隠密移動 その1
「我々が……、我らユーカード家が行ってきた魔物の根絶は、それでは神のご意思にそぐわない、という事になりませんか。知らぬとはいえ、良かれと思い、有効だとしていた対策が、実は……」
口にしながらも、それを肯定されるのは、レヴィンにとって何より恐ろしかった。
必要な事、やるべき事と教えられ、実行している自分達を誇らしくさえ思っていたのだ。
しかし、それが全く事実と異なるとしたら――。
レヴィンはミレイユに――そして、領民に対して合わせる顔がない。
それは例えば、森の伐採と似ているだ。
魔物の巣窟や、繁殖の温床になるからと、木々を根こそぎ抜き取れば、確かに以降魔物は棲み着いたりしないだろう。
しかし、それは土砂崩れや鉄砲水といった、別の被害を生み出すことに繋がる。
未然に被害を減らすつもりで、その実、自ら被害を作り出してしまっていたのだ。
レヴィンは恐々として、ミレイユの言葉を待つ。
しかして、その口から出た言葉は、レヴィンの予想とは違うものだった。
「気に病む必要はない。むしろ、歓迎していたことだ」
「歓迎、ですか……?」
「お前たちユーカードに求めるのは、正に淵魔への対抗と、その討滅に全力を懸けることだ。その為に必要な措置と理解していたから、何ら咎めに値しない」
「そう、なのですか……っ!」
レヴィンは大きな安堵の息を吐き、大いに胸を撫で下ろす。
そこへ、ひょいと顔を覗かせたユミルが、瞳を半眼にさせながら、嘯く様に言った。
「そもそも、やっちゃ駄目ならとっくに、そういう沙汰を言い渡しておくっての。実際、それが有効だから多少の不利益には目を瞑っていたんじゃない。その為に、ドカドカ神殿を建ててたんだしさ」
「神殿を……? その為に……?」
言わんとする事が理解出来ず、レヴィンのみならず、隣で聞いていたロヴィーサまでも首を傾げる。
神殿とは、神への敬意と信奉を、表現する為に作られるものだ。
民は神への感謝と奉仕をしたいから、それを捧げられる神殿を求める。
しかし、実際的な目的として、龍脈を封じる意味もあり、それが淵魔に対する有効な締め出し手段として機能していた。
謂わば、一挙両得を狙った形、と思っていたのだ。
魔物が必要以上に発生しづらい――腐葉土が作られない環境を、無理に維持していた。
その代替目的に神殿があった、と言われても即座に理解できないところがあった。
一言で理解できないレヴィン達に、ユミルは面倒くさそうな顔を見せて、すぐ脇にいるルチアへ説明を丸投げした。
「じゃ、ルチア説明お願い。アタシはショーウィンドウ見つめる仕事で忙しいから」
「何ですか、その雑なフリ……」
ルチアは大いに眉根を顰めたものの、説明の放棄まではしなかった。
小さく息を吐いてから指を一本立てて、指揮棒の様に動かしながら説明を再開した。
「つまり、信仰という願力は、神の力の礎で、また源泉だって事ですよ。ミレイさんの場合、特に強い願力が集まりますから、多岐に渡って利用されてきました」
「はぁ……、多岐……。もしかして、神殿には必ず
「全く無関係ではありませんね。その存在理由でもある龍脈の確保と、得た神力で精霊を召喚、その地と契約して貰っていました。この精霊の役目は龍脈の監視と守護もありますが、神力をマナへと変換する役割も担っていたんです。只でさえ、この世界はマナが希薄ですので、無理やりにでも捻出する必要があるんですね」
「それが神殿が担う、もう一つの役割、ですか……」
呆然とした様に呟くレヴィンに、ルチアは頷いて肯定する。
「日本でも、ひどく限定的にマナが存在していたでしょう? 具体的には、神宮境内より内側であったり、大社の中であったり……。あれを雛形として、更に拡大させた規模で実現させているのが、この世界にマナがある理由です」
「神は正に、世界を担い、支えて下さる存在なのですね……」
ロヴィーサが感動した面持ちで言うと、これにはミレイユが困り笑顔で反応する。
「さて……、そう持ち上げられる存在でも……、いや無理やり
「ですが、必要な事でもあるのではないですか?」
「そうだ。事実として、マナがなければ生態系は壊滅し、生命の多くは死滅していた。だがそれは、このデイアート大陸に限った話でもあった。それを見捨てられず、世界の格差を失くす為、いらぬ労力を買っている。……結局のところ、これはエゴになるんだろう。住みやすい土地にしようと、木を切り、山を削り、大地を均す……そうした類いの」
「つまり、非常に
ユミルがそう結論付けると、ミレイユは大変ご満悦に笑った。
「そうだな。だから結局、どこまでも行っても
「まぁ、多少で片付く範囲じゃないとは思うし、そこだけはしっかり反論させて貰うけど」
「そこは良いさ。――そういう訳だから、マナの循環はしっかりされていた。他の大地より希薄な部分はあったが、それがむしろ、淵魔が寄り付きやすい環境となり、誘い水ともなっていたんだ。だから、お前達が気に病むことは、本当になかった」
「あぁ……! 先程言っていた歓迎とは、そういう意味も含まれていたんですか」
「そういう事だ。お前たちは、しかと務めを果たしていた。私が望むまま、私の期待通りに結果を残した。だから胸を張って、誇ると良い」
「ハッ! 勿体ないお言葉です!」
レヴィンが頭を下げると、ヨエルとロヴィーサも続けて礼をした。
幻術で誤魔化せているといっても、あまり不自然な態度は、認識阻害に弊害をもたらす。
ミレイユは面倒そうに手を振って、頭を上げる様に命じた。
「そういうの良いから……」
「いや、今のはさぁ……。アンタの言い方も悪かったと思うけどね……」
ユミルからの刺すような視線にも、ミレイユは手を払って無視する。
そうして、レヴィンへ向けていた顔を、遠く続く空へと変えた。
「ま、ともかく、淵魔にとってマナとは邪魔なものだ。忌み嫌っている、と言い換えた方が良いのかもしれない。だが、単なる動物よりマナを保有する、魔獣や魔物を喰らった方が、より強化した淵魔が出来上がる。どちらにとっても痛し痒しだが……とにかく、マナが完全に枯渇している地は、灰色の大地となって砂漠化する。奴はそうした嫌がらせめいた事まで、その裏で行っていた」
「まさか、それが『虫食い』……!?」
「遥か上空から見ると、まるで上等な服に空いた穴の様に見える。だから、暫定的にそう呼ぶ内に、誰も正式名称を決めないまま、そう呼び続けることになってしまった」
あるいは、凝った名前を付けるより、最初に付いたイメージをそのまま使う方が、便利だっただけかもしれない。
だが、それで苛烈とも思える対応に、レヴィンも理解が及んだ。
「淵魔討滅を優先するという考えでも、『虫食い』を後回しに出来ない理由は、それでしたか……。全ては淵魔に――その『核』に繋がっている。そして何より、放置することはマナの途絶地帯を作り出してしまうからですね」
「そうだ。そして、これは私だけでなく、他の神々が負う数少ない責務でもある。あれらには大陸の管理、保全を目的として、また基本的には不干渉で、それぞれ守らせている」
「大陸の……。ここも……この『魔の島』も、実はその大陸……なのですよね? 我々からは遠くにチラとしか見えてなかったので、島と勝手に言ってたわけですが」
そうだ、とこれにも小さく首肯して、指先で宙をなぞるように動かす。
「ここの大陸を中央として、五芒星と類する形で、それぞれ別大陸が存在している。勿論、綺麗に揃った三角形な訳ではないし、まるでそう見えない大陸だってある。それどころか、中央大陸が一番小さい。……が、俯瞰して捉えた時、そのように例えられるって話だ」
「ははぁ……。では、全て合わせて六大陸、という事に……?」
「そうだな。そして、各大陸に基本的に一柱の神が、責任を以って管理する。……とはいえ、北方大陸は広大なので、二柱で管理させているし、南東大陸は私が兼任しているが」
「
中央大陸を既に管理を担っているのだから、素直に他の神が管理すれば良い話だ。
広大を理由に二柱に管理させるのは、具体的な広さを知らないから何とも言えないが、小神は六柱いるのだ。
素直に考えれば、逆五芒星の形で分布している各大陸に、最低一柱当てられる計算になる。
ミレイユが苦労を買って出る理由がない。
そう思うのと同時、かつて聞いた話を思い出した。
アルケスはある時を境に姿を消しているのだ。
そして、虎視眈々と隠伏しながら、
「では、その兼任していた大陸というのが、俺達の……」
「そう、最初はアルケスに任せていたからこそ、色々と仕込みがされていたとも言えるな。神々は自分の大陸があるとはいえ、神殿が建立されたとなれば、そこへ神力を注ぐ必要もある。だから他の目が全くなかった、とは言えないが……まぁ、やろうと思えばやれた証明は、既にされてしまった」
実際、アルケスはやってみせたのだ。
そういう事になってしまう。
そして、計画の立案は更に早い段階であり、淵魔の『核』との接触も、更に早い段階だったに違いない。
どれだけ昔から、どれほどの熱量を以って行動してきたか、レヴィンには推し量ることさえ出来なかった。
逆恨みでしかないと分かっていても、神とは本来、自分勝手な存在と評したのは、ミレイユ自身だ。
やり切れない気持ちは、依然、湧き上がってくる。
しかし今、まさにその憤懣を晴らす戦いが始まったばかりなのだ。
「……それで、この都市から出るとして、まずどちらに向かうのでしょう?」
「アレらの狙いは分かってる。だからまず、その分かっている狙いから潰しに行く」
「歴史を変えてはならないのでは?」
「そうとも。――だからこれは、最初から決まっていたことなのさ」
レヴィンの頭では理解できない言葉を返され、ただ呆然と見返す。
ミレイユの横顔には、勝利に確信した笑みが浮かんでいた。
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