死亡遊戯 その1

 目的の玉遊びをする為に、最上階へ移動する必要があると、女官から伝えられた。

 そして、移動には箱に乗る必要があると言われ、レヴィン達は首を傾げる。


 誰もが異論なくその箱へ入り込んでいくのだが、転移陣などの魔術的仕掛けがある様にも見えない。

 他ならぬ神々が問題なしと判断していれば、レヴィン達に何を言う権利もないのだが、さりとて不思議で堪らなかった。


「この箱に乗ると……上に行けるんですか? 魔法陣の類も見受けられないですが……」


「これはね、そういうんじゃないの」


 これにはユミルが代表して答えた。

 その目には生易しい笑顔に似た、別の何かが乗っている。


「ほら、井戸で水を汲むのと同じよ。魔術とは関係なしに、滑車に似た理屈で上に昇らせんの」


「ははぁ……、なるほど……」


 レヴィンは頷きながら、神が乗り込んだ箱の横にある、もう一つ別の入口へと目を向けた。

 そこには屈強な男達がロープを掴んでいる姿を想像し、何とも大変な仕事だな、と思いながら箱内へと乗り込む。


 女官の一人が入口の傍でボタンを押すと、扉は自動的に閉まる。

 次いで、恐ろしくスムーズな動きで上昇するのを体感し、レヴィンは内心で男たちの非凡な力に唸りを上げた。


 目的の階層に着くと、そこは芝の生えた競技場だった。

 白い線によって縁取られ、何かしらの競技性を感じさせる作りになっている。

 既に女官たちも配置に付いて、飲み物や軽食の準備がされており、屋内で運動する為の靴なども同様に用意されていた。


「ふむ……。事前にここを使うとは言われていなかったろうに、よくここまで準備してくれたものだ」


 ミレイユが感心して頷く様を見せると、傍らの女官に声を掛けた。


「咲桜、他の者にも満足している、と伝えておいてくれ」


「御子神様のお言葉、誰もが感涙して喜ぶ事でございましょう」


 咲桜が粛々と礼をして、ミレイユも小さく声だけで返事をすると、早速準備に取り掛かる。

 基本的にやる事は、靴を履き替える事だけだ。

 特に神々は玉遊びに適した履物をしていない。


 指先が潰れるなど、情けない事にはならないだろうが、滑り止めの役割も兼ねているとなれば、履き替えない理由もなかった。

 レヴィン達も同様に履き替え準備を終えると、オミカゲ様から声が掛かる。


「さて、先に申した通り、チームを二分するのが良かろうと思う」


「何をするかにも、よるんじゃないのか?」


 そう訊いたのはミレイユで、これにオミカゲ様は大いに頷く。


「なに、競技場の形としてはサッカなどが出来るものであるが、変則的な人数でやるにも難しかろう。また、異世界組は詳しいルールも知らんし、女官であろうと審判までは出来ぬと思う」


「では、どうすると?」


「より単純に、サッカーボールを使った蹴鞠で良かろうと思っておる。単純ながら初めて遊ぶ者にとり、公平性の面でもやり易い」


「そうは言うが、お前の得意分野なんだろ? それだけで公平性とは掛け離れてないか?」


 オミカゲ様は虚を突かれた様な表情になり、それから吹き出すように笑う。


「この程度の単純な遊びで、有利や不利もなかろうが。蹴鞠に不服があるのなら、避球ドッジボールでも良いぞ。あれもまた、単純な遊び故な」


「……いや、あれは白熱すると手元が危うくなりそうだ。破損を恐れて始めるつもりの遊びだ。それなら、まだしも蹴鞠の方が安心できる」


「然様か」


 オミカゲ様が笑う横で、話について行けないレヴィンは弱り顔だった。

 見るも聞くも初めての単語ばかりで、単純な遊びと言われても、まるで理解できない。

 それで恐れ多くも、レヴィンはミレイユへ一礼してから伺いを立てた。


「その……お話だけでは、全く理解できないのですが……。そもそも、神々の遊びに我らがお付き合いするのも、分不相応と申しますか……」


「まぁ、お前の言いたい事は良く理解できる。息抜きや、こちらの遊びを教えてやりたい親切心のつもりだったが、これも少し迷惑だったか……」


「いえ、決してそんな事は!」


 レヴィンは両の手を突っ張って、必死に否定をアピールする。


「ただ、非常に身に余る光栄だと……! 勿論、ミレイユ様のみならず、他の御方々にとってもご不快ではないかと思う次第で!」


「うん、思う必要はないから参加だ」


 最後の小さな抵抗も、これで無駄に終わった。

 レヴィンは外見からは分からないよう、畏まった笑みで内心を隠し、そして内心では肩を落とした。

 

「私にとっても、この状況は想定外だが、楽しんでくれる事を期待する」


「有り難きお言葉……!」


 レヴィンが頭を下げれば、ヨエルとロヴィーサも同じく姿勢を正して頭を下げる。

 そうして、いよいよオミカゲ様が競技の説明を口にした。


「本来、蹴鞠には小難しい作法が存在する。『のどかに蹴る』なんぞというのが、その最たるもので、どのように難しい鞠でも、笑顔を保って蹴らねばならぬ」


「……おい、本当にそんなルールが存在するのか?」


「無論だとも。他にも背を向けてはならない、膝を曲げてはならない、上半身を動かしてはならない、など……。より優雅に見える立ち振舞を心掛けねばならぬ」


「それじゃあもう、単純なルールなどと言えないじゃないか」


 ミレイユが呆れて言えば、オミカゲ様もしたり、と頷く。


「だから後期、庶民の間で流行ったルールを採用する。まず、使うのは右足だけ」


「なるほど、まぁ……それなら」


「そして、必ず相手の手前で一度、蹴鞠を地面に落とす」


「そうだな……確かに、一度バウンドさせた方が蹴りやすいな」


 ミレイユが納得する横で、ルチアが小さく手を挙げて質問した。


「蹴り損なって、大きく後方へ飛ばしてしまった場合はどうなります?」


「その場合、失格となる。上手く蹴る事を主体とした遊び故な。次々と蹴鞠を繋いで行くことが目的で、必ず鞠を向けた相手の二歩圏内へ落とす必要がある」


「なるほど……。二歩であれば、結構余裕ありそうです」


 ルチアが頷いて示すと、オミカゲ様も笑って続ける。


「その範囲に落とすならば、どういう球種であろうと構わぬよ。弓なりに落とす事に拘らなくても良い」


「あくまで二歩圏内であれば、ちょっと蹴り損なって、横へ逸れたとしても大丈夫なんですね」


「然様である、正面から来る鞠ばかりではないと心得よ。……そうやって蹴鞠を続け、五人まで減った時点で、残った組の人数が多い方が勝ちとなる」


「それだと、下手な人が集中して狙われません?」


「それも一つの戦術であろうな」


 なるほど、と神妙に頷いたルチアの次に、ユミルが手を挙げて尋ねた。


「仲間のフォローは許される?」


「基本、フォローできる形にはならぬと思うが……具体的には?」


「ルール的には、相手チームの何れかに鞠を蹴り渡すゲームなんでしょ? でも、誤って自分のチームへ行ってしまった場合とか。その時は、蹴り損なった判定? それとも受けても良いの?」


「うむ、受けて良い。繋ぎ続けることが大事、そう申したとおりだ。味方のみで蹴り回しても違反ではないが、危機が増すばかりであまり意味はなかろうの」


「いいわ、聞きたかったのはそれだけ」


 オミカゲ様が一つ頷くと、ミレイユの方からレヴィン達へ質問が飛ぶ。


「どうだ? 馴染みのない内容だと思うが、難しい内容じゃないだろう? ……まぁ、慣れている方が圧倒的に有利だという論法は、未だ健在だが」


「いえ、大丈夫です」


 レヴィンは緊張の中にも、にこやかに笑みを浮かべて断言した。


「こっちで言うセラットですよね、要するに。トヤの実を蹴り回す遊びも、それなりにやったものです。あ、我々の間では、頭上を飛び越えると予想できた場合、走って追いつくことが許されていたのですが、それは……?」


「そうならぬように蹴るものだし、認められぬ。あらぬ方向へ蹴ってしまったら、蹴った者の責任よ。頭や胸を使うのもなし、右足のみ許可されるものとする」


「承知しました」


「また、本人が追いつける範囲、二歩の間合いに鞠を落とすのは絶対じゃ。一歩の歩幅は人によって違うから、厳密な距離は想定せぬものの……。いずれにしろ、弓なりに上手く蹴り上げるのがコツじゃろうな」


「ハッ! ご助言、ありがたく……!」


 よいよい、とオミカゲ様が機嫌よく上下に手を振ると、いよいよチーム分けの段階に入った。


「さて、それでは我の組には、そちら神使の三人を頂く」


「は? 認められるか、そんなもの。戦力が一方に偏り過ぎるだろ」


「いやいや、良くも考えてみよ。これは戦闘力で勝敗を決するものではない。蹴鞠の操作技術こそが物を言う。そちらの子らは、幼少期より親しんでおったのじゃろ? ならば、むしろそなた側の有利というものであろうが」


「うぅん……」


 ミレイユは腕を組んで考え込んでしまった。

 だが、オミカゲ様の言うことは正鵠を射ている様に思えた。


 ルチアはどうか分からないが、ユミルやアヴェリンが玉遊びをしている光景は想像できない。

 まだ物心付く前の幼少期ならばともかく、いつまでも子どもの好む遊びに興じていたとは思えないのだ。


 ただ強く蹴れば良い、という話でないのは、先の説明からも理解できた。

 蹴り上げられたボールを上手く蹴り返し、相手が二歩で近付ける範囲に落とす必要がある。


 この場合、溢れるパワーはむしろ枷だ。

 レヴィン達が有利という言葉は、勝利を欲す余りの偽りとは思えなかった。


「だがなぁ……」


「良いではないか! 遊びの時くらい、我もアヴェリンらと同じ組でいたい!」


「あらまぁ、そう言われちゃ断れないわ」


「然様の仰せとあらば」


 ユミルとアヴェリンが乗り気になった事で、チーム分けは済し崩しに決まりとなった。

 ミレイユはこの時になっても不満を顕にしていたが、所詮遊びの中での問だけ、と割り切ったようだ。


「仕方ない、今だけだぞ」


「ふふっ、良い遊びにしようぞ」


 オミカゲ様がにやり、と不敵な笑みを浮かべる。

 そこは単に好戦的な笑み、というだけではなく、仄暗い別の感情が見え隠れしていた。

 ミレイユがそれを指摘するより前に、オミカゲ様は声を張り上げ、コート内へと指を這わせる。


「さ、この遊びは競技者が、八角形に配置される所から始まるのじゃ。自分の両隣が別の組となるよう動け」


「場所はどこでも良いのか?」


「構わぬよ。互いに実力を知らぬ者しかおらぬ故、どこにいようと大して変わらぬ」


「それもそうだな……」


 本来は、実力者同士は隣り合わせない、など戦術的要素もあるのだろう。

 これは相手に上手く蹴り返しつつも、その相手のミスを待つ遊びだ。

 しかし、現状の実力が未知数なので、確かに場所のこだわりは必要なかった。


 そうして、等間隔に八人が並び立つと、いよいよ開始の合図が鳴った。

 一人自信に満ちたオミカゲ様が、その中でやはり不敵な笑みを浮かべていた。

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