迷宮都市の災難 その4

「採取するにも、それに適した『恩寵』がある。付け外しに融通が利くから、敢えてそうした構成で潜ることもあるらしい。魔物から発見され辛くする『隠密』、腕を広げた範囲だけ効果ある『消音』、足音だけじゃなく、採掘中の音も消えるとなれば、邪魔が入らないわけでな」


「本当に様々な種類があるんですね……」


「完全にゲームだ、これ……」


 アイナの独白に、ミレイユは皮肉げな笑みを向けた。


「そう言ったろう? これはゲームだ。ヤロヴクトルにとって、楽しくなるよう仕組まれている。最初は誰も踏破できず、五十層も夢のまた夢だったようだな。ならば、とテコ入れした結果が、今な訳だ」


「そうなんですね……。でも、それならリセット周期を作ったのは……?」


「かつて、攻略された事があったからだ」


 簡潔に説明して、アイナの反応を見ないまま、ミレイユは説明を続ける。


「一度踏破され、ヤロヴクトルは満足した。それは良いが、攻略情報が出回った迷宮ほど興醒めなものはない。それに、一度だけで終わらせるつもりもなかった。だから、リセットを始めとして、攻略される毎に次々と要素を増やしていき……、その結果が今なのさ」


「要素、ですか……」


「魔物の配置や、迷宮のギミック、十階層毎の試練内容……。そして何より、『恩寵』の種類だな。最初期に比べて、五倍じゃ利かない数まで膨れ上がっていた筈だ」


「それは、また……。ちゃんと内容を理解して、付いて来られてるんでしょうか」


 アイナの苦言めいた台詞に、ミレイユは忍び笑いを漏らした。

 何と応答するか迷っている内に、ユミルが悪戯めいた視線を向けつつ口を開く。


「割と酷い時期もあったみたいよ。『恩寵』の種類が増えたコトで複雑化しちゃってさ。敵を延焼させる、とかの効果なら可愛いモンだったのに……」


「だったのに……?」


「敵が延焼している時、自分と味方が強化状態の場合、ナントカの効果を発動する……みたなヤツ。そしてナントカの効果を取得している時、ドレソレの効果を敵に付与する、とか……。これ一つならまだ分かるんだけど、他にも類似する『恩寵』があって、そのうえ複雑に絡み合って効果が発動するもんだから、ワケ分からなくったのよね」


 聞いているだけで頭が痛くなる様な話だった。

 レヴィンは眉根に皺を寄せて、自分が使う時の事を想定する。


 敵を延焼させればあの効果が出るのだから、あれと組み合わせて……でも、こちらの別効果がぶつかる時、一体どういう効果になるのだろう。

 ……などと、考えなくてはならないのか。


 迷宮に潜る以前の問題だ。

 何種類あるか不明な中から、最適解を選ぶだけでも数日は時間が飛びそうだった。


 顔に渋面を浮かべたレヴィンに、ユミルは笑い飛ばして手を振った。


「今は大分、簡略化して分かり易くなったわよ。一部には不評だったみたいだけど、何事にも分かり易いのが一番よね。――でも、アンタらには関係ないでしょ」


「え、あ……」


 虚を突かれて、レヴィンは一瞬、言葉を失う。

 アヴェリンにも言われていた事だ。

 軟弱なものは必要ない、と言われていたし、何より今日一日で踏破する予定なのだ。


 もしも自分なら、と状況に合わせて想定するのは職業病みたいなものだが、ミレイユ達の目的はヤロヴクトルと面会することであって、踏破ではなかった。


 攻略するにはどうするか、どういう『恩寵』があって何を採用するべきか、そうした想定は必要ない。


「いや、お恥ずかしい。そうですよね、すっかり攻略する気でいましたけど、そんな必要ないんでした」


「なに言ってんの、攻略する必要はあるわよ。これから最下層まで行くんだから」


「え、は……? どうやって?」


「徒歩で」


「――徒歩で!?」


 レヴィンは思わず二度見しながら、驚愕に顔を歪ませた。

 対してユミルは、悪戯が成功した子供のように、無邪気な笑みを見せている。


「いや、お待ち下さい。最下層を目指す探索者は、五十層から始めるんですよね? それでさえ、四十二日の周期間内で攻略できてないこと多数……なんですよね? 俺達には、あと何日残っているんですか!?」


「知らないわよ、そんなモン」


「そんなもん!? 期間内に攻略できないと、また一からやり直しになる。……そう聞きましたよ!?」


「そうよ、だから頑張るの。今日一日で攻略してしまえば、後何日残ってようが関係ないし」


 あっけらかんと言い放ったユミルに、正気を疑う視線を送る。

 頑張る、の一言で攻略できるなら、ここしばらく到達者が出ていない事にはなるまい。


 レヴィンがミレイユに視線を移すと、そこでもやはり、余裕に満ちた顔が見えた。

 今も一行はのんびりと歩いているが、何か秘策がなければ、こうも緩やかな歩調ではないだろう。

 その余裕が何かを考えた時、レヴィンの脳裏に閃くものがあった。


「そうか、転移ですね! インギェム様の神器があれば、階層なんて関係ない!」


「それはそうだけど、そういうズルすると、ヤロヴクトルはヘソ曲げるから無理ね。あれこれ協力を要請するコト考えると、正規の手順じゃないと面倒になるし……」


「あの……じゃあ、何で急がないんですか? 何か隠し通路とか知っているんですか?」


 ユミルは大袈裟な身振りで、手を大きく横に振った。


「ないない、何一つなし! 知ってたとしても、使ったらやっぱりズルになるもの。言ったでしょ、正攻法で行くのよ」


「ど……、どうやって? 百階層ですよ? トッキョどーむ百個分、とかいう広いんだか狭いんだか、よく分からない範囲の……」


「だから、頑張るのよ。――ファイト、レヴィンっ」


 にこやかな笑顔でユミルが言う。

 まるで語尾に、ハートマークでも付いていそうな言い方だった。

 しかし、心中穏やかでいられないレヴィンは、脂汗を額から流しなが問う。


「あの……一応、窺っておきたいんですが……。こちら主導で最下層を目指すんですか? 慣れた者でも、五十層まで三日掛かる、という話の……」


「ファイト!」


「しかも、探索者は『恩寵』を持つんですね? 『速達組』だって、それに適した『恩寵』を使っての三日なわけでしょう? 何も持たない、初見の人間にはとても無理なんじゃ……!」


「ファイト!」


 ユミルの笑顔は最初から変わらず、そして同じ返答しか返って来ない。

 しかし、明らかに違うところは、一声返す度に、目の奥が笑わなくなっていることだった。

 レヴィンは助けを求めて、ミレイユに縋る。


「ミレイユ様、独力で一日など、到底無理です! 何卒、お助けを!」


「まぁ……、そうだな。この迷宮、構造自体はそう難しくない。それに、広いとはいえ、最短距離なら次の階段まで、五分で着く場合もある。道を間違えれば悲惨だが、間違いさえしなければ、実は結構単純なんだ」


「大変、心強いお言葉ですが、そういうアドバイスではなく……」


「分かってる、冗談だ」


 全く笑みを見せることなく、しれっと答えて、ミレイユは神使それぞれに声を掛ける。


「ルチア、探知して最下層への最短ルートを算出しろ。その内容を縮尺マップとして投影し、視覚からも分かるように出せ」


「了解です」


 レヴィンが持つ常識からすると、無茶苦茶な内容に舌を巻く。

 しかし、ルチアは全く気にした素振りもなく、淡々と頷いて魔力の制御を開始した。

 ミレイユは次にユミルへ視線を向けると、簡潔に告げた。


「十階、二十階層でお前の出番はないだろう。だが、それ以降……罠を見つければ報せ、通行の妨げになるなら排除しろ」


「ま、いいけど」


「アヴェリンは先頭で、敵が居たら蹴散らせ。私達の邪魔をさせるな」


「畏まりました。――しかし、ご提案が」


 彼女にしては珍しい発言に、ミレイユは片眉を上げて反応する。

 顎を小さく動かして続きを許可すると、アヴェリンは足を止めて振り向き、腰を折って話した。


「立ち塞がる敵を排除するのは構いませんが、レヴィン組にやらせても良いでしょうか。彼らであっても十分、任に耐えるかと……」


「そう、だな……」


 ミレイユは一瞬、考える素振りをしたもの、すぐに得心して頷いた。


「そうだな、大した敵がいる訳でもなし……。レヴィン達にとっても、良い訓練となるだろう。未だレヴィン達には、色々と荒があるしな」


「仰る通りかと……。それに、ものは考えようです。現状、時間は潤沢に残っております。魔物や魔獣は、狩り過ぎると生態系に影響を及ぼし兼ねませんが、ここでは考慮する必要がありません」


「それも然りだな。……が、急ぐことに変更はない。ヤロヴクトルはこちらの侵入に早晩、気付く。下手な介入を許すことになるよりも、まず到達を優先したい」


「そうでした。我々を、探索者として認めない可能性があります。面倒事が起きるより早く、到達するのが最善でしょう」


 アヴェリンの進言を聞いて、ミレイユは大儀そうに頷くと、次にレヴィン達へ目を向けた。

 掌を向けてアヴェリンの方に流す動きを見れば、どうしろというつもりなのか、口にされずとも分かる。


「ルチア様とユミル様、お二方のサポートを受け、なるべく早く階層を下る……。その先鋒を任された、と考えて良いのでしょうか?」


「そうだ、急げよ。歯応えのある敵は、五十階層からしか出ないだろうが、それとてお前たちにとっては楽な相手だ。足を止めずに、を考えると厄介かもしれないが、上手く連携して立ち回れ」


「ハッ! 先鋒を頼まれましたこと、光栄に思います! どうぞ、我らの活躍をご照覧あれ!」


 レヴィンは力強く宣言し、ヨエルとロヴィーサ、アイナの順に目配せした。

 それぞれから意気軒昂の眼差しを受け、指をカタナの鍔に添えて走り出す。

 最も過酷になる筈の一日が、そうしてここから始まった。

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