中央大陸デイアート その3

「弑した……? その言い方ではまるで、神を殺めた様な言い方ですが……」


 自らの口から出た言葉に、レヴィンは今更ながら理解する。

 反射的に突いて出たものに過ぎなかったものが、真実を示しているのだと、ミレイユの表情から理解した。


「では……」


「そう、『核』の正体は神だ。大神と言うべきだが、かつてこの世の全てを創り出した創造神。それこそが、私達の敵だ」


「そんな、まさか……」


 やはり反射的に、レヴィンは否定を口にした。

 信じられないのではない。信じたくなかったのだ。


 ミレイユが神を殺めていた事実ではなく、創造神などというものが別にいて、その代わりに今の座にあるのが大神レジスクラディスなどと、信じたくなかった。

 大神レジスクラディスとは全ての神を統括する存在で、この世を作った、他の神より遥かに偉大な存在だと、レヴィンは信じていた。


 しかし、元々大神なる存在がおり、そして今その御位を名乗っているのなら、それは簒奪とも受け取れてしまう。

 レヴィンは大神レジスクラディスこそが世界の始まりで、礎で、全てを定めた偉大な存在だと信じたかった。


「しかし、しかし……そんな筈……!」


「お前が何を思って否定したいのか分からないが、事実だ。こよみの名前を見ても分かるだろう? とはつまり、私が前大神を廃して、新たに世界を創り出したから出来たものだ」


「一つの終わりと、新たな始まり……。その終わりとは、不完全な世界が、新たな完全な世界へと生まれ変わったものと、教えられて来ました。実はそうではなく、簒奪したその日から、という事に……」


「――はぁ?」


 呆れた声は、背後のユミルから発せられた。

 そこには怒りさえも含まれていて、怒気に当てられレヴィンは、驚きながらも振り向く。

 すると、ルチアに宥められたユミルが、乱暴に髪の毛を掻きながら言葉を吐いた。


「なんか妙に噛み合わないと思ったら、殺して大神の御位を奪った、とか思ってたワケ?」


「端から聞いてる分には無理もない、と思いますよ。大神とは、偉大な神の代名詞みたいなものです。詳しい背景も説明しなければ、誤解もしてしまうものでしょう」


「じゃあ、教えてあげるわ。正しい知識ってモンをね。前大神はクソだった。以上、それだけ。十分でしょ、それで」


「それじゃあ全然、分かりませんよ」


 ルチアが苦笑して、ユミルの肩を撫でて宥める。

 端的過ぎる評価は、レヴィンにも全く正しく伝わらず、ただ困惑させられただけで終わった。

 しかし、そこまで露骨に悪感情を晒した事実が、前大神とはどういう存在だったかを想像させる。


「そんなに、あー……駄目な神だったのですか? つまり、弑し奉る必要に駆られるだけの神だったと?」


「まぁ、そうね。それは間違いない。色々と事情が複雑だから、詳しく話すと長くなり過ぎる。だから端的に言うしかないんだけど、自分の為なら全ての生命は犠牲になるべき、と考えるタイプだったわね」


「それは、また……」


 レヴィンの知る大神の在り方と全く違う存在に、思わず絶句して言葉を失った。


「エゴの塊みたいな輩よ。汎ゆるモノは、自分が食い物にして良い、と言って憚らなかった。この世界も、そうして食い物にされて崩壊間際だった。挙げ句、一つ食べ終わったから、今度は別の世界を食い物にしようと、世界を飛び越えもした」


「そんな、ことが……本当に?」


「事実よ。世界を飛び越えることも、飛び越えた先の世界がどういうものかも、アンタ達は既に目にしたでしょ? 異世界・日本と強い結び付きが生まれているのも、それが原因だし」


 そう言われて、レヴィンはハッとする。

 いつか壮絶な戦闘があったと、話に聞いていた。

 大規模な戦いがあり、ミレイユが軍を率いて参戦し、そしてを討ち滅ぼしたという。


「……神宮、事変?」


「そう、それ」


 ユミルは指を一本突きつけて、大いに頷く。


「他世界へ侵略しては食い潰し、また違う世界へ移る。そうやって、永遠を生きるのが目的だったみたいね。……まぁ、それも初手――と言ったら語弊あるけど、とにかく潰してやった形になるし」


「そんなの……、そんな余りに……!」


「ふざけた話、……でしょ? だから潰してやったんだし、そうされたのも当然だわ。そして、敗北した前大神は、淵魔へと姿を変え、地に潜った」


「……いつか、恨みを晴らす為? 醜悪な姿と手段を取ってまで……? 酷い逆恨みだ」


 レヴィンは胸の奥で渦巻く気持ちごと唾棄して、拳を強く握った。

 そんなものが創造神などと、認めたくないし、崇めたくなかった。

 自らが生んだ生命だからと、その全てを奪って良い理屈などない。


 そして、だからこそ、そう思う者たちによって反旗を翻され、ミレイユが御旗となって打ち倒したのだろう。

 レヴィンは改めて、ミレイユへ向き直る。


 そこでは不機嫌そうにユミルの言葉を聞きながら、横顔を向ける姿があった。

 途中で言葉を挟んだり、間違いを訂正しなかった辺り、嘘などこそにはなかったのだろう。


 レヴィンは信仰心を新たにし、また誇り高い気持ちで一礼した。


「知らぬ事とはいえ、ご無礼な態度をお許し下さい。偉大な大神レジスクラディス様が簒奪など、行う筈はないと理解しておくべきでした」


「お前はもしかしたら、私が何か不都合な真実を、意図して隠していると思って、不信感を抱いたんじゃないか? 清廉潔白、品行方正、そうあるべき大神が、と……」


「い、いえ、そんな……! 畏れ多い!」


「別に間違いじゃない。私は事実、それを秘そうとした」


「え……?」


 他ならぬミレイユから自白じみた事を言われ、レヴィンは思考が止まってしまう。

 神の言葉に嘘があって欲しくない、と思っていたのは本心だ。

 そして、常に正しく、間違いを犯さない、と盲信していたのも事実だった。


 だが同時に、神には神の倫理があるとも理解していた。

 疚しいことがある、と真っ向から言われて、失望にも似た気持ちが去来する。


「前大神の全てを、歴史から抹消する必要があった。存在の証明があれば、そこから信仰を見出す輩が出かねない。そして……考えたくない事だが、奴は失った神性を取り戻し、そこから復活したかもしれない」


 レヴィンはこれに返す言葉が見つからない。

 またも勇み足で失望したのだと、自ら恥じる事になった。


「仮に大神を継いだという形にしても、ではどの神から、という話から逃れられない。ならば最初から、私の功績にした方が矛盾はない。そうして私は、汎ゆる記録から、その存在を抹消した」


「やりすぎ、とは思わないわ。一欠片の信仰で復活するコトはないでしょうけど、数が増えれば、もしもを考えずにはいられないもの」


「……ともかく、そうして手を打ったにもかかわらず、奴は矮小な細胞一欠となってでも生にしがみ付いた。それが今や地下で根を張り数を増やし、『核』の脅威で脅かしている」


「戦いは、終わってなどいなかったのですね……」


 ことの重大さを理解するにあたり、レヴィンの気持ちも、声のトーンまで落ちる。


「そうだな、終わったものと、思い込んでいただけだったんだろう。『虫食い』の件もある。実はずっと、終わってなどいなかった」


「ハッ……! まさしく、我らが神の剣として戦うに、相応しい理由です。ご教授頂き、感謝いたします!」


「やめてくれ……」


 ミレイユは顔の横で手を振って、それからユミルへ睨むように視線を飛ばす。


「別に知らなくても良かったんだ、そういう裏事情は。今だって、別に自分が大神に相応しいなんて思っちゃいない」


「何よ、未だにそんなコト言ってんの? いい加減、往生際、悪すぎじゃない?」


 ユミルから、大仰な溜め息と共に言葉が吐き出された。

 詰まらない言い訳を吹き飛ばすように、その右手がパタパタと振り払われる。


「アンタでなければ、世界を崩壊から防ぐコトは出来なかった。新たに世界を創り直したコトも同様にね。この功績だけで、大神を名乗るには十分過ぎて、お釣りがくるわ」


「それに、『虫食い』の対処にだって、手を抜いたことないじゃないですか。前大神の嫌がらせと言えるものを、今も他の小神だけに投げ出すだけじゃなく、律儀に自ら手を尽くしているんですから。誰が何を言おうと、貴女以外に治まる座じゃないと思うんですけどね」


「他の小神がしゃしゃり出てこようものなら、それこそ引きずり下ろしてやるわよねぇ」


「ミレイ様……。これには流石に、私もユミルの言い分に賛成です」


 神使の三人から苦言を呈され、流石にミレイユも返す言葉を持たないようだった。

 煩そうな顔をさせたものの、取った行為といえばそれだけのもので、最後に観念して溜め息をついた。


「……まぁ、そこは良いさ。どちらにしろ、今更『核』が何を言ってこようと、受け入れてやるつもりもないしな。逆恨みが原因だろうと、私の敵として牙を見せたのであれば、潰してやるだけだ」


「何とも、厚顔無恥と言いますか……、浅ましいというべきか……。しかし、全てが自分の食い物と思っている所は、やはり淵魔の姿と重なる部分がありますね。それら生命を自らの糧としつつ変貌させるところとか、創造神と言える片鱗が見えます」


「あれは神性を捨てたから、もはや神でも何でもない、ただの異形に過ぎないが……。とはいえ、その増殖能力は脅威に違いない。――そこで話は最初に戻る」


 ミレイユが指を一本立てて、遠くに拡大して見えつつある光点を差した。


「未来へ時間転移すれば、破滅が待っていた。それを阻止する為には、過去へ移動するしかない。律令を破ることになろうと、他に選択肢はなかった」


「……はい、よく分かりました」


「しかし、問題もある。時の流れを変えるわけにはいかない。今から一年前の世界に降り立つが、既に起きたことを変えることも、起きてないことを起こすことも、極力避けねばならない」


「その……時の流れが変わると、どうなりますか?」


 レヴィンが恐る恐る尋ねると、ミレイユは眉根を寄せて小さく首を振った。


「どうなるのか、正確なことは言えない。しかし、大幅な変化は違う時の流れを生み出し、私達は来る決戦の舞台へ帰れなくなる」


「それは……つまり、ロシュ大神殿で、あの決戦が行われる場へ……という事ですね」


「若様。下手を打てば、あの決戦そのものが、なくなる可能性とてあるかもしれません」


「で、では、その場合……、俺達はどうなります?」


 事の重大さを改めて認識し、レヴィンの顔は青くなった。

 ロヴィーサの懸念はミレイユ達にとっても順当らしく、険しい顔になっている。

 アイナは何も言えず、ただ口を開け閉めしていた。


「俺達、上手くやれる自信がありません……。起こるべきことをそのまま起こすのは良いとしても、起こらないことを起こしてしまう……なんて、どう対処すれば……」


「そこは難しく考えなくていい。私達が通ってきた過去が、既にそうして過去で行動を起こした末の出来事だったからだ。一度起きた未来なら、自分ならこうする、という行動を取るだけで、上手く行く場面は多いと思う」


「そう……言われましても」


 レヴィンは肩を落として、ヨエルとロヴィーサの顔を見る。

 どちらからも、芳しくない反応が返って来て、助けを求めるようにミレイユへ顔度を戻した。


「……上手くやれる自信がありません」


「言ったろう、難しく考える必要はない。お前たちは自分の過去を、変えたくても変えられない。起こす行動についても、同様のことが言えるだろう」


「何故です? 何故、そう言えますか?」


「私達はこれから、あの大陸には帰らない。とりあえずの行き先は、デイアート大陸だ」


「世界の中心とか、中央大陸とも呼ばれるわね」


 ユミルの注釈に頷いて、ミレイユは話を続ける。


「お前達が生まれ育った大陸とは、全く別の場所だ。だから、お前たちの行動が、海を隔てた先の何かまで、影響を与えることはまずない」


「それを聞いて、幾らか安心しました。しかし、中央大陸……? そうした言葉は、聞いたことがありません」


「その意味は地理的な意味合いも含まれるが、もっと大きく、様々な分野で中心だから、という理由からでもある」


「アンタ達は――というより、南東大陸は世界から孤立してるからね。淵魔は水を嫌うけど、捕食次第じゃ克服だってするでしょう。だから、万が一を考えて海流を整え、変化させ、外界と物理的に遮断した」


 何やら壮大な説明を聞かされたが、レヴィンにはまるでピンと来なかった。

 ミレイユは仕方ない、とでも言う素振りで、小さく笑みを浮かべながら言う。


「お前達には、こう言った方が分かり易いか。そこは別名、『魔の島』と呼ばれている」

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