魔王、謁見、再出発 その7

 料理名から中身が想像できない物は多かったが、やって来た料理は期待以上のものだった。

 串焼き肉は特性の甘ダレがたっぷりと掛かっていて、他にもチーズを贅沢に乗せた肉料理もある。


 野菜サラダについても色とりどりでボリュームがあり、葉先は瑞々しく萎れたものなど一つもない。

 新鮮な野菜が毎日採れるからこそ、廃棄寸前の野菜を提供する必要もないのだろう。


「いや、これは美味いな。肉はもっと臭かったり、固いものだと思ってたが……」


「処理が良いのもあるのでしょうけど、元々の肉が良いのかもしれません」


「迷宮産の肉なんて、食えりゃ上等くらいに思ってたが、こりゃイメージ変わるぜ」


「お野菜も美味しいですよ。新鮮で、ほのかに甘みもあって、青臭さが殆どありません」


 それぞれがめいめいに食べて、料理に舌鼓を打つ。

 北方大陸の料理は特別美味しいとは思わなかったし、何なれば慣れた味とも言え、自領の料理とそう大差はなかった。


 しかし、神のさじ加減で調整されたと思しき食材の数々は、素材だけで美食を追求できそうなポテンシャルがある。

 香辛料さえ採取できるのか、肉へふんだんに乗せた胡椒が食欲を刺激した。


 レヴィンたち男衆が肉へ齧り付いている姿は、肉食獣の捕食そのものだ。

 対してロヴィーサは静かなもので、アイナと言えば、前歯で削るように野菜を詰め込んでいる。


 もっもっもっ、と小さく口を動かす様は、ロヴィーサが食べる手を止め、思わず見惚れる程だった。

 頬に手を添え、ほぅ、と息を吐く。


「可愛らしいですね。思わず見惚れてしまいます……」


 何気ない一言の筈なのに、ロヴィーサの声を聞いた瞬間、酒場全体が一瞬ざわ付いた。

 騒がしかった店内に、一瞬の空白を作る程で、しかしそれもすぐ、何事もなかったかのように再開される。


「何だ……?」


「さぁな……。ほら、アイナ。野菜も良いけど、肉も食っとけ。力、出ねぇぞ」


 その瞬間、ざわっと明らかな動揺が室内を駆け巡った。

 今度は一瞬のことでなく、数秒の沈黙が支配し、中にはしっかりと凝視して来る者までいる。


 そうなると、流石にいつまでも黙っていられない。

 ヨエルが立ち上がって室内を見渡し、ドスの利いた声で一喝する。


「何だよ? 何か文句でもあんのか?」


 これには誰からも返答はない。

 それどころか敢えて聞こえぬ振りをして、今まで何もなかったかのように、先程までの喧騒が取り戻された。


 しかし、ここまであからさまな真似をされて、いつまでも黙っていられるヨエルではなかった。

 隣席の男女の傍まで近寄り、男の肩を掴んで強制的に顔を向き合わせる。


「お前、こっちに向かって何か言ってたよな? 人獣がどうとかよ。何か知ってるんじゃねぇのか?」


「い、いや……俺は……っ」


「何をそんなに怯えてんだ? 同じ仲間だろ、俺達……」


 偽装が見破られないよう、敢えて仲間を強調して言ったヨエルだが、それが徒となった。

 それまでの怯え方とは打って変わって、明らかな拒絶感を持って否定した。


「お、同じなもんか! お前なんか――お前らなんかと、一緒にされたくない!」


「う……、バレたか?」


 ヨエルはレヴィンへと振り返り、困った表情で見つめる。

 彼は自分の手などを見つめ、偽装について不安がる様子を見せた。

 しかし、そうした意味で発言したのではないと、レヴィンは首を横に振った。


「そうじゃない。もっと根本的に、相容れないって意味だろう。俺達の知らない確執でもあるんだろうな」


「よくもまぁ、白々しい……!」


 鹿人族の正面に座る、牛人族の女が恨みを込めた視線で以って言った。


「昔ながらの生活を捨て切れない癖に……! 順応しないつもりなら、壁の中に来ないでよ。こっちは良い迷惑よ……!」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味! 迷宮都市には、迷宮都市にだけ通じるルールがある。外の野蛮な世界とは違う……! 殺し、奪い、猛る様な事はしないのよ!」


「……そんなに物騒なのか、外の世界は」


 レヴィンの呆れにも似た台詞には、強い非難の眼差しと共に返答された。


「兎獣族を連れておいて、よく言えたものね……! 首切りが趣味みたいな奴らと、同じ飯を食べられるなんて、正気を疑うわ!」


「おいおい、それこそ偏見ってもんだろ。その昔、まぁ……結構な英傑がいたらしいが、それとうちのアイナは全く関係な……」


「関係ないもんですか!」


 牛人族の女性は、完全に気分を害して席を立ち、足早に酒場を去って行く。

 残された鹿人族の男も慌てて追い掛け、手早く料理代を支払うと酒場から去った。

 後には奇妙な空気が残されて、それまで静まっていた喧騒が静かに再開された。


「……まぁ、どうやら人獣との諍いが、都市内で色々あったのは確かみたいだな。しかも、その急先鋒がアイナの兎獣族らしい」


「そんなこと言われても……」


 アイナは困りで肩を下げては、しゅんと俯く。

 その間にもサラダを口に運ぶのは止めておらず、相変わらずもっもっも、と小さな口を動かしている。


 実際、アイナからすると謂れのない中傷に違いなく、その姿形さえ、ユミルから手渡された指輪の効果に過ぎない。

 面倒事を避ける為の偽装――。


 その筈だったのに、偽装したお陰で、別の面倒事が起きてしまっている。

 これがユミルの悪戯なのか、それとも何かを肌で感じて欲しいからなのか、それすら判別できずに歯痒い。


 ヨエルが席に戻って食事が再開されると、今度は去って行った二人の獣人族と入れ替わりに、豚と猿の人獣族がやって来た。

 それに目を留め、あっと声を出す。


 異種族の顔は見分けがつかないから、彼らが同一人物かは分からない。

 しかし、何となくの勘として、彼らはアイナが迷宮前で助けた人物に思えた。


 レヴィン達を探していたらしく、二人で何事か話ながら、こちらを指差している。

 それも二言、三言の短いもので、終わると一直線へやって来た。


「おぉ、ホントに居た……! いや、いやいや、悪いスな。ちょいと噂になってたもんだから、こっちも居ても立ってもいられなくて」


「噂……? っていうか、わざわざ探して来てくれたのか」


「いやぁ、そりゃあまぁ……。失礼だとは思ったスけどね」


「礼なんていいのに……」


「……は? 礼?」


 てっきり治療に関して礼を言いに来たと思っただけに、本気で困惑している様子に、レヴィンの方こそ困惑した。

 それ以外に探す理由があるのか、と思った矢先、ロヴィーサから耳打ちされてハッとする。


「あの時はユミル様が認識阻害を……。私達だと分かってないのは、多分本当ですよ」


「あ、あぁ……、そうか。だったら、何しに来たんだ?」


「さて、そればかりは……」


 ロヴィーサが耳付近から口を離すと、レヴィンは改めて二人の人獣に向き直る。


「それで、二人は何をしに? 俺達に何の用だ?」


「いやぁ……俺達はホラ、何ていうか軽くお近づきになりたいっていうか……」


「……何で?」


「人獣族で真面目に迷宮行くのは普通、変わりモンってのが相場だけど……。でも、あんたらは違う……だろ?」


 ある種の確信を以って言った猿獣族の男は、次いでアイナに視線を向ける。

 そして、その熱意が籠もった視線こそが、確信の源泉だと分かった。


「本当に兎獣族だ……! やっぱり、最下層目指してるんスか?」


「え……? えぇ、そうですね。一応、そういうことに……。まだ来たばかりで、右も左も分からないんですけど……」


「うぉぉぉ……! やっぱりそうなんだ! 遂に本腰上げたンすね! 今まで獣人ばっかり日の目を浴びてましたけど、兎獣族が来てくれたなら、これは期待できるかもしれねぇ……!」


 一人勝手に盛り上がり、隣の豚獣族の肩を叩いては、嬉しそうに破顔する。

 二人の身長差は大人と子供の差によく似ていて、手を高く上げる仕草はハイタッチの様にも見えた。


「俺ら色々、教えますよ! ……といっても、俺らだって半端モンには違いないんで、上級者向けのアドバイスなんか無理スけど」


「それは……、有り難いです。有り難いんですけど……」


 アイナが助け舟を求めて視線を移すと、心得たレヴィンが代わりに応答を受ける。


「しかし、どうしてそう良くしてくれるんだ? アイナに向ける目といい……、何かあるのか?」


「そんな大したモンじゃないスよ。一泡吹かせてやって欲しい……、俺の動機なんてそんなもんス」


「一泡……? 獣人をへこませてやりたいって?」


 レヴィンが声を顰めて言うと、二人の男は同時に頷く。


「迷宮都市の歴史は長いけど、その間に人獣族が攻略したって話は聞かねぇ。だって、そもそもの数が少ないんだから。そうして名誉も独り占めにされて来た。それを奪ってやれたら痛快だって話スよ」


「……まぁ、互いの確執は大きそうだな」


 レヴィンが先程の様子を振り返って、遣る方無くそう零すと、相手は不思議そうに首を傾げた。


「まるで他人事みたいに言うスね、兄ちゃん。人獣族は都市ではなく、昔ながらの生活を選んだなんて、当然知ってるスよね?」


「あ、あぁ……。勿論」


「獣人の半分か、それ以上はこっちに越したから、争い事がなくなったのは……まぁ、良い事だと思うスけど。それで更に溝が深まったんだ、という気はしてるスね」


 レヴィンはユミルから聞いた話を思い出す。

 かつては争いの絶えない日々だった――。

 そして、それは常に肉食獣から仕掛けたと聞いたが、それが種族とは口にしていなかった。


 そしてどうやら、仕掛けたのは人の形に近い獣人の方で、返り討ちにするのが獣に近い、人獣の方だったようだ。

 更に欲し、常に拡大を図るのは人間のサガだ。

 それが人としての部分が多く表れる獣人が、やはりそうした欲を露わにしたのかもしれない。


 しかし、より欲する願いを餌にして、迷宮都市へと彼らは流れた。

 人口差が顕著なのはその為で、だから人獣族の姿は滅多に見掛けなかったのだろう、と予想した。

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