死亡遊戯 その3
「さて、それでは本番開始じゃ」
オミカゲ様が宣言していた通り、ボールは彼らの間を二周した後、改めてここから蹴鞠の開始となった。
ボール捌きに関しては、ボールに魔力が纏ったことで感触に違いが生まれ、やはり手こずる者達はいる。
その中で最も顕著なのはヨエルだったが、それでも取りこぼしたり、明らかにおかしな方向へ蹴り出したりはしない。
子どもの頃の経験を活かした事、そしてほんの僅かなボールタッチで、感触を掴んだ事が大きかったのだろう。
ここからは、好きな相手へ蹴り出すルールになる。
下手な誰かを狙い撃ちにするのも、また作戦の内として許されているが、今は繋いで渡すのが主目的だ。
幾度か相手にボールを蹴り渡していると、最初にあった緊張も、段々と解けて来ていた。
レヴィンは元より、ヨエルの顔にも余裕が現れている。
「いいじゃないか、ヨエル。最初のポカが嘘のようだ」
「へっ、制御に集中力使わなきゃよ。――ほっ、これくらいは余裕だぜ!」
ヨエルが高く蹴り上げ、綺麗な弧を描いてオミカゲ様へとボールが渡る。
「ほっほっほ、良いのぅ。若者の無謀さは、時として好ましいものよ」
オミカゲ様は誰よりも経験者なので、どこも危ぶまれるものがない。
余裕の表情と笑みは、決して驕りばかりが理由ではなかった。
オミカゲ様の蹴り上げたボールは、綺麗な放物線でロヴィーサの元へと投げ入れられる。
それを最初から適応を見せていた技術力で上手く蹴り上げ、これが再びオミカゲ様へと戻った。
「ほっほっほ……。――オッ、ラァァァ!」
穏やかな笑い声から一転、突如猛々しい声が響く。
オミカゲ様はボールの側面に回ると、大きく右足を上げて足刀で斬りつける様に蹴り飛ばした。
魔力を伴う一撃は、瞬く間にコート内に突き刺さり、鋭角に跳ね跳ぶなり、ヨエルの腹部へ直撃する。
「ごっぼぉぉぉ……!」
ヨエルは腹にボールが突き刺さったまま、遥か後方へ吹き飛んで行った。
「なにぃぃィィ!?」
驚き声を張り上げたのはレヴィンだ。
ボールは目で追えぬ程の速度だった。
それが一度バウンドしたとはいえヨエルに直撃し、今まさに壁へ叩きつけられ、ずるずると滑り落ちていく。
不意打ちであったこともあり、完全に気絶してしまったヨエルは、小さな痙攣を繰り返している。
オミカゲ様から蒸気にも似た熱い吐息が吐き出され、剣呑な表情からは物騒な言葉が零れ落ちた。
「まずは一人……」
「まずは!?」
「馬鹿野郎、お前! ふざけるな! 今の反則だろうが!」
レヴィンの驚愕を余所に、ミレイユがヨエルとオミカゲ様へ、指を行ったり来たりさせながら吠える。
しかし、オミカゲ様は小馬鹿にした笑いをするだけだった。
「我はきちんと、一歩圏内にボールを落とした。その後、拾えなかったとなれば、それは受けた当人の不手際よ。これで脱落者一名……、次は誰が落ちるか見ものよのぅ」
「お前、まさか……」
ミレイユがわなわなと震えながら、その指を改めてオミカゲ様へ突き付ける。
「アヴェリン達をそっちの組に奪ったのも、最初からそれが狙いか! 最初からミス狙いではなく、お前の手で刈り取る為の……!」
「はて、何のことやら……? 繋げられなかった当人が悪いだけの話であろう。我はしっかり説明した筈であろうが? 相手の二歩圏内に鞠を落とすべし、と。その範囲に落とすならば、どういう球種であろうと構わぬとな。弓なりに落とす事に、拘らなくても良いとも言うたぞ」
「言った……。確かに言ったが、こんなの不意打ちの騙し討ちと変わらんだろうが!」
「ほっほっほ……、戦場の倣い……これも受け入れよ。安心せい、殺しはせぬ」
「当たり前だ、こんな事で殺すな!」
ミレイユは必死の抗議を続けていたが、アヴェリンとルチアは呆れた表情を向けるばかりで、ユミルに至っては爆笑していて話にならない。
レヴィンとロヴィーサは、次の標的は自分なのかと、戦々恐々とした。
「大体な、お前! 説明してなかったからと、そんな卑怯な振る舞い、神として恥ずかしいとは思わないのか!」
「思わぬ!」
「――断言するな!」
無駄に胸を張ったオミカゲ様に、ミレイユが怒声を飛ばすも、他に出てくる反応といえば、ユミルの爆笑だけだ。
見れば、ルチアも口を引き絞って耐えているが、身体はぷるぷると震えている。
その決壊は、もはや秒読み段階に入っているようだ。
「悔しければ、そなたも同じ様に蹴れば良かろう」
「そりゃ売られた喧嘩だ。やってやるさ。――いや、ちょっと待て。お前さっき、昔ながらの遊び方、とか言ってたよな? こんな危険な蹴鞠を、お前……古くからやってたのか?」
「うむ、やっておった。時のルチアにのぅ、よく付き合ってもらったものよ」
「嘘だろ……」
ミレイユは額に手を当て嘆息する。
いずれにしろ、初めからオミカゲ様有利の遊びが、ここで更に有利な展開になった、という事らしい。
「言っとくけど、お前最低だからな。本当の本当に、最低だからな」
「ふふふ、何とでも言うがよいわ。敗者の弁を、今から用意しておくがよい」
「……こんな事までして勝って嬉しいか?」
「嬉しかろうの。こんな事でもせぬと、そなたには勝てなかろうし」
「なんて情けないこと言うんだ……」
ミレイユが再び嘆息した時、オミカゲ様はまたも胸を張って言い放つ。
「そなたに勝るものがあるとすれば、それは蹴鞠以外ない! 我は蹴鞠で、決して負ける訳にはいかぬのじゃ!」
「いや、馬鹿を言うな。他にもっとあるだろ。大体な、私が勝ってる所なんて、それこそ戦闘力以外であるのか?」
「うるさいわい! 恵まれておるから、そなたは気付けぬのじゃ! さぁアヴェリン、ルチア、ユミル! あやつに目にもの見えてくれようぞ!」
皆を鼓舞する様な掛け声を出すが、そこに付いて行く者は流石にいない。
唯一、反応したのは、それまで爆笑していたユミルだけだった。
「あーっはっは……! はー、はぁー、はぁ……。はぁ? 言ってる意味がゼンゼン分かんない。分かんないけど、ぎゃふんと言わせたいって? ――やったろうじゃない」
「ブフォッ!」
遂に堪りかねたルチアが盛大に吹き出す。
現状は混濁と混乱、混沌の極みにあった。
その中にあって、理解できていることは、オミカゲ様の狙いは異世界組という事だ。
今も起き上がって来ないヨエルを見れば、果たして無事に次の朝をレヴィン達が迎えられるかは疑問だった。
しかし、ここを乗り越えなければならない事態、という事だけは理解していた。
「やるぞ、ロヴィーサ! なに、来ると分かっていれば受けられる! 避けたって良いんだ!」
「は、はい……! 失格だろうと、受ける義務はないですし……!」
それは二人にとって、最後の拠り所だった。
この場で棄権する、という発言が受け入れられるとは思えない。
しかし、何もボールを受けなければ死罪、というわけでもないのだ。
無難に躱してしまえば、それで良いだけの話だった。
「くっくっく、そう単純な話だと良いのぅ……」
「丸きり悪役の台詞よね」
ユミルの言葉に、再びルチアがツボに入っている。
もはや戦力になるかも疑問な中、競技の再開がオミカゲ様の口から宣言された。
「さ、そなたら組の失敗ゆえ、そちらから開始すると良い」
「誰が持つべきか、ルールはあるか?」
「基本的に、ボールを取って来た者から始めるの。つまり、誰が取るのかも戦略の内、という話じゃが」
「ならば、話が早い」
ミレイユがボールに目を向けぬまま、『念動力』を使って引き寄せ、その手に収める。
手の中でボールを弄びながら、敵意のあり過ぎる視線をオミカゲ様に向けた。
「良いのか? 狙いが誰か、明らかじゃぞ?」
「他の誰かを狙える心境じゃない」
やられた事はやり返す、それがミレイユの信条だ。
ルチアに込められた魔力だけでなく、ミレイユもまたボールに魔力を纏わせ、一度高くボールを投げると、バウンドを待って渾身の力で踵から蹴りつけた。
「喰らえッ!」
ドゴン、と鉄球同士がぶつかったかのような、耳をつんざく衝撃音が響き渡る。
一度バウンドさせなければミレイユの負けになるから、直接狙ったりはできない。
その上、地面にめり込ませてもいけない。
上手くバウンドさせる必要もあり、単なる力押しでは駄目なところに、この競技の難しさがある。
「ハッ、甘いわっ!」
オミカゲ様は自ら後方へ、一歩だけ逃れる。
しかし、その一歩で上手くシュートコースを作り出し、上段から叩きつける様に、足刀を振り下ろした。
またも鉄球同士のぶつかる衝撃音が響き渡り、弾き飛ばされたボールはレヴィンの真横へ突き刺さる。
またも反応できなかった事に、レヴィンは冷や汗を流した。
「だが、ボールは逸れた……!」
一歩圏内ではある。
しかし、側面に落ちたボールの行き先は、レヴィンの遥か後方となるだろう。
計らずも受けなくて良かった事になり、この偶然に感謝した――その矢先。
「駄目だ、レヴィン! 避けろ!」
「……え?」
ボールは芝の上で急回転していた。
まだ、弾んですらいない。
回転力を地面へ流し、その反発を溜め込んでいる。
まずい、と思った時には、もう遅かった。
その直後、鋭角に跳ね返ったボールが、レヴィンの腹部を直撃していた。
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