それぞれの決意 その8
「ほぅ……、興味深いの。如何なる意味か、
「別にそこまで大層な内容でもないんだが……」
オミカゲ様の目に期待以上の何かが宿り、剣呑めいた光を発する。
予想以上の食い付きに、ミレイユは気不味そうな顔をさせて顔を反らした。
「ユミルなどにも言われていた事だが、私の態度がどうにも冷たかったのは、私の知るお前とギャップがあり過ぎたせいだ」
「む……?」
「この三百年、確かに帰還回数は多くなかった。それに、帰還しても長時間滞在することもなかった、と思う。長くとも……、一週間程か?」
アヴェリンへ顔を向けて確認すると、そちらからは実直な首肯が返ってくる。
「最長であろうと十日の間、滞在したことはなかったと思います」
「……まぁ、そういうことらしい。それで……、奥御殿で滞在している間も、お前の印象は以前と変わりないものだった。私はその威厳ある姿に、かくあるべしと見習う所があると思った」
「以前の……、『神宮事変』より前の我か。私心を捨て、来る脅威に備えていた頃の……」
厳しい顔をして呟く様にして言うオミカゲ様に、ミレイユは大いに頷いて見せる。
「私の知る『オミカゲ様』とは、そうした手本とするべき神の姿だった。だから、こうしてやって来て、その掛け離れた姿を見せられた時、どうしても受け入れられなかったんだが……」
そう言ってから、ミレイユはオミカゲ様を上から下までなぞるように見つめ、それから胡乱げな視線を投げつける。
「それまでの反動で、今だけ少し羽目を外しているだけ、と思ったりもした。そういう態度も今だけのものだろう、と。だが、どうやらそうじゃないらしい。むしろ、素を曝け出すことに、抵抗がなくなったようだと感じた」
「まぁ、事実でしょうね」
ミレイユの推論には、ユミルの同意によって裏付けられた。
「アンタがいる時はともかく、アタシだけしかいない時は、やっぱり今と変わらない対応されてたし。
「うぅむ……」
オミカゲ様は二人の意見を聞いて、腕を組み考え込んでしまった。
ミレイユとユミルが向ける視線から、そこに嘘はないと分かって、今後の接触に注意が必要と分かりかけてきた様だ。
「そなたの前で今更、自分を偽るのも抵抗あるのじゃが……」
「だが、私からの尊敬は勝ち取れるぞ。神とはどうあるべきか、その相談なんかもされる。頼りにもされるだろう」
「そ、それは魅力的よの……!」
ミレイユ自身の口から出たとなれば、いよいよ現実感が強まり、そしてそれはオミカゲ様にとって、大変魅力的であったらしい。
瞳を輝かせて、両手をぎゅっと握っては、上下に振って興奮を顕にしている。
「ここの所のそなたと来たら、我に対する態度は目に余るものがあった! もっと優しゅうせいと思うたが、うむ……。遥かな高みから、その頭を撫でてやる程度の度量を見せるのも一興……!」
「そう言われると、果てしなく嫌なものを感じるな……。でも、そうだな。先達として、私はいつもお前を手本にしようと考えていた。半年後にやって来る、まだ知らぬ私をよろしく頼む」
「そして、三百年後になると、今後はそのギャップで苦しむってワケね。それを指示したのが、他ならぬアンタってのが最高に笑えるけど」
ユミルに揶揄する様に言われ、ミレイユは大仰に顔を顰めた。
言い方はともかく、事実だけ見ると、そういうことになってしまう。
「非常に業腹だが、必要なことだ。上手くやってくれ……」
「うむ、任されよう。良き先達として、目標へ据えるに相応しい神として、見事そなたを導いてみせよう」
自信満々で頷いたオミカゲ様だったが、ミレイユの表情は未だに険しく、その言葉を怪しく思っているのは一目瞭然だった。
沈黙が続くこと数秒、ミレイユは大きく溜め息をついて、渋々ながら頷いた。
「まぁ、実際に体験して来た過去を思えば……まぁ、大丈夫か。一応言っておくが、ユミルやルチアに碁を教えようとするなよ。この時代にやって来てから、初めて興味を持ったというなら、二人はこの三百年、接する機会がなかったはずだ」
「そうね、確かに。改めて考えると、幾らでも知る機会はあったと思うけど、いつも別の何かに誘導されていた気がするわ」
ユミルから、またしても同意が返ると、オミカゲ様は得心した表情で頷く。
「案ずるでない。そうした抜けがないか、女官達と話し合って、しかと穴を埋めておく。そなたらは気にせず、思うまま己の道を進むが良い」
「そうするよ。立ち塞がる敵は容赦しないし、裏切り者には誅を下す。――誰を相手にしたか教えてやる」
神たる者の壮絶な決意は、その場に威風を撒き散らす。
ただ傍に立っているだけのレヴィン達も、ビリビリと肌を刺す威圧に気圧されてしまう程だった。
下手な動きをすると斬って捨てられる気配すらあり、知らずの内に手の先が震えていた。
「これ、我の女官が怯えてしまう。その恐ろしげな気配を引っ込めよ。そういうものは、敵にだけ向けておれ」
「そうだな、……すまなかった」
「神が軽々しく謝るでないわ。神が為すこと、全てが正しい。そういう気構えでおれと、かつて我に教えられなんだか?」
「……あぁ、言われたよ。開き直る為に使う言葉でなく、後に理解し認められるよう、務める為にあるのだと。謝罪する必要のない神となれ、とも」
オミカゲ様は満足気に頷き、それからアヴェリンとルチアを見やり、そして最後にユミルを見て笑みを浮かべた。
「されど、そなたらがおるなら、如何程の心配もあるまい。此度の戦いも、そなたの勝利で終わるであろうよ。その武勇を聞けること、三百年後で待っておる」
「……そうしてくれ」
ミレイユは口の端に笑みを浮かべて、一つ頷くと背を翻す。
しかし、そこで動きが止まった。
何かを慮っている様でもあり、何かに悩んでいる様でもある。
一向に動きを見せないミレイユに、オミカゲ様が声を掛けようと手を動かしたとき、ようやく再起動して振り向いた。
「……オミカゲ、スマホは今、持ってるか?」
「持っておる……が、それが如何した?」
「出せ。……最後に一緒の写真でも撮ろう」
「そ、そなた……っ、どうした……!?」
ミレイユの気遣いとも取れる態度に、オミカゲ様が驚愕する。
優しい言葉以上に、オミカゲ様を想う態度などない、と思っていただけに、その言葉は衝撃だった。
「なに……。ユミルに口煩く、オミカゲに優しくしろと言われていたからな。ただ別れるより、そういうのもアリかと思ったが……嫌ならいい」
ミレイユが不貞腐れた様に、再び振り返って鳥居に向かおうとするので、オミカゲ様は慌てた様子で引き止める。
「嫌とは言っておらぬじゃろう! 一緒に撮ろうぞ! ユミル、アヴェリン、ルチア、そなたらも参れ!」
オミカゲ様はスマホを傍に控える鶴子へ渡すと、ミレイユの隣へそそくさと寄った。
ユミルはミレイユの隣、ルチアはオミカゲ様の隣に立ち、頭一つ分は背の高いアヴェリンは、二人の間に控える様にした立った。
ユミルはオミカゲ様の腰に手を回し、頬を肩に付けて笑う。
余りに気安過ぎる態度だったが、不思議と彼女がやれば、嫌味にならない。
ルチアも笑顔を、アヴェリンは口元を引き締めた真面目な表情で、固唾を飲む様な固さがある。
ミレイユとオミカゲ様は何処までも自然体で、笑いもしなければ固くもない。
鏡写しの様な二人は、そうしていると、まるで本当に母娘の様に見えた。
「では、参ります」
鶴子の掛け声の後、シャッター音が切られる。
オミカゲ様が早速確認すれば、満足そうな息を吐いて笑みを浮かべた。
「うむ……、うむうむ! 中々よく取れているではないか」
「そうか、良かったな」
ミレイユの言い方は、どこまでも素っ気ない。
しかし、それは照れ隠しなのだと、誰の目にも明らかだった。
オミカゲ様がユミルに向け、親指を立てて労うと、彼女もまた親指を立て、片目を瞑って応じる。
そして、いよいよ改めて出発の時となった。
ミレイユは鳥居を正面に見据えてから一歩踏み出すと、今度は何かに思い立ってオミカゲ様へ横顔を向けた。
「頼んでおいたもう一つ、そっちは大丈夫か?」
「うむ、問題ない。既に揃えて準備し終えておる。今日この日、この時で間違いないのじゃな?」
「あぁ、その時が来たら
「そうか。……まぁ、問題なかろう。我はここで戦勝を願うことしか出来ぬ……が、そなたの並々ならぬ決意を見た後では、それも杞憂に終わったと思っておこう」
どうにも歯切れの悪い言い方に、ミレイユは眉根を顰める。
しかし、他に何も言う気がないと分かって、改めて鳥居へ目を向けた。
そうして傍らに佇む、ルチアへと声を掛ける。
「インギェムの神器はこちらで使う。ルチアは『鍵』を使って、封鎖をこじ開けてくれ」
「了解です」
「じゃ、アタシはルヴァイルね」
それぞれが手に神器を手に取り、顔を見合わせると、ミレイユは再び背後へ顔を向けた。
「恐らく、『孔』は一度こじ開けられようと、強制的に閉じようとしてくる筈だ。私達が到着するまで、それを維持しておいて貰いたい」
「分かっておるよ。見送る為だけに、ここにおるわけではない故な」
「しくじるなよ」
「誰にモノを言うておる。そなたこそ、しっかりやれぃ」
互いに笑みを浮かべて言い合うと、今度こそミレイユは正面に向き直った。
掌に収まる神器を真っ直ぐ翳し、そこに魔力を込めていく。
すると、変化は即座に起こった。
目の前に黒いというより暗い孔が、時計回りの渦を巻いて出現した。
しかしそれも束の間、幾らかの拮抗の末、歪んで消えようとする。
「ルチア――!」
「お任せを!」
掛け声と共にルチアは孔へ、『鍵』を持った腕を突っ込み、錠を開ける様にその手を捻った。
すると、歪んで消えようとしていたものが、何かを弾く金属音と共に消えていく。
次いでその孔に向かって、ユミルが持った懐中時計型の神器を翳すと、時計回りの渦が逆回転を始めた。
そこにオミカゲ様が両手を突き出し、『孔』という道を安定させる神力を送る。
「よし、行け! 次々、行け!」
最初に動き出したのはアヴェリンだった。
彼女は常に先陣を切る役目を負っている。
如何なる危険地帯だろうと、ミレイユの盾あらんと奮起し、また、予め危険を排除する役目も持つ。
そのアヴェリンが素早く背後へ振り返り、オミカゲ様に一礼した。
「では、御前失礼いたします! オミカゲ様におかれましても、ご健勝のことお祈り申し上げます!」
「うむ、そなたも達者での。ミレイユを頼む」
「――ハッ!」
次に動いたのは、ルチアとユミルの二人だった。
こちらはアヴェリンに比べ、ごく簡単な軽いもので、手を小さく振りながら孔へと入り込んでいく。
「では、また! お互い、次に会う時の時間感覚、狂ってそうですけど」
「のんびり待ってなさい。退屈なんか、アタシがさせないから」
「うむ、退屈こそが、そなたから逃げ出すであろうの」
そして、次にレヴィンたちの番になる。
オミカゲ様に対しても、神宮に対しても、大きな思いを持たない三人には、どう言うべきか迷ってしまう。
しかし、世話になった礼だけは言葉にしないといけなかった。
三人はオミカゲ様と、そして後ろの女官たちへと頭を下げて孔を潜る。
「大変、お世話になりました! 何も返せず、申し訳ありません!」
返事を聞こうともせず三人は孔へと消えていき、そしてその三人に遅れて、アイナが残る。
「お、オミカゲ様! わ、私……私、阿津葉の一員として、しかと恩義を返して参ります! 帰れぬかもしれぬ不義理をお許しください!」
「不義理などと考える必要はない。我、オミカゲの加護ぞある。異なる世界であろうとも、我が氏子は信念を貫けるだろう」
「あ、あり……ありがとうございますっ!」
本来、神への謁見は勿論、対話すらアイナにとっては遥か遠い出来事だ。
それを許されるばかりか、返答まで貰って、アイナは感動に身体を震わせる。
しかし、いつまでも感動ばかりしていられず、孔の中へと飛び込んでいった。
最後に残ったのは、神器で孔を作り、維持もさせていたミレイユだ。
ミレイユは少しの間だけ、ちらりと視線を向け、何も言わずに孔へ身体を落としていく。
その入り込む瞬間、身体を捻って、孔の維持を務めるオミカゲ様へ見やった。
互いの視線が交差する。
しかし、やはり二人に言葉はなく、ミレイユは指を二本だけ立てた掌で、一度だけ手を振った。
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