魔王、謁見、再出発 その8

「そうか……、なるほど? 意趣返しと言うにはささやかだが、ざまぁみろとは言ってやりたい。そういう感じか」


「……ッスね。こちとらは種族的に、どうも強い欲ってのが持ちづらいみてぇで……。最下層到達の褒美があるからと、目指すヤツは少ないんスよ。その日暮らしが出来れば十分というか……」


「慎ましやかで、好感が持てるな」


「でも、その気になった時や、追い詰められた時のポテンシャルは強いんスよ! 首刈り兎のエクーダなんて、その最たる者じゃないスか!」


 同意を求められても、実際には人獣族ではないレヴィンに肯定しづらい。

 しかし、話を合わせない訳にもいかず、曖昧に頷く。


「別に同一人物じゃないから、そう期待されても本人は困るだろう。だがまぁ、応援したいだけというなら、有り難く話を聞かせて貰うよ」


「えぇ、そりゃもう! ――あ、俺は猿獣族のホラースと言います。で、隣のが豚獣族のボッテン。よろしく頼みまさぁ」


 ホラースがへこへこと頭を下げると、隣のボッテンものっそりと頭を下げた。

 どこまでも上の空に見えるが、それが生来のものらしく、特別含みがあるとかではないらしい。


 軽い自己紹介が終わった後、レヴィンは今一番、気になることを訪ねてみた。


「ついては、今の迷宮について、何か聞いているか?」


「あぁ、緊急メンテの話スか? 何か、とんでもねぇ爆発が起きたとか、大穴が出来て下層まで貫通してたとか、ちょっと噂が錯綜してるんで。魔物が暴走して壁を破壊しまくってた、なんて話もあるそうで……。何があったんだか、想像もつきやせんや」


「へ、へぇ……」


 何と返して良いものか。

 事実と異なる部分もあり、さりとて訂正することも出来るず、ぼやけた返事でお茶を濁す。

 ボロを出すのも怖いので、レヴィンは曖昧に頷いて続きを催促した。


「どのくらいで再開されると思う」


「いや、どうスかね……?」


 ホラースの男は熱心に唸って眉根に皺を刻み、腕を組んでは視線を斜め上に向けた。


「こういうタイプでのメンテ、早々起きるモンじゃないスから。早いものなら、特定階層だけ封鎖して、その日の内に再開、なんて事もあるスよ。全層封鎖なんて、それこそ周期終わりの三日間しか聞かないんで……」


「じゃあ、最低でも三日は待つことになる訳か……」


「その可能性は、大いにありまさぁ。今期の迷宮は当たりに近かったみたいで、下層挑戦者は臍を噛んでるでしょうな」


 不思議な単語を聞いた気がして、レヴィンは怪訝に眉を寄せる。


「迷宮に当たり外れなんてあるのか?」


「そりゃ、ありますよ。前半の層にしても、ランダムだからこそ、楽なパターンってのがあって……。後半の、特に八十階層以降は毎回、決まって強い魔物が用意されます。これもある程どういう『恩寵構成』で挑めば楽とかあるんで、揃えやすい恩寵だと突破しやすいとか聞きますな」


「なるほど……。未知の敵に挑むには、色々と準備が必要だろうな」


 レヴィンが顎下に手を置き、唸る様に頷くと、これにホラースは我が意を得たりと破顔した。


「そうス! パーティは最大四人と決まってるんで、常に完璧な用意ってのはまず難しいんス。攻撃役や補助役、回復役をどういう構成にするか、時には攻撃偏重で行くのもありスしね。頭を悩ますんで、だから人獣は迷宮踏破に興味薄いんスよねぇ」


「待ってくれ、いま何て……?」


「いや、だから基本、人獣は難しく考えるの嫌うじゃないスか。直情型、直感型っていうか……。俺は楽しいと思うんスけど、敷居が高いって思うヤツはどうしても……」


 レヴィンは違う、と手を振って、話を戻す。


「そこじゃなくて、もっと前。――四人で挑む? もう少し多くいても良いだろう? 八人ぐらいなら、ギリギリ互いが邪魔にならず戦えると思うんだが……」


「いや、パーティ登録は四人までスから。それに……入るのは勝手スけど、十階ごとの障害で足止めされますよ。そこに入れるのは一度に一つのパーティのみなんで」


 しかし、レヴィン達はミレイユ達と共に、合計八人で迷宮を潜って行った。

 第五層まで下りた際も、足止めを受ける機会など、一度もなかったのだ。


「そうなのか? しかし……」


「あぁ、何処かで聞いたんスか? 違いますよ、一度突破された障害は、以降復活しませんからね。踏破された部分までなら、そりゃ上限は関係ないス。それに、複数パーティで行動しても良いんスよ。ただし、それもその層の最奥部屋まで、ですけど」


「……なんで?」


「それがルールだからスよ。何で、とか疑問を挟むのは無しス。まぁ、上層は初心者用というか、レベル上げ区画スから。お目こぼしが多いのは事実スな。迷宮都市を支える畑代わりでもありますし。だから採取のことを考えて、そういうのが許されるんス。でも、下層は違いますから。ガチで挑む勇者の区画ス。余り無茶が続けば、ヤロヴクトル様の『刑罰』によって排除されるスよ」


 レヴィンはこれにも、言葉少なく首肯する。

 探索者などと言っても欲に駆られている者達だ。

 ルールなど穴を付けばそれで良い、と思っていそうなものだが、神の権能によって排除されるなら、それは絶対的ルールとして遵守されるだろう。


「過去にあったルールの穴も、色々と更新されたみたいで、今じゃ正攻法で挑むしかないって言われてるスね。『刑罰』の内容は、迷宮都市からの永久追放スし……。まぁ、下手な真似はしない方が吉っスよ」


「まぁ、こっちは最初から、正攻法で挑むしかないから、別に良いんだが……」


「……ッスよね! 姑息に勝っても意味なんかありませんもん!」


 そう強く意気込んだホラースは、そこで一度動きを止め、顔を近付け声を潜める。


「でも、気を付けてくだせぇよ。ねたそねみってのはありますから。余り調子付いて攻略していると、それをやっかんで闇討ちとかもあるって話スよ」


「……本当に? そんな姑息なこと、許されるのか?」


「迷宮から帰って来ない何割かは、そういうことをされたんだって噂ス。まぁ、あくまで噂……。それだってバレたら『刑罰』の対象内なんで、やったとしても自滅するハメになるだけなんスけどね……」


「じゃあ、噂は所詮、噂でしかないって事か」


 レヴィンがつまらなそうに息を吐くと、ホラースは一層声を顰め、口横に手を添えて言う。


「いや、それが……。ルールの適用外を使ったんじゃねぇかと……。直接、武器で斬り掛かるんじゃなく、別の手段で……」


「そんな方法があるのか……?」


「例えば一例スけど、魔物と戦っている横から、別の魔物を誘き寄せて挟撃させるとか……」


「それは……、悪辣だな。自分は上手く撒いといて、そうやって気に入らない奴を亡き者に?」


 レヴィンも流石に鼻白んで、非難する物言いでホラースを睨んだが、これには彼も肩を竦めた。


「まぁ、途中で回復を切らしたとか、実は切羽詰まって命からがら逃げ出したとか、そんなの外から見てたら分からないスからね。逃げるにしてもマナーはあると思うスけど、命が掛かった状況だと、周りが見えてないってのは良くある話で……」


「そうだな……。ないとは、言えない」


「特に迷宮内では、何が起きても不思議じゃありやせん。それに対するやり方も千差万別、一概にどっちが悪いと、判断出来ない事も多くありやす。気をつけるしかありやせんや」


 神妙に言ったホラースに頷いて、レヴィンは礼を言おうとした時、ふと動きを止める。


「しかし、何だって妨害なんか……。別に誰かが願いを叶えた所で、そいつが叶えられなくなる訳じゃないんだろう? 今期が駄目でも、来期があるじゃないか」


「妬み嫉みなんて、そんなもんスよ。理屈じゃないんス。自分が気に入らない、ってだけの話なんスから」


「そうか、そうだな……。そういうものかもしれないな。……あぁ、色々教えてくれてありがとう」


 レヴィンが礼を言うと、ロヴィーサを始め、ヨエルとアイナも会釈するように礼を言う。

 ホラースは照れた顔して頭を掻き、それから嬉しそうに笑った。


「いや、とんでもねぇこって。少しでもお力添えになったら幸いスよ」


「……それで、色々聞いた後で恐縮なんだが、迷宮初心者はまず何をすれば良い?」


「昨日今日来たばかり、と言うなら、まず登録スね。ギルドがあるんで、そこに登録を。一周期の間に一度も行かなきゃ、死亡扱いされるスね」


 目を点にして、少し非難が入った口調で言う。


「それは……どうなんだ? 少し薄情……というか、性急すぎやしないか?」


「迷宮に入る前に、届け出を出すもんスから。帰って来なければ死亡って事スよ。どの階層への挑戦か、そういうの報告しておくのは、後で捜索隊が楽できる為でもありますし……」


「へぇ……、一応捜しては貰えるのか」


「それを生業にしてる奴もいますよ。死んでなくとも、怪我とかで身動き取れない場合もあるし、亡骸くらいは持って帰ってやらないと不憫じゃないスか。身寄りがなければ、小さいながら葬式も挙げてくれるんで、そういうのでも助かってます」


「迷宮挑戦は自己責任、そうだよな……。しかし、周期を跨いだら、死体は消えてしまうんじゃないのか? 特に下層はランダムとか……」


「生きてる人間が、無理に残ってても弾き出されますね、確かに。でも、死体は残り続けるんで……。座標、と言ったら良いんスかね。死んだ時の位置に残り続けるんスよ」


「排除される異物は生命のみ、か……」


「そういう事だと思います。『脱出』っていう恩寵があるのに、付けていかない方が悪いってのもありやすが……」


 一瞬、ホラースが悲しげな表情をしたのを、レヴィンは見逃さなかった。

 もしかしすると過去、彼の友人などが、そうした理由で帰らぬ人となったのかもしれない。

 しかし、そうした表情は一瞬で鳴りを潜め、即座に明るい声音で続ける。


「あぁ、そうそう! 初心者が行くなら、神殿にも寄らないと! 『恩寵』を受けるも外すも、そこでないと出来やせん。まぁ、初心者が付けられるモノなんて、そう良いモンじゃないスが、色々と助かる『恩寵』も沢山……」


「あぁ、いや。俺達は受けない。一切、付けずに最下層まで行く」


「一切? 一つも?」


「あぁ……」


 これを告白するのは、正直なところ重いものがあった。

 ユミルから話を聞いていた時、自分ならばどうするだろう、そしてどういう種類があるのだろう、と心を踊らせていたのだ。


 しかし、ヤロヴクトルの挑戦を受けるにあたり、それは全て空想の類いに成り下がった。

 レヴィンの達観した視線に何を思ったのか、ホラースは身体を震わせ拳を握った。


「何たる剛毅! 流石だ、流石過ぎる! これからも是非、応援させて下さい! これからも色々、欲しい情報があれば、何でもお教えしますんで!」


「あ、あぁ……。助かる」


「まずはメンテがどれくらいになるか、ちょいと情報集めにギルド行ってきます。あれこれ考えるより、まずギルド員に聞くのが早いと思いますんで! ――それじゃ、失礼を!」


 言うだけ言うと、ホラースは身を翻して足音軽く去って行く。

 迫力に根負けしたような形だが、親身になって手伝ってくれるなら文句もない。


 レヴィンは他の三人と顔を見合わせ、僅かに苦笑を見せてから、まだ残っていた食事を終わらせ、その日は宿で身体を休めた。

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