それぞれの決意 その6
「ユミル様が許可を……? ありがたい話ですが、それではミレイユ様にも許可頂いている、……と考えて良いのでしょうか」
「いいわよ」
事も無げに頷かれ、安易に信じる事が出来ず、レヴィンは思わず胡乱な目を向けてしまった。
それからミレイユの背中へと、真意を問う視線で見つめる。
しかし、これにはミレイユからではなく、代わりにユミルから、皮肉交じりの笑みと共に答えが添えられた。
「考えてもご覧なさいな。駄目なら駄目で、とっくに門前払い食らってるわよ。奥宮の門は、誰彼構わず開かれるほど軽くないの」
「それは……えぇ、分かります。神への聖域は、軽々しく足を踏み入れることを許さないでしょうから。でも、不思議には思います」
「へぇ、なにが?」
「何というか、行動が早すぎませんか? アイナと話したのが昨日で、突発的に……というか、少なくとも突発的に見える形でアイナの参加が決まったんですよ。ユミル様はどうやって知ったんです?」
「そうよねぇ、知らなきゃ許可すら出来ないものね」
ユミルの顔には、やはり人を食った笑みが浮かんでいる。
その真意を掴ませないどころか、どこまで信じて良いかも不明で、それがレヴィンを更に不安を募らせる。
アイナ参戦の表明は、レヴィンにとっても寝耳に水だった。
そして、レヴィンなりに悩んで受け入れた事でもある。
全く蚊帳の外にいたユミルが、どうやって把握し、更に門扉を潜る許可を与えたのか。
レヴィンにとってはそれが不思議で……、だから不気味でもあった。
ユミルは笑みを浮かべた横顔を、レヴィンに見せながら言う。
「いや、アンタらって良くも悪くも異物なのよ。外で何をしてたかなんて当然、把握されてたに決まってるでしょ?」
「……見張られてたんですか」
「見張り……といえば、そうかもしれないわね。そもそも、異世界人がこっちで何もかも、自由に過ごせるとは思わないコトよ。アンタらの
「そうですね……」
文化も根本から何もかも違い、そして常識すらも違う世界において、本人の意思に関わらず、問題は起きてしまうものだろう。
見る物すべてが新鮮、と言ってる間はまだ良い。
知らずに法を犯す可能性を考えれば、未然に防ぐ手立てを用意するのは、当然とさえ言えた。
「アンタらが案内された茶屋もさ、神宮の息が掛かった所だしね。個室は密会で使うには便利だけど、他の声に邪魔されず声を拾えるってコトでもあるのよね」
「なるほど……。あまり良い気はしませんが、それで状況をいち早く把握していた、と……」
「そう。だから、咲桜にはアイナを通す様に言っておいたわ」
「それでアイナは、すんなりやって来れたのか……」
疑問は解消されたが、同時に分からないことも増えた。
何故、ユミルが便宜を図るのか、その理由だ。
レヴィン達でさえ、一度は参戦を拒否されたようなものだった。
最初は
曲がりなりにも同道を許可されたのは、それに見合うだけの実力を手にしたからだ。
アイナは元より戦闘訓練よりも、その治癒術に重きを置いた術士だから、戦闘能力は元より低かった。
弱いから、という理由で拒否されたレヴィンからすると、少しならず納得できないものがある。
だからレヴィンは、それを胸に溜め込むことなく、素直な気持ちで問うた。
「ですが、どうして許可してくれたのでしょうか? 事情を把握していた事と、彼女の同行を認めるのは、また別の話ですよね?」
「勿論、そうよ」
ユミルは軽い調子で頷き、それから一度、正面へ顔を向けた。
遠くには弓なりになったアーチ型の橋が見え、その先には多くの女官が道の端に整列している。
御子神様の帰還とあって、誰もが最上位の礼節を持って、天門宮へと迎え入れようとしていた。
立ち並ぶ女官たちへの距離は、未だ遠い。
それでも、一種の緊張した空気感は、如実に伝わって来ていた。
あの間を通りながら、なお話し続ける勇気はレヴィンも持ち合わせていない。
手早く話を終わらそうと、少々早口になりがら、矢継早に訪ねた。
「では、どうして許可頂けたのですか?」
「何よ、不満でもあるの?」
「いえ、決してそういう意味ではなく……! 我らを戦地の中心から遠ざけようとされたのは、その安否を気遣ってのものだと理解しております。しかし、アイナに対しては無関心に思えます。それが不思議で……」
「別に不思議でも何でもないでしょ」
ユミルの口調は呆れを含んでいたが、それは無知を謗るものではなかった。
彼女はアイナへと一瞬だけ視線を向け、それから再びレヴィンを見る。
「ユーカードが特別って意味も、全くナシではないけどさ……。どれだけ危険か、そして、命を落とす可能性がどれだけ高いか、アンタもよくご存知でしょ?」
「そう……、ですね。同時に、どれほど希望があるかも見えてませんが……。でも、死地に向かうつもりであっても、死ぬつもりで行く気はありません」
「……まぁ、心の持ちようをどうこう言う気はないから、そこは良いけど。つまりさ、アイナの命を預かったのは、他ならぬアンタなワケでしょ?」
アイナの命はアイナの物だ。
しかし、その参加の表明を受け入れ、許可した時点で、アイナの生死に対し他人事ではいられない。
預かるとは即ちそういう意味で、いかなる意味においても、レヴィンにはアイナの命に対して責任が生まれた。
ユミルが言ったのはそういう意味だった。
「はい、アイナもまた理解した上で、その命を賭け、恩を返したいと申しました。俺達を死なせたくないから、と……。だから俺は、その命を預かりました」
「それで足を引っ張って自らの命を危険に晒すのも、あるいは誰かが庇おうとして命を落とすのも、アンタは当然、想定していたわよね?」
「――はい。それは、勿論……」
レヴィンが即答し、続いて理由を述べようとした。
しかし、それより先にユミルが首肯と共に言葉を投げかける。
「そこまで理解してるんだったらさ、こっちから何かを言うつもりはないのよ。止めてやる方が利口だと思うし、突き放す方が優しさだとも思うけど」
「それは……考えないでも、ありませんでしたが……」
「けど、結局そっちのやる気だか、熱意だかに
「はい、勿論です。ユミル様――というか、ミレイユ様に相談なく決めたことです。勿論、全ての責任は俺が持ちます」
レヴィンが断言して意識を表明した。
しかし、ユミルはその姿勢に好意的どころか、どこか揶揄するような視線で持って迎え撃った。
「相談なく……じゃなくて、相談したら止められそうだと思ったから、独断専行しただけでしょうに……」
「う……ッ!」
「ま、いいけどね。実際、治癒術を使える者がいるかどうかは、戦力の維持や安定性に大きく関わるから。こっちで用意しなくて良い分、手間も減ったし。……何より、動かせる手駒もなかったワケだしね」
「手駒が、ない……?」
これは流石に、レヴィンも違和感を抱かずにはいられなかった。
直前に痛いところを突かれた事などお構いなしに、レヴィンは声を顰めながら尋ねた。
「手駒がない、とはどういう……?
「こっちで言う御由緒家だとか、御影本庁に在籍してる隊士とか、そういう組織は別にないわね。敢えて言うならエルフ達ってコトになるんでしょうし、それこそ神の一声で幾らでも精兵に早変わりしてくれるだろうけど……」
「しかし、動かせないのですか? 何故?」
「動かせないっていうのは、正しくないわね。動かせる時期が決められていて、そして、それは今じゃないってだけ。もっと言うと、アンタらに誰か一人付けるくらいなら、別の所で使いたいって思うぐらいだし……」
ユミルは考え込む様に一度視線を外に向け、それから頭の横で手を振った。
「……ま、いずれにしろ、今は詳しく説明しないわ。諸々の説明を含め、そこで教えてあげるから」
「は……! 詮索する様な質問してしまい、申し訳ありません……!」
「いいわよ、別に。ただまぁ、進んで苦労しようと思ってるアンタらだから、色々苦労して貰う。そこは覚悟しておきなさい」
ユミルの瞳が怪しく光り、嫌な予感が背筋をなぞる。
レヴィンならずとも、顔を顰めずにいられない悪寒だ。
互いに小声で話していたとはいえ、辺りは静かで物音一つない。
後ろで聞いていたヨエル達にも、今の会話はしっかり聞こえていたはずだ。
その彼らもまた、ユミルに一体何をさせられるのか、今から戦々恐々としているだろう。
いつの間にやら、女官が立ち並ぶ廊下までやって来ていて、ミレイユが先頭になってその間を歩く。
ミレイユが一歩踏み進める度、女官達が最敬礼の角度で、次々と腰を曲げていった。
ミレイユにとっては慣れたものなのか、顔色一つ変えず、粛々と歩を進める。
レヴィンは落ち着かない気分で女官の間を歩きながら、天門宮の門を潜った。
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