アキラ達の帰還 その7

「お前は中々、道理をよく弁えている様だ。――そう、大神レジスクラディス様は、人の世は自由であるべき、との理念を持っておられるが、無法の元、好き勝手を許すとは申されていない」


「まぁ、そりゃそうだって感じだねぇ。自由の中にも制限はある。神の宣下を甘く見てるとしたら、それはそいつが馬鹿なのさ。王の一言さえ霞んじまうのが、神の宣下ってモンだろうに」


「新大陸にも、いずれマナが満ちる。その為の準備を、大神レジスクラディス様は既に始められている。ここで虐殺、虐待、奴隷売買など許せば、必ずや将来に後の禍根として残るだろう」


「あ……、既に事態は動き出しているんですね……!?」


 アキラは表情を明るくさせて、声を上げる。

 同じデイアート大陸の中でさえ、マナの有る土地と、そうでない土地が生まれていたのだ。


 その懸念と是正を提案したのは、他ならぬアキラだった。

 そして、ミレイユは見事それを成功させ、今度は世界全体にそれを広げるつもりなのだ。


「世界全体に広める為には、多く時間が必要だろう。しかし、試算では百年から二百年と幅広い。新大陸に広まる信仰次第だから、何とも言えないそうだ」


「なるほど……、そういうものかもしれませんね」


 腕を組んで感じ入る様に頷くアキラを余所に、イルヴィが空になった器を外に除けながら問う。


「それで、そんな成り立ちだか、予定だか聞かせて、あたしらにどうしろってんだい?」


「そうだな、話が逸れた。――お前達、この無法者どもを狩ってこい」


「狩ってこい、と来たか……。あたしらは別に、あんたらの部下じゃないんだがね?」


無料ただで、とは言わん。しっかり、依頼料は払う。冒険者を……それも特一級を動かすとなれば、ギルドの方にも筋を通す必要があるだろう。その辺はしっかりやる」


「とはいえ、ね……」


 難色を示すイルヴィには、スメラータも同意していた。

 そして、それとは反対に乗り気だったのは、アキラと七生だった。

 アキラは師匠の頼みとあらば拒むつもりがないし、御子神様からの遣いを拒否するつもりが七生にはない。


「まぁ、良いじゃないか。実際、マナを持たないからと、迫害するのは許せない。将来の禍根は、今の内に除いておかないと……」


「胸糞悪いのは認めるよ。馬鹿なヤツらは報いを受けるべき、ってのも良いだろうさ。新大陸へ来る者すべてが、悪しき者と思われちゃ堪らない」


「そうだよね。海の向こうに悪魔がいるぞ、あそこに見えるのは『魔の島』だ、とか言われたくないじゃん?」


「そんな風に後々伝わってたら、目も当てられないわ」


 冗談めかして言ったスメラータに、七生はげんなりと息を吐いて、額に手を当てた。

 その様子を見て、イルヴィも否定的だった気持ちを上向かせる。


「まぁ、確かにそりゃ気分の良いモンじゃないね」


「マナ格差は、いずれ是正される……それは間違いない。その時、主従関係が生まれていたら、起こり得るのは下剋上だ。それは歴史が証明している」


 アヴェリンが重い口調で断言した。

 そしてそれは、今より更に古い、太古の歴史にもある。


 地上に未だマナが希薄な時代、それを上手く汲み取り、扱える種族は決して多くなかった。

 その中にあってエルフは巧みで、マナの格差を利用した支配体制を作り上げた。


 マナを持つ者に、持たない者は傷一つ付けられない。

 しかし、マナが大地に広がり、石の一個にまで浸透すると、支配されていた人間は反旗を翻した。


 それまでの鬱憤を晴らす様に大規模な戦争が勃発し、そしてエルフは追い落とされ、逃げた先の深い森で、隠れるように暮らす様になった。


「愚かな歴史を繰り返させたくない、と大神レジスクラディス様は仰せだ。それには初動が肝心になるし……、何よりそこには不穏な陰がある」


「いや、初動が肝心は良いさ。しかし、何だってあたしら何だい。神サマなら、それこそ私兵なんざ、幾らでも持ってるだろう」


「そうじゃなくても、神様ならパパっと上手い事やれるんじゃないの? こう……なんか、杖なんか振り翳してさ」


 アヴェリンはイルヴィとスメラータへ、露骨に蔑む視線を向け、大きく息を吐いた。


「確かに大神レジスクラディス様は偉大な御方だ。人から見れば、万能の存在に見えるだろう。事実、人より多くの事が為せる。だが、杖を振り上げただけで望みの結果を引っ張って来れる程、都合よく行くものではない」


「杖の一振りはともかく、僕らを頼るほど、人手が欲しいんですか? それが、不穏と言っていた事と、何か関係が……?」


「お前は少し、賢い所が出て来たようだ。……そう、無法者どもは人身売買に手を染めようとしてる。そのネタが確かだという所まで掴んだ……が、ある時から忽然こつぜんと姿を消した」


「既に十分確保したから、新大陸から撤退した、とかじゃ?」


 スメラータの素朴な疑問に、アヴェリンは首を横に振る。


「港を使わねば出入り出来ない。それに、商品となる人身は倉庫に隠されたままだった。商品を置いて、船まで置いて、奴らは何処へ消えたと言うんだ?」


「それこそ、神の不興を買ったと察知して、だから逃げ出した……ってのは有り得ないかい?」


「全くの荒唐無稽ではなかろう。だが、どこへ、どうして、という疑問は残る。最後に目撃されたのは、森へ入って行く所だ。……そして、出て来た所は見られていない。察知して逃げるのは良いだろう。魔力持ちからすれば、マナのない森など危険の内には入らないかもしれん。しかし、その後は……?」


「森を突っ切って、何処か別の街を目指した可能性はないでしょうか? 魔力を持つ事を隠して、群衆に紛れて生きていくつもり、というのはどうでしょう?」


 七生の疑問と推論は、実に有り得そうな事に思えた。

 しかし、アヴェリンはこれに首を横に振る。


「森の先は峻峰だ。それも、山々に囲まれ盆地に出来た森なのだ。逃げる先、というものが存在しない。森から山へ登るには、険しい崖を這い上がるしかなく、そうまでして逃げたい気持ちがあるにしろ、森以外のルートは幾つもあった」


「それは……奇妙ですね。何故、わざわざ逃げ道の無い場所へ……?」


「それに、目撃者によると、逃げる様には見えなかったそうだ。ナイフ一本で、獲物を狩りに行くつもりであったらしい。夕飯の肉を確保する為、そして余りに気楽な狩りで遊ぶ為……」


「それがブラフだった可能性は?」


 イルヴィが問うと、アヴェリンは素直に頷いた。


「有り得ない話ではない。あるいは頭の切れる者が、計画的に起こした逃走劇の可能性は否めない」


「でも、師匠は違うと思っているんですね?」


「私というより、周囲の奴らの総意だがな。神の追跡から逃げるのは至難を極める。不可能でないのは、かつて我々自身で証明したようなものだが、状況的に考え難い」


「森に入ったまでは良いものの、舐めて返り討ちに遭った可能性は?」


 アキラの質問には、難しく眉根に皺を刻んで唸り込んだ。


「考え難い。……獣の中に厄介なものがいたにしろ、マナ持ちをやはり傷付けるのは不可能だ。足を滑らせ勝手に転んだとしても、やはりマナのない物質は、マナ持ちに痛痒を与えられない。事故の線すらないだろう」


「そういえば、ライフル弾すら弾くんだもんなぁ……」


 アキラは当時を思い出すなり、遠い目をして半笑いを浮かべる。

 マナを持たない物質で傷付かないと知っていても尚、あの光景には度肝を抜かれた。

 ゴロツキ程度の輩でも、転んだ拍子に頭をぶつけた程度で、死んだりする事は有り得ない。


「確かにこれは、忽然と消えた、としか言いようがありませんね」


「……うむ。逃げた先で同じ事を繰り返させるわけにはいかないし、もしも王族を排除して自分が乗っ取ろうなどと考えているなら、絶対に容赦せん。異民族を力によって排除、王家簒奪など大神レジスクラディス様が決して許しはしない」


「師匠は、その線が濃厚……、とお考えですか」


「どうだかな……。私は難しい事を考えるには向かん。……だが、言える事があるとすれば、目立たず逃げ出そうと考えた奴が、王族に取って代わってどうこう……とはせぬと思う」


 険しい視線をそのままに、アヴェリンは腕を組み黙り込んでしまった。

 そこに、あっけらかんとしたスメラータの声が刺さる。


「そうだよねぇ、逃げようとするヤツの発想じゃないよ。アタイは素直に、森の中で死体が転がってると思うなぁ。複雑に考えすぎなんだよ。現実ってのはいつだって奇想天外で、そして最後に下らないオチが付くって、大抵決まってるんだから」


「……ま、そういうモンかもしれないね。知ったら案外、拍子抜けするオチが待ってるだけかも……。どうする、アキラ?」


「そうだな……」


 アキラは考える仕草を見せていたものの、既に心は決まっていた。

 元より師匠であるアヴェリンが持って来た話だ。


 そして、これは彼女の勝手な独断ではなく、ミレイユを通して持ってきた話でもある。

 彼女がアキラを頼ってきたという時点で、断る選択肢は最初からなかった。


「次の目的地は、特に決まってなかったじゃないか。何処か新大陸って、漠然と決まってたくらいで……。だったら、ここで師匠の頼みを聞きながら、見て回るのも良いと思う」


「……まぁ、そういう答えだろう、とは思ってた」


 イルヴィが苦い笑みと共に言うと、スメラータも達観した表情で頷く。


「アキラだもんねぇ……」


「まぁまぁ、良いじゃないか。七生さんも、それで良い?」


「当初から、見聞を広めるのが目的だったんだし、構わないんじゃないかしら。それで御子神様の一助となれるなら、これほど光栄なこともないわ」


 七生からも色好い返事が聞けて、アキラは胸を撫で下ろしながら、アヴェリンへ顔を向けた。


「そういう訳ですので、我々はこれから南東大陸に向かいます。色々と準備してからになりますので、出発は三日後……船の出航次第でもありますので、更に遅くなる可能性もありますが……」


「準備は今日、明日で済ませろ。即座に出発させる」


「明日ですか……!? 随分、急……いや、船の予約もありますし、流石にそこまで早くは……!」


「移動はこちらで受け持つ。お前は明日もここ、昼過ぎまでに、全ての準備を終えて待機していろ」


 勝手に予定を決めると、アヴェリンは席から立って出て行った。

 アキラはその背に手を伸ばし、呼び止めようとしたものの、まるで無視して去って行く。


 後に残ったのは、仲間内からも見捨てられたような空気感だった。

 誰一人、何も発しようとしない仲間へ、困り果てた笑みを浮かべ、それからアキラも席を立つ。


「それじゃ……準備、始めようか……」

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