死亡遊戯 その4
「ごッ、はぁぁぁッ!」
急速なスピンと共に、鋭角に跳ね返ってきたボールは、弾力性など皆無だった。
ボールに魔力がコーティングされているせいで、鉄よりも固く、そして重い一撃となっている。
ボールの回転は減衰される事なく、正しくその力を身体に伝え、レヴィンの身体を錐揉みさせながら吹き飛ばす。
「――若様ッ!?」
ロヴィーサが悲鳴と共に走り出し、地面へ打ち付けられたレヴィンの身体を支える。
後には、回転力を失ったボールがコートの上に、転々と落ちた。
「これで二人目……」
オミカゲ様から満足気な吐息が漏れる。
しかし、そこでやはり、黙っていられない者がいる。
少しでも文句を突きつけてやろうと、憤懣を顕にするミレイユだった。
「おい、お前……! お前の言う蹴鞠って、繋ぎ続けて蹴り回す遊びじゃなかったのか!? ボール回しの度に
「他ならぬそなたも、この
「――いや、文句を言う権利くらいはあると思うけどね」
そこに横から、冷静な口調で割って入ったのはユミルだった。
胸の下で腕を組み、口の端に笑みを浮かべつつ、しかし視線には呆れた物も含まれている。
「けどまぁ、神々の遊びってヤツは、大抵ろくでもないって相場が決まってるから? それを考えると……そうね、
「酷い言われ様よのぅ」
オミカゲ様は屈託なく笑う。
非難を含む物言いに対しても、自身がやった事に対しても、全く露とも思っていない素振りだった。
しかし、そこへ未だに憤懣を抑え切れていない、ミレイユが口を挟む。
「お前は何とも思わないのか? 突然、変なボール遊びに付き合わされて、あげく暴力でその命を儚く散らされた者の思いが……!」
「いやいや、散ってはおらぬじゃろ。両方しかと手加減した。アバラくらいは折れてるかもしれぬが、命に別状はない。それに、
その一言で、ミレイユはレヴィンへと目を向ける。
すると、そこではロヴィーサの介抱がありつつも、しっかりと意識を保って、今まさに起き上がろうとしている所だった。
ちなみに、ヨエルは未だに白目を剥いて気絶している。
球種の威力に大きな違いがなかった点からも、レヴィンが独自に身を守ったのは確かだった。
「レヴィン、平気か?」
「え、えぇ……、何とか……っ。淵魔に殴られても、あそこまで強烈なのは覚えがありません」
「曲がりなりにも、あんな奴でも神だからな……」
「その様に、嫌な強調するでない」
オミカゲ様の表情には、未だに笑みが浮かんでいる。
いや、正確には笑みではなく、余裕から滲み出る表情だ。
いずれにしても、レヴィンはこれで脱落だった。
ルール上、受ける側の一歩圏内で跳ねたボールは、上手く蹴り返せなかった者が失格となる。
まさか、それが殺人ボールとなって襲い掛かる場合など、誰も想定していなかったろう。
あくまでルールに照らせば、取れなかったレヴィンが悪い、という話になってしまう。
レヴィンの中には悔やむ気持ちも、勿論ある。
しかし、あの殺人競技に舞い戻らなくて良い、という安堵感の方が遥かに勝った。
人数は六人にまで減っていて、そしてオミカゲ様チームに欠員は出ていない。
五人まで減った時点で競技終了、というのもルールの筈で、しかしそうなるとおかしな話になって来る。
「あれ……? これって、ここからミレイユ様が誰か一人落としても、こちらの負けは確定じゃないですか?」
「そうさな」
オミカゲ様はごく当然に、理解を示しながら頷く。
だが、それだとやはりおかしい。
ルールに穴があるとしか思えない理屈だ。
「それじゃあ、まだ続ける意味なんてあるんでしょうか?」
「なかろうな。しかし、続ける」
「ちょ、ちょっとお待ちを……!」
レヴィンとしても必死だ。
自分自身は既に失格の身だが、ロヴィーサは健在で、そして狙われるとしたら次は彼女の番になる。
負けが確定しているのに、あの地獄へロヴィーサを舞い戻らせるわけにはいかない。
何とか心変わりさせられないかと、必死に頭を巡らせて説得を試みようとしたのだが、それより先にミレイユが口を出してきた。
「いや、何を当然、みたいな顔して言ってるんだ。こちらに勝ちの目が残ってないのに、続ける意味なんてないだろ。大抵のスポーツは、そういう場合、試合を切り上げ強制終了になるものだ」
「それはそうだが、これは古くからある遊び故な……。そして昔ながらの遊びというものには、そうした抜けが良くあるものだ。時代を経て、次第に……そして自然に洗練されて、その穴が塞がっていくものであるが……。これはそうした穴が残った遊び故になぁ」
オミカゲ様の顔がにんまりと笑みを形作ると、それから唐突に表情が切り替わる。
まるで生徒に教えを授ける、教師の様な顔付きになった。
「五人に減るまで続ける事には意味がある。八人……八角形の形から始まるのも、その為だ。これは式術に見立てたものが前提にある為、力ある五角形へと至らせる必要があるのじゃ。途中で終わらせること、罷りならん」
「式……? 陰陽術との関係が? お前の使う術体系とは、全く別物なのに、従ってやる意味なんてあるのか?」
「まぁ、方便よ。蹴鞠は元より、上流階級の遊びとして始まり、そしてその階級の背景に陰陽術は切っても切り離せん。……何より、そなたを完膚なきまでに叩き潰せる好機! 我が見逃すと思わぬことよ!」
「いや、何でそこまで敵意むき出しなんだ、お前は……」
いよいよ堪り兼ねて、ミレイユは瞼をきつく閉じて頭を振った。
オミカゲ様は、よく聞いてくれたと言わんばかりに、胸を張って指を突き付ける。
「そなたが我につれないから! 我に冷たい態度ばかり取るから、こういう目に遭うのじゃぞ! もっと近う参れ!」
「何だ、こいつ……。メンヘラ彼女みたいなこと言い出したぞ」
ミレイユは、うっへりと息を吐いて、助けを求める様に視線を巡らせた。
しかし、アヴェリンは元より、ルチアも困り顔で笑うだけだ。
ユミルに至っては、ザマを見ろとでも言わんばかりに、腕組みしたまま顎を上げている。
「どうやら、この場に味方は居ないみたいだな。だが、それならそれで良いさ。さっさと、こんな茶番、終わらせてやる。――ロヴィーサ、配置に戻れ」
「し、しかし、ミレイユ様! それは余りに……!」
レヴィンは必死に抗議したが、ミレイユは取り合わなかった。
その手を外へ向けて、『念動力』でボールを回収して、その手に握る。
「大丈夫だ、今度こそはアイツに返球させないからな。目にもの見せてくれる……!」
ミレイユの目が本気だと受け取って、いよいよレヴィンは観念した。
これまで、その体を支えてくれていたロヴィーサがそっと離れようとする所を、レヴィンは咄嗟に捕まえる。
「若様……?」
「いや、待ってくれ、ロヴィーサ」
押し止めるだけでなく、自分の背中に隠す様に移動させてから、改めてレヴィンはオミカゲ様に進言した。
「では、ロヴィーサの代わりに俺が競技に参加します。どうせその一球で終わるというなら、それでも文句ないはずです」
「若様、そんな……! 私は若様の代わりに攻撃を受けるぐらい、何とも思いません! むしろ護衛として、当然若様の盾となるべき状況です! 私を侮辱するつもりですか!」
「いや、そんなつもりはない。もしもこれが戦場なら、その覚悟に感謝して任せるだろう。でも、これは遊びだ。遊びで致命の一撃が飛んでくるなんて、そんなの男としちゃ黙って見てられない……!」
「それは……」
レヴィンの主張は正当のものに思えた。
臣下だから、護衛だからこそ、その職分を犯してならない領域というものがある。
しかし、最初から遊びと分かってるものに、命を賭けさせたくない、と心配する気持ちもまた分かるのだ。
「それに、俺ならご覧の通りだ。刻印あってもあのダメージって、実際シャレにならない。どうせ治癒してくれるから、なんて甘い考え……止した方が良い」
「ふむ……。そうさな、我に通用せなんだ場合、当然その返球はミレイユ以外に飛ぶ訳じゃしのぅ……。しかし……」
「いいじゃないか、認めてやれ。例えルールに無くとも、例外としてな。どうせ、お前に返球なんて出来ない」
オミカゲ様とミレイユが、壮絶に火花を散らした事で、なし崩し的にレヴィンの意見が採用になった。
ミレイユは既にボールを構えていて、いつでも頭上に投げられる準備をしている。
レヴィンが突き飛ばす様にロヴィーサを後方に下がらせ、刻印を使用する。
幾層もの膜が身体を覆い、薄っすらとレヴィンの全身を発光させた。
本来は二十層もの防御壁が術者の身体を守ってくれる、信頼できる防御魔術なのだが、神の一撃の前では一瞬にして砕け散ってしまった。
しかし、流石に威力が幾らか削げたお陰で、レヴィンはこうして再びコートに戻る事ができている。
「次、喰らったら……今度こそ、ヨエルの二の舞いになるな……。そんなマネ、ロヴィーサにさせる訳にはいかない。分かってくれ」
「若様……」
やんわりとその肩を押し出され、ロヴィーサは後方へ下がらされた。
そうしてレヴィンは自身への覚悟と、ミレイユへの多大な期待を寄せる。
その彼女が、片手で掲げる様に持つボールを、祈るように見つめていた。
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