支援、していただける……と思って良いんですか?」


「そうね、アンタらの動きはこっちでも見てたから。で、まぁ……やってるコトが、せせこましい金稼ぎ? もっと上手くやるコト期待してたのに、こんなんじゃこっちの計画丸潰れよ」


「計画……? 計画って、何です……」


 ユミルはこれに答えず、小袋を投げてテーブルの真ん中に置いた。

 そして、自身は手近なテーブル席から、椅子を勝手に引っ張って、レヴィンの近くへと腰を下ろす。


「そう御大層なモンじゃないんだけど、迷宮が再開されてからコチラ、色々と調整が繰り返されてたの。アンタらが来ると思ってね、それこそ涙ぐましい努力をしてたワケ!」


「ん……? それは、つまり……迷宮の構造を、あれこれ変えていた……という事ですか? ユミル様が?」


「アタシは手を加える権限を持たないから、あくまで口出ししてただけよ。他にも興が乗ったルチアもそうだし、アヴェリンも参加したわね」


「……何の為に?」


 聞きたくないが、聞かないでいるのも恐ろしい。

 どの様な思惑があるにしろ、レヴィン達の迷宮攻略を後押しするものではない、という直感だけは働いた。


「そりゃあ勿論、アンタらを助ける為よ。アンタらを思えばこそ、時として千尋の谷にも突き落とすのよね」


「やっぱり、そういう類いか……」


「言っとくけど、これ言い出したのはウチのコだから。内容はこっちの独断と偏見で決めさせて貰ったけど」


「じゃあ、駄目じゃないですか!」


 どういう内容か知る由もないが、ろくな内容ではないと今、決定した。

 凡そ手加減など知らない、挑戦する者の心を圧し折る設計に違いない。


「せっかく用意したってのに、アンタらってば全然、来ないじゃない。それじゃ楽しく……じゃない、いつまで経っても攻略できないから、こうして支援しに来たのよ」


「いま何と言い掛けましたか? 明らかに指差して笑う為に用意されたヤツでしょ、それ……」


「いやいや、違うのよ。そういうのじゃないんだから。もう、ぜぇんぜん」


 全く説得力のない声と、いつにも増してしまりのない笑顔が台無しにしていた。

 用意したからには、引っ掛かってくれないと面白くない。

 結局のところ、そうした悪戯心が発揮された結果に違いないのだ。


「……いや、まぁまぁまぁ、今のは冗談。実際はさ、この迷宮使えるなって思ったからなのよ」


「どういう意味でしょう?」


 ユミルの雰囲気が変わったことで、レヴィンも気持ちを改めた。

 真面目な目付きをして説明を始めたなら、レヴィンもそれに見合う態度で接する。


「つまりさ、ここの魔物は魔力で生成される、疑似生命体なのよ。それを『恩寵』によって壁の内に留めてる。……で、この疑似生命っていうのは、死亡と同時に消える筈だけど、ここにはそれがない。だから魔獣の牙やら毛皮やら、武器や防具に転用できているワケでもあるのね?」


「なるほど、迷宮から幾らでも供給されるのは、そうした理由があるからですか……」


「そして、だからこそ生態系が狂ったりもしない。というか、食物連鎖が作用できるハズもないのよ。生きてれば食うモノが必要だけど、食うに適した相手が探索者だけなら、飢えて死ぬ方が多数になるんだから」


「それで、つまり……魔物は迷宮産だからこそ生きていけている、のは分かりましたが……。それが何か?」


 今更、迷宮の魔物事情など教えられても、レヴィンにとって余り関係なかった。

 困った顔をして続きを催促していると、ユミルは呆れた溜め息が帰って来た。


「あのね、だから魔物は創造できる便利な存在って言いたいの。作成には時間が掛かるから、思いつけば即座に実行、ってほど簡単じゃないんだけど……。とにかく、欲しいと思える魔物は用意できた」


「そして、それを俺達にぶつけたい、と……? 何でそんな嫌がらせを……」


「嫌がらせじゃないでしょ。アンタらを鍛えるには、大変都合が良いって話をしているんじゃない。強い魔物は探せばいるけど、それに掛かる日数はどれくらい? 逃がした場合の再補足は? 二体目、三体目を探すには? ……ここならそんなの、一切気にする必要ないワケ。鍛えるには持って来いよ」


「鍛える……、俺達を……」


 呆然とした声を落とすレヴィンに、大真面目な態度でユミルは頷く。


「だって、アンタら弱いもの。鍛えられる余地があって、そして鍛える機会があるのなら、これを利用しない手はない。次の周期から、下層以降の敵は様変わりするわよ。精々、上手くやりなさい」


「は……、精進致します」


 レヴィンが頭を下げると、それに続いてヨエル、ロヴィーサ、アイナも頭を下げた。

 次に顔を上げた時、ユミルの姿は既になく、テーブルの上には硬貨の入った袋だけが残されていた。


 資金を稼ぐこと……『速達組』の利用料金や、食糧代を考えなくて良くなったのは、間違いない朗報だ。

 しかし、階層を攻略し進めるのは、これまで以上に困難となった。

 それを覚悟しない訳にはいかなかった。

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