隠密移動 その5
ルチアが中心として作った鍋料理は、干し肉を細かく切って入れた野菜鍋で、滋養に富むだけでなく、味も非常に良かった。
野菜が新鮮なのが、また良かったのだろう。
シャキシャキとした歯ごたえと、濃すぎない味付けで、次々と口へ入れたくなって来る。
大きめの鍋で作られていた筈だが、大人数で食べたこともあり、完食するのに大して時間は掛からなかった。
「いやぁ、美味かった……! ご馳走になりました」
「旅の中で、こんなにしっかりしたモン食えるとはなぁ……!」
レヴィンが満面の笑みで頭を下げると、隣に座っていたヨエルもまた、満足気に腹を撫でてから礼を言った。
ロヴィーサやアイナは、その二人よりあからさまではないが、しっかりと満ち足りた表情で頭を下げていた。
「まぁ、食に関しては、ウチのルチアが妥協しないから」
そう言って笑い、ユミルは自慢気な顔を向ける。
しかし、称賛を一身に浴びるルチアは澄ましたものだった。
「新鮮な食材と、良い調味料を神宮から分けて貰えましたからね。これで不味い料理を作ろうものなら、怒られてしまいますよ」
「いや、しかし……。意外と言っては失礼ですが、旅の間に、これ程の料理を頂けるとは思いませんでした」
レヴィンは為心なく、素直な称賛を向けた。
旅慣れたレヴィン達にとって、その間の食事とは、どうしても普段の料理より劣るという認識だ。
基本的に料理番を任されるロヴィーサも、良く努力し、出来得る限り上手い料理を作ろうとしているが、それでも限界というものはある。
また、レヴィンはその役目柄、領都の屋敷を離れ前線に出ることも多い。
そうした時、防衛基地で過ごす時間も多いものだ。
そこでは多くの食糧と備蓄があるのだが、決して褒められた味ではなかった。
無論、過酷な戦闘を強いられる兵士には、せめて料理だけは上等なものを食わせようと、専門の料理人が腕を振るっていた。
それでもやはり、その内容は陣中食に近いもので、屋敷で用意される料理とは別物になる。
食材は保存食が中心となるからだが、専門の料理人でもレヴィン達を唸らせる食事を提供された事はなかった。
しかし、ルチアの作った料理は、新鮮な野菜を使っただけと言えない、その道の精髄を感じられた。
その道のプロ、と言い換えても良いのかもしれない。
レヴィンは惜しむ気持ちと、唸る気持ちの両方を綯い交ぜに、既に空となった鍋を見つめた。
「これじゃあむしろ、料理が食べたくて旅しているかのようです」
「旅慣れている理由は、むしろそれだってか? そりゃあ良い!」
レヴィンの言い分に、ヨエルも乗っかって笑う。
ミレイユもこれには忍び笑いを漏らし、それからルチアへ顔を向けた。
「そうだな。もしかしたら、そういう気持ちもあるかもしれない」
「馬鹿なこと言わないで下さいよ。……まぁ、悪い気はしませんけどね」
そう言って、ルチアは鍋を持って炊事場へ戻り、洗い物を始めてしまった。
ロヴィーサとアイナも、皆から皿を回収し、同じく洗い物を手伝いに行く。
これら鍋や皿など、旅に必要なもの全て、神宮から提供して貰ったものだ。
今まで使っていたものは、ロシュ大神殿に置いてきてしまっていたので、代わりが必要だったのだが、それら全てミレイユが準備してくれていた。
「何から何まで、お世話になりまして、大変恐縮です」
「気にするな」
ミレイユはちらりと笑い、横に手を振る。
「あの状況で、金も持っていないお前達に、何から何まで用意しろと命じてみろ。それこそ、無理難題を命じて悦に入る、悪神そのものじゃないか」
「ハ……、それはそうかもしれませんが……」
「それに、お前達に期待するのは、その戦働きについてだ。私達が今、最も警戒しているのは言わずもがな……この時代にいる私達自身。いざという時まで隠伏し続ける必要がある以上、戦闘機会があっても、全てお前達に任せねばならない」
「ハッ! それこそ我らが本懐! どうぞ、安心して我らをお使い下さい!」
レヴィンは敢えて大袈裟な口上で宣言した。
それは自分がどれだけの大任を得たか自覚する為のものでもあり、そして、少しでもミレイユ達に信頼して貰う為でもある。
その実力が、アヴェリン達と天地の差であると、嫌でも理解していた。
そもそも、適う相手でもない。
力を身に付け、更なる向上を果たしたからこそ、分かった事でもある。
神使は神と共に戦場を駆け、何百年と戦い続けてきた者たちだ。
猛者の一言で片付けられない、絶対的な実力の開きがある。
彼女らの代わりを務められるなど、本来、口が裂けても言えないものだ。
しかし、レヴィンは敢えてそれを口にした。
背水の陣、みたいなものだ。
自らを追い込み、自らを奮い立たせ、その結果を献上する。
そのぐらいの心持ち挑まなければ、務まるものではなかった。
レヴィンの気持ちが伝わったのだろうか。
ミレイユはただ首肯し、アヴェリンも何も言わない。
茶化して来てもおかしくなさそうな、ユミルからさえ何事もなかった。
「お前たちは、私が期待を寄せる――いや、寄せられるだけの、力と信を得ている。――頼むぞ」
「ハッ!」
レヴィンが深く頭を下げると、その頭上にアヴェリンから言葉が降って来る。
「神からの信頼は命より重い。そのことを、よく肝に銘じておくことだ」
「は、ハッ……!」
言葉そのものが、質量を持っているかのようだった。
神から受ける信頼、その事実が両肩に圧し掛かり、レヴィンは頭を上げられない。
気の利いた返事をせねば、と思っても、思考は
結局、何も言葉を返せぬまま、横からミレイユのフォローが入った。
「そう脅かしてやるな。頼りにするとは言ったが、何もかも背負わせるとは言ってない。戦闘にしたって、回避する方向で行くつもりだしな。荒事は任せるつもりだが、そこまで神経質にならなくても大丈夫だ」
「そうよねぇ……。結局のところ、今現在のアタシ達が、何処に居るかって方が大事だから。同じ大陸にいるならともかく、別大陸の状況まで、
ユミルからも助言らしき援護があって、レヴィンの肩は幾らか軽くなった。
アヴェリンもまた、それに同意して話を続ける。
「自分達の事だ。この一年、何処で何をしていたか、凡そ把握できている。一日の誤差なく正確に、とはいかないが……とにかく、今は中央大陸から脱せれば、一先ずは安心だ」
「今は居ないハズだけど、近くを通り過ぎる事はあるからね。だから、念には念を入れて、魔術の使用は最低限に留めているワケ」
アヴェリンとユミルの解説を受けている内、肩に掛かっていた重圧も柔らかくなった。
それでレヴィンは顔を上げ、安堵した息を吐く。
「そうなんですね……」
「今も過剰な警戒だという自覚はあるが、過剰くらいで丁度良い。敢えてこういう場所を使うのも、それが理由だな」
「敵に回して初めて分かるけどさぁ……」
ユミルが頬を撫でながら、視線を斜め上に飛ばす。
「有能な敵対者って、ホント息苦しいわ。これに怯えて百年逃げ隠れしていたアルケスって、案外大物なんじゃないの?」
「大物というのも、何やら語弊を感じますけど……」
洗い物から戻って来たルチアが、苦笑を滲ませながら元の位置へ座る。
ロヴィーサとアイナも、二人続けて戻っては座り直した。
「いずれにしろ、並の神経でないのは確かです」
「並の神経しかないのなら、そもそもミレイ様を敵に回そうとは思うまい」
「それもそうでした」
ルチアが笑い、それにつられて他の面々も笑う。
レヴィン達一行は、引き攣った笑みを浮かべるばかりで、到底笑い合える心境ではなかった。
しかし、言われて改めて認識する。
そして、並の覚悟で出来ることでもないだろう。
レヴィンは、アルケスを何処か過小評価していたことを、認めないわけにはいかなかった。
そうした理由が重なって、勝てて当然、の様な気持ちでいた。
しかし、壮絶な覚悟を以って挑んだアルケスだ。
勝てるつもりで挑んでは、手痛い反撃を受けるだろう。
何気ない一言から受けた薫陶に、レヴィンは気持ちを改める。
この事は、後でヨエル達にも伝えよう、と強く思った。
ミレイユ達は一頻り笑い終わると、寝袋などを用意し始める。
個人の魔力総量でその容量にも違いの出る『個人空間』は、神使ともなれば無尽蔵にも近いらしい。
次々と取り出しては、レヴィン達にも配ってくれた。
「持ち回りで見張りするわよ。今日のところは、そっちが最初でやってちょうだい。日替わりで交代しましょうよ」
「いえ、そんな……! 神使の方々に見張りなど!」
「野宿じゃどうせ、どんなに寝ても疲れは完全に取れないんだから。せめてそうしないと、困るのはアンタ達よ。疲れて実力が発揮できません、なんて言い訳させないからね」
「は……、それは……」
「アンタ達の為だけを思って、言ってるんじゃないの。そっちがやられたら、こっちが出張るハメになるんだから。そうさせない為にも、普段から疲れを溜め込まないよう、最低限の準備をしておきましょう、って話をしてるんじゃない」
レヴィンは恥じ入るように頭を下げる。
そうまで言われたら、無下にできないところか、率先して受け入れなければならないことだ。
「明日の朝も早いわ。さっさと準備して、さっさと寝ちゃいなさい」
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