アキラ達の帰還 その8
翌日、保存食などの食糧、各種野営する為の消耗品などの補充を終えると、昨日と同じ食堂に顔を出した。
時刻には少し早い時間とはいえ、アヴェリンは既に待機している可能性もある。
それでアキラは店内を見渡したのだが、それらしい姿は見られなかった。
「まだ居ないか……。まぁ、待たせなくて済んだ、と思えば良いかな」
「あの人、時間に煩そうだしね」
「間違いではないね。何事にも、しっかりした人だから……」
スメラータの率直な感想に、アキラは苦笑して頷いた。
特に、決めた事を貫こうとする意志力は、凄まじく強い。
無理難題に思える事でも、彼女がやる、と断言したなら、事実の方がその意思に沿うかの様だった。
事実かどうかはともかく、そう思えてしまう程の、果断な決意が彼女にはあった。
「どうする? 何かお腹に入れておく?」
「ただ待ってるのも何だし、そうしようか」
指定された時間は、昼過ぎだった。
ならば、食事を取る時間くらいはある。
そこで再び、スメラータが素朴な疑問を口にした。
「……っていうかさ、船で行くの?」
「多分、そうだろうね」
「じゃあ何で、この時間に、この場所で集まれって言うのさ」
こればかりは、アキラにも返答しようがなく、困った顔を返すばかりだった。
現地へ行くだけならば、次の船の便に遅れるな、と伝えて済む話だ。
困りながらも椅子に座り、二種類しかないメニューから注文して、食事が届くのを待つ。
すると、七生が首を傾げて口にした。
「臨時便を手配して下さっている、という事はないかしら? ……とはいえ、それだとやっぱり、港の集合でも良かった気がするけれど」
「じゃあ、もしかすると……転移の可能性があるかもね」
アキラは難しい顔をさせて口にすると、丁度そのタイミングで料理を持って来た店員の娘が、それぞれの前に配膳する。
食堂において、大体はお決まりとなっている、野菜スープとパンのセットだ。
「多分、それなりに急ぎだと思うし……使える部下とかいるのなら、そっちを先に使おうとするでしょ、普通」
「だが、失敗したんだか、他に何かしたから、敢えてアキラに話を持って来たわけだ?」
スープを口に運びながら、イルヴィは上目遣いに指摘した。
少ない咀嚼数で飲み込むと、更に続ける。
「それもただ選んだだけじゃない。信頼でき、任務を遂行できそうな奴にだ。未知の大陸で独自に活動でき、そして野営なども含め、自己解決能力の高い奴を選んだ……そういう目論見もあるのかね」
「だとしたら、アタイ達を選んだのは正解だよ。……とはいえさ、危険なんてあるのかな。マナ持ちにとっては、楽園みたいな所でしょ」
スメラータの指摘は間違っていない。
危険な魔物や魔獣はおらず、警戒すべき外敵もいない世界――、それが新大陸だ。
戦闘を忌避する商人ですら、あちらでは一端以上の戦士として活躍できるだろう。
「……あるいは、その全能感が人を狂わせてしまうのかもしれない。あちらは魔術がない世界でもあるんだ。自衛用の刻印ですら、現地人にとっては脅威と映るだろう」
「でも、補充は利かないわけじゃん? 普通なら寝ている間にさ、勝手に魔力を回復させて、それが刻印に流れていくわけだけど、それだってマナがある前提の話だし」
「……そうだね。だから、天下は長く続かない。それどころか、マナを失う程に弱っていく。マナが枯渇した人間は昏倒して、その回復が見込めないって話でもあるんだから……」
その時こそ、反乱や叛旗を考える者にとって、絶好の機会だ。
そうなれば、武器で肌を傷つける事も可能となるだろう。
それに、何も人を殺すのに、武器は必ずしも必要ではない。
たとえば、水に沈めても良いのだ。
デイアート人は暴力で訴え出した時、脅威には違いないが、持久戦に向かない。
力で抑え込み、支配するやり方は長続きしないだろう。
それが彼らにとって救いではある。
そして、それを理解する者ほど、乱暴な振る舞いは控えようと考えるだろう。
今は現地人に無体を働く者がいても、その事実が自衛と自制に繋がるかもしれない。
「僕らも気を付けないと……。外向術士が居ないっていう異色のチームだから、基本的には問題ないけど、刻印が回復できないのは痛い」
「でも、アキラって『魔力簒奪』……だっけ? それが付与された武器、持ってるんだから、回復できるんじゃん?」
「相手の魔力を奪えて初めて意味ある効果なんだから、そもそも持ってない相手からは奪えないよ」
「あぁ、そっか……」
そうこう話している内に、手元にあった料理も食べ尽くしてしまった。
そろそろ約束した時間になりそうでもあり、アキラは店の外へ顔を向ける。
すると、丁度そのタイミングで叩きつける様な風が吹き込んできた。
店の内外問わず、人々の悲鳴が上がる。
逃げ惑う市民が右から左へ駆けて行く姿も見え、辺りは一瞬で騒然と化した。
「行ってみよう」
アキラの掛け声を否定する者はいない。
困っている人がいたら見捨てられない、危機が迫っているなら応じる。
それが彼の性分だと、誰もが理解していた。
料理の代金をテーブルに置くと、アキラ達は『個人空間』から武器を取り出して、外へ駆け出る。
魔物でも町に入り込んだか、あるいは賊の襲撃か……。
アキラが覚悟を込めて通りに出ると、通りには逃げずに残った人々が、呆然とある地点に視線を向けていた。
何事かと思って、アキラ達もその視線を追う。
すると、そこには一匹の竜が鎮座していた。
突然、吹き荒れた風も、それから逃げていた人々も、全てはこれが原因だと分かる。
だが、竜は人を襲わない。
卵を奪って逃げて来たなど、明らかな敵対行動を取らない限り、攻撃して来ないものなのだ。
それはミレイユが大神として顕現してからの決まりであり、竜の長たるドーワが定めたルールでもある。
ならば何故――。
アキラが緊張感を更に増した瞬間、その背から降りてきた人物を見てギョッとする。
それはアヴェリンだった。
降り立った彼女は、周囲の視線などまるで無いもののように扱い、歩調を強めて迫ってくる。
そうしてアキラの近くまでやって来ると、開口一番にこう言った。
「行くぞ、乗れ」
「は……、はい? 乗れというのは、その竜に……ですか?」
「そうだ。私は
「よ、よろしいのですか……?」
竜は馬などと同じ、騎乗生物ではない。
高い知能と戦闘力を備えた、魔物達の頂点とも言える存在だ。
前世界崩壊の折、アキラも乗せて貰った経験はあるが、あれは例外的な措置だったのだ。
「竜は神の騎乗生物だと、ドーワこそが定めた。彼女こそ、それを誇りとしている節がある。だがこの竜にしても、納得して我らの翼となってくれている」
「そ、そうなんですか……。しかし、これは少し迷惑というか、目立ち過ぎでは……」
周囲からは奇異の目と、常識を疑う非難のような眼差しがある。
神の許しがあるというアヴェリンの言葉は良いとしても、道をドラゴンの巨体が塞いでしまっているし、馬車も一時、通行止め状態だ。
乗り降りするには、まず場所を選ぶべきだろう、とアキラは心の中で思っていた。
「そういうのは後にしろ。急ぎと言ったろうが。お前を回収したら、私も私の仕事をせねばならん」
「えぇ、はい……了解です。ここで何か言ってるより、早く退かした方が良いですよね。色々な意味で……」
アヴェリンはアキラの言葉を最後まで待たず、踵を返して竜へ乗り込んでしまった。
アキラが慌てて追うと、すっかり竜の威圧に黙ってしまっていた三人も、その後に続いた。
全員が乗り込むと、竜は
その突風に煽られて、再び群衆から悲鳴が上がり、倒れたりする者達が見えた。
「師匠、やっぱり街中に降り立つのは拙いですよ。非常に迷惑です」
「……その様だな、次から気をつけよう」
短く言って、アヴェリンは竜の背棘を握る。
すると、竜の飛行速度は更に増した。
後方に引っ張られる重力を感じ、アキラと言わず他の三人も転びそうになる。
竜の体躰は大きく広いものだが、座ったりするのには向かない形だ。
翼の上下運動でそれなりに揺れる事もあり、何かに掴んでいなければ転んでしまう。
そして、座らず掴める場所といえば、その背棘しかない。
アキラもアヴェリンに倣って掴まると、ようやく話せる余裕が戻った。
「それで……、師匠。ここから南東大陸へ直行……で、良いんですよね?」
「そうだ。まぁ、中央大陸からは目と鼻の先だ。すぐに着く。だから、ついでに乗せてやったとも言える」
「それはまた……ご厚意、感謝します……」
アキラとしては、本音半分、嫌味半分で言ったつもりだったが、アヴェリンには通じない。
そして直後、アキラは感謝したことを後悔した。
「今の内に降りる準備をしておけ」
「え、もう……?」
目と鼻の先と言われはしたが、余りに早過ぎではなかろうか。
その順当な疑問は、しかし早々に払拭された。
「急ぐと言ったろうが。今度はお上品に着陸したりしない。お前達には飛び降りて貰う」
「飛び降り……!? だってこれ、結構な高さですよ!?」
アキラが視線を左に向ければ、遠くに水平線が緩い曲線を描いて見えていた。
雲の高さがほぼ真横であることを加味すれば、現在の高度が相当なものだと分かる。
「安心しろ、マナのない大地だ。お前達は怪我どころか、衝撃一つ受けることすらない」
「いや、ちょっと待ってください……!? 何も飛び降りずとも、さっきみたいに……」
「急ぐと言ったろうが。怖いというなら、浜辺の近海にしてやろうか? 目的地へは相当歩くことになるし、衣服を乾かす手間も出来るが」
「いや、そういう問題じゃないでしょう……!?」
アキラが抗議している間に、陸地はぐんぐん迫ってくる。
竜の飛行速度は馬など全く相手にならず、世界一周すら一日で終わりそうな勢いだった。
「あらら……。アキラ、言ってる間に浜辺は通り過ぎちゃったみたいだよ」
「ちょっ、師匠! Uターン! Uターンでお願いします!」
「もういいから、このまま降りろ。死にはせん」
「それ、どういう意味ですか!? 死なないだけで、本当は死ぬ目に遭うって意味ですか!?」
アヴェリンの後ろから肩に手を当て、アキラは激しく揺らす。
それで煩そうに腕を一振りすると、弾かれたアキラはバランスを崩し、そのまま竜の背から落ちてしまった。
「あぁっ!? しっ、ししょおぉぉぉぉぉ……!」
「しまった……が、まぁ、丁度良いか」
「何やってくれてんの! あぁもう、アキラぁぁぁ!」
しれっと呟いたアヴェリンに、スメラータは毒づきながら水面へ飛び込む様に、頭を下にして後を追う。
それに続いて、イルヴィも口の端に笑みを浮かべて飛び降りる。
「まったく……! こんなスリルを味わえるとは!」
「やったことはお恨みしますけれど、ともあれ御前失礼いたします!」
七生も続いて飛び降りて、空の中へ身を翻す。
眼下には草原と湖、そして峻峰連ねる山々がある。
そして、アキラ達が降り立つ予定の場所には、深い森が広がっていた。
アヴェリンはといえば、予定と近しい場所に届けられた事に満足し、一つ頷く。
そうして、竜を優雅に旋回させて、彼女の目的地へと飛び立って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます