中央大陸デイアート その4
遥か先に見えていた光点も、今や目に見える形で大きくなっていた。
それを知覚するのと同時、光点はより早く拡大して迫ってくる。
あっ、と口にする暇もなく、次の瞬間、レヴィン達は光の外へと投げ出されていた。
芝生の上へと投げ出されたレヴィン達は、最初の移動時と違って上手く受け身を取れたが、アイナだけは別だった。
尻もちを付くように落ちて来て、その上にミレイユが降ってくる。
「――アイナ!」
ミレイユが彼女を傷付けるとは思わないが、誤って踏みつける不名誉を与えるわけにもいかない。
レヴィンは咄嗟に手を伸ばし、その手首を掴むなり思い切り引っ張った。
そうして空いたスペースに、ふわりとした重力を感じさせない足取りで、ミレイユが着地する。
アヴェリンは空中で見事な身のこなしを見せ、上手くミレイユを避けて、その背後に着地した。
彼女の定位置といえる、ミレイユの右斜後ろで着地する姿は、何度となく同じことを繰り返してきた
続いてユミルとルチアも降りて来て、二人もまた着地点を上手く操作して降り立つ。
全員が無事に転移完了したことで、『孔』も即座に消えていった。
「ここが……、魔の島?」
レヴィンは改めて周囲を見回す。
しかし、海流の問題もあって島へ近付けなかった風土があり、遠くに見える島影以外、知っている知識もない。
ここが本当にそうなのか、と思うのと同時、これがという感慨もある。
観察して分かるのは、深い森の中に作られた、荘厳な神殿がある、という事だけだ。
綺麗に整えられた芝生の中に、一本の石畳が奥へ続き、途中には華の咲くアーチ、そこを潜ると本殿へ到達する仕組みだ。
土台には石材を、建物には木材を使った建築様式で、世界各地の大神殿と良く似た形を取っている。
全てはこれこそが雛形となっているからと分かり、言うなれば本家本元だ。
その本元とするには、些か規模が小さく見えてしまうが、何事も大袈裟にしたくないミレイユの性格が良く表れていた。
とはいえ、小さいと言っても、一領主の屋敷より遥かに大きい。
小国の宮殿よりも立派だから、質素すぎるという訳でもなかった。
大神を直接祀る神処としては小規模ながら、その代わり見劣りしない工夫が随所に込められている。
敷き詰められた芝生と、短く刈り揃えられた高さもその一つだった。
神殿の背後には、大きな円形広場もある。
ただの広場ではなく、竜が離着陸する為のスペースであり、また竜が休憩する為のペースでもある。
竜に認められ、竜が従う神ならではの場所といえた。
「おぉ……!」
レヴィンは強く感じ入るものを抑えきれず、その場で身震いしながら神殿を見つめる。
大神の神殿は幾つも見たことがあっても、神が住まう神処となれば――それが信仰する神のものとなれば――、より神聖なものと思えてしまう。
そんなレヴィンを見て、ミレイユは困ったように笑った。
「お前からすると立派なものに見えるんだろうが、私は昔の方が良かったな。神に相応しいものへ、と色々手を加えられていって……今じゃ昔の名残を残すのは、あのアーチだけになってしまった」
「この様な……、立派な建物ですのに……」
「私を思うが故にやってることだから、あまり強く言えないが……。広いと落ち着かない。暮らすには不便だ」
「あちらの――オミカゲ様の御神処では、どうだったのです? 口にするのも憚れながら、こちらより余程広かったような……」
「あれは旅行みたいなものだった。旅館の部屋が広い分に文句はないが、自宅となると話が違う。……分かるだろう?」
ミレイユが当然と言った風に問いかけたが、レヴィンは困った様に首を傾けただけだった。
ミレイユは賛同を得られないと分かるなり、小さく肩を竦めて身体を翻す。
神処とは、また別の方向だった。
「あの、どちらへ……? 一度、お帰りになるのでは?」
「そういう訳にはいかない。
その一言を聞くなり、レヴィンの身体が硬直する。
ヨエル達三人も、互いに不安を隠せぬ表情でそれぞれ見て、盗み見るようにユミルとルチアの方向へ目を移した。
誰も何も言わないが、思っていることは手に取る様に分かるだろう。
しかし、ユミルは全くそれを無視して沈黙を貫き、ミレイユへ探るような視線を向けていた。
沈黙に耐えかね、遂にレヴィンの方から問いかける。
「あー……、その……。ご自身が今現在どこにいらっしゃるか、分かっておいで……なのですよね?」
「凡そは。その日、その時、その場所に居た、と断言することは出来ないが……大体の検討はついている」
「まぁ……、アタシ達三人とも擦り合わせた結果、多分大丈夫だろう、という程度でしかなかったけどね」
ユミルからも注釈が入って、レヴィンはどんどんと、不安が押し寄せてくるのを感じていた。
「それは……、大丈夫なんでしょうか? ご自身と接触するのは、きっと拙いんですよね?」
「そうだな。私達は過去、自分と接触した記憶なんてないから。そういうものがいるかもしれない、という可能性すら思い浮かばなかった。上手く逃げ隠れしていた証拠だろうな」
「では、少し楽観しても良いのでしょうか」
これに即答はなく、さて、と首を傾げて腕を組んだ。
「何事も、勝手に向こうから避けてくれる、という話にはならないだろう。思い付き、あるいは思うがまま行動することは、私達に発見される危険を孕んでいる」
「つまり、安心なんて出来ない、と……」
これには即座に首肯が返った。
「アヴェリンの勘は野性的だ。小さな違和感を見抜く力は、ずば抜けて高い。そして、そうした違和感を細かく精査するルチアがいるし、隠密、隠伏、斥候が得意なユミルもいる。あからさまな違和感を残せば、それらが正体を突き止めようとやって来るだろう」
「拙いじゃないですか……!」
神使の実力は、レヴィンも良く知るところだ。
力でアヴェリンに勝てず、規格外の魔力からルチアに探知され、逃げようとしてもユミルが追い付く。
味方になれば、これほど頼りになる者たちもいないが、敵に回るとこれほど恐ろしい者たちもいない。
レヴィンはいっそ、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。
「ど、どうされるおつもりです……!?」
「落ち着け。お前たちが焦ったところで、どうにもならない」
「そ、それは、確かにそうです……」
ミレイユが煩そうに手を振るのと、疲れた溜め息を見せられて、レヴィンもとりあえず焦りを飲み込む。
しかし、今にも何処からか現れたりしないか……。
それこそ、神処からひょっこり顔を見せたりしないか、全く気が気でなかった。
「まず言っておくと、私は現在、この神処には居ない。丁度一年前のこの時期、私は『虫食い』の処理で別大陸にいた。……そうだよな、ルチア?」
「そうだったと思います。終わったとしても、大抵真っ直ぐ帰りませんので、今回もそうしていた筈だ……というのが、全員の見解でしたよね」
そうだな、とミレイユは頷いて、それから空へと指先を向けた。
「それに、私の移動は
「そういえば……、神殿の裏にある円形広場には、何の影もありませんでしたね」
「
その説明は実際、説得力が抜群だった。
レヴィンはあからさまに安堵の溜め息をつくと、ミレイユは次にアヴェリン達へ指を向けた。
「そして、アヴェリンとユミルは私の命令で、別行動を取っている期間だった。アルケスの動向を探るのはルチアにも頼んでいたが、アルケスの被害者を救出する任をさせていて……この辺は、お前たちも良く知っているな?」
「え、えぇ……。冒険者のフリして情報収集したり、見掛けたらまずカマ掛けして探ったりしていた……でしたっけ?」
「冒険者のフリっていうか、資格はきちっと取ってるけどね」
ユミルが横から言葉を挟み、レヴィンは恐縮したように頭を下げる。
それを見やって、ミレイユは話を続けた。
「……どちらにしても、定期的な連絡と共に姿を見せる以外に、ここへ来たりしない。だからまぁ、今は気を張る必要はないぞ」
「それを聞いて、安心しました……」
レヴィンが胸を撫で下ろし、ヨエルやロヴィーサも似たような仕草を見せる。
そうしていると、ミレイユから改めて注意が飛んだ。
「ここはお前たちがいた大陸と違うから、お前たちの行動で、自分達の過去を乱す可能性は限りなく低い。お前は確かにユーカードで、私の覚えも目出度い輩だが、周囲に溶け込める存在ではあるだろう」
「そう……でしょうか? 知らない人間がいたら、どうしても目立つのでは……」
「この神処に居れば、確かにな。しかし、町に出てしまえば、良くいる冒険者の一人としか見られない。それはここだけの話じゃなく、これから向かう先でも同様だ。私達も幻術で姿を変えるつもりだが、どうしたって目立つからな」
「なるほど……。それは確かに……」
何しろ、纏っているオーラが違う。
それは目に見えるものではないが、強者の気配同様、どうしても分かる者には分かってしまう。
レヴィンが初めてアヴェリンと出会った時、只者ではない、と見抜いたのと同じだった。
そして、これだけの強者が四人揃っているとなれば、もはや隠すも何もない。
「多くの面倒事は、お前たちに任せることになるだろう。――頼むぞ」
「頼むなどと、滅相もありません! 我らユーカード、先祖代々の誇りを以って、
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