アキラ達の帰還 その4

 今更、分かってしまったとしても、もう遅い。

 男は膝を震わせ、その場にへたり込んでしまった。


「し、知らなかったんだ。俺ぁ、そんな凄いヤツとは、さっぱり……」


「知らなかったで済むかよ!? 俺ら冒険者全員を敵に回したぞ、てめぇ! 何処のギルド所属だよ!? きっちり落とし前、付けさせるからな!!」


「す、すまねぇ……。知らなかった、知らなかったんだ……!」


 男の顔は涙でまみれ、見るも無惨な事になっている。

 しかし、ドメニの追求は止まらない。


「あぁ……!? お前が勝手に売った喧嘩だろ!? アキラは謝らなかったか!? 騒がしくしたんなら、それをきっちり、おめぇに詫びなかったかよ!?」


「わ、詫びた……謝られた……!」


「だろうがよ!? アキラはそういうヤツだ! それを親しいヤツなら全員、知ってる! その返答が殴ることか!? 無抵抗を良い事に、殴り続けるのがお前の返答かよ!?」


 どこか同情的だった周囲の客も、ドメニの怒りにどういう理由があるか知って、むしろその意見に同調し始める。

 実際にその場面を見ていた客もいて、アキラに同情的だった。


「俺らの特一級をコケにしやがったんだ! 許せるわけがねぇ! おめぇ一人の問題で片付くと思うなッ!」


「あ、あぅ……あぅぅ……!」


 男の顔面は、涙と鼻水、涎で見るに堪えない。

 それでも尚、攻撃の手を緩めず、ドメニは男を立たせようと肩を掴む。

 更に追撃しようとした所で、イルヴィが声を上げて止めた。


「……その位で良いだろうさ。この辺で許してやって、冒険者の寛大さってのを見せ付けてやろうよ」


「しかしだぜ、イルヴィ……」


「ほら、さっさと手を離しな。お前もさっさとアキラに謝れ。それで食事代払って、とっとと消えるんだよ」


 ドメニが言われた通り手を離すと、尻から床に落ちた男は頭を何度も下げる。


「あ、うぁ……! すまねぇ、すまねぇ、アキラさん! 俺が悪かった……っ!」


「いや、まぁ……うん。いいよ、気にしてない」


「すまねぇ、すまねぇ……!」


 男は同じ言葉を繰り返しながら、金を投げる様にテーブルに置いて、店の外へ逃げていく。

 そして再び、店内は静寂に包まれた。

 誰かが動き出すまで、誰も音を出せない雰囲気だった。

 そこへ水面に石を放るように、イルヴィが立ち上がって声を上げる。


「――皆、騒がしくして悪かった。ここの払いは全員分、こっちで持つ。好きに飲み、好きに食いな!」


『おぉぉぉぉ!!』


 何処の誰とも知れない輩ではなく、特一級という身分を持つ者からの言葉である。

 ギルドの信用そのものからの言葉でもあり、誰もが歓迎し、手放しに喜んだ。

 次々と酒の注文が入り、店が活気を取り戻す。

 すると、普段は見られない活気を気にした一人の男が、店内に顔を見せに来た。


「こりゃあ、何の騒ぎだね?」


「お大尽だよ、お大尽! そこの冒険者様が、今日の払いを持ってくれるんだ。お前も食ってけ!」


「しかし……、良いのかな?」


「好きにしな!」


 当のイルヴィから許しが出たとなれば、誰が文句を言うでもない。


「よっしゃ! 俺、かかぁ呼んでくる!」


「お、ずるいぞ! 俺だって!」


「待て待て、誰かれ呼んでたら、店がぎゅうぎゅう詰めで、足の踏み場さえ無くなるぞ!」


「大体、食材は足りてんのか? 買付の方は? エールが足りないとか、冗談じゃないぞ?」


 店の人間より、客の方が心配し始めて、ウェイトレスをやってる娘悲鳴を上げた。


「こんなお大入り、一人じゃどうしようもなんないよ! 勝手に取って、勝手に飲んで!」


「そりゃ良い! 樽ごと、こっちに持ってこよう!」


 そうして、夜を徹する、どんちゃん騒ぎが始まった。

 客が代わる代わるやって来て、あるいは酒を一杯だけ飲み、入れ代わり立ち代わり去って行く。


 そして、アキラの席にはいつの間にか、ドメニも同席していた。

 いや、同席というのは正しくない。

 椅子の数が足りないので、ドメニは立ったまま、大いに酒を飲んではアキラに絡んでいる。


「大体、おめぇも悪いのよ! 特一級の自覚あるか? 穏便に済ませるにしろ、もっとやりようあったろうが! 今やお前らが冒険者の顔だって自覚しろ!」


「まぁ、分かってはいるけど……」


「いいや、分かっちゃいねぇ! おめぇが舐められると、引いては冒険者全体が舐められるっつーんだ! 殴ってでも威厳を示せよ! おめぇのチンケなプライドの為じゃねぇ、俺達全員の為によ!」


「いや、それも良く分かるんだけど……」


 殴ることをアキラも忌避していない。

 上手く気絶させる方法とて心得ている。


 しかし、一発で済ませてしませば、スメラータへの求婚となってしまうし、何発だろうとはそれは変わらなかった。

 彼女らの何れかを嫁に選べと言われたに等しく、アキラはほとほと参ってしまっていたのだ。


「でも、とにかく、ドメニが来てくれて助かった。特に感謝するよ」


「おめぇの感謝なんざいるかよ! それより俺にイルヴィをくれ! そっちの方が万倍も嬉しい!」


「いや、それは駄目だ」


 即座に否定されて、ドメニの顔に怒りが灯る。

 それとは反対に、イルヴィは大変、満足げだった。

 優越感を滲ませて、隣に座るスメラータの肩を、慰めるように叩いている。


「ふざけんなよ、おめぇ! 他に女を囲っといて、イルヴィまで手放さねぇってか!? 女癖、悪すぎだろ!」


「いや、そうじゃなくて。イルヴィは誰かの物じゃない。彼女自身のものだ。僕に勝手が出来る理由がないってだけで……」


「でも、おめぇの女だっつーんだろ!? ふざけた理屈だ!」


 ドメニは悪態をつくだけついて、エールジョッキを大きく傾ける。

 スメラータは満面の笑みで、イルヴィの肩を同情じみた態度で叩いていた。

 エールを飲み干し、酒臭い息を吐き出したドメニは、赤ら顔をアキラに近付ける。


「何にしろ、おめぇが選べば済む話だ! 今ここで決めろ!」


「えぇ……!?」


 身体をギリギリまで背後に反らして、アキラは素っ頓狂な声を上げる。

 どうあっても拒否、あるいは逃げたい姿勢を見せているが、女性陣は逃さない。

 ここぞとばかりに囃し立て始めた。


「おっと、ドメニもたまには良いこと言うじゃないか。さぁアキラ、男を見せる時だよ!」


「まぁ、今さっき体よく振られた誰かさんに、ちょいと目はないとしてもさ。アタイとの付き合いは一番長いし、一番気心知れてるもんね! 誰を選ぶかなんて、もう決まったようなもんでしょ!」


「そうはいかないわ。出会ったのは私の方が先、それに同郷よ。互いの常識が良く擦り合わされているし、それってとても重要な事だと思うけれど?」


 理知的な口調と視線で言う七生に、イルヴィは鼻で笑う。


「同郷なんて、何の物差しにもならないねぇ。実際、あたしの故郷にはロクな男がいない。これは、と思ったのはアキラだけさ。一生に一度の男を、あたしが手放すと思うのかい?」


「一生に一度なんて言ってさ、本当は何度もあるんじゃないの? そういう言葉を使う人、本当に一生に一度だった試しがないじゃん!」


「あぁ、一生に一度のお願い、とか……随分、軽薄に使われるものねぇ? あなたもその類い?」


「あたしの言葉を疑うってのかい? 我が部族の婿選びすら侮辱する言葉だ。――撤回しな」


 女性陣の言い合いが、一声交わすほどにヒートアップしていく。

 これには流石に、ドメニも己の失態を悟った。


「おい、何だ……。すまねぇ、こんな事になっちまうとは……」


「いや、ドメニが来る前から、こんなだったよ……。決めない僕も悪いと思うけど……」


「誰かに決めたら、それでチーム解散しそうだとか、そう考えてんのか?」


「それもあり得るって思うけど……。でもそう言うんじゃなくて、大事な決断を、軽い気持ちで決めたくないんだ。単に好ましいってだけなら、もう全員好ましいんだから」


「おめぇ、そういう態度がいけねぇんじゃねぇか。いいから決めろよ。女どもが争う原因なんて、一つしかねぇんだ。いつもこんな喧嘩腰じゃ、おめぇが決めなくても、いつか必ず崩壊すんぞ」


 その指摘は間違いなかった。

 今はアキラへの好意故に繋がっているパーティも、度が過ぎれば千切れるだろう。

 そして、それは遠からず起こると、アキラでなくとも予想できる事だった。

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