大神小噺 その4
「神が世界を創り、そして神が世界を見捨てた。そんな事が、本当に……ッ!?」
「作物を収穫するようなつもりで、やった事らしい。最初に少し神気を注ぎ、それが育って大樹となった。かつて注いだ神気は、恵みとなって何倍にもなって返って来たから、根こそぎもぎ取ったわけだ」
「それはっ……! あるいは、生産者の権利かもしれませんが、しかし……!」
「お前の憤りは正しい。その大樹こそが、大地に根を張り、世界を繋ぎ止めていたと思え。しかし、実をもぎ取るどころか、その樹ごと引っこ抜いたから、惨事と崩壊を招く結果となった」
レヴィンは開いた口が塞がらない。
それが神のする事か、と声に出して言いたいくらいだった。
しかし、既に終わった事と言われたら、それも確かな事なのだ。
正しく、世界が再創生され、新たな歴史を歩むことになった。
理屈の話はどうあれ、そうして神力が根こそぎ奪われた結果、マナが生まれたというのならば、それより以前に姿が戻った世界にマナなどある筈がない。
しかし、そこに『純度』という単語が、どう繋がるのか、それは未だに疑問だった。
「ともあれ、世界は正常に戻った。しかし、崩壊直前まで残っていた中央大陸を、そのままにしたのも果たして正しかったのかどうか……」
「マナ無しに生活は成り立たない訳でしたし、そこは仕方ないと納得されたのでは?」
ルチアが口を挟んで、更に続ける。
「もしも、その決断がなければ、中央大陸は死の大地と化していたでしょう。結局、世界にマナを循環させて帳尻を合わせた訳ですし、それしか方法もなかったのでは?」
「……そうだな」
ミレイユがゆっくりと頷いて、残りの白ワインを飲み干した。
アヴェリンがサッと動いて、空になったグラスへワインを注ぐ。
「話が随分、逸れてしまったが、何を言いたいか分かるか……?」
「えっ、と……」
レヴィンが答えに窮していると、ロヴィーサが口を開いた。
「つまり、新たに復活した――元の姿を取り戻した大地には、マナを持つ人間が居なかった……。そういう事でしょうか?」
「その通り。アイナの言葉を借りればロールバックだが、歴史的に人間国家が樹立するより以前まで戻ったわけではなかった。その土地に根ざした人々がおり、水準は今より低いが大きな差もなく、しっかり文化も形成されていた」
「では、先程から仰っていた『純度』とは……」
「そう、元からマナを持つ人種と持たない人種、それらが交わり生まれた結果、マナの素質が低い人種が新たに生まれた。マナを持つのは元々、中央大陸の人間だけだったから、そこから流入した人間との混血が、素質において優れているのは当然だ」
「そういう、意味だったのですか……」
ミレイユが『純度』という言葉を使うからには、世代を経る毎に失われていくものに違いない。
しかし、辺境領という閉鎖空間、淵魔が跋扈する恐ろしい土地、そういった風説が、余所人の侵入を抑えていた。
結果として、マナ持ちの混血同士で婚姻が重なり、領外ほど深刻な衰退が生まれなかった。
レヴィンの母は領外から来た人間だが、領外にも少ない確率で偶然、高い純度を保つ一族もいる。
貴族同士となると、血を重んじる風潮も強く、高い純度を保つ役目を担っていたのも一つの要因だ。
ともあれ、そうした理由でレヴィンは、領外の人間と比べて、高い素質と実力を持つに至った。
そして、ならばアヴェリンたち神使の実力も理解されてくる。
彼女らは生粋のマナ持ちなのだ。
一つも衰退する余地なく、高い純度を持った人種……そうした人類だから、そもそも強い。
レヴィンが一人納得している横で、アイナもまた、納得した顔で呟く様に言った。
「そういえば、かつて『魔』と付くものは、全て魔の島からやって来る、なんて聞いたことありました……」
「あぁ、中央大陸の事だな。それはあながち、間違いじゃない。むしろ、全ては中央大陸からもたらされたもの、と考えて良いくらいだ」
「それにしても、よく弾圧とか起きませんでしたね。優良人種を自認する者が、他民族を圧制する……とか、歴史では珍しくありませんけど……」
控えめに呟かれたアイナの声に、ミレイユはしっかりと反応して頷く。
「地球の歴史を知るからこその発想だな。そして、それは私も承知しているから、事前に手を打った。大々的な告知……というか、宣下を以ってな」
「まぁ、相応に苦労もあったけどね。誰もが、お上品ではいられないし」
そう言ったユミルは、空になったグラスへ自分でワインを注ぎ、昔を懐かしむ様に目を細めた。
「神の宣下があっても、舐める奴は舐めるのよね。自分が得する為なら何しても良い、って考えるタイプの奴はいるものよ」
「そういう時は……、どうされたんですか?」
「そりゃあ、ガツンと一発、分からせてやったわ。巨竜に乗って神が直々に睨みを利かせに来るのよ、素直になるってモンでしょ。利かない奴は腕の一本、切り落としたりしたし」
うわぁ、と声にならずとも、口が広がる。
しかし、神直々に注意を受けて、それでも考えを翻さないとなれば、そうした措置も仕方ない気がした。
神の言葉、神の行為は余りに重い。
自分の欲を満たす為、神を軽んじたとなれば、それは罰っせられるに相応しい罪だ。
「そういうワケで、最初期は方々を睨む必要があったのよ。神の目は広く、また遠くを見渡せるものだし、そこに注意を割くのに他の神々も協力したし。それぞれに担当大陸を決めて、そこで現地民を守護して信仰の礎にもなったから……、悪いコトばかり起きた訳でもなかったわね」
「では、
「一番人気、とはいかないわよねぇ。やっぱり、その土地に根ざした神が、一番人気であるものよ。それに、さっきの話に戻るけど……神の目といっても、やっぱりどこまでも目が利くものじゃないし、見落としもある」
「そうでしょうね……」
神の目がどういうものか、レヴィンは具体的な事を知らない。
しかし、上空から見つめる様なものだろう、と漠然と思い描いていた。
そうであるなら、森の中や洞窟など、目の届かない場所は生まれるそうなものだった。
「そういうワケで、神の目となり手となる者が、実際に動いて助けたり、布教したりしていたの。それがつまり、神使と呼ばれる者なのね」
「あぁ、なるほど……!」
「でも、神使だけじゃ足りない部分もあって……。何しろ、ウチの神サマは無闇矢鱈とその数を増やしたがらないから。それで、神使の候補となり得る者の選定を兼ねた、協力者を探すコトにもなった」
それは実に有り得そうな事に思えた。
神使とは名誉ある職分で、単に信心深い者を選べば良い、というものでもない。
正に神の手足となって働くのだから、数を増やしすぎるのも問題だった。
手の数、足の数を考え、四人以内に収めるぐらいか、その権威からしても丁度良いように思う。
「つまりは便利使いされるコトにもなるんだけど、これだって誰でも、とはいかない。特に黎明期はね、それに見合う人物を探すのは大変だったのよ」
「大神に対して、不信感というか……色々とデリケートな部分がありましたものね」
ルチアは当時の事を思い出して、辟易としたり、困った様な表情を浮かべた。
「エルフを中心とした森の民には絶大な信仰を向けられてたけど、それ以外にはとんと駄目だったのよね」
「それこそ、俄には信じられません……」
レヴィンにとって、
信仰を第一に向けられて然るべき神、という印象で、この世の礎そのものと言って良い。
信仰の自由はあって当然、他に捧げたい信徒はいるだろう。
しかし、蔑ろにされるなど、想像の遥か外だった。
「ま、人に歴史あり、神にも歴史ありよ。その歴史の浅い神には、ちょっと安心して信仰できる根拠がなかったの。だから、神の一声と言っても、中央大陸から外へ飛び出す気骨ある者なんて、まず居なかった」
「その上、現地で生き残る高いサバイバル能力も必要ですし。送ったは良いけど死んでしまいました、なんて誰も望んでいませんし」
「当時としては、それで信仰心を更に失うリスクってのがあったからねぇ。森の民以外にも信仰を広めたい時に、それはいかにも拙いでしょ」
「それは、良く分かります」
「……さ、長い長い前置きはお仕舞いよ。つまり、そこで選ばれたのが、当時冒険者だったアンタのご先祖さま。中央大陸の人間からすればね、突然生えて来た様に見えた新大陸。そこを冒険したい、って危篤な奴も、中にはいたの」
「おぉ……! それがエィキラー……いや、アキラ様だったんですね」
「アキラはどっちかって言うと、巻き込まれた側ね」
これには含み笑いで返され、ユミルは首を横に振る。
「アイツの周りに、やけに冒険心を滾らせるヤツがいたからさぁ……。それに引っ張られて行った格好、ってのが実際のトコロだと思うわ。それで、アヴェリンが指示を受けて接触しに行った……だったかしら?」
「あぁ……」
水を向けられ、アヴェリンは無愛想に頷く。
「私が声を掛けたのは、あれらが北東大陸から帰って来た辺りだったか。今度は何処へ行くかと、仲間内で騒いでいた。しかし、アキラは輪の中心でありながら、他の意見に耳を傾けている感じだったな」
「まぁ、何事にも自分の意見を、あんまり主張しないヤツではあったわよね」
「私が接触した時も、丁度その態度に文句を付けられていた時だった……」
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