三神会合 その6

「よくもまぁ、そんな命知らずな真似が出来たもんだ……。大神への利敵行為は重罪だろ? ハイカプィにお前を仕留める力なんざ無いだろうに、何でそんな無謀なことを……」


「いや、直接仕掛けられた訳でも、その証拠がある訳でもないんだ。海を移動中、やけに魔物が襲って来てな……。どうやら、幾つか魔物をけしかけられ、そして海の藻屑にするつもりだったんだろう、と予想してるんだが……」


「だとしても……」


「それに、実行犯は神使の方だ。遠目だったし、竜の背の上……顔までは分からない。だが、その日その時間、どの竜が使われたのか分かれば、特定するのは難しくないだろう」


 ミレイユが冷静な推察を続けても、二柱の動揺は未だ収まらなかった。

 インギェムは唾を飛ばす勢いで、乱暴にテーブルを叩いて怒りを顕にした。


「相手が神使だろうと知った事か! 大神レジスクラディスに牙を向けたんだぞ! 勝手な暴走を許した主神の責任だ!」


「そうだな、それは間違いない。……が、あちらはこうもう弁明するだろう。そこに私が居るとは思いもしなかった。神使を相手にしたじゃれ合いに過ぎず、殺意はなかった……とな」


「そんな言い訳、通用するか……!」


「だが、そこに私が居ると思わなかった、という弁明は実際に立つと思う。移動に船を使うのなんて、私には不自然過ぎる。これまでだって、使った前例がない」


 それは、とインギェムの声が萎む。

 その声に合わせて、怒りの発露もまた、小さく萎んでんでいった。


「まぁ、竜を使わず移動するお前って、想像つかないもんな……。それぐらい、お前とドーワは一緒くたにされる部分がある」


「そして、神使同士の諍いについては、特に咎めがないのですよね……。勿論、事によってはそれなりの注意が飛びますが……。精々、謹慎させる程度で納まるでしょう」


 ルヴァイルからの見解は、実に現実的な沙汰だった。

 神が直接指示した、その証拠など出て来ないだろうし、それならば神使個人の責任に落ち着かせるのが普通だ。


 そして、神使同士の争いというのなら、そこまで目くじらを立てられる事もなく、精々数週間の謹慎で終わる事態だ。


「だが、分からんね……」


 怒りは収まったインギェムだが、代わりに眉間の皺を増やしながら、嘯くように言った。


「ハイカプィって、お前を襲ってどうこうしようとか、考えるような奴だったか? 気になる言動してたのは確かだが、それだって虚勢みたいなもんだったろ。それともよ、それさえ己の勘違いだったか?」


「いえ、それは共通の見解だと思いますけどね」


 ルヴァイルは首肯して同意すると、次にユミルへ顔を向けた。


「ただ、こちらの方なんかは、周囲に敵を作りやすい性格をしてますから……。それ狙いの勝手な暴走……、とも受け取れるのですが」


「性格云々は、まぁ認めないワケじゃないけどさぁ……。ハイカプィとその神使に対して、喧嘩売ったコトもないけどね」


「その軽薄な態度が、一方的な敵意を買ったんじゃないのか」


 そう言って、侮蔑に等しい視線を向けたのはアヴェリンだ。

 遂には腕を組み、鼻を鳴らして睨み付ける。


「お前の心無い言動一つ一つが、あれらの貴意や誇りを逆撫でしたのだとしても、私は決して驚かん」


「あぁら、そういうコトなら言わせて頂きますけどね。アンタの歯牙にも掛けない、視界にすら入れない態度って、同じ神使に向けるモノじゃないからね。明らかに下と見られて、相手もさぞ貴意や誇りを、汚されたと思ったコトでしょうよ……!」


「む……」


「大神と小神、そこに力関係はある。その力関係が神使にも影響を及ぼすのは自然……とはいえ、アンタって弱者にはハッキリと愛想がないじゃない。力の強弱ではなく、役職に対して敬意を向けなさいよ」


「むむ……」


 アヴェリンに返す言葉はなく、ひたすら唸る破目になっている所に、ルヴァイルからの声が飛ぶ。


「つまり、今回の件については、神使同士のいざこざ……という訳ですか? 大神たる貴女を謀殺する為ではなく……」


「状況的には、そうだという気がしてる」


 ミレイユは握り拳を顎先に当て、数度叩いて思考を巡らす素振りを見せる。

 そうして数秒経ってから、改めて口を開いた。


「そもそも、船を沈めた所で私は浮いて逃げられるし、自分で開発した水中呼吸の魔術だってある」


「あぁ……。お前お得意の、何に使うか分からない、馬鹿みたいな魔術シリーズか」


 思わず、と言った形で出たインギェムの言葉に、ミレイユが睨みも鋭く目を向ける。

 しかし、彼女は即座に黙って知らぬフリをした。

 出鼻を挫かれたミレイユは、一つ咳をしてから続けた。


「魔術の方は知られていたか疑問だが、本気で仕留められると考えて、魔物をけしかけたかは疑問だ」


「そうですね……。海の魔物で強力な個体と言えば、『巨公』や『魚竜』が思い浮かびますけれど……。人にとっては災害に等しいこの二体でさえ、ミレイユの前で霞んで見えます」


「そうだよな。その二体でどうにか出来ると思ってんなら、頭がお花畑すぎるだろ」


 ルヴァイルとインギェム、双方から追随を受けられて、ミレイユの口の滑りも良くなった。


「だから、思うわけだ。私は船に居ないと思った、と強弁できるし、状況的に頷くしかない。そして、船の損壊、魔物の襲撃程度で、私を海に突き落とすことも出来ない。だから、私を狙った攻撃じゃない。……そう説明されたら、神使同士のいざこざとして、片付けるしかなくなる」


「そうさなぁ……。まぁ、そういう話になるか……」


「とはいえ、居たのは事実でもある訳ですよね。知らなかった、で済ませて良い問題ではないのでは?」


 ルヴァイルの問いに、ミレイユは頷く。

 顎から握り拳を離して、大仰な溜め息をついた。


「まぁ、何で船に乗らなきゃならなかったのか、そこをアイツらに説明するのは難しい。だが、そこを有耶無耶にして上手く説得できれば、協力の要請に一役買ってくれるかもしれないな」


「何かと反発的な神を動かすには、良い材料かもしれませんね。とはいえ、まさか本当に下剋上を狙っている、とかはないですよね? 『平安』と『豊穣』は、平和な世にあって、実に恩恵の大きな権能だとは思いますが……」


「さて……」


 息を吐く様に零して、ミレイユは面白そうに首を傾げた。


「淵魔討滅が叶えば、それもいっそアリだと思う」


「おいおい、馬鹿言うな。本気じゃねぇよな?」


「認められません。妾は絶対に認めませんからね。今の世があるのは、一体誰のお陰だと……!」


 二柱から猛烈な反対を受けて、ミレイユは微苦笑と共に返した。


「そういう反応だと分かるから、私も素直に認めたりしない。ユミル達にも散々、言われた事だからな。お前たち二柱が黙っていないのは当然、他の――例えばモルディもまた、認めない神の急先鋒だろう」


「そうですね……。簒奪だと騒ぎ立て、事実はどうあれ戦闘を仕掛けるでしょう。権能や性格からして、正反対の二柱ですから、とかく衝突しがちですし……」


「そもそも、纏まりようがないだろ。大体ミレイユだって、実績と実力から今の地位大神が認められているようなモンだ。淵魔との戦いでも負けられねぇぞ、仮にお前を喪ってみろ。今度は南東大陸プロテージだけじゃねぇ、火種が世界中に飛び散るからな」


 憤懣すら飛び出し兼ねないインギェムの言い分に、ミレイユは疲れた表情で、ぞんざいに手を振った。


「同じ事を、やはりこの前言われたよ。私は精々、自分の身を案じてやらねばならないらしい」


「言われるまでもなく、心得ておけって話だろ……」


 それはともかく、とそれまでの空気を打ち払うように、ユミルが明るい声音で会話に割って入った。


「責任問題を追求するにしろ、神使同士の喧嘩だったと決着させるにしろ、落とし前は必要なワケよね。つまり、それを以って協力させるってコトで良いの?」


「元より、素直に頷くとは思えなかった相手だ。うまい具合に交渉材料に出来れば、それで御の字といったところかもな」


「それは結構なコトね。そして、相手にはご愁傷さま。何もしなければ、今回の戦いでも傍観決め込められたかもしれないのにねぇ……」


 含みのある言い方をして、ユミルは口の端を醜悪に持ち上げた。

 前回、天と地を割る神々との大決戦の折、何も手を出さず逃げていた事を、未だ根に持っているのだ。


 当時、ミレイユの味方をする事は難しかった。

 明らかな劣勢であり、また当時の小神は大神の命に逆らえず、現場へ赴くことはその為に命を投げ出すに等しかった。


 だから、当時の大戦に参加しても、結局ミレイユの敵として立つしかなかっただろう。

 だが、小神は姿を見せず、旗幟きしを鮮明にする事すらしなかった。

 ユミルはそれを非難していて、今の小神の多く形ばかりの敬意しか見せないのは、その為でもあった。


「死ぬと分かって、飛び出せる者は少ない。それは神であっても同じだが……、世界の危機には立ち向かって貰わねば、神の沽券に関わる。今回ばかりは、傍観は許されない」


「そうよね。そして、あの攻撃こそが、逃さない口実となる。神使の方は、もしかしたら千載一遇の好機とでも思ったかもしれないけど、それに足元掬われるかもねぇ」


「――であれば、少し拙くありませんか、ミレイ様」


 実直な視線を向けてきたアヴェリンに、ミレイユは眉根をひそめる。


「どういう意味だ?」


「あちらでも、その話題が問題に出ているかもしれない、という事です。その時、間違いなくミレイ様が乗船していたか、そして何故いたかを考えずにはいられないでしょう」


「そうだな……。あぁそうか、調べれば……ドーワの足跡を追えば、その時どこに私が居たのか簡単に知れる。位置を探れるのは、向こうも同じだ」


「そして、齟齬が生まれる。これがアンタに――この時代のアンタに、報告行くと拙いわね」


 ユミルも珍しく顔を顰めて、口の端から悔しげな息を吐いた。

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