死亡遊戯 その2

「さて、実戦の前にまず、ボールの感触に慣れる為、横の者へ蹴り渡す事に致そうか。力加減も覚えねばならぬし、この時の失敗を糧に本番へ挑むが良かろう」


「言ってる事は至極まともだな」


 ミレイユが揶揄するように言うと、オミカゲ様は機嫌を損ねたような表情を見せる。

 しかし、それも一瞬のことで、すぐに改めにこやかな笑みを貼り付けた。


「ボールを繋ぎ続ける為には必要な事よ。特にそちらの異世界組は、魔力の制御に不慣れな所があると見受けられる。遊びの中で忙しないことだろうが、何事も挑戦よ。細かな制御技術は、決して本人の損にならぬ」


「そこまでお考え頂けて、恐縮至極です」


 レヴィンが代表して頭を下げると、オミカゲ様はよいよい、と大らかさを見せて手を振る。

 そうして、女官が恭しく差し出したサッカーボールを受け取り、左隣に位置するレヴィンへ目配せした。


「では、行くぞ。我の足の動きを、良く見ておるのじゃ」


 言うなりボールを高く挙げ、一度地面にバウンドさせてから、足の内側面を使って上手く蹴り出した。

 人の身の丈、その二倍程の高さまでふわりと浮き上がり、それが丁度レヴィンの一歩圏内へと落ちる。


 軽快にバウンドするボールは、うまい具合にレヴィンの近くまで跳ねた。

 それを更に隣のアヴェリンへと蹴り渡そうとしたのだが、やはり力が強すぎる。


「しまった……っ!」


 レヴィンなりに最小限の力で蹴りつけたのだとは、そのおっかなびっくりした姿勢からも分かったことだろう。

 しかし、魔力を纏う接触は、魔力を持たない物質に、多大な衝撃をもたらすものだ。


 天井付近まで急速に飛び上がろうとするボールを、オミカゲ様は『念動力』の魔術で掴まえ、やんわりと受け止めた。

 ただ受け止めただけでは、下手をするとボールが破損していただろう。


 その部分だけ見ても、やはり神が行う制御力は並外れていると分かる。

 ボールをもう一度レヴィンの元へと返すと、うまい具合に跳ねさせてアシストされた。

 そのボールを、レヴィンは今度こそ細心の注意で蹴り渡す。


「こ、今度は……っ」


 未だにやや強いきらいはあるものの、何とかパスする事に成功する。

 高く蹴り上がったボールは長い滞空時間を経て、アヴェリンの元へと落ちて来た。

 一度バウンドするのを慎重に待ってから、更に隣のロヴィーサへと蹴り渡った。


「ほっ……と!」


 こちらはレヴィンより危なげなく、上手い制御でユミルへと渡る。

 何事も器用な彼女らしい、実に見事なパスだった。


 ただし、若干飛距離が足りていなかった。

 本来は二歩圏内に落とさねばならないが、三歩より遠い位置にある。

 ユミルはそれを大股でカバーして跳ねるように追いつき、隣のミレイユへと蹴り上げた。


 流石の器用さを発揮して、上手く高く運んで一歩圏内へと落とすと、それをミレイユが隣のヨエルへと渡す。

 ミレイユは言うまでもなく見事な制御力を見せ、弓なりに落ちてくるボールを待ち構えた。

 力自慢が本領の部分があるヨエルだから、全員が固唾を呑む様にして見守り――。


「あ、これは……」


 制御の杜撰さを、その間近で見ていたルチアが声を零した。

 ヨエルがボールを蹴りつける、その一瞬前に魔力を飛ばし、その表面をコーティングする。


 その直後、蹴り上げられたボールは、岩を殴る衝撃にも似た音と共に、直上へ蹴り上げられた。

 しかしそれも、やはりオミカゲ様が『念動力』によって受け止める。

 ボールは異常な高回転をしていて、摩擦音を聞いているだけで、ボールが熱で溶けるのではないかと、心配になる程だ。


「ルチア、お手柄であったな。もう少し遅ければ、間違いなくボールは破裂しておった」


「……いや、申し訳ねぇです……」


 ヨエルは素直に頭を下げて謝罪する。

 しかし、オミカゲ様の表情は、どこまでもにこやかなものだった。


「何、事前に想定できておった事よ。他の二人が思いの外うまくやった故、案外問題ないと思ったのも確かであるが……」


「そうだな。窮屈そうではあったが、意外なほど上手くやっていた。特にロヴィーサは、他の二人より制御力に優れているようだ」


 ミレイユから褒め言葉を向けられ、ロヴィーサは恐縮した様に頭を下げる。


「とんでもない事です。あまりに出力を弱くし過ぎて、ユミル様にはご不便をお掛けしました」


「別に不便ってワケでもないけどね、あれぐらい」


 ユミルが肩を竦めて見せている間にも、オミカゲ様の視線はボールに向いていた。

 ルチアが行った魔力のコーティングは、自らの手から離れる程に難易度が増す。

 しかし、結界術にも高い研鑽を持つルチアならば、長い時間持続させる事も、決して難しくはない。


「……のぅ、ルチア。この競技中、そのまま魔力を纏わせたままでいて貰う事は出来るかのぅ?」


「そうですね……。大した手間でもないですし、別に良いですよ」


 一瞬だけ考え、事も無げに言い放ったルチアに、レヴィンは思わず感嘆の唸りを上げた。

 ボールの代わりならば、幾らでもある。

 実際に競技場内の壁際へ目を向けてれば、そこには棚に十を超す数の同じボールが並んでいた。


 それでも、物を損なわない為だけに、達人でも裸足で逃げ出す離れ業をやれと言うのだ。

 あるいは、全て破壊されて勝負にならない、という判断かもしれないが、それでも気遣う姿勢には変わらない。

 レヴィンは改めて頭を下げた。


「神使の皆々様には、ご苦労、ご不便をお掛けし申し訳しようもございません」


「構いませんよ。遊びでやってる事ですし、何ならミレイさんのわがままから始まったみたいなものですから」


「私は気遣いのつもりだったんだが……」


「でも、カミサマ御一行と一緒なんて、普通は緊張で堪ったものじゃないと思いますよ。現地の案内兼……とか考えたなら、それこそアイナとかいう人にやらせれば良かったんですよ」


 それはぐうの音も出ない正論だった。

 レヴィン達からしても、そちらの方がよほど気楽で、現世を楽しめたに違いない。

 しかし、これにはミレイユから異論が飛び出た。


「だって、そうしないと外出許可取るのが面倒だったろうが! それに、私達だけで行くとなれば、オミカゲが何ていうか分かったもんじゃないし……。丁度良い虫除けになるのかと……!」


「だから、それが我儘って言うんですよね」


「しまいに我は、虫扱いか……」


 二人から刺す様な視線を向けられ、遂にミレイユは押し黙ってしまった。

 そして、顔を逸らし向けた先には、ユミルがいつもの嫌らしい笑みが待っていた。


「しかも結局、しっかりオミカゲサマ、付いて来ちゃってるじゃないのよ。策士策に溺れる、じゃないけどさ、無駄に巻き込んで自爆しただけなのよねぇ……」


「えぇい、うるさいうるさい! こいつらは私の信徒なんだから、一緒にボール遊びしたなんて、それこそ末代までの語り草だ。誇れることじゃないか!」


「そうかしらねぇ……? そうだったら良いわねぇ……?」


 懐疑的な視線と疑念に満ちた口調に、ミレイユはまたも顔を逸らすことになった。

 今度の向けた先はレヴィンで、そこには何処か、期待に満ちた眼差しが見える。

 レヴィンは首が折れるかと思うほど、激しく上下へ頷いた。


「も、勿論です! あまりの光栄さに、身が竦む程です!」


「信仰心を疑うワケじゃないけどさ、今のは言わされたって感じよね」


「いいんだよ、納得しとけ。それにほら、お前だってボールをこれでもかと蹴りまくりたいだろ?」


「いやまぁ、流れ的に付き合うまでは別に良かったけど、アタシを何だと思ってるのよ。蹴りまくりたいなんて、一度たりとも思ったコトないわよ」


 ユミルはどこまでも、ミレイユを責め立てる気配を消さない。

 ミレイユがいよいよ臍を曲げそうになった時、オミカゲ様がころころと笑ってボールを『念動力』で引き寄せた。


「まぁ、良いではないか。我もをしたくて、張り切っておるのじゃ。ルチアがこうして魔力を纏わせてくれたお陰で、破裂する心配も失せた。結構な事ではないか」


 そう言ってから、オミカゲ様はヨエルに向かってボールを蹴った。

 見事なボール捌きでヨエルの一歩圏内に落ちると、今度はヨエルのボールも上手く隣のルチアへとパスされる。


 そしてルチアもまた上手く蹴り上げると、多少方向はずれたものの、オミカゲ様へとボールが帰った。

 これでボールは一通り巡った事になる。


 オミカゲ様は一歩ボールへ近寄って、また左隣のレヴィンに向かって蹴り上げる。

 今回は自然体で蹴ったお陰で、不自然な姿勢にならず、それで上手く隣へ蹴り渡せた。


「うむうむ、良いぞ。ここから更に二周させると致そうか。蹴り具合に慣れておくのじゃ。それから先は、思い思いの相手に蹴るのじゃぞ。蹴り損ない、失格となった場合は、素直に後方へ下がる様に」


 オミカゲ様の説明に、思い思いの姿勢で返事を返す。

 見た所、誰かが極端に下手、と言える相手はヨエルくらいなものだ。


 ボールを繋ぎ、次の相手に渡し続けるのが目的――。

 なるべく長く続けるよう努力する――。


 そうしたルールが前提なので、この分なら長く遊べそうではあった。

 しかし、オミカゲ様の笑顔には、やはり不吉な昏いものが浮かんでいた。

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