魔王、謁見、再出発 その4
瞬きにも似た暗転があった後、気付くとレヴィン達は、迷宮入口広場に立っていた。
誰かが突如として出現するのは良くあることで、それこそレヴィン達も『脱出』して来た探索者を直接見たばかりだ。
そして、出現場所についても大きく変化がないで、広場の中にも空白のスポットが存在している。
出現した際に不慮の接触を防ぐ為の措置であり、未だここの常識を知らないレヴィン達でも、それは分かる。
誰かが突然現れたら、普通なら驚くか警戒する所だろうが、ここの獣人達は露ほども気に掛けない。
それこそ、日常の風景だから目に入らないのだ。
「あぁ、もう夜か……」
入った時は明るい日差しが見えていたのに、今ではとっぷりと日が暮れている。
しかし、それでも探索者達は昼間同然の活気を見せていて、彼らにとっては昼も夜もないのだ。
むしろ、夜が本番だと考えている者も居る様だった。
それを不思議そうに見えていると、一緒に転移されて来たユミルが、揶揄する笑みと共に解説してくれる。
「迷宮ってのは、誰に占有権があるワケでもないからね。競合を避ける為には、こういう時間帯を好んで活動するヤツもいるってワケ」
「占有って……、ヤロヴクトル様の物じゃないんですか?」
「勿論、そうよ。そういう意味じゃなくってさ、普通農場を持ったら、その土地には所有者がいるものじゃない。森の狩り場についても同様で、土地の所有者とは別に、猟場として占有する狩人もいる。……でしょ?」
「あぁ……、なるほど。でも、ここではその占有が出来ないから……」
レヴィンが即座に理解を示すと、出来の良い生徒を褒める教師の笑顔で続けた。
「でも実際には、土地の代わりに時間を占有する者が出て来る。古くから都市に住んでいる一族が、採取している場合は特にね。魔物に対してもそうよ。迷宮攻略にはレベル上げが必要だから、必然的に効率の良い狩り場というのが出て来る」
「周囲に遮蔽物がないとか、戦闘するに適した場所というのは、確かに色々ありそうです」
「それだけでもなくて、ここの魔物は湧き出るものだから。外の世界と違って、生態系を持って活動してるんじゃないの。だから、湧きポイント周辺で待機している方が、時間的効率が良いの」
「まるっきりゲームだ……」
本日何度目かになるアイナの独白に、レヴィンも強く興味を惹かれて問う。
「アイナがよく口にしてるゲームって、どういう意味だ? 俺はもっと、お遊戯的な意味合いで言っていると思ってたんだが……」
「どうも違うっぽいよな?」
ヨエルからも追随が来ると、アイナは曖昧に笑って、前置きしてから説明を始めた。
「何と言ったら伝わるか分からないんですけど……。日本では色々な遊びがあったじゃないですか。その一形態と申しますか……、盤上遊戯をより視覚的にも、ルール的にも大衆化した遊びがあったんです」
「うぅん……、分かるような、分からないような……」
レヴィンは腕を組んで首を傾げる。
アイナも笑みに困ったものを乗せながら、話を続けた。
「口だけでは伝わらないと思います。でもとにかく、遊びの中にもお約束というか、共通したルールや抜け道みたいなものがあって、この迷宮にも似通ったものを感じるなぁ、と……。そう思ったんです」
「あながち、それは間違いじゃないわね」
ユミルが皮肉げな笑みを貼り付けて、アイナを慮る様に肩を叩いた。
「ウチのカミサマの入れ知恵、少し入ってるから。言ったコトは割と些細なんだけど、それを元に構築……じゃないわね。改善した結果、似通った部分が多く出て来た……そういうコトなんだと思うわ」
「入れ知恵……」
「でもホラ、ヤロヴクトルはプライドが高くて負けず嫌い、って少し会っただけで分かるでしょ? それでまぁ、改善を繰り返してはダメ出しされて、今の形へと変わって行ったワケ」
「日本のゲーム、御子神様お好きそうでしたものね」
得も言われぬ笑みを浮かべ、アイナが曖昧に頷くと、ユミルも曖昧に笑って再度肩を叩いた。
「だから、迷宮攻略の鍵は、案外アイナになったりするかもね。そのお約束ってヤツが、通用する部分あると思うから」
「そうなのか、アイナ?」
ヨエルが期待の籠もった視線を向ける。
だが、アイナはどこまでも消極的だった。
「……いや、どうでしょう? そういうお約束って、本当に多岐に渡って、例外も多く存在しますし……。敢えて王道を外してきたりして……。こちらの常識に照らした物もありそうですし、あまり頼られても……」
「だが、俺達はその王道やら、お約束すら知らねぇんだぜ?
「そうですね、未知との戦いは恐ろしいものです。それはナタイヴェルの時も痛感しました。……そして、その時もまた、アイナさんの知見に助けられました。今回も期待させて下さい」
ロヴィーサからも信頼の視線を向けられると、アイナはいよいよ小さくなって肩を竦めてしまった。
「いえ、ホント……。あまり期待しないで下さい……。詳しいと言っても、やっぱり同年代の友人より、知らないこと多いと思いますし……」
「まぁまぁ、それより、いつまでも広場の真ん中で喋ってる場合じゃないわ。――というか、誰が『脱出』してくるか分からないんだから、速やかに退くべきなのよね」
ユミルに追いたてられ、レヴィン達は広場の隅まで移動する。
言っている傍から誰かが転移して来て、正に間一髪の状況だった。
迷宮入口周辺は、どこも人で溢れている。
パーティ単位で活動している者が殆どで、これから挑むに当たっての注意点や、前回の反省点を再確認したりと忙しい。
幻術の影響下のせいもあって、誰もレヴィン達のことなど気にも留めていなかった。
「さて、まずはこれを渡してしまいましょうか」
ユミルは懐から素朴な形の指輪を、幾つも取り出す。
飾り紋様が入った指輪で、石は嵌められていない。
内側と外側の両方に、きめ細かく刻まれていて、材質もオーソドックスな銀に見えた。
「もしかして、偽装の……?」
「そう、アタシの幻術は結構長持ちするけど、一々掛け直したりしたくないし、偽装効果はこっちの方が高いから」
そう言って、掌の上に乗せた指輪を一つ取る。
指輪の数は明らかにレヴィン達四人の数より多く、軽く十は超えていた。
その中から、外側と内側の模様をしっかりと確認し、それをレヴィンに渡す。
同様の手順を繰り返し、全員に行き渡らせると、残りの指輪を仕舞って掌を向けた。
「……さ、どうぞ?」
「いや、あの……。何で一つずつ確認を? 何かあるんですか?」
「そりゃあやっぱり、それぞれの特徴に合致したものじゃないと。変な獣人にされたくないでしょ?」
「いや、それを言うなら、こっちで好きに選ばせてくれよ……。何でユミル様のさじ加減一つで決められてんだ?」
ヨエルの愚痴は尤もだったが、ユミルはニタニタとした笑みを変えない。
どうせ、そっちの方が楽しそうだから、という理由以上の意味などないのだろう。
「まぁ、とにかく着けてみないと始まらない。今だけ変える偽りの姿なんだから……、どんなものでも我慢だ」
「そう、そうだな……。言っても、そう変な見た目にはならねぇだろうし……」
ヨエルは周囲の獣人たちを不躾に眺めつつ、グローブを手から外す。
指輪は指の太さよりも一回り大きく、そのままではズレ落ちてしまいそうだった。
だが、とりあえずレヴィンも同様に外して指輪を嵌めると、指輪は即座に適した大きさへと縮小し、綺麗に嵌る。
すると、変化はすぐに現れた。
手の甲は獣毛に覆われ、鋭い爪が生える。
試しに触ると、見た目だけではなく、しっかりと毛皮の感触が返ってきた。
「凄いな……、本当に単なる見た目を誤魔化す指輪じゃないんだ。……とはいえ、自分がどういう種族なのか、鏡でもないと分からないが」
「若様は精悍な狼の種族ですよ。……その、人よりずっと……、獣よりですが」
「え……?」
違和感を感じて鼻先に手を向けると、明らかな出っ張りが遮った。
あるべき鼻はずっと前方にあり、そして口も人とは思えぬ形をしている。
指でなぞれば唇の下に鋭い犬歯があり、また人肌では有り得ない感触が返ってきた。
「おい、嘘だろ……! 獣人ってもっとこう……、人の頭に獣の耳だけ生えてるものを言うんじゃないのか……!?」
「人っぽいのを獣人、獣っぽいのを人獣って言うの。で、アンタは人獣の、狼獣族ってタイプ。そう珍しくないわよ、少ないのは確かだけど」
「若のは格好良いし、まぁ当たりの方じゃねぇか。俺はどうなってる?」
見れば、そこには豊かな毛皮に包まれた、立派な熊がいた。
レヴィンと同じく人獣タイプで、人の時の面影はなく、おおよそ二足歩行している熊にしか見えない。
言われなければヨエルだと、気付くのは不可能な程だった。
「いや、何と言うか……。格好良いぞ」
「本当か? 何の動物だ? すげぇ剛毛なんだが」
わさわさと腕の毛皮を撫でていると、横からアイナが近寄って、その毛並みを撫でる。
「うわぁ、ホントだ……。もっふもふ……あれ、もふもふしてない、すっごいゴワゴワです。なんだか、裏切られた気分です……」
「何でだよ!? いやそれより、俺はどういう動物だ?」
「熊さんですね」
「熊……」
ヨエルは若干、傷ついた表情をさせて、小さく項垂れた。
顔面は完全に動物の熊なのに、表情は人間味があってコロコロ変わる。
「そうか、熊か……。あんまり良い印象ねぇなぁ……」
「そう? 似合ってるじゃない」
ユミルが変わらぬ人を食った笑みで見つめ、それからロヴィーサへを顔を向けた。
ここまで来ると、自分は一体何にされるのか、という恐れを指輪に見せていた。
戦々恐々と指輪を人差し指に近付け、息を吐いて意を決し、気合と共に指輪を嵌めると、変化は即座に起きた。
「あっ、何だそれカッケェ……! ずっりぃ……! 俺もそっちが良かった!」
ヨエルが批難に似た声を挙げた通り、彼女はきめ細かな体毛に覆われている。
ロヴィーサは腕を捲って肌を確かめ、しかし薄い毛皮に覆われているのを見て、首を傾げる。
短毛で柄があり、黄色に近い色合いは、レヴィンからしても覚えがない。
しかし、アイナは自明の様に声を上げた。
「あっ、虎ですね。耳だけ見て、最初は猫ちゃんかと思ったんですけど……。そうかぁ、ロヴィーサさんは虎かぁ……。何だか似合いって感じしますね」
「とら……ですか。知らない動物ですね」
顔を触って普段と違う感触に戸惑い、次に自身では見えない頭の耳を触りながら、心ともなく零す。
そこにユミルが訳知り顔で頷きながら言った。
「強い猫って思ってれば良いわよ。アタシのイメージじゃ、アンタは猫より虎なのよね」
「で、俺は狼で、ヨエルは熊ですか……」
「せめて人型にしてくれよ……」
「似合ってるわよ?」
含み笑いで言われ、レヴィンは辟易とした息を吐く。
そうして、最後に残ったのはアイナだ。
全員の視線が集中して、ごくりと生唾を飲み込む。
緊張した手付きで指に嵌めると、変化はすぐに身体を覆った。
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