それぞれの決意 その3

 アイナの表情は決然としていて、瞳の奥に見える意思は堅固なものに見えた。

 葛藤はあったにしろ、今この場の思い付きで決めた事ではない。


 数日……あるいはそれ以上の日数を、悩んでいたに違いなかった。

 レヴィンにはそれが感じ取られたから、その視線から目を離さず、しっかりと頷いて応える。


「アイナの気持ちは、嬉しいと思うよ」


「それじゃあ……!」


「でも、賛成は出来ない」


 その一言で、アイナの表情がぐっと締まる。

 そこに悲嘆や怒りはなく、落胆ですらない。それは予想できた答えでもあったようだ。

 レヴィンは続けて言う。


「足手まといだって、自分でも言ったじゃないか。それにロシュ大神殿の戦いを、後方であったとしても経験したろう? 俺達と一緒に行くとなれば、今度は後方じゃ済まされない。生命の危機は、更に近くなる」


「でも、それって……、レヴィンさん達は神殿での戦いより、もっと危険な戦いに挑むってことですよね……!?」


「そうなるだろうな。あの規模でさえ、単なる小競り合いでしかなかったと思う。その上、今度は曲りなりにもアルケスっていう、はかりごとに長けた神とも戦うんだ」


「……はい」


「他の小神が敵にならないのかも不明、淵魔の動きはもっと不明だ。あれはもう、俺達の常識じゃ測れない。不利に不利を重ねた戦いをしに行く」


 互いに視線を合わせたまま、一度も逸らす事なく話は続いた。

 しかし、レヴィンの気迫にアイナが気圧され始め、身体まで少しずつ後ろへ傾き始める。


「神々の戦いにおいては、俺達でさえ足手まといだ。殺す気のないボール遊びでさえ、成す術がなかったぐらいだ。俺達が乗り込むのは、そういう戦場でもある」


「でも、だったら……! 怪我する――重傷を負う可能性だって、もっとずっと高くなるんじゃないですか? レヴィンさんは防御手段とかありますけど、他の二人は……!」


「……そうだな」


 レヴィンはその二人へ顔を向けないまま、意識だけ向けて頷く。

 二人は護衛の役目を担っているが、同時により高度な連携を取る為、その得意技術を異にしていた。


 三位一体で戦闘する事を視野に入れた結果、そして、それぞれの特性を伸ばした結果、今の戦闘スタイルがある。

 レヴィンは守られる立場だが、守られて殻に籠もる事は想定していない。


 ヨエルはより攻撃的な盾であり、ロヴィーサはレヴィンの死角を補い、攻守共に力を添える。

 このスタイルを確立すると共に生まれた連携だから、崩壊するとしたら、まずこの二人から欠ける前提でもあった。


「俺達の戦い方は、攻勢防御……言ってみれば、先制攻撃に重きを置いたスタイルだ。辺境領ではそちらの方が、淵魔を相手取るには都合が良かった。しかし、これからは確かに、その戦い方だとリスクが大きい。スタイルの変更……あるいは、回復役の加入は視野に入れたい所だ」


「じゃあ……!」


 アイナの顔色は、それを聞いて途端に明るくなる。

 しかし、レヴィンの顔は険しいままで、更に彼女の熱意を否定するように首を振った。


「なぁ、アイナ……。どうして、そこまでしたいんだ? 家に帰りたいって、母親に会いたいって、そう言ってたじゃないか」


「はい、そうです。無事に連れ帰ってくれて、本当に感謝しています。家族と再会して、親にもいっぱい泣かれましたし、私もいっぱい泣きました」


「愛する家族がいるっていうのに、それを投げ出したいのか? その必要もなく? もう一度行ったら、今度は帰って来られる保障すらない。……それなのに?」


 レヴィンは意識を強めて視線を射抜く。

 アイナは気圧されていても気後れする事なく、まっすぐ見つめ返して頷いた。

 それでレヴィンは眉根を顰め、大きな溜め息をつく事になった。


「……分からないな。ここの暮らしは素晴らしい。危険はなく、飯も美味い。生活の汎ゆる点で利便性が追求されていて、優しい神の庇護の元、何不自由なく暮らしていける」


「そうですね。……凄く、恵まれていると思います」


「聞けば、陰ながら人を守り、魔物を狩る事も、既に半年は行われていないそうじゃないか。これからも、魔物の襲撃はまず起こらないと見ているらしい」


「はい、私もその様に聞きました。御子神様がしっかり見ていてくれるから、その心配はいらないと」


「じゃあ、アイナのお役目もなくなったようなものだ。いつだったか言ってた、『何も知らず守られるだけの人々』と、同じ様に暮らしていける。それが不満なのか?」


 レヴィンが言うと、アイナは困った様に眉を寄せて、それから小さく首を振った。


「そういう事じゃありません。それに羨んではいましたけど、それを恨みに思っていた事はありませんでしたから。強がりとかじゃなくて、この力を持って生まれたのは、誇りだと思ってます」


「それを活かせる場が欲しいとか? こちらでは使う機会が減ったし、これからも減り続けるから」


「違いますよ。レヴィンさん達を助けたいからです。それ以上の意味なんかありません」


 レヴィンはここで、初めてヨエルとロヴィーサへ目を向けた。

 腕を組んでから片手を顎先まで持ち上げ、擦るように手を動かす。

 その口からは、やるせなく思える息が吐かれた。


「若が決める事だ。俺達は文句を言うつもりはない。けど、これだけ熱意を見せてくれてるんだ。また俺達を支えたい、って言ってくれてる訳だし、受けてやっても良いんじゃないか?」


「――その前に、一つ確認を」


 レヴィンが何事か口にするより早く、ロヴィーサが隣のアイナへ気遣う視線を向けながら尋ねた。


「ご家族には伝えてますか? 家を出ること、また今度は帰って来られる保障がないことも……」


「はい、それは早い段階で相談していました。だから、自分の腕を磨くことに、手を抜いていません。道場に治癒術士として応援を求められた時は、本当に渡りに船だと思ったんです」


「今度から、あなたは客分扱いじゃありません。守って貰うのが当然、と思わないことです。自分の意思で来たからには、泣き言は許されませんよ」


「はい、それも覚悟しています。それに、自分の傷は自分で癒やします。レヴィンさん達が鍛えていた時、私だって同じように鍛えていたんです。以前とは違います」


 アイナの揺るぎない意思を間近で見つめたロヴィーサは、それで納得したようだ。

 良しとは言わず、あとはレヴィンの決定に従う意向を見せている。


 実際、家族への説明も済んでいて、そして覚悟の上で付いてくるのなら、それ以上文句を言えるものではない。

 レヴィンも一定の納得がいったし、頼りになる治癒術士は歓迎したい心境だ。

 しかし、それでも腑に落ちない点はあった。


「でも、どうしてそこまで? 勝手に付いてきたんだから、死んでも文句言うな、とまでは言わないさ。無事、家に帰してやりたい気持ちはある」


「は、はい。それは……ありがとうございます」


 意外な事を言われたと思ったのか、アイナの口振りは先程より、随分と拍子抜けしたものになっていた。


「二人は俺の護衛だが、同じパーティの仲間を助けない、って意味じゃないからな。回復役はパーティの要だ。状況に応じて、俺より優先度が上がる事もあるだろう」


「あまり想像できねぇが、あるかもしれねぇな」


 ヨエルが頷けば、ロヴィーサも同じく頷く。


「若様の護衛と後方支援の防御は、時として矛盾しませんから」


「二人は賛成みたいだな」


 レヴィンが顎を擦りながら問うと、やはり二人は頷いて意を示した。


「……けど、どうにも分からない。どうして、アイナはそこまでしようとするんだ? 帰りたがっていたじゃないか。そして、ここには平和がある。もう何物にも怯える必要はないんだぞ」


「――このままでは気が済まないからです」


 アイナは再び、決然とした表情で、背筋を伸ばしてから言い切った。


「私は自分を不運と思ってました。皆さんが被害者と言ってくれていたので、自分もその気になっていた所があります」


「その気に……も何も、事実じゃないか」


「そうですね。でも私には、レヴィンさん達もまた、同じ被害者に見えます」


 その言葉に、レヴィンは一瞬、息が詰まる。

 全くの見当違いではなく、アルケスの被害者というなら、確かにレヴィン……そして、ユーカード一族もまた被害者だ。


「私だけが被害者ではなく、そして、レヴィンさん達はその相手に立ち向かおうとしています。それは意趣返しも含まれているかもしれませんけど、もっと崇高な思いがあっての事かもしれません。――でも、私にだって、アルケスにやり返してやる権利がある筈です」


 アイナは本気だった。

 その気持ちが強く向けられる瞳の中からも窺える。


 普段の彼女からは想像できない物騒な発言に、レヴィンが何とも言えない表情で固まった。

 すると、隣のヨエルが大きな声で笑い出した。


「いや、いいじゃねぇかよ! そりゃあ、そうだわなぁ! アイナにだって、殴り返してやる権利があるよなぁ。虚仮にされたんだ、黙っていてやる必要こそがねぇ!」


「そうは言いますけどね、ヨエル。彼女が直接殴れる可能性なんてないですよ。何より、死ぬ可能性の方が高い。やり返したいから、なんて理由だけで……」


「私が直接じゃなくとも、レヴィンさんやヨエルさん……いえ、神使の方々でも構いません。必ず倒すという約束、それを疑うつもはありませんけど、私には知るすべだってないんですよ。今日を逃せば、夜空を見ながら、きっと倒してくれるだろう、って祈る事しか出来ません」


「それが納得できないか。実感の方が大事か? 死ぬかもしれない、と分かって」


「決まったわけじゃありません。それに私の治癒術が、レヴィンさん達をその場に送り込んでくれるかもしれない。だったら、私がそこにいる意味はあるはずです」


 アイナの意思は揺るぎない。

 レヴィンは顎から手を離して腕を組み直し、それから重い重い溜め息をついた

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