中央大陸デイアート その6
ミレイユの口から、
集落の規模か、それに準ずる小さな村があるのだと、そう思っていた。
しかし、大神の神処の座す場所が、小さな村落規模で治まる筈がない。
事実、レヴィンが見たどの都市よりも大規模で、繁栄しているように見えた。
彼らが抜け出して来た森からは、一直線に道が伸びていて、その先には巨木が聳え立っている。
見る者が圧倒されてしまう程の、巨大な神木だ。
それが都市の中心に配置されているのは、道の経路からも明らかだった。
まるで大神を象徴するかの様で、実際それが御神木として、祀られているのだと分かる。
何故なら、その根本には荘厳な大神殿が、御神木を抱えるように建立しているからだ。
「凄い……! これが……これこそが、
「そう、表向きに参拝する為の神殿だ。神殿を正面に見れば、その奥に神処がある設計だから、私に直接思慕と信仰を向けられる、という構造らしい」
「なるほど、理に適っていらっしゃいます……!」
本来は神処の場所が分かっているなら、直接その近くへと侍り、その信仰を向けたいと思うものだろう。
しかし、接近は容易でなく、また里長の許可なく近付くことも許されない。
ならばと生まれた構造で、そして、その気持ちはレヴィンにも良く分かった。
「私としては、むしろ別の部分で感心して貰いたいな。ここから見る分は分かり辛いだろうが、実は完全環境都市として機能している。神殿を中心に区画が整理されていて、上空から見れば、幾何学的に描かれていると分かるだろう」
「ここは円形都市、なのですか……」
レヴィンは言われたことを確認しようと、周囲を見渡す。
しかし、巨大な都市の一部分しか見えないので、ミレイユの言葉から全てを推察するのは不可能だった。
ただ、青々とした木々に溢れ、清涼な水の流れる水路が完備されており、見目も美しい。
中心に向けて伸びている道と、横へ十字を切る様に作られた道などが、等間隔に作られているようだ。
それらを見ると、先程ミレイユが言った言葉の一端を察することができる。
「区画は貯水池を中心とした設計になっていて、その貯水池を取り囲むように居住区や商業区、農業区などが作られている。この貯水池と各区画が、都市区画の最小単位となっているんだな」
「随分、機能的に作られているんですね」
「住む者の多くはエルフだ。長寿の彼らは一度家を定めると、まず引っ越したりしないものだから、居住性は非常に大事だ。昔はもっと粗末な造りだった。しかし、ここを終生の地と定めた彼らが、私のアドバイスの元、今の形へと作り変えた」
ミレイユの瞳は都市を映しているものの、その視線はどこか遠くへ向けられていた。
そうして、そのまま遠くを見たまま言葉に蓋をしてしまう。
沈黙が続くと思いきや、そこへユミルが代わりに解説を続けた。
「ほら、見てご覧なさいな。住んでいるのは、エルフだけじゃないの。人間もいるし、獣人だっている。多種多様の人種でひしめく、ちょっとした混沌と化しているのよ」
「おい、マジかよ……」
「おとぎ話の類だと思っていました」
「ほ、本当だ……! は、初めて見た……!」
ユミルが指差す方向には、頭に動物の耳を生やした、野性味溢れる人々が見えた。
尻尾の種類から猫科と思われるが、他にも犬科や、どちらとも違う鬼の様な種族と、ユミルの言う人種の坩堝に溢れている。
感動の面持ちを向けるレヴィン達三人へ、アイナはきょとんとした視線を向けた。
「私が驚くのはともかく、レヴィンさん達でも驚くものなんですか。確かに私は一年くらいの旅の間、人間種以外見ませんでしたけど……」
「ロヴィーサが言ってたろ、おとぎ話の類いさ。どこか遠くに、そうした人種がいるらしい、と聞いたことがあっても、実際に目にしたことがあるのは
「見ろよ、若。それがあんなに沢山……! 神殿に一人いるかどうか、そういうモンだと思ってた……!」
下手をすると、周辺三箇所の神殿を探しても、
そして、それは南東大陸において、決して珍しいことではないのだ。
「彼らエルフは、宣教師みたいな所がありますから。任期もあって一つ箇所に留まり続けるものでもありませんし、こちらにも帰って来ています。人間の一生からすると膨大な時間の様に思えても、エルフにとっては出張みたいなものですから」
ルチアからも解説が入って、レヴィンは何とはなしに頷く。
それこそ、長命種と短命種にある常識の違いだろう。
特にエルフは神の使徒として、誇りを強く持つ種族でもある。
数十年、別の土地で暮らす程度、彼らにとっては苦でもないに違いない。
そこへアイナが、遠くの道を横切っていく、獣人の一組を見ながら首を傾げた。
「でも、どうしてレヴィンさんが獣人さん達を見たことがなかったのでしょう? ここでは珍しくない……っていうニュアンスでしたけど、もしかして別の土地なら、普通に暮らしているんでしょうか?」
「そうだ。他の大陸には居住している」
首肯と共に返事をしたのは、遠くから視線を戻したミレイユだった。
「この都市は私のお膝元で、私の目が行き届く範囲だから、差別なく共生している。だが、私が声明を発したからと、何処でも同じ様に行くとは思っていないんだ。そして、私の手が届かない所で、差別や衝突は必ず起こる」
「……必ず、……起こりますか」
起こる、とミレイユは断言した。
「この都市内であっても、共生しているだけで融和まではしていない。そもそも、種族間で価値観が違う。食の好みも違うし、美的感覚も違う。細かい事を上げれば、それこそキリがない。それでも共生していられるのは、私の不興を買いたくないからだ」
「それは……、分かる気もします……。ミレイユ様に――
「それがつまり、抑止になっている。この都市が少し特殊な形をしているのも、住み分けの意味合いがある。居住区に合わせて、その者らが好む食料を生産させているんだな。そうは言っても、全ての需要を一つの区画で満たせるものではない。だから、こうした交流が生まれている」
視線を向けた先には、獣人の割合が多いものの、多様な人種が道を行き交っている。
そして、たとえ表面上であろうとも、互いに敵意なく暮らしているように見えた。
「これが、この交流は……この都市以外では実現しない。だから、他の種族が外の大陸へ出る際、大陸毎にどの種族を向かわせるかを決めた」
「だから、私達の大陸には居ないんですね……?」
レヴィンが推論を交えて問えば、これにはユミルが答える。
「最初は、どこに行こうが勝手だったのよ。好きな場所へ行き、好きに生きれば良いと思った……んだけど。行き過ぎた思いってのは、やっぱり何処にでも転がってるモンでさ」
「どう生きるかは、確かに命題ですよね。答えの出ない問題でもある気がしますが」
ルチアが放った哲学的な言葉は、誰かに聞かせるつもりで言ったものではなかった。
ただし、レヴィンを始め、アイナもこれには無言の首肯を返した。
「同じ神を信奉する人間が、二人いるだけでも相違は生まれる。種族すら違えば、その違いはより顕著になります。かつて、この森にミレイさんが居ない間も、種族は一つに纏まっていました。しかしそれは、外敵の脅威があったからです。いつ攻め滅ばされるか分からない、危機的状況に直面していた。だから団結出来てましたけど、そうでないなら、きっと瓦解していたでしょう」
「目の前には再創造された大地があり、そして先住民がいた。だから、好き勝手な移住が出来た訳でもないんだが……。都合よく、種族事に別れて住んでいた事情もあってな……。というより、最初はそういうものだったのかもしれない。最後に残った、たった一つの
「えぇと……?」
言っている意味が理解できず、首を傾げていると、ミレイユは苦笑しながら手を振った。
「ともかくも、どこの大地にどの種族が住まうのか、それは厳密に定められた。いずれは交わらざるを得ないのだろうが、もう少し文化的に成熟してからが望ましいな……」
「文化的成熟が低いと、一体どうなりますか……?」
「侵略が始まる。より優れた民族が、実際的にどうあれ劣等と決めつけ、支配する。奴隷に落とされ、その尊厳を剥奪される者も出るだろう。そうしたものは、恥ずべき行為と分かるまで、神々が篤と説いてやるべき……だと、思うが……」
そう言って、ミレイユは困った様な、あるいは悟り切った様な、複雑な表情をした。
「だがどうにも、あまり芳しくない」
「やはり、淵魔対策や、『虫食い』などで神の時間が奪われるからでしょうか」
「そうだな、実際それは大きい。むしろ、だからこそ遅々として進まない、と言っても良いのだと思う。まぁ、世界の主役は、そこに生きる全ての種族だ。自らで上手くやれ、と思ったりもするしな……。まぁ、ともかく色々あって、中央大陸から各大陸へ、それぞれ流入して行く事にもなったのだが……」
そう言って、ミレイユはレヴィンへ目を向け、ちらりと笑った。
「その時、南東大陸へ移住したのが、お前の祖先だ。別大陸への冒険に、やたらとご執心な奴もいたからな。とあるキナ臭さを感じた私は、確認がてら行って貰おうと派遣し、その先で『淵魔』と遭遇する事になった」
「淵魔と……」
「それが、ユーカード家の未来を決定付けたと言って良いだろう。ユーカードの定住と、これに対抗する戦力の投入が、戦いの歴史の始まりだ。淵魔が海へ逃げられないよう、海にはそれを防ぐ海流を作り、物理的な遮断をした。南東大陸が、各大陸と交流できなくなったのは、その時からだ」
レヴィンはいつだったか、アイナに聞かせた昔話を思い出していた。
海の遠くに見えるのは、『魔の島』と呼ばれる閉ざされた地だ。
とりわけ『魔』と付くものは、全てその地からやって来た、と――。
そして実際、人や刻印、その他多くのモノがやって来て、大陸をある意味で別の色に染めたのだろう。
そして初代ユーカードは、まさしく淵魔討滅を任され派遣されたのだ。
レヴィンはその昔話を、どこまで本当のことか疑問に思っていた。
話半分程度に聞いておくべき事で、実は半分程度、作り話ではないか、と思っていたものだ。
しかし、神の口から出た言葉は真実だと告げていて、レヴィンは胸の内を誇りに満ちた、温かなもので満たされるのを感じていた。
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