それぞれの決意 その7
天門宮の中には、殺風景になり過ぎないよう、細かな装飾や生け花などが用意されていた。
しかし、華美にし過ぎないとの考えがあるのか、多種多様に飾り立ててはいない。
部屋の中央には一段高くなった土台があり、そして中央には鳥居が立っている。
広いばかりの室内では、それ一つが存在感を以って主張しており、レヴィンの目には異質に映った。
壁の四方には、取り囲む様に
荘厳な雰囲気を感じられ、あの鳥居が正しく『門』としての役割を持っているのだ。
ただし、それその物が転移機能を持っていないのだと、レヴィンはここで聞かされた。
その時、鳥居の前まで辿り着いたミレイユが、それを背にして振り返り、レヴィン達と視線を合わせる。
「あ、その……。ミレイユ様……」
何かを言うべきと思っても、レヴィンの口からは何かを弁明しようとする言葉しか出ようとしなかった。
それも形にならず、モゴモゴと口の中で言葉を探している内に、ユミルが顔を顰めて、手を外に払う。
そこを退け、という仕草だと察っするのには、少々時間が掛かった。
アイナの紹介や、同行を許可してくれた感謝など、口にしたい事は幾つもあったからだ。
まずはそれを言ってから、と思った矢先のことで、そして背後から強い気配を感じた。
肩越しに見つめると、そこにはオミカゲ様が歩いて来ている。
数々の女官から多大な尊崇を一身に受け、また多くの女官を引き連れ、歩みを進める姿は、正しく偉大な神の姿を体現していた。
これまで、その姿に注力して来なかったレヴィンだが、改めて見るとそこには言葉に出来ない大いなる威厳が表出している。
頭を垂れる事が自然と思える神威に満ち溢れ、例えばそれは、雲を貫く峻峰を見た時のような、雄大な大自然を感じさせた。
神とは本来、人間が直接、対峙できる存在ではない。
そして、目の当たりにすれば、神と自分の違い――自分が余りにも矮小な存在だと自覚してしまうのだ。
真に偉大な神を前にすれば、そう感じるのだと、レヴィンは改めて思った。
一瞬、呆けてオミカゲ様を見つめてしまっていたが、即座にユミルの仕草を思い出し、壁の端に寄る。
ヨエルとロヴィーサも、同じくレヴィンの隣に並び、神の到来を待った。
これまでがこれまでだっただけに、色々と誤解する部分もあった。
だが、
易々と視線を合わせることは許されない。
それでレヴィンは、ただ視線を真っ直ぐ向け、対面の壁の木目を一点に見つめた。
しばらくすれば、静謐な空気の中、衣擦れの音だけが響いてくる。
その音もいよいよ近付き、いずれ止まると、ミレイユが一歩だけ歩み寄って言葉を投げ掛けた。
「見送り感謝するよ」
「感謝などと言う必要はない。我が子の見送り故、当然のことであろうよ」
レヴィンからは、その表情まで見えてない。
しかし、その声音からは、言葉以上に悲しんでいるのが伝わっていた。
それはどうやら間違いでもなく、そしてミレイユにとっても同様だったらしい。
「そんな顔をして言うな。まるで今生の別れみたいだぞ。半年経てば、またすぐ会える」
「我にとっては、そうかもしれぬな……。だが、そなたが赴くのは戦地だ。きっと勝つと分かっていても、心配せぬわけなかろうが」
「それこそ要らぬ心配だ……と言いたいが、お前に言われたばかりだしな。自信と過信は分かち難い……そうだと思う。今度は過信しないよう、慎重に行くさ」
「……うむ」
オミカゲ様は大仰に頷きながらも、しかし、その態度ほどには納得いっていないようだった。
どこまでいっても、心配の種は尽きないらしい。
「どうした、互いに納得しただろう。出発を早める理由は確かにないが、長引かせると、いつまで経っても出発できない」
「それも……理解しておる。ただ、どうにも胸騒ぎが止まらぬ。引き止めたい気持ちが収まってくれぬのだ」
「確かに淵魔は厄介だ。しかし、強大ではない。戦えば勝つ。それでも心配か?」
「そなたの自信は主観ではなく、おそらく多くが認める客観的事実であろう。しかし、ならば敵となる相手にとっても理解している部分であるはず。足を掬われてはならぬぞ、それを
「大丈夫だ、よく分かってる。元より策を弄さず勝てない、と挑んできた相手だ。最初から、単純な殴り合いで決着がつくとは考えてない」
オミカゲ様は、うむ、と口の中で転がす返事をした。
いま尚、煮え切らない態度で、何か別の所へ心を向けているようでもあった。
ミレイユはそれを見て、笑い飛ばすように言う。
「なんだ、私がまた半年後に来ると分かっているだけじゃ不満か? もしかして、それを最後にもう来ない、とか考えてるんじゃないだろうな?」
「いや、そういうわけでも、うむ……ないのだが……」
「じゃあ、特別に教えておいてやる。私はそれからも、また幾度となくやって来るぞ。あまり短いスパンで来たりもしないが、間が百年空いたりしない。それは約束できる」
「そうなのか?」
あぁ、とミレイユは短く返事して、それからユミルへと視線を転じた。
「あのサボり魔がどうするかは、私も知らないことではあるが……」
「やぁね。そりゃあ、チョビっとは来たりしてるけど、それだって年に一回とかその程度よ」
「十分、行ってるじゃないか。……というか、年に一回? 聞いてないぞ、そんなこと。『虫食い』の処理や神殿の建立などで忙しくしている間も、お前はぬくぬくと遊んでたわけか?」
「あらヤダ、ヤブヘビ……」
失態を悔いている台詞であっても、ユミルの表情はいつもと変わらず、笑みが浮かんでいる。
ミレイユが怒る反応を楽しんでいるようであり、そして、まさにミレイユの感情を引き出すのが楽しみでもあるのだろう。
「けど、慰安旅行ってつもりで行ったワケでもないのよ。アンタが忙しくしてるから、代わりに行ってあげてたんでしょ? 名代として、立派に務めを果たしてたってワケ」
「それを詭弁と言うんじゃないのか……?」
このツッコミは、アヴェリンから発せられた。
しかし、ユミルは何度も大きく首を横に振る。
「違うわよ。ウチの神サマは言っても聞かないもんだから、アタシが労を務める破目になってたんじゃない。何度もアタシは言ったわよ、ちゃんと日本に行っときなさいって」
「我の為にか? それは嬉しいが、神の務めに忙しいというのなら、無理にも来いとは言えぬよのぅ」
「いいえ、本来は行かなきゃならないのよ。でも、本当に拙い状況にならないと動き出さないから、そうならないようにアタシが動いていたんじゃない」
何やら不穏に聞こえる発言に、オミカゲ様も顔を顰めた。
ミレイユとユミルの間に視線を行き来させて、事の真意を問い質そうとしている。
「どういう意味か? こちらで、何か将来、
「そういう意味じゃないの。神は世界の壁を越えられない。世界に信仰という根を張った時点で、その世界に縛られる。……これは今更、説明の必要なんて無いでしょうけど」
レヴィンにとっては初耳だったが、オミカゲ様とミレイユが互いに首肯しているところを見ると、周知の事実であるらしい。
しかし、ミレイユは
この矛盾にレヴィンが内心、首を傾げている間に、ユミルはそのまま、言葉を続けた。
「だからさ、つまり信仰がその世界へと、神を結び付けるモノでもあるワケじゃない。この日本で、御子神という信仰が薄れ、これが失くなってしまったら……もう行き来するコトが叶わない。互いの為に、信仰を最低限、維持するだけの努力が必要なの」
「それは……、確かにの。理屈の上ではそうなる、ならざるを得ぬ……」
オミカゲ様が今更ながら気付いた様に、口元へと手を当てて驚愕した。
「だからさ、オミカゲ様もしつこくこっちに帰って来いって催促して来てたワケだけど、まだ大丈夫の一点張りで、ウチのコは行かなかったから……。だからアタシが、代わりに姿を変えて行事に参加したんじゃない」
「いや、何かしら行ってたのは知ってたが……」
「ちゃんと説明してたわよ。だから、行って来いって、何度も言った。でも、多忙を理由に行かなかった。実際、多忙なのは間違いなかったし、だからアタシが変わり身を立てたんじゃない」
「だったら、最初からそう言え」
ミレイユの呆れた視線には、同じく呆れた視線で返された。
「何でも言いましたけれどね。その上で、一年の大切さを蔑ろにしていったのはアンタよ。寿命がなくなると、一年の価値も、時間の経過に対しても、鈍感になるから困りものだわ」
「それはまた、何とも含蓄溢れる言葉だの」
オミカゲ様が笑って言い、そこでハタ、と動きを止める。
「そうか、これまではそなたの事を秘匿する動きで宮中を制しておったが、今度は逆にせねばならぬわけか……」
「あぁ、それをお前は半年後の戦勝記念式典で発表する。いきなり段取りもなしに紹介されて、私は面食らった覚えがあるぞ」
「その段取りとやらは、
時間の矛盾を生まない為には、そういうことになる。
ミレイユは苦虫を噛む顔をさせて、不承不承に頷いた。
「どうやら、そうらしいな。忌々しいが、日本に御子神信仰を定着させる為にも、必要な措置であるようだ」
「何じゃ、そなたはもっと危機感を覚えよ。神が二つの世界を行き来するなど、本来有り得ぬことなのじゃぞ!」
「そうなんだが、私がここにいる以上、最低でも信仰の維持は保証されたみたいなものだしな。とりあえずは楽観するさ」
今度はオミカゲ様が苦虫を噛み潰す番になる。
これにミレイユは大いに溜飲を下げ、それから貴重な言葉を投げ掛けた。
「歴史的矛盾点を作らない、という点なら、私の方からも一つ助言がある。お前にとっても、今度は悪くない話だぞ」
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