アキラ達の帰還 その2

「言い合うのいは良いさ……。愚痴しか出ないんじゃないかい?」


「そうそう、ハッキリ言って拍子抜けだね! 弱っちぃのしかいないんだもん! もっとワクワク出来る冒険、期待してたのにさ!」


「新大陸にはマナがない……。それについても驚きだったわ。現地の人は、魔術のの字も知らなかった」


 イルヴィ、スメラータ、七生の順に意見が出る。

 そして、共通している部分は、誰もが期待を寄せた新大陸で、拍子抜けして帰って来た、という事実だった。


「でも、まぁ……その土地の風俗や気候、自然や動植物を見られたのは、それなりに楽しかったけどな」


「観光目的なら、そう悪いものでもなかったわよね」


 アキラの意見に、七生がすぐに同調して微笑む。

 彼は肉を嚥下した後、指を一本立てて言った。


「特にあの巨大樹は見応えあったなぁ。樹齢三千年は下らないよ、きっと。それだけ古い時代から、あの土地にはそびえてたんだ」


「樹の年齢とか、どうでも良いじゃん……。アキラって、どこかズレてるよね……」


 スメラータが半眼で言って、それから自らの憤りを叩きつける様に言い放つ。


「あっちにはマトモな魔物なんて少しもいなかったんだよ? 魔獣の一匹すら! こんなの信じられる!?」


「まぁ……、文明自体に大きな隔たりは感じなかったが、狩りをするにも子どものお遊びかと疑ったねぇ……。外敵が弱いと、人間までも弱くなるのかね?」


 マナが当然にある土地で生きた人間からすると、それはむしろ自然な発露ではあった。

 そもそも、マナを持たない生物との接触が、彼女らにはない。


 日本で育ったアキラと七生はともかく、マナを持つ者の特性を詳しく知らないのだから、そういう発想になるのだろう。

 アキラからすれば普通と映るものでも、イルヴィ達からすれば散々なものに映るのは仕方がない。


 マナの有無は、それ程までに隔絶した格差を生む。

 そして、なぜ新大陸にマナがないのか、アキラは良く知っていた。


 ミレイユが再創生させた場面に居合わせたからでもあるし、その事情を詳しく彼女から聞いたからでもある。

 新大陸とは、古い時代、神の手でマナが生み出される事になるより、前の世界だ。


 だから、どこまで行っても珍しい動植物くらいしか発見出来ず、彼女らが望む強敵とは出会えない。

 ミレイユの手で、いずれ世界はマナで満ちるとされているから、そうした時魔獣や魔物が生まれて来りするだろう。


 人の中にもマナを持つ者が生まれるのだろうが、その時が来るまで、新大陸は彼女らにとって、魅力的な土地にはならないに違いない。


「彼らは弱いんじゃなくて、あれが普通なんだよ。僕らの方が異物で、異常って話なんだ」


「どちらが異常かは、この際置いておくさ」


 さらりと流して、イルヴィはエールを飲むと、睥睨する様に仲間たちを見回す。


「しかし、どうする? 強敵と相見あいまみえないってんなら、わざわざ外に行く必要もなくなったわけだが……。見たこともない風景を見るってのも、一つの醍醐味じゃあるがね」


「そうだねぇ、まだ見ぬ土地を見るのも、魅力ではあるよ。でもさぁ、アタイは強さと、その先の名誉を求めて冒険者になったんだ。歯応えのない相手しか居ない土地じゃ、見る楽しみしかないじゃん。それってさぁ……」


「じゃあ、止めとく?」


 この旅が始まる前は、新大陸全てを制覇する、と息巻いていた。

 それは未知への冒険と遭遇だけでなく、難敵と出会い、乗り越える名誉の戦いを求めての事だった。


 主に張り切っていたのはスメラータで、イルヴィは口に出さずとも戦意を漲らせていた。

 アキラは消極的だったが、仲間の夢を叶えたい気持ちで参加した。

 七生に至っては、アキラの行く先に着いていくのが目的みたいなものだ。


「マナがない土地なのは、新大陸なら何処でも同じだよ。強敵との出会いが目的なら、素直に中央大陸こっちで探したが方が良いね」


「それもなぁ……。ロマンがないじゃん」


「じゃあ、強敵との出会いは諦めて、素直に探検家として行くしかないね」


「それこそ、ロマンがないじゃん!」


「そうかな? 僕からすると、ロマンの塊なんだけど……」


 未知の土地で未知の出会いと闘争するからロマン、と考えるスメラータとは、根本からして考えが違った。

 誰も知らない――中央大陸からすれば――未知の土地を歩く事が、それだけでロマンと考えるアキラとは、相容れない考えだった。


 そこへ、七生が目元を鋭くさせて、遠方を睨みながら言う。


「でも、力量差に気付いた輩が、それを利用して好き勝手してるって話も聞いたわ。圧倒的力でねじ伏せ、屈服させるのが堪らないのでしょうね。支配欲を満たしたいのかしら? ……下品な行為だと思うわ」


「人攫いが起きてるって話も聞いたかな……。そんな事、ミレイユ様がお許しにならないよ。今はまだ、新大陸に対して色々と目が甘いから、それに乗じているだけなんだ。こんなの、両大陸に取って禍根にしかならない」


「だったら、とっちめるかい?」


 アキラの静かな怒りに同調して、イルヴィが試す様に言う。

 肉を齧り、エールを口に流し込みながら、彼女は挑む目付きで笑った。


「悪さをする奴らにしろ、大陸の玄関口付近でしかやらないだろ。遠くまで行ったら、引っ張ってくるのが面倒だから。新大陸でまだマシな敵と言ったら、そいつら人攫い位だろう。渡航ついでに品性を教育してやるのも悪かないさ」


「えー……? それもちょっとなぁ……」


 しかし、それにも難色を示したのはスメラータだった。

 次々と運び込まれる魚料理を食べつつ、眉間にシワを寄せながら言う。


「だってそんなの、絶対弱っちぃじゃん。弱者を食い物にするだけのヤツでしょ? 一合てば良い方だよ。ハンデ盛り盛りで、良い戦闘したって面白くないしさ」


「ま、そうだねぇ……。それに、玄関口でそいつら狩ってるだけじゃ、冒険って感じもしないしね」


 スメラータが嫌がるのは、額面通りの理由ばかりではない。

 アキラが何かとミレイユを気に掛ける発言をするので、それが気に入らなくて反発する、という事情もあった。


 アキラもまた、ミレイユを一番上に置いている節を隠そうともしないので、それがまた気に入らないのだった。

 しかし、そうした機微が分からないアキラは、迂闊に地雷を踏みに行く。


「でも、ミレイユ様のお助けになるだろうし、割と良いんじゃないかな。平等と融和を説いてるオズロワーナに住む僕らが、それを無視するわけにはいかないよ」


「――はぁ? 神様の意向やら、国の方針やら、アタイたち冒険者には関係ないじゃん! むしろ、そういうのとは距離取るもんでしょ!」


「いや、国政から離れるのはともかく、掲げている主張自体は真っ当なものだし……。それに背かないよう、心掛けるのが市民の義務というか……」


「だったら、まずその悪人どもこそ、心掛けろって話じゃん!」


 言葉を重ねる度、スメラータの機嫌が悪くなっていく。

 そこへ嘲る様な口調で、七生が口を挟んだ。


「リーダーの方針が気に入らないって言うなら、チームを抜けても構わないのよ?」


「何であんたに、そんなこと言われないといけないの! アタイが一番の古株なんだ! それにアタイが、アキラの傍を離れるわけないじゃん!」


「だったら、グチグチ抜かしでお言いじゃないよ。リーダーが決めた事には従いな」


 イルヴィまでも排斥しようと参戦したことで、何やら気不味い方向へ向いかけていると、この時アキラはようやく気付いた。


「いや、多数決……多数決ね。別に僕の一存で、勝手に決めたりしないから……」


 両手で双方、抑えるよう指示しながら宥めるが、あまり効果は見込めない。

 そこへ、酔った客の一人が、据わった目でアキラを睨みながら罵声をぶつけて来た。


「うるっせぇぞ! 痴話喧嘩なら余所でやれ!」


「いや、すみません」


 アキラが素直に頭を下げても、酔った男は簡単に引いたりしない。

 むしろ、アキラが軽率に頭を下げた事で、余計に調子づいてしまった。


「女ばかり従えて、良いご身分だな、兄ちゃん。女の陰に隠れて、そして尻ぃ追っ掛けて、今日はどの女で遊ぼうかってなモンかい。冒険者ってのは気楽でいいわなぁ」


「――お? 侮辱か? 買ってやろうか、その喧嘩」


 イルヴィがやる気になって、口元から離したジョッキをテーブルに叩きつける。

 アキラは必死に彼女を思い留まらせる。

 もしも拳一つでも動かそうものなら、男は打ち身どころでは済まないし、下手をすると死んでしまう。


 酔った男は、その身なりからして、水夫だろうと見当がついた。

 アキラ達は冒険者仲間の間では、ちょっとした有名人扱いで、知っていれば、まず絡んで良い相手と思われない。


 そして、同じくオズロワーナの中でなら、どういう職業でもやはり絡んで来ないだろう。

 都市から遠く離れた港町だからこそ、こうした事態に陥っていた。


「まぁまぁ……。いや、騒がしくしたのは謝りますから」


「謝る必要なんかあるもんか」


「いや、こじれるから。こじれるだけだから、ここは穏便に……」


 必死に宥めようとするのだが、その努力も虚しく、酒の入った男は更に勢いを増す。


「うるせぇなぁ、オメェも! 女置いて引っ込め! ウスノロが!」


 この一言が、女性陣三人の怒りを買った。

 しかし、それぞれ分かり易く激昂したりはしない。

 ただ、その怒りは背中から、立ち昇る炎のように揺らめいている。


 剣呑な眼差しからして、もう言葉ひとつで済みそうにない。

 アキラは今度こそ危機を感じ、席から立ち上がって、男を庇うつもりで両手を伸ばす。


 それで男は何を思ったか、アキラの動きを見て、攻撃されるとでも思ったのだろう。

 誰かが声を上げるより、アキラの頬を強かに殴りつけていた。

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