海難救助 その5
互いの船は隣接していても、飛び移れるほど近い距離ではない。
だから互いの船をより近付ける必要があり、その為に使われたのが鉤縄だった。
数十の鉤付きロープを、水夫たちが肩より上の高さで回転させ、遠心力を利用して勢いよく飛ばした。
次々と投げ入れられた鉤縄は、船の側面に引っ掛かり、ピンとローブが張る。
その動きは誰もが淀みなく、実にこなれた雰囲気を感じさせた。
水夫達は張ったロープを何度か引き、外れる危険がないのを確認すると、それぞれが振り向いて合図を送る。
意を得た船長は腕を振り上げ、それに合わせて声を張り上げた。
「そら、引っ張れ! タイミング合わせろ! ――いいか、行くぞ!? オーエス、オーエス!」
『オーエス、オーエス!』
海の男たちが上腕を漲らせ、掛け声に合わせて縄を引っ張る。
いち動作毎に船がぐいっと動き出し、接弦距離が縮まった。
レヴィンはその一連の動作を、茫然と見ている事しか出来ない。
「凄いな……、まるで軍隊さながらだ……」
「息の合った動作が、民間のそれじゃねぇよ。船の男ってのは、皆こうなのか?」
ヨエルもまた呆れた様子で口にしているが、それは間違いなく賞賛の類だった。
そこへロヴィーサも加わり、殆ど一糸乱れぬ動きを見ながら、呟くように言う。
「専門の訓練を受けていなければ、到底できない動きです。単に長く航海を続けていれば、出来るようになる動きではないでしょう」
水夫の仕事は甲板作業の他に、荷の積み下ろしなどが主になる。
他船への攻撃とも見られかねない行動は、常日頃に行う業務とかけ離れている筈だ。
船の仕事をしているだけで、自然と身に付くスキルとも思えない。
それが日々の仕事で培われたというなら、常日頃から他船へ乗り込む様な真似をしていたという事になってしまう。
「どちらにしても、いま考える事じゃないな……」
「――レヴィンさん、見て下さい!」
アイナが指し示す方向には、船上で武器を手に戦う男たちが見えた。
どうやら、魔物たちが船の中に乗り込んでいるらしく、悪戦苦闘している様が窺える。
「魔物が!? 一体どこから……いや! 奴らは何してたんだ!?」
「船底に穴を開けられるよりマシかもしらんが……。ありゃ、戦慣れもしてねぇよ。まるで及び腰で、やられっ放しだ」
「自分達の実力など、自分達が良く知っている筈でしょう。どうして乗り込ませてしまったのか……」
レヴィン、ヨエル、ロヴィーサと、順に驚愕から呆れへ変貌させた疑問を漏らす。
そこへ、これまで変わらず静観の構えをしていたアヴェリンが、船と海とを交互に指差しながら解説してくれた。
「魔物は最初から、波に押されていたんだ。そこへ船体をもぶつけて、更に押し退ける形になってしまった。潰れた魔物もいたろうが、最初からユミルが威圧していて、海の中へ逃げた奴らもいたようだ。……すると、どうなると思う」
「えぇと……、どうなるんでしょう?」
「船を境に向こう側へ押し出された、という事だ。流された魔物の多くは、そのまま逃げ帰る。しかし、そうでない魔物は戻ろうとするだろう。その結果、それまでと逆側から魔物が襲撃して来ることになる」
「でしたら、対処すれば良いだけだったのでは……?」
そもそも民間船ではない。軍船だったのだ。
戦闘に従事する船と船員が揃っていて、対処できないと言う理屈は通用しない。
だからこそ当然の疑問だった訳だが、これには冷笑と共に返答が返って来た。
「私としても、当然対処しろと言いたい。しかし、直前には波高の大きな波があった。更に常識外れな状況として、その上には船が乗っていて、自分達へ突っ込もうとしている。これで船に注目するな、と言う方が酷だ。背後から魔物が迫っていたとしても気付かず、後手に回ってしまったのは責められない」
「そうか……、それもそうだ……」
「防護壁があったから、船体への衝撃はそれ程でもなかった筈だ。しかし、波が過ぎ去った後、激しく船体は上下した。砲門斉射の練度が低かった時点で、程度の力量も知れようというもの。しがみ付いているだけで、やっとの輩ばかりだったろう。到底、魔物の対処まで、手が回ろう筈がない」
「船長は、そうか……。それで……!」
レヴィンが気付きを得て、アヴェリンも我が意を得たりと頷く。
「魔物の群れと波浪、斉射の時点であの船がどうなるか、既に見えていたな。だから、迷うことなく指示を出せた。一秒遅れると、その分だけ兵が死んでいく。……中々、見事な男だぞ、この船の長は」
「へぇ……!」
アヴェリンの言う通りならば、凶相で見た目を損しているだけで、有能な男なのかもしれない。
しかし、海の男として見事なのだとしても、襲撃に手慣れた様子を見せるのは違う気がした。
「前にやんちゃしていた、とか聞きましたけど……。もしかして、未だにその
「そこまで私は知らん。前職が何をしていたのかも含めてな……」
アヴェリンが船長に顔を向けるので、レヴィンもそれに釣られて向ける。
当の本人は、水夫たちへの指示出しに忙しく、こちらの会話は耳に入っていない。
だが、いよいよ接弦距離も残り僅かとなって、船長がこちらへ向かって振り返った。
「おらっ! お前ぇ達も急げ! いよいよだぞ!」
「これ、俺達まで行く流れなのか……」
既に、互いの船の間には、如何ほども離れていない。
助走を付ければ、軍船へ飛び移れるだけの距離まで近付いていた。
「若いんだ、体力有り余ってんだろ! つべこべ抜かすな!」
「まぁ確かに、人命が掛かってる状況だしな」
今も魔物に追われ、甲板の上を逃げ回っている軍人の姿が見えた。
戦っている者もいるにはいるが、攻め手に掛けて苦戦している。
最も身なりが整っている軍人が逃げ回っているのだから、統率の取れた戦闘など望むだけ無駄だった。
「駄目だな、ありゃ……。俺達が行かないと、本気で全滅し兼ねねぇよ……」
「では、参りますか?」
ロヴィーサがレヴィンに確認を取ると、しっかりと頷いて武器を手に取る。
そうして、ミレイユ達へと顔を向けた。
「皆さんはどうされます?」
「未だ隠密行動中だ。私達が参加しては本末転倒だろう」
「それもそうですが、命が懸かっているわけですし……」
「こっちは世界の命運が懸かってる。それに、お前達だけで対処できない状況とも思えない」
それを言われると、レヴィン達は何も言えない。
加えて、既に水夫が架け橋を作り、次々と雪崩れ込んでいる最中だった。
手に武器を構えて、雄叫び上げながら突撃している。
既に戦闘は開始されていた。
「一応、名目上の言い訳もあるぞ。誰かが残って、船を守る役が必要だ。我らが買って出るから、お前達は後顧を気にせず、思う存分暴れてこい」
「畏まりました。確かに、これ以上なく後顧を憂う必要がなさそうです」
「よっしゃ行くぞ! お前ら、付いて来い!」
「船長まで行くんですか!?」
これに目を剝いて驚いたのはアイナだ。
船長は手には大きく反りの入ったサーベルを持って、意気揚々と頷き返す。
「当たり前ぇだろうが! こんな楽しそうなパーティに参加せず、ただ見て待ってろってか? 冗談じゃねぇ!」
「やっぱり根が海賊なんだよな、この人……」
うっへりと息を吐いた時には、船長は操舵を固定して身を翻した後だった。
レヴィン達も慌ててそれに続く。
怪我した船員を診る為、アイナもまた後を追った。
甲板を横切り、架け橋へと迫った時、舳先から移動していたユミルと出会った。
彼女は垣根に座って足をブラつかせ、戦闘模様を傍観している。
ちょっとした観戦モードに入っていて、こちらも助力しようという気はないようだった。
「ユミル様も助っ人してくれる気はないみたいですね」
「必要ないでしょ。それに、外から寄って来るかもしれない、魔物を追い払う方が役に立つでしょ?」
「今も来てるんですか?」
「アタシが上手くやるから、そこは気にしなくて良いわ。でも、海中に血だの死骸だの投げ込まれるんだから、寄って来る奴らはいる。幾らでもおかわりされちゃ、絶対邪魔になるわよ」
確かにそれは、遠慮したい事態だった。
海中のどこまで血の匂いが拡がるか分からないが、乗り込んで来た魔物を、いつまでも甲板に放置は出来ない。
戦闘が終われば、次々と投げ捨てることにもなるだろうし、その度に魔物が来られても困る。
それならば、確かにこの場で新手を食い止める役目は必要だった。
「そういう事でしたら、……はい。よろしくお願いします」
「アンタらは、とにかく魔物を斬り倒して来なさいな。……正直、助けた所で面倒になるだけだろうから、無視が一番良かったと思うけどね」
「それは、どういう……?」
レヴィンが詳しく尋ねようとするより早く、既に軍船へ乗り移った船長から怒号が響く。
「おい、早く来ねぇか! 遊んでる暇ねぇんだぞ!」
「……あ、あぁ! いま行く!」
ユミルがひらひらと手を振る姿に礼をして、レヴィン達は足を踏み出す。
今も軍船の上で剣戟と怒号が鳴り響く中、その渦中に身を投じた。
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