三神会合 その3

「へぇ……、協力ね? 面白そうじゃないか、言ってみろよ」


 言葉遣いはともかくも、ミレイユとは旧知の仲だし、味方であるのは変わらない。

 だからインギェムは好意的かつ前向きで、試す様な視線で促した。

 そして、ミレイユは催促されるままに、一つ頷いて口にする。


「私を裏切れ」


「……は? ん? どういう意味だ?」


「言った通りの意味だ」


「お前に言われてを起こすんじゃ、そりゃ裏切りとは言わんだろ。というか、何の為にやるんだよ。大義名分振りかざして、己らを悪者にしたいのか?」


 インギェムの言い分は尤もで、そして理解できないのも当然だった。

 その表情も唖然と見るべきか、それとも怪訝と見るべきか迷うものであり、その真意を測りかねている。

 そして、そんな様子を見守っていたルチアが、苦笑しながら口を開いた。


「そんな言い方じゃあ、全く話が伝わりませんよ。色々な部分を端折りすぎです。もっと根本的な部分から、説明を始めた方がよろしいのでは?」


「……そうだな、そうだった」


 そう言って、ミレイユは謝意の視線をルチアに向け、改めてインギェムとルヴァイルへ顔を戻した。


「おいおい、今更ながらに何を言われるのか、怖くなって来たぞ……。厄介事か? そうなのか?」


「あぁ、聞けば後悔するレベルの厄介事だ」


 そう言うと、インギェムは一瞬動きを止めて、それから盛大に顔を顰め、ゆるゆると首を横に振った。


「何で己は、今日に限ってここに来たんだ……。いや、ミレイユがその日を狙い撃ちにしてやって来たのか」


「そうじゃない、単なる偶然だ。それに今日いなくとも、結局押し掛けて話を聞かせていたから、どっちにしても同じだぞ」


「まぁまぁ、インギェム。とりあえず、聞いてみなければ始まりません。裏切りとはどういう意味か。そして、どういう意図あってものものか。詳しく話して貰いましょう」


 それでミレイユは少し考える素振りで視線を上へ向け、きっかり三秒後に口を開いた。


「――アルケスが、淵魔を用いて世界に牙を剥く。これからおよそ、一年後の話だ」


「はぁ? あの逃げ隠れしてる腐れ野郎が? っていうか、分かってるんなら止めろよ」


「潜伏場所まで分からないのでは? 襲撃計画でも入手したのでしょうか。そこまで間抜けなら、今の今まで隠れ続けられるとは思えませんが……」


 インギェムとルヴァイルから、同時に怪訝な視線を向けられ、ミレイユは指先を顎に添わせる。

 考え込む表情で何度か擦るように動かして、それから再び口を開いた。


「いずれ気付かれる可能性が大きい、と思うから先に白状してしまうが……。今ここに居る私達は、実時間の私ではない。およそ、一年後の未来から転移して来た」


「……嘘だろ?」


「貴女が定めた律令を、貴女自身が破ったのですか?」


 怪訝の中に嫌悪も混ざった視線が、二柱から向けられた。

 ミレイユは、その視線を堂々と受けて首肯する。


「一年後、ロシュ大神殿で決戦が起こる。そこで私達は日本へと強制転移させられた。次元は封鎖され、同じ時間軸に帰ることは出来なかったんだ」


「ならば、戻ってこようにも時間を未来か過去か、どちらかへズラす必要があった……ってか? 素直に未来を選んでおけよ」


「それをすると、世界が滅ぶ。アルケスには『核』が味方に付いている。私が居ない一年間、それを有効に使って取り返しの付かない事態まで、世界を蝕むだろう。それを拒むには、過去を選ぶしか道がなかった」


「だからって……!」


「それに、強制転移だと言ったろう? 『孔』を使った強制だ。つまり、お前がこの件には関わっている」


 ミレイユの言葉に、インギェムは激昂して席を立った。

 椅子を蹴飛ばし、鼻息も荒くテーブルへ両手を叩きつける。


 前屈みの格好で、敵意そのものをぶつける格好になったが、ミレイユからは些かも動じた気配がない。

 それも当然で、こうした反応は予想できた事だ。


「ふざけんなよ……! 己がアルケスなんぞにくみするかよ。命を握られたって、そんな真似しやしねぇぞ……ッ!」


「いえ、お待ちなさい、インギェム」


 完全に冷静さを失ったインギェムとは対照的に、ルヴァイルはどこまでも平静だった。

 口元へ運んでいたカップをソーサーに置いて、ミレイユとインギェムを交互に見比べる。


「転移したのが事実として、また既に過去へ戻っているのも事実なら……。インギェム、貴女はむしろ、必ずミレイユを日本へ転移させねばなりません。そうではなくては破綻する……」


「流石は、ルヴァイル。理解が早いな」


 これは素直に称賛と受けられず、軽く肩を竦めただけで流された。

 それに苦笑して、ミレイユは続ける。


「しかも、その時点で私は、インギェムが敵側に付いた、と思わされていた。ルヴァイルを盾に強制されているとか、何か弱みを握られているのだろう、とな。……そして実際、恐らくアルケスは淵魔を使って、死と引き換えの脅しを掛けるだろう」


「クソ……ッ! アイツの『疎通』は、そこまで便利なモノだったか?」


無垢サクリスを動かす分に支障はないと思うが、実質的に『核』が味方しているせいでもあるだろう。実際の手段は、私も知らない。だが、何かしらを以って脅し、お前が屈するのは間違いない」


「ふざけやがって! 屈するものかよ、この己が!」


 いきり立って憤慨するインギェムを横目に、ルヴァイルは上品に笑って嗜める。


「屈するものか、じゃありません。屈して貰わねばならないのです。だから、ミレイユは最初に言ったのでしょう。自分を裏切れ、と……」


「あぁ、そうか。あれは、そういう意味だったのか……」


 理解が進むと、流石にいつまでも怒り続ける訳にもいかなくなって、インギェムは席に座り直した。

 そうして乱暴にカップを掴み、やはり乱暴に喉奥へ押し込んでから、ずいと身を乗り出して問う。


「……で、その破綻とやらを防ぐため、いっちょ騙し込んでやろうって話か。言うこと聞いてる振りして、良いタイミングで逆劇……。そういうシナリオか?」


「そうだ。この先、ロシュ大神殿で、この時間軸のミレイユが転移させられた直後、そこから逆劇を始める。今はその道筋を作っている最中だ」


「へぇ……? そいつは面白い。んじゃあ話は別だ、やってやろうじゃないか」


 けろりとして、いつもの調子に戻ったインギェムだが、そこでふと首を傾げた。


「……けど、そう上手く行くもんかね? 実際、己に言うこと聞かそうと思えば、ルヴァイルを盾にするのは有効だと思うぜ。だがそれで、逆劇と共に首を斬られちまうんじゃ堪らねぇよ?」


 インギェムの指摘は尤もで、だからこそ、ミレイユはこの件に対して、しっかりと準備を用意してある。

 懐から二つの神器を取り出すと、それを二柱それぞれの前に置いた。


 この世界の者としては、全く馴染みのない、神道式の神器だ。

 鳥居をモチーフとした形で、オミカゲ様を表す雷も取り入れられている。

 それが掌に収まる大きさで表現されていた。


「これは……?」


「強力な『守護』の神器だ。どういう手管を使って来るにしろ、これで身の安全は保障される」


「何だって……? 『守護』の権能なんざ、聞いた事もない。何処の神……って、そうか……」


 唐突に思い至ったインギェムは、勝手に自己完結して何度も頷く。

 そのインギェムがルヴァイルへ顔を向けると、その彼女も得心した笑みを見せて頷いた。


「異世界・日本へ行っていた訳ですからね。そちらの神から譲り受けた神器、ということですか。なるほど、興味深い……」


 ルヴァイルは神器を手に取って、めつすがめつした。

 神ならば、そこに込められた神力も認識し、把握することが出来る。

 だから、これがミレイユの勝手な言い分でない事も分かる筈だった。


「これが、もう一つの可能性、もう一つの大神たる神器ですか……。強力な神気で……実に見事なものです。これがあるなら身の危険は、確かに安全と思えますが……」


「逆に、己は空恐ろしいって感じするがね。こんなもんを、ポンと二つも渡してくるってか? ……まぁ、いかにもミレイユらしいと言えば、らしいのかもしれんが」


 インギェムもまた、指先二つで摘んで持ち上げ、下から眺める。

 何度も表と裏をひっくり返し、込められた神気を見つめては、ため息混じりに苦笑した。


「協力を要請しつつ、しっかり防護案も用意する周到さには呆れるね。己らは戦闘向きの神じゃないし、そっちに関して手助け出来るとは思わないが……」


「アルケスめは、実際にこの命まで奪うつもりだと、考えてますか?」


「――あぁ。あれにはもう、理性がない」


 ミレイユは忌々しそうに首肯して、それから続けた。


「全てを破壊するまで続けるだろうし、どこまで淵魔の影響を受けているかも分からない」


「影響……、淵魔の? どういう意味です?」


「あれの権能は『疎通』だ。だから、淵魔を味方に引き込めた」


「そうですね」


 だが、とミレイユは言葉を濁し、それから何かを探すように首を動かした。


「……だが、私が一時帰っていたあちらの世界には、こういう言葉がある。『深淵を見つめる時、深淵もまた、同じ分だけ見つめ返す』……。あれは自分の意志を押し付けているつもりで、実は『核』の影響を大きく受けているのではないか……。そう思える様になった」


「有り得ない話ではない……、様に思えますね。神性を放棄したとはいえ、元々は大神……。そもそもの格が違う。その意志力だけを比較した場合、どちらが大きいと言えるのか……。そして、大きい方が小さい方の意志へ、影響を与えてしまえるのは、妥当に思えます」


「お前もそう思うか……」


 ルヴァイルは声を出さないまま頷く。

 インギェムは苛立たしく息を吐いたが、声まで出さない。


 それは二柱の意見に賛同する、という無言の肯定だった。

 そうして、誰も新たに意見を言わぬまま、その間ただ沈黙の時間が過ぎた。

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