迷宮都市の災難 その1

 レヴィンはその内心で、すっかり意気消沈してしまっていた。

 だが、ユミルがわざわざ気遣いしてくれたこともあって、それを無下にしない為にも、努めて明るい声音を腹から出した。


「しかし、ダンジョンか……。自然窟に入ったことはあるけど、迷宮というのは初めてだな」


「あれ、レヴィンさん達でもそうなんですか?」


 アイナが意外そうな声を上げて、ロヴィーサへと顔を向ける。

 視線を受け取った彼女は、僅かに顎先を上下させて答えを返した。


「魔獣が棲み着くとか、魔物が発生したとか、そうした事態を解決する為に赴くことはありました。でも、そういう場所は迷宮の様に、入り組んでいる場合が殆どありません」


「へぇ……。よくある冒険譚の様にはいかないんですね」


「もしかしたら、よく観察すると横穴などあって、更に続く道があったりしたかもしれませんが……。調べた所で、余り意味はありませんしね」


 余りに淡白な発言に、アイナは首を傾げる。

 彼女からすると、洞窟探検は浪漫の塊で、そして冒険活劇にはありふれた題材だ。

 そこに穴があるならば、探索しようという考えに直結しそうなものだが、ロヴィーサ達の常識からすると違った。


「でも、気になりません? 奥に何があるのか、とか……」


「それよりも、駆除する方が先決で、重要です」


「え……でも、駆除というなら、奥までしっかり見ないと、本当にやったか分からないんじゃ……?」


 あぁ、とロヴィーサは声上げて、小さく笑う。

 根本的な認識の違い、彼女は改めて気付いた。


「駆除というのは、洞窟の方です。刻印を用い、可燃性の毒気を奥まで流し入れ、その後、着火します。洞窟それ自体を崩壊させるのです」


「え……、崩壊……!?」


「えぇ、複数の人間で、大規模に。魔獣や魔物が、棲み着く洞窟を放置する理由がありませんから。どこか別の入口があれば、それで狼煙が上がりますしね。今度はそちらも同様の手順で、やはり崩壊させます」


「えぇ……」


 アイナは完全に引いてしまっているが、レヴィンやヨエルは、ごく当然の調子で頷いている。

 魔獣や魔物は、淵魔の餌となり得るのだ。


 領民の被害を未然に抑えることにも繋がり、むしろやらない理由がない。

 人に害を成す要因は、先んじて潰すのが常道だった。


「敢えて全滅させず、獣皮であったり、魔物素材を得ることも、過去に考えられたそうですが……。取り逃がした淵魔で、一度手酷い被害を被った過去であって……。それ以来、ある程度の確認が終わり次第、崩落させると決まっています」


「なんだか、勿体ないですね……。もしかしたら、地下水湖だったり、貴重な自然鉱物があったかもしれないのに……」


「そうですね。もしかしたら、そうしたものが眠っていたかもしれません。でも、一の被害が、百にも二百にもなる。それが淵魔なのです。我々は、過去の教訓を蔑ろには致しません」


 ロヴィーサが決然として断言すると、レヴィンも腕を組んで感じ入った様に何度も頷く。


「……そうだな。目先の欲というのは、実に抗い難い。だが、俺達には大神レジスクラディス様の教えと目があった。いつも見守って下さっていると思えば、馬鹿な真似なんて出来るはずもない」


「そうよねぇ。見ている目があればこそ、出来るコトってのもあるモノだしねぇ。やっぱりユーカードって、そういう所が愚直で好ましいわよね」


 ユミルがそう言って笑って、隣へ同意を促す様に見れば、ミレイユも薄く笑いながら頷く。


「血筋なのだろうな。そういう所は好ましい。時々、頭が固くて融通が利かない、と思うこともあるが……」


「ハッ――あ、いや……お恥ずかしくあります」


 褒められたと思いきや諌められ、先程の自分を省み、レヴィンは殊勝に頭を下げた。

 ミレイユはそれに構わず手を振って、最早大分近くに見えて来た、迷宮の入口へ指を向けた。


「それより、いよいよだぞ。ヤロヴクトルに何を言うか、今の内に考えておけ」


「え!? あれ有効だったんですか!? ユミル様の冗談では!?」


「さて……?」


 ミレイユが含み笑いに言うものだから、本気か冗談か、尚更判別がつかない。

 レヴィンはほとほと参ってしまって、とりあえず注意の矛先を別に向けた。


「しかし、盛況……と言って良いのか分かりませんが、賑わってますね。ダンジョンの入口だと言うのに、危機感がないと言うか……。出店までありますよ」


「そう、つまりこれが……彼らにとっての日常で、当然の風景なんだな」


 出店と言っても、屋台の様な食べ物を売っている訳ではない。

 水薬であったり、保存食であったり、探索において有益なものばかりだ。

 活気だけ見れば、まるでお遊びの延長に見えるが、それだけ探索を楽観的に見ているのだろう。


「何だかんだと、探索入りするのに買い忘れとかは出るからな。商店街まで戻って買いに行った方が安上がりなんだが、面倒に思う者も多い。……こうして、商売として成り立つくらいにはな」


「何とも、適当な……」


「私ならば、絶対にその様な不備はいたしません」


 ロヴィーサが力強く断言すると、ヨエルもそれには信頼の眼差しを向ける。


「確かによ、お前がそうしたミスをしたとこ、見たことねぇもんな」


「お遊び感覚だから、そうしたミスが出るのでしょう。他人の不注意に、あれこれ文句を言っても仕方ありませんが……」


 見ていると、行列が出来る程ではないが、利用する者は後を絶たない。

 商店街に店を持っていない様な者からすると、これが良い稼ぎになるのかもしれなかった。

 それを考えると、しっかり需要を満たしているとも言え、一方に非難があるともいえなかった。


「しかし、あれだな……。本気で最下層まで行こうって奴、案外少なかったりすんのかな。その日暮らしが出来れば良い、みたいな。……ほら、見てみろよ、入口脇で座って談笑してるぜ。あいつら、行く気あるのかよ?」


「あれは多分、回復待ちだろう。やる気の有る無しは知らん……が、今は待機中なんだろう」


 アヴェリンから解説めいたものが飛び、レヴィン達の視線が集中する。

 彼女としては、単に思ったことを口にしただけに過ぎなかったが、続きを催促する空気を読み取って、渋々ながら続きを話し始めた。


「水薬にも等級がある。そして、低級水薬は安い代わりに、回復が遅いものだ。傷が癒えるまで暇だから、あぁして待つしかないのだろう。つまり、その程度の稼ぎしか出来ない探索者、ということだが」


「あぁ、なるほど……。じゃあ、つまり、あれも立派な商売になっている訳だ……」


 レヴィンが視線を向けた方向には、看板を肩に担いで練り歩く、一人の獣人が見えた。

 座り込んだ者達の間を練り歩き、声が掛かるのを待っている様だ。


「回復ぅ〜、回復いかがっすかぁ〜」


「あれは多分、水薬を売り付けるタイプじゃない……ですよね?」


「そうだな、『恩寵』で回復する方のタイプだろう。そうやって小金を稼ぐ」


「何か嫌だな、それって……。プライドはねぇのかよ」


 ヨエルは気分を害して顔を顰め、明らかに侮蔑な視線を送る。

 だが、こういう事にこそ否定的そうなアヴェリンが、その彼らを見やって首を振った。


「あぁいう輩も千差万別だから、一概に駄目とも言えない」


「そうですかね……?」


「探索を諦め、集金ばかりを目的にしているなら、確かにそうだろう。だが何も、全てがそうした者達ばかりではない。ワンランク上の武具を手に入れる為、探索に必要な諸々を用意する為……、金を欲する理由は様々だ。挑戦の為に空いた時間も稼ごうとしているならば、悪様に言えたものではなかろう」


「そうか、そういう事もあるのか……」


 ヨエルは今更ながら感じ入り、何度も頷きながら広場の一角を指差す。


「では、あれもそういうパターンですか?」


「あぁ、転送屋だな。『転送』の恩寵持ちがそのレベルを上げれば、マーキング場所を増やせる。需要の多い階層をマーキングしておけば、再挑戦したい者からは有難がられるものだ。しかも、結構稼げるらしい」


「へぇ……、確かになぁ。引っ切り無しで、利用客が途絶えないもんなぁ」


 転送屋自体も複数居て、その数の分だけ列が出来ている。

 金銭の遣り取りもスムーズで、互いに慣れているのが窺えて、次々に光で包まれ消えて行った。


「ははぁ……。しかし、全部で何階層あるんですか?」


「百だ」


「ひゃ、百……! 多いですね……、広さは?」


 それだけの数があれば、フロアの広さも当然、気になる所だろう。

 アヴェリンは少々迷って言葉を探し、そうしている内にミレイユが横から答えた。


「大体、東京ドーム百個分だ」


「あー……」


「いや、そのトッキョどうむ、とやらじゃ分かりませんよ! そして、何でアイナは分かった様な顔してるんだ……!?」


「いや、具体的にはあたしも判別つきませんよ。広いなぁ、としか……」


 その割には、随分具体的な納得顔だった。

 分からないという割に、分かっている雰囲気を出すのは、実に不思議だ。


「まぁ、日本式だと定番なんだ。分かり易く分からない広さ、と分かれば良い」


「何ですか、それ。余計に訳分かりませんよ……!」


 理不尽な説明に、レヴィンからも思わず辛辣な声が出る。

 しかし、ミレイユは気にした様子もなく、含み笑いで外へ顔を向けてしまった。


「まぁ、とりあえず十回層毎に挑戦者を待ち受ける障害がある、と知っていれば良いだろう。そして、そこが休憩所にもなっている」


「休憩……? 何故です?」


 障害と休憩が結び付かず、レヴィンは困惑と共に声を出した。

 ミレイユは外を向いたままで、即座の返答がない。

 レヴィンは彼女が口を開いてくれるのを、辛抱強く待った。

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